社会保障制度改革国民会議報告書を読む (1)総論部分
2013年8月6日、社会保障制度改革国民会議の報告書が、清家篤会長から安倍晋三総理大臣に手渡された。
●「社会保障制度改革の全体像」の要約
1.今回の会議は、従来の経緯を前提として引き継いでいる。2012年8月10日、社会保障・税一体改革関連法が可決され、消費税を段階的に10%に引き上げることが決定された。消費税収は社会保障財源化され、増収分の具体的な活用先が決定された。
2.国の基礎的財政収支対象経費に占める社会保障関係費の割合が4割を超え、税収は歳出の半分すら賄えていない。社会保障の継続性、世代間の公平性の観点 から問題である。受益と負担のバランスを取る必要がある。社会保障制度改革と財政健全化は、同時達成しなければならない。
3.社会保障制度は社会保険方式を基本とする。社会保険方式は「自助の共同化」を意味する。公助は自助・共助で足りない困窮者を対象とする。
4.「自助努力を支える」「負担可能な者は応分の負担を行う」ことを基本的考え方とする。
5.徹底した給付の重点化・効率化が必要である。
6.男性労働者の正規雇用・終身雇用と専業主婦を前提とした1970年代モデルでは、現役世代は雇用、高齢者は社会保障で生活保障がなされていた。21世 紀(2025年)日本モデルでは、年金・医療・介護に加えて雇用・子育て支援・格差・住まいが重要になってくる。雇用・子育て支援・格差・住まいには財源 が確保されていなかったため施策が不十分だった。
7.女性、高齢者、若者の就労を支援して、支え手を増やす。
8.子育てを社会全体で支援する。
9.大都市では高齢者が急増している。過疎地では高齢者を含めて人口が急減している。地域ごとに状況が異なる。地域ごとの客観的なデータに基づいて医療・介護の提供体制を構築する。社会福祉法人、NPOが地域の「互助」を支援する体制を形成する。
以上まとめると、高齢化のため、社会保障費が増大している。しかも、経済成長は停滞したままである。このため膨大な財政赤字が生じた。社会保障制度を持続 していくためには、増税、保険料の増額、給付の削減、サービスの効率化が必要である。また、従来、社会保障の対象となっていなかった、子育て支援を含めた 若年層への対応が必要である。
●将来推計人口と社会保障給付
報告書では「21世紀(2025年)日本モデル」という言葉が使用され、2025年に焦点が当てられている。これは、日本の高齢化による問題が2025年に頂点に達し、以後、改善されるという誤解を与える。2025年以後も高齢化問題は厳しさを増す。
国立社会保障・人口問題研究所は、出生と死亡についてそれぞれ高位、中位、低位の条件を設定し、合計9種類の将来推計を発表している。2012年1月推計 によると、日本の総人口は、出生中位・死亡中位推計で、2010年の実測値1億2805万7千人から、2060年8673万7千人、2110年4286万 人まで減少する。最も人口が少なくなる出生低位・死亡高位推計では、2060年7856万3千人、2110年3014万2千人まで減少する。最も人口が多 くなる出生高位・死亡低位推計でも2060年9602万1千人、2110年6019万8千人まで減少する。
いずれの推計でも、20歳から64歳までの現役世代人口が減少し続けるのに対し、65歳以上の高齢者の絶対数は2025年以後も増加し、2042年から 2043年頃に最高に達する。要支援・要介護者の出現頻度が高くなる75歳以上の高齢者の絶対数は、すべての推計で2053年に最高に達する。65歳から 74歳までの高齢者は2016年以後、75歳以上の高齢者数は2053年以後減少するが、それ以上に現役世代人口が減少する。
高齢化率(65歳以上の比率)を出生中位・死亡中位推計で見ると、2010年の実測値が23%、2025年30.3%、2043年37.2%、2053年 39.2%、2081年41.3%に達し、以後横ばいになる。最も高齢化が進む出生低位・死亡低位推計で見ると、2025年31.2%、2043年 39.4%、2053年42.5%、2079年48.5%に達し、以後横ばいになる。最も高齢化の進行が軽度の出生高位・死亡高位でも、2025年 29.4%、2043年35%、2053年36%に達する。
2010年、現役世代人口は7564万2千人、65歳以上の人口は2948万4千人だった。現役世代2.57人で1人の高齢者を支える計算になる。以後、 高齢者が増え、現役世代人口が減る。高齢者1人当たりの給付を、国の借金を無視して、現役世代が毎年同じ金額を支払って支えると仮定すると、出生中位・死 亡中位推計では、給付は2010年を100%として、2025年70%、2042年52%、2053年47%まで減少する。出生低位・死亡低位推計だと 2025年68%、2042年49%、2053年43%、最も高齢化の進行が軽度の出生高位・死亡高位推計でも2025年71%、2042年55%、 2053年52%まで減少する。
以下単純化して、今後の給付を想像してみる。2013年度予算では、税収が大幅に不足しており、歳入の半額が借金である。借金の返済額は歳出の4分の1を 占める。借金が返済の2倍なので、このままでは、借金が増加し続ける。現状の赤字国債の発行を40年間も継続することは不可能である。仮に国債を発行せず に、借金払いもしないとすれば、予算が50%に減少する。従来は歳出の75%を借金払い以外に使っていた。国債発行なし、借金払いなしにすれば計算上、歳 出は現状の67%(0.5÷0.75)になる。単純計算すると、出生中位・死亡中位推計で給付に回せる国費は、2025年46%、2042年33%、 2053年31%となる。実際には、利払いが現状で10兆円あり、その分、借金が増え続ける。政府のインフレターゲット政策が成功すれば、金利が上昇し、 利払いがさらに大きくなる。消費税を10%にあげても、税収は13.5兆円しか増加しない。増税分は利払い分にしかならない。
加えて、人口が激減する局面では、生産設備が過剰になる。経済は撤退局面が続き、設備投資が減少する。人口減少の程度以上に経済活動が縮小する。出生率が現状のままなら、社会保障どころか日本社会そのものが破滅的な状況になりかねない。
出生中位・死亡中位推計で2053年の数字をさらに詳しくみる。2010年には現役世代人口は7564万2千人だった。65歳から74歳までの人口は 1529万人(現役世代人口の20%に相当)、75歳以上は1419万4千人(現役世代人口の19%に相当)だった。2053年には現役世代人口は 4471万4千人に減少する。2010年を100%とすると59%となる。65歳から74歳までの人口は1281万2千人(2053年の現役世代人口の 29%に相当)であり、絶対数は減少するが相対的に多くなる。さらに75歳以上の人口は、2407万9千人(2053年の現役世代人口の54%に相当)と 絶対数も相対的にも大幅に増加する。2053年の日本社会は、2010年とは比べようのない厳しい状況となる。要介護者の出現頻度を65歳から74歳まで の3.9%、75歳以上の28.1%だと仮定(2008年の「千葉県地域ケア整備構想」より)すれば、要介護者は2010年を100として2053年には 158に増加する。65歳からの年金の支払いが2053年にも継続できるとは思えない。
報告書は、社会保険が「自助の共同化」であるとする考え方にこだわっている。しかし、社会保障給付費が伸び続けているが、社会保険料収入は1998年以 後、横ばいである。一方で、市町村国保と後期高齢者医療制度を支えるために、多額の税金が投入され、組合健保からも保険料が拠出されている。基礎年金の国 庫負担割合は、2分の1に引き上げられることになった。自助という言葉が使いにくい状況になっている。社会保障制度の理念そのものの再構築が必要になりつ つある。
●「自助の共同化」の破綻
実際に、「自助の共同化」では弱者を救済しきれなくなった。医療分野では、「自助の共同化」と生活保護(公助)の狭間で医療を受けられなくなっている人た ちが目立つようになった。貧困化の進む房総半島の南端では、入院費の自己負担分が払えないとの理由で、入院を拒否する患者に遭遇することが珍しくない。社 会保障推進千葉県協議会が行った市町村への国民健康保健アンケートによれば、2010年の館山市の総世帯に占める国保加入世帯が45.3%、国保加入世帯 に占める前年度滞納世帯の割合は30.5%だった。国民健康保険実態調査によると、2011年度の国保加入世帯の前年の平均所得は141万6千円。平均保 険料は14万3145円だった。この所得と保険料では、滞納世帯が発生するのは避けられない。そもそも自助が無理な世帯に自助が強いられている。1993 年度の国保加入世帯の前年の平均所得が239万円だったが、以後、一貫して減少している。一方で、日本の名目GDPは、1992年に比べて2010年には 1.6%しか減少していない。貧富の格差が拡大し、国保被保険者の中で生計困難者が増加している。
こうした事態に対応するために、安房地域医療センターでは、安房医師会の理不尽な反対を受けながらも(1、2)、2012年11月、無料・低額診療を開始 した。保険診療を前提として、患者の自己負担分を減額あるいは無料にすることを原則とした。。医療分野に限定した私的セーフティネットである。院内ルール を定め、医療ソーシャル・ワーカーが聴き取り調査をして、無料・低額診療を適用するかどうか決めている。全例カンファレンスで議論している。
生計困難者はよほどのことがないと病院を受診しない。大きな病気で病院に運び込まれても、患者はしばしば保険証を持っていない。短期被保険者証も自動的に 発行してもらえるわけではない。しかも、滞納した保険料を支払わないと、高額医療での自己負担分を減額する限度額認定が受けられない。行政とぶつかるが、 予算不足、制度の不備が原因であるため、現場での解決は難しい。無料・低額診療の実態については、担当者がとりまとめて公表を準備している。
●結論
報告書が提案している負担増、給付の縮小、サービスの効率化を実行する必要があることは間違いない。しかし、現状の出生率を前提にする限り、社会保障制度 は破綻する。出生率を高めること、将来の現役世代の収入を高めることなしに、社会保障制度は持続できない。出生率が高くならなければ、大規模な移民、それ も高学歴層の移民を受け入れざるをえない。ただし、移民先として、現在の日本に魅力があることが前提となる。
<文献>
1.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その1/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.633, 2012年10月31日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63312.html#more
2.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その2/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.634, 2012年10月31日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63422.html#more
(『厚生福祉』2013年10月1日6021号からの転載)