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新役員偶感・味わい

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入行以来25年を経たが、最近10年程は職掌柄海外出張が多く、一年の三分の一は外国で過ごしている計算になる。また一昨年未まで四年余りのロンドン在勤時代には、月に二・三回の割でヨーロッパ諸都市へ出張、休日を利用してはヨーロッパ大陸をドライブして廻った。「人生は旅なり」という古人の言葉もあるが、私の場合逆に旅行が人生の一部ということになってしまった感がある。従って充実した人生を過ごすためには、旅行中がブランクとなってはいけないので、旅に出てもなるべく日常の好奇心がそのまま発揮できるよう心掛けている。これは何も名所旧蹟など何でも見てやろうということではなく、その土地の人々と話し合える機会を少しでも多く持つように努力すること、もう一つはなるべくその土地独特の料理を味わってみることではないかと思っている。

ところで欧米の食事を日本と対比して考えさせられることが、いくつかある。一つは注文というか選択の問題。我々はお委せ方式に馴れており、「おさしみ」を注文してどんな魚が出て来ても一向に構わない。特にひどいのは日本酒であって、銘柄は店によって違うがお客の注文は通らない。これに対しヨーロッパのレストランでは小さい処でも100種類位のワインは必ず揃えていて、お客の好みに合わせて出してくれる。ワインだけではなく、ソースにしてもデザートにしても「コーヒーにクリームは、砂糖は?」とうるさい程聞いてくる。考えて見れば欧米人の方がお客も自分の個性を強く主張し、レストランの方もお客のニーズに則したマーケット指向型の経営に徹しなければ生き残れないという厳しい現実に直面しているのであろうか。

もう一つはビジネスと食事の組合わせの問題である。東京でも最近は大分変わって来たようではあるが、食事をしながら商売上の交渉をしたり仕事の打合せをしたりするのはエチケットに反するという旧来の考え方が残っている。一方、欧米では商売と食事を一緒に片付けようという所謂「ビジネス・ランチョン」なる慣行がつとに定着している。スペインとかイラクなど暑い中東の国々では朝8時から2時まで仕事をして、2時からゆっくり晝食ということになる。彼らはお客との会合ばかりでなく、仲間うちの打合せなども晝食時に行なっている。欧米のビジネスマンにとっては晝食時も勤務時間であり、従ってビジネス・ランチョンの席で充実した商売の話が出ないと貴重な時間を無駄にしたと嘆いている。

そこで、食事を楽しむには、「味わう」ことが大切である。酒や料理には各々固有の「味」があるが、「味」と「味わい」とは異なった概念であろうと思う。欧米の一流レストランには利き酒専門のソムリエというプロがいるが、彼らはお客のために味の鑑定をしているだけであって、決して楽んで飲んでいる訳ではない。食事を本当に「味わう」には、一緒に食べる相手、話題、場所、雰囲気、食器のデザイン、香りや音など数多くの要素が不可欠であって、ことに話相手と話題の選択は重要である。これらのすべてが混ざり合って単なる味覚から一般と高い価値にまで高められた情況が「味わい」であろう。こういった見地から眺めると、日本にも茶の湯・懐石といった雰囲気を大切にした楽しみがなくもないが、ヨーロッパでは食事を味わって楽しむという生き方が一般大衆にまで浸透しているのは羨ましい限りである。テームズ河畔の古い旅亭で初夏の緑を賞でながら、二組の老夫婦が三時間もかけてゆっくりとウィークエンドの晝食を楽んでいる図などまさに「味わい」の極致といえよう。

とまれ、このたび思いがけずも当行取締役に選任され、その重責を考えるとこんなのんびりしたことを書いてもいられまい。しかしながら、やはりこれからの人生を一段と「味わい」深い充実したものとすべく、豊かな人間関係を大切にし、果しなく拡がる夢をはぐくんでいきたいものと思いを新たにしている次第である。

(取締役国際投融資部長    岡部  陽二)

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(1982年7月(株)住友銀行広報室刊行の行内報「泉苑」319号第10頁所収)

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