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MERSウイルス感染症、韓国流行をうけて(2)

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韓国の医療機関で発生しているMERSコロナウイルス感染症を巡って、台湾が韓国への渡航制限を打ち出しました。

http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0YW24W20150610

こうした中、日本でも、韓国への渡航が縮小してきているとのことです。こうした措置が感染拡大をどの程度防げるのかは、定かではありません。それは、渡航制限や国境閉鎖などに代表される、所謂水際作戦によって、完全に封じ込められた感染症は、今までに存在しないからです。特に口や鼻からウイルスが入ることによって感染する、呼吸器感染症に関しては、こうした封じ込めが効果を示すという根拠は、その感染形式からも考えにくいのです。

14世紀から15世にかけて猛威を振るったペスト流行の際、ヨーロッパの国々は、流行地から来た船を40日間停めおきました。これが検疫(Quarantine)の語源となっています。しかし、結果的にペストから免れた国はありませんでした。また、呼吸器感染症として多くの命の奪ったスペイン風邪(インフルエンザ)に対しても、輸送機関の停止、国境閉鎖、集会の禁止などが行われましたが、その効果に関しては定かではありません。

感染症には潜伏期間という、無症状の時期があり、多くの感染症はその無症状期にも、他の人に感染します。ですので、どんなに国境(空港)でシャットアウトしようとしても、すり抜ける人は出てきます。実際、2009年の新型インフルエンザ(当時)流行の際も、他省庁、国立病院の医師などを巻き込んだ検疫強化が実施されました。しかし、初発例は国内で見つかった高校生でした。

検疫に代表される水際作戦の基本は、“国内にウイルスが侵入することを食い止める”ことです。このこと自体、極めて困難なことが、前述した歴史が物語っています。今2009年のインフルエンザ流行時、また今回の韓国におけるMERS流行に際しても、WHO(世界保健機関)は渡航制限などをかけてはいません。それは、水際作戦には限界があるとともに、海外封鎖を行うことは、人の流れを止め、経済活動に大きな影響を与えるからです。

我が国には感染症に係る法律が2つあります。それはすなわち、検疫法と感染症法です。検疫法に従って検疫強化がされますが、ひとたび国内発生が認められれば、感染症法が主流となり、実働は国から地方自治体に移ります。見方をかえれば、国内に入るまでは国家公務員である検疫官(厚労省職員)が主動であるため、国としては力を注ぎますが、国内に入れば検疫法は適応されないため、実働は国家公務員ではなく地方公務員や、医療機関になります。この状況では、国は通知文書などで、地方自治体に指導することが主な仕事となり、自ら防護服に身を包んで動き回る、という事もしなくなります。

この2つの感染症にかかる法律の棲み分けが、大きな問題となっています。すなわち、国は自らが活動する場面である”水際対策“に力を注ぐあまり、国内対応に対する関与が極めて希薄になっているのです。国内で発生した場合は、その地方自治体、ひいては患者が収容された医療機関が責任の受け皿となります。

MERSコロナウイルス感染症は、感染症法で、第2類感染症に分類されています。法律上は、特定感染症指定医療機関、第一種感染症指定医療機関の他、第二種感染症指定医療機関でも入院して診ることができます。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02-01.html

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02.html

第一種と第二種指定医療機関の大きな違いは、空気感染を想定するかしないかです。すなわち、第一種(特殊も含む)感染症指定医療機関には陰圧設備があり、ウイルスに汚染した空気が外にでないようになっていますが、第二種感染症指定医療機関で、このような空調設備は必要とされていません。第二種感染症指定医療機関の総ベッド数は1716床(335医療機関)ですが、そのうち陰圧設備を備えているのは529床というデータがあります。

http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/2502/00063908/07%204kansensho.pdf

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/7663/inatusitu.html

MERSコロナウイルスは2類感染症に分類されているため、第二種指定感染症指定医療機関に収容可能です。もし、MERS感染者が陰圧室のない医療機関を受診したとしたら、ウイルスで汚染した空気が院内に循環する確率が(第一種指定医療機関と比して)高くなることは想像に難くありません。第二種指定医療機関には感染症の患者さんだけが入院しているわけではなく、がんなどで免疫能が低下した人が多くいます。それ故、このような医療機関にMERS感染症を受け入れることは、法律上は問題なくとも、医療上大きな問題をはらんでいることになります。

全国には17万以上の医療機関があり、感染症指定医療機関と言われるのは、この中のごく一部にすぎません。また、医療機関ごとに、MERSや感染症に関する意識もまちまちです。韓国の症例でも明らかになったように、MERS感染者は、「自分はMERSに罹っている」と申告して医療機関を受診するわけではありません。風邪、インフルエンザに似た症状を示すことから、個々の医療機関が、自分のところにMERS患者が来るかもしれないという意識を持つことが、院内感染に対する重要な予防手段だと思います。また、そうした意識の定着と、この新たな感染症に対する知識を広げるために、国、地方自治体、学会など、医療機関に向けた徹底的な啓発活動が、何よりも早急に行わなければならないことだと思います。

 

繰り返しますが、検疫による水際食い止めに力を注ぐあまり、国内対応がおろそかになることは絶対に避けなければなりません。国は国家国民を守る使命があることを、再確認することが必要です。

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