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リーダーに必要なのは弱者の心の痛みを理解し、弱者に寄り添えること

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広島のオバマ大統領を見て、8年前と7年前に書いた自分のブログ記事を改めて読み直してみました。

まず8年前。

【08年1月8日】

挫折を繰り返しながらも、夢を追い続けている方への一文です。

* * *

彼のミドル・ネームは、『フセイン』だ。

アメリカ人が好む名前ではない。

そして彼のラスト・ネームは、ビンラディンのファースト・ネームである『オサマ』と韻を踏む。

ケニヤから留学してきた黒人の父親とカンザス生まれの白人を母親に持つ彼は、外見的には父親の容姿を引き継いだ。

彼は幼い頃に図書館で見た『ライフ』誌の中に、自分の肌を脱ぎ捨てようとした黒人男性の写真を見つけ、衝撃を受けた。

図書館から自宅に戻り、洗面所に行き、鏡の前に立ってみた。

次第に彼は気がつき始める。

『アイ・スパイ』に出てくるビル・コスビーがいつも女の人に振られてしまうことや、『スパイ大作戦』の黒人男性がいつも地下で活動していることに。

学校で。

『あなたのお父さんはどこの部族の出身か知っている?』

という先生の問いにクラスの子供たちが笑った。

10歳の彼はやっとの思いで『ルオ族』と答える。

するとクラスの男の子がサルの鳴き声のような声で『ルオ、ルオ』と繰り返し、女の子は彼の髪の毛を触りたいと言い出した。

『君のお父さんは人を食べるのか』と聞いてきた子もいた。

彼が2歳の時、彼の父親は、彼と彼の母をアメリカに残し、ケニヤに帰っていった。(父親はその後再婚した)。

彼の母はその後インドネシア人と再婚し、彼が6歳の時、一家はインドネシアに移り住んだ。

彼は10歳になるまでインドネシア現地の学校に通った。

(その結果、彼は今でもまずまずのインドネシア語を話す。)

彼がまだ10代の頃、彼の二番目の(インドネシア人の)父親と母親は離婚してしまう。

そして彼が34歳の時に彼の母親は他界した。

彼の言葉だ。

『私は日々、自分の娘たちの中に、好奇心旺盛な母の姿や、母の喜びを見出している。

母を失った悲しみが、今もどれほど深いかをここで述べることはしない。

ただ分かっているのは母ほど心優しく、寛大な人を私は他に知らないということ、それから私の良いところはすべて母譲りだ、ということである。』

『私はさまざまな弱者の絶望と混乱を目のあたりにしてきた。

ジャカルタやナイロビのストリートで暮らす子どもたちは、シカゴのサウスサイドで暮らす子どもたちと同じように、将来への希望を失っている。』

2000年の下院選で惨敗した彼はこうも述べている。

『私は自分の選んだ道に疑念を抱き始めた。

役者やスポーツ選手が直面するに違いない葛藤に見舞われたのだ。

特別な夢を何年も追いかけ、ウェイターやウェイトレスをしながらオーディションを受けたり、マイナーリーグでどうにかヒットを打ってきたあと、ふと気がつく。

才能や運がなければたどり着けない世界のまわりを、自分はただうろうろしているだけではないのかと。』

アイオワ州の民主党党員集会で圧倒的勝利を収めた彼はあと数時間でニューハンプシャー州の予備選結果を迎える。

バラク・フセイン・オバマ。

彼を大統領候補に選ぼうとしているアメリカという国の凄さに私は改めて驚愕する。

挫折を繰り返しながらも、夢を追い続けている方へ。

彼が書いた『マイ・ドリーム』と『合衆国再生』という本はどちらも勇気を与えてくれる本です。

* * *

次に7年前のブログです。

【09年2月3日】

以下は、ある講演会で日本の外務省の方が話されていたものです。

大統領選挙中のオバマ氏が地方でスピーチをしていた時の話。

オバマがイラク戦争の問題点を挙げ、自分が大統領になればイラクから撤退すると話していた時、聴衆の一人の婦人が思わず立ち上がって、涙を浮かべながら、こう訴えかけました。

『オバマさん、あなたは私の息子がイラクで犬死にしたと言うんですか。』

会場は静まり返り、しーんと凍りついたようになります。

はたしてオバマは何とコメントするのだろうか・・

すると、オバマは壇上から降りて、そのご婦人のところに歩み寄ります。

そして彼女を抱擁して、こう言います。

『I am proud of your son.』

ご婦人はオバマの腕の中でボロボロと涙を流し、泣き崩れました。

ハーバードのロー・スクールを優秀な成績で卒業した後、シカゴで社会奉仕活動をしていたオバマ。

シカゴに5年間住んだ私は、彼が活動したであろうシカゴの地区(貧困層が多く住む地区)を知っているだけに親近感が湧いてきます。

アメリカ人がオバマに期待するのは、彼が弱者の心の痛みを理解しているからです。

* * *

上の2つのブログ記事の間にリーマンショックが起きました(08年9月15日)。

オバマが大統領に就任した日(09年1月20日)のダウ平均株価は7,949ドル。

昨日ダウは17,787ドルとなり、2.23倍になりました。

米国経済は復活し、昨年12月の利上げに続き、いままた2度目の利上げが視野に入ってきました。

2011年12月14日には米軍がイラクから完全撤収しました(その後、ISが台頭するなど中東情勢の混乱は続きますが・・)。

キューバとの国交回復を果たすなど外交面でも一定の成果を上げました。

そしてオバマは広島を訪れた最初の大統領となりました。

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