Home»オピニオン»社会保障制度改革国民会議報告書を読む (2)少子化対策

社会保障制度改革国民会議報告書を読む (2)少子化対策

0
Shares
Pinterest Google+

●「第2部 I 少子化対策分野の改革」の要約
1.子どもたちへの支援は、社会保障の持続可能性・経済成長を確かなものとするものである。
2.社会全体で、すべての子どもの成長を支える必要がある。
3.日本の少子化傾向は歯止めがかかっていない。危機感を持って集中的な施策を講ずるべきである。
4.少子化の原因は、就労していない若者が多いこと、出産・子育ての機会費用が大きいことがあげられる。
5.まず出産・子育てと就労継続の二者択一状況を解決することが必要である。第1子出産を機に6割の女性が就労継続を断念している事実は放置できない。
6.女性の就労希望者(342万人)が就業すれば、7兆円、GDP比1.5%の付加価値を生む。
7.子どもの時の貧困が、大人になってからの貧困につながらないよう、教育や学習の機会の格差を解消する。
8.認定こども園法に基づき、幼児期の子どもにいずれも保障されるべき学校教育と保育を単一の施設で受けることができる幼保連携型認定こども園など、認定こども園の普及推進が必要である。
9.子育て支援の財源として消費税増収分を活用する。
10.子育てと就労の両立支援の観点から放課後児童対策を充実させ、「小1の壁」を解消する。
11.子育て支援のための人材を確保する。中高年世代が子育て支援に参加する機会を増やす。
12.高齢世代中心の給付から、全世代給付への転換を確実なものにしていく。
●ドイツの親手当
出生率を増やさない限り、負担増、給付の制限だけでは日本の社会保障制度を維持することはできない。出生した子どもの数と将来の現役世代の収入が大きくなるほど、将来の社会保障を支えるための費用を大きくすることができる。
ドイツでは2007年、親手当制度を導入した。毎月、子の出生前の1年間の平均月間就業所得の67%、最高支給額1800ユーロ、が1年間支給される(1)。収入がない場合でも300ユーロが支給される。収入が多いほど支給額が多くなる仕組みである。
それまで、ドイツでは育児手当として、月額300ユーロが最長2年間支給されていた。しかし、制度発足後、所得が多くなるほど支給額が減額される仕組みが 強められ、支給を受けられる人数も大幅に減少した。育児手当は、すべての子育て家庭を支援するものではなく、低所得の家庭を支援するものに変容していた。 この間、ドイツの合計特殊出生率は1.3前後の低水準に留まった。
経済学者のリュールップらは、2003年の報告書「活発な人口発展のための効果的な家族政策」で、出生率の上昇と女性の就業率の上昇を同時に追及する家族 政策が必要だと主張した。具体的には、①保育施設の拡充を進めること、②育児休業による所得減少(機会費用)を少なくするために所得比例の休業給付を導入 すること、を提言した。斎藤は、親手当制度の第一の目標に、中高所得者層・高学歴層の出産の促進があるとしている(1)。当時、ドイツで大卒女性 (35-39歳)の子どもがいる割合は39%にすぎなかった。
親手当については、高額所得者を優遇するものとして、ドイツ国内で強い反対があった。しかし、2010年、グライフスヴァルド大学の調査でその効果が明ら かになったと報道された。http://www.obasan.de/2010.6.21/2010,6.21,5.htm 親手当導入後、2人目ないし 3人目の子供を産む人が増えているという。親手当導入前は、所得が月額3000ユーロ以上の家庭の母親の9,7%が 2人目の子供を産んでいたが、導入してから 2年後はこの割合が14,4%に上昇した。導入前に 2人目の子供を産んだ女性の30%が10年以上の学校教育を受けていたが、導入後はその割合が 35%に上昇した。第一子を産んだ母親のうち、10年以上の学校教育を受けた母親の割合は導入前が33%、導入後が37%だった。この効果が短期的なもの かどうか注目していく必要がある。
就労と出生率については、日本国内、海外を問わず、女性の社会進出が進んでいる地域ほど出生率が高いことが知られている(2)。この認識に立てば、ドイツ の保育施設の拡充、育児休業に対する所得補償政策は現実的かつ合理的である。所得補償の方法については、手当以外に、所得控除による減税も検討すべきであ る。

●「保育に欠ける」
報告書は社会全体で子どもを育成するとしているが、最大の問題点についての議論を意図的に避けているようにみえる。児童福祉法24条は、「児童の保育に欠 けるところがある場合」、保護者の申し込みがあったときに、市町村は児童を保育所で保育しなければならないとしている。「保育に欠ける」家庭の就学前の児 童を、親に代わって保育するのが保育所である。問題を抱えた家庭に対する行政による援助と位置づけられている。母親に罪の意識を持たせる制度である。行政 に申し込み、行政が保育所を割り当てるという傲慢な方法もこのためである。親がサービスのよい保育所を選択できる仕組みではない。日本の児童福祉法は、女 性が家庭で子育てに専念することを前提としている。世界では、子育てをしながら女性が働くのが前提となっている。母親の就労を促進するためには、家庭の状 況に関係なく、保育サービスにアクセスできなければならない。報告書の基本姿勢からみれば、児童福祉法24条を改正する必要がある。
待機児童数の算出方法も、役所が上から施すサービスという考え方の影響が大きい。待機児童数とは、認可保育所の利用申請をし、利用要件を満たしているが利 用できていない児童数を指す。認可保育所は、両親ともフルタイムで働く家庭が優先されることから、パートの仕事だと利用が難しい。就職活動中や、働きたい と考えている母親は、申し込みに至っていないことが多いという(3)。割り当てられた保育所を希望せずに待機している場合、認可外保育所に預けている場合 は待機児童数には含まれていない。当然だが、サービスがよくなれば待機児童数は増加する。待機児童数という行政の都合に合わせた言葉の使用は差し控えるべ きである。

●幼保一元化の問題
報告書の少子化対策についての文言は具体性に欠けるものの、方向は概ね妥当である。しかし、問題もある。下記文言は日本の危機的状況から見ると、犯罪的ともいえる。

「保育所を探し回っても適切な保育所が見つからずに就労に多大な影響が出る親が少なくない実態もある。こうした現状を改善するため、認可保育所と幼稚園の 2つの施設類型を超えて、所管を一元化し、認定こども園法に基づき、幼児期の子どもにいずれも保障されるべき学校教育と保育を単一の施設で受けることがで きる幼保連携型認定こども園など、認定こども園の普及推進が必要である。」

2つの決定的な嘘がある。

1. 少なくとも認可保育所は行政が割り当てるのが原則となっており、親は「適切な保育所」を探し回って選択できる立場にない。
2. 学校教育法に基づく幼稚園と保育所が同じように求められているわけではない。4時間で帰宅させることを原則とした幼稚園では、子育てと就労の両立支援にはならない。

日本で不足しているのは、保育であって、断じて幼稚園における教育ではない。実際、定員割れの幼稚園は珍しくない。幼保一元化は、幼稚園と保育所という性 質の異なる二つの制度をそのまま残して一緒にさせようとしているため、ほとんど普及していない。学校教育法第22条、23条に規定されている幼稚園教育の 目的、目標は、保育所でも達成できる。保育の必要性に応えるのなら、幼稚園でも優良な保育サービスを提供できるようにすればよいのであって、保育所を幼稚 園に無理に近づける必要はない。幼稚園教育に特別の意義を見出すのならば、質の高い幼児教育を提供して、社会に示せばよい。
危惧されるのは、自民党の族議員の動きである。族議員が、幼稚園への露骨な利益誘導を目論んでいるという指摘がある。http://blogos.com /article/63506/ 安倍政権の官邸は既得権益から国益を守ろうと努力しているが、族議員に外堀を埋められたという。ウィキペディアによると 自民党本部が推薦している友好団体のうち、教育系9団体に全日本私立幼稚園連合会、私立幼稚園経営者懇談会が含まれている。前者にPTAの文字を入れた全 日本私立幼稚園PTA連合会の役員名簿には、自民党の文教族の有力者が並んでいる。幼稚園の政治団体は、幼児教育の無償化を主張している。彼らが、幼稚園 の認可要件などを盾に、認定こども園の認定要件を幼稚園に有利になるように捻じ曲げたり、保育サービスを低下させたりすることがないよう、全国の母親、国 民が監視していく必要がある。
私は自民党の政治家に、24時間保育、病児保育、学童保育など育児支援サービスを向上させるべきであり、幼保一元化は目的として不適切であるという意見 を、そのまま政治的プロパガンダに使える1枚の紙にして具申したことがある。私の提案に対して、その政治家は怒気を込めて、「幼稚園は学校教育法に基づく 教育である。法律が認めた価値であるから何としても尊重しなければならない」という的外れな意見を語った。私は、幼稚園の政治団体と自民党との関係の強さ を理解した。
日本では、高等教育に対する親の負担が、世界でも際立って大きい。これが中間層の出生率を下げている。貧困を再生産し、社会を暗くしている。質の高い高等 教育は日本の発展に必須のものであり、将来の日本の支え手の収入を増やす。幼児教育と高等教育のどちらが優先されるべきか、政治的駆け引きの前に、本格的 な議論があってしかるべきである。

●公立保育所の硬直化
保育所は「保育に欠ける」家庭に対する行政サービスである。上から目線であり、措置制度の雰囲気が残る。結果としてサービスが硬直化し、利用者側の多様な 要望に応えられない。前橋市の2012年1月発表のアンケートによれば、病児・病後児保育、休日保育、3歳以上児への主食提供、延長保育などの要望が多 かった(4)。愛媛県宇和島市の子育て事業問題検討委員会」の2013年の答申は、公立保育所に比べて民営化した保育所の入所希望が多くなっていることの 要因として、「延長保育や一時預かり、子育て支援事業などの付加的保育サービスの実施がある」としている(5)。
民営化されたとしても、認可保育所には、行政の縛りが大きく影響する。保護者が行政の窓口に申し込み、行政が保育所への受け入れの可否、保育所の割り振り を決める。これに対し認可外保育施設は、保護者が施設に直接申し込み、施設との契約で受入れが決まる。認可外保育施設は多様な需要に応ずる努力から生まれ た。収入が限定されているため、苦しい経営を強いられてきた。
1998年の厚生白書は認可外保育所について、以下のような認識を示した(6)。

「女性の雇用者としての就業が増加するにつれて、低年齢児保育や延長保育の需要が高まってきたが、子どもの福祉の観点から低年齢児保育や長時間保育は望ま しくないとの考え方が根強く、認可保育所だけでは十分な対応はなされなかった。こうした中で保育所だけでは応えられない需要に対して、いわゆるベビーホテ ルをはじめとして認可保育所以外の保育サービスが出現してきた」。
「時間的な融通が利く」「出産直後から預かってくれる」「早朝、夜間なども利用できる」「子どもが病気のときも利用できる」「サービスの弾力性、多様性な ど認可保育所が十分に応えていない需要に対応していることがうかがわれる」。しかし、「質に問題のあるものもあり、死亡事故が起こるなどして社会問題化し た」。

公立認可保育所は民営認可保育所より多額の経費を使っているが、需要に応えて新たなサービスを提供する努力を怠ってきた。認可外保育施設は、資金不足など に起因する事故が発生することはあったが、新たなサービスを切り開き、社会で必要不可欠な存在になった(6)。これが認可保育所に影響してサービスの向上 につながった。
筆者が顧問を務める社会福祉法人太陽会は、千葉県鴨川市で、病児保育、24時間保育、学童保育サービスを提供するべく準備している。制度上の縛りのため、 一施設ですべてのサービス提供することはできない。24時間保育は大きな経費を必要とするが、現状では公費による十分な補助を得るのが難しい。まずは、女 性の夜勤のある就労先からの支援や、民間の寄付(7)で、費用を捻出するべく努力したいと考えている。

●結論
少子化を克服するためには、子育てと女性の就労の両立、具体的には、就学前・就学後の保育サービスの充実、所得補償が必要である。
保育サービスについては、サービスを多様化し、質を向上させる必要がある。既存の幼稚園、保育所は、社会の要請に応えるために、自らを変えることを恐れず、サービス向上に努めなければならない。既得権益を守るために、サービス向上を阻むことがあってはならない。
サービス向上のためには、ある程度の競争的環境が不可欠である。このためには、新規参入を保障しなければならない。サービス向上の努力を怠るのならば、公立、私立を問わず、退出させる必要がある。

<文献>
1.斎藤純子:ドイツの連邦親手当・時間法-所得比例方式の育児手当制度への転換. 外国の立法, 232, 51-63, 2007.
2.東条正美:多様化する保育所と経営3 保育事業経営の現状と課題. 厚生福祉, 2012年10月18日号.
3.東条正美:多様化する保育所と経営2 認定こども園法の改正内容, 待機児童問題などを見る. 厚生福祉, 2012年10月5日号.
4.東条正美:多様化する保育所と経営4 保育事業の決算, 特性と利用者のニーズ. 厚生福祉, 2012年10月23日号.
5.東条正美:多様化する保育所と経営35 公立保育所との比較で浮かび上がる問題. 厚生福祉, 2013年8月13日号.
6.東条正美:多様化する保育所と経営13 認可外保育施設をめぐる調査結果を見る. 厚生福祉, 2013年1月18日号.
7.小松秀樹:限界自治体. 厚生福祉, 2013年5月28日号.

(『厚生福祉』2013年10月8日第6023号からの転載)

Previous post

日本の人口問題

Next post

規制改革会議での意見陳述 2013年10月9日