ダボスの村から世界経済のいまが見える ―ダボス会議とグローバル・リスクの実像
はじめに: ダボスの主役
今年も1月、スイスのダボスで世界経済フォーラム特別総会(ダボス会議)が開催(22~25日)されました。ダボス会議と言えば、時代の潮流を捉え、世界各国の政界、経済界のリーダーが一堂に会し、世界経済の創造的拡大を目指すフォーラムと位置付けられ、ミニ国連総会とも称されるまでになってきています。まさに‘ダボスの村から世界経済のいまが見える’と言ったところです。
さて、今年のフォーラムでもっとも注目を呼んだ出席者はと言えば、イランのハサン・ロウハニ大統領、そしてもう一人は日本の安倍晋三首相でした。因みに、Financial Times( Jan.25/26,2014) は、安倍首相とロウハニ大統領のツー・ショットの大きな写真を掲げ、彼ら二人の出会いについて `Abe and Rouhani emerge as star attractions’ とするheadlineと共に、この二人のリーダーについて次のように評していたのです。
まず、ロウハニ大統領については、先月論考でも指摘したように、米国との関係の改善、核開発を巡る紛争リスク回避への取組、を目指すイランにおけるニュー・タイプの為政者として、また安倍首相については、アベノミクスなる経済改革プログラムを以って、世界第3位の経済大国である日本の経済を再生させる可能性を齎している政治家として評すると共に、いずれも`potentially transformative figures’ と指摘していたのです。
と同時に、この二人は世界で最も危険な地域内対立 ―日本と中国、イランとサウジアラビアの対立関係― の中心人物でもあると言う点で、共通した存在という事もこれありで、まさに、この二人が今回のダボス会議の主役というものでした。
こうした事情をうけ、新たな展開を示す中東問題、対立深める日中関係問題が、今回のフォーラム活動のトレンドを規定する処となると共に、これら地政学的リスクを背景とした世界経済の行方、とりわけ中国経済の変化に関心が集まったと言われています。
そこで、これら議論の行方を改めてレビューし、今後の行方を考えることとしたいと思います。と同時に、当フォーラムが掲げるスローガンは‘グローバル化の推進で経済の発展を’ですが、いま中国では、それが曲がり角を迎えていると言われています。そこで、その実際についても併せ、下記シナリオにて考察することとしたいと思います。
1.ダボス会議が映し出す政治的対立、三つの構図
(1)中東における紛争拡大の可能性
(2)日本と中国の対立の激化
(3)西側世界が抱える格差問題
2.中国の変化でグローバリゼーションは、いま曲がり角に
3.ウーマノミックスー:女性の活用拡大で経済を
おわりに: いま一度、高橋是清に学ぶ
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1.ダボス会議が映し出す政治的対立、三つの構図
今回のダボス会議の特徴は、前述の通り、イランのロウハニ大統領と日本の安倍首相の二人が参加したこと、そして両者が対峙している政治的脅威の問題が、ダボス会議の場で取り上げられたことで、より‘問題理解の世界化’が深まったこと、と言えそうです。そして、この種問題への取組については、従来、経済成長が政治的・社会的安定のカギと信じられてきていましたが、例えばテロの根本的な原因に対処する時、経済を繁栄させ雇用を創出することが長期的な解決策となると言われてきたものですが、しかし、今そこにある対立とは、そうした対応では通じなくなった新しい形の政治的対立として、浮き彫りされるものだったのです。
ではダボス会議で見せつけられた‘新しい形の政治的対立’の現状は一体どういったものか、メディア情報(注)をベースに今一度レビューしたいと思います。
(注)` The horcrux of the matter: Intense diplomatic competition between China
and Japan shows tempers rising dangerously ‘ (The Economist, Jan. 25, 2014 )
`Growth and Globalization cannot cure all the world’s ills’ (Financial Times. Jan.28,2014)
(1)まずその構図の一つはthe spread of conflict in the Middle East, つまり中東における紛争拡大問題です。
今回、ダボス会議に出席したイランのロウハニ大統領は、核兵器よりも貿易や投資への関心を強く打ち出し、経済政策上は‘イランを世界の10大経済国の一つに’を目指すこと、そしてこの為には関係諸国との外交関係の強化を図っていきたいと新たな呼びかけを行なったのです。それは世界経済へのイランの再登板であり、民主化と欧米との関係の見直しを示唆するもので、これによりロウハニ大統領はa voice of reason in the Middle East、 つまり‘中東における理性の代弁者’という、イランの指導者としては珍しい立ち位置を手にするなど、高い評価を得る処となったのです。
前回の論考でも言及していますが、ロウハニ大統領は核開発問題で米欧との対話にカジを切り、1月20日には核開発の縮小を開始し、米欧はその見返りとして経済制裁の一部を緩和しています。ロウハニ政権は疲弊した経済の早期再建へ外資誘致を促進しようと言うもので、既にルノー等欧州企業を中心にイラン再進出を探り始めたと伝えられています。
しかし、こうしたイランの変化は中東の他の状況が非常に厳しい事情の裏返しだ、とされる処です。というのもイランは中東での紛争問題、シリア、イスラエル或いは核兵器問題に対するポジションをかえてはいないのです。
例えば、シリアでは今なお悲惨な戦闘が繰り広げられています。ロウハニ氏はこれについては、シリアの最大の問題はアサド政権の残虐行為ではなく、無慈悲なテロリストが同国になだれ込んでいることだと主張しています。とすれば、いくら経済合理性を訴えても、戦闘がそれで終わるわけでもなく、むしろロウハニ氏の姿勢に他の中東諸国では反発すら買う処となっていると云うものです。つまり、シリア内戦はシーア派のイランと同盟関係にあるアサド政権と、サウジ、カタール、トルコ等、スンニア派諸国の支援を受けた勢力との宗教戦争に変質してきているということ、加えて戦闘員、特にジハーディストと言われる聖戦主義者には、上述のとおり欧州から態々やってきている者、さらにはサウジアラビアや湾岸諸国の出身者も入って来ているという現実もあり、こうした中東紛争問題はイラン自身の変化とは別問題とされる処です。
勿論、こうした聖戦主義者にはグローバリゼーションなど、お呼びではなく、従来型の経済という薬も、あまり効果は期待できそうにありませんし、ロウハニ大統領の変化が評価されたとしても、中東情勢の複雑さが増している状況には変わりはないのです。現在、シリア問題については国連の場で議論されていますが、とにかく紛争拡大に繋がる要因を如何に排除していくか、改めて世界的広がりで考えられていくべきを、深く思う処です。
(2)次に、今や世界的に関心を高める問題となっているのがthe growing rivalry between China and Japan、つまり、中国と日本の対立の激化です。
この日中間の緊張こそは経済的自己利益が政治的な問題の万能薬でないことを語る対立構造と、言うものです。そして、この対立問題が日中両国だけの問題に留まらず、日米関係、米中関係の文脈の中にウェイト持って組み込まれている点で、より世界化した問題とされる処です。
消耗戦の様相を示す日中舌戦
中国は日本にとり最大の貿易相手国であり、日本の対外投資の最大受け入れ国ですが、中国の繁栄が(台頭)が日中間のバランスをかえ、それが両国の苦い歴史とかさなり日中関係が悪化しているものと言えそうです。そして今や両者の関係は、2013年11月、中国が設定したAIDZ (防空識別圏) について日本は不満を表明し、一方、中国は12月26日の日本の安倍首相の靖国参拝を非難し続けているというものです。そして安倍首相の靖国参拝以降、中国の大使30人が世界中の新聞に論文を寄稿して、日本が軍国主義に戻ろうとしていると非難を展開し、これに日本の大使も、中国の積極的な軍備増強を批判する寄稿で応酬する(注)と言った状況が続いており、中国との対話の可能性は急激に薄れてきています。
(注)海外主要紙に寄稿した日中大使(日経、2月12日)
英デーリー・ 米ワシントン・ 独フランクフルター・
テレグラム ポスト アルゲマイネ
日本: 林景一大使 佐々江賢一郎大使 中根猛大使
中国: 劉暁明大使 崔天凱大使 史明得大使
勿論どちらの国もこの舌戦に勝つこともなく、最早、消耗戦の様相にあるというものですが、その戦いはダボス会議の舞台に移されたというものでした。
ここでも安倍首相は再び中国の軍備増強を批判し、日中の対立を第一次大戦前のドイツと英国の関係になぞらえて不安を呼ぶこととなったのですが(注)、こうした発言は外交上の口論が孕む真のリスクを浮き彫りにするものと、メディアは指摘するのです。
(注) ダボス会議での日中関係を巡る質問に対して、安倍首相は、第一次世界大戦でぶつかった英独関係の教訓を引合いに、日中首脳対話が必要という趣旨の発言をしていますが、これがあたかも日中武力衝突の危険を指摘したかのように報じられ、波紋を呼んだと言うものです。実はここで言う英独関係の教訓とは、昨年12月21日付The Economistの巻頭論文‘Look back with angst’で指摘されていた事態ですが(先月弊論考参照)、同誌の示唆は、この変化の激しい時代にあっては、人間の理性を過信してはならないこと、更に問題を表面的、短期的、そして楽観的な立場から対処してはならない、ましてやナショナリズムを道具扱いしてはならないと、百年前の教訓として警鐘を鳴らすものだったのです。
アベノミクスは北京のお蔭?
処で、安倍首相は就任直後、日本をデフレから脱却させ、自国の国益を守れる繁栄する国を築く為として「アベノミクス」なる経済政策を打ち出し、その取組については世界的評価を受ける処となっています。その安倍首相を支持する多くの国民の意識には、台頭し、強硬姿勢を強める中国への恐怖心が愛国心の強い安倍晋三氏を頼りとする、そうした深層心理が強く作用していると言われています。こうしたコンテクストに照らし、アベノミクスの陰には台頭する中国の脅威があるとされるという事で、言い換えればアベノミクスはその動機の多くは北京のお蔭で生まれたもの、とも語られる処です。確かにアベノミクスが順調な進捗を見せる一方で、(中国脅威を意識した)国力の強化の名の下に、安倍首相は国家主義的な政策課題を強力に推し進めています。その点、中国政府は絶えず日本を威圧することで、安倍政権の仕事を楽にしているとも映る処です。
しかし、秘密保護法に象徴されるように公の議論の余地を狭め、安倍首相が自身の信条だけで行っている国家主義的事態の采配は、いまや危険だと、メディアは断じています。そして中国の脅威を口実に日本の開かれた社会が打撃を受ければこれ以上の悲劇はないとも警鐘を鳴らしているのです。アベノミクスを強く支持する筆者としても、その思いは同じくする処です。その点では彼の言動を注意深くフォローしていきたいと思っています。
責任倫理と心情(信条)倫理
処で、1月30日に行われた衆議院での代表質問は、こうした文脈の中で行われたことで極めて関心を呼ぶものでした。前述の通り、昨年12月、安倍首相は突然に靖国参拝を行いました。それは、米政府の助言に逆らい、外交上の良識を無視した行動として米政府からもdisappointedとの不満が伝えられた処です。さて、この点で1月30日の国会代表質問に立った「結いの党」代表の江田憲司氏は、「一国の代表である首相は自らの信念だからと言って何でも押し通すことは控えるべきだ」と、質したのです。これはマックス・ウェーバー云う処の「責任倫理」に基づき行動すべきではと、いうものでした。
因みに、マックス・ウェーバーは自著「職業としての政治」に於いて、人間の行為は二つの倫理観に基づいて行われるとして、一つは「心情(信条)倫理」、もう一つは「責任倫理」として、その行動様式を定式化しています。つまり、「心情倫理」とは、自らの行為を純粋に信じて、その結果については神に委ねて省みない態度を指し、もう一方の「責任倫理」の下での行為とは、これは予測できる限りで自らの行為の結果を考慮し、その責任を引き受けていかねばならない行動様式とするものです。そして結論的に言えば、政治家というのは自らの責任倫理的な判断で行動することが求められていくとするのですが、果たせるかな、安倍首相は、自身の心情(信条)に従い粛々と行動するだけ、と答弁していたのです。さてこのマックス・ウェーバーの言を安倍晋三氏はどこまで咀嚼できていたのでしょうか。
日米トップ会談
処で、本稿執筆中、オバマ大統領の4月訪日予定が正式に発表されました。そして、この機会に予定される日米トップ会談では安倍首相は「軍備増強を進める中国をにらみ、安全保障や経済など幅広い分野での日米同盟の強化を確認したい」と伝えています。安倍外交を立て直す起点になるのは、日米関係であることは言うまでもありませんが、日中問題もその枠組みで考えられて行かねばならない処です。ただここで留意しなければならないことは、単に‘戦争に繋がるタネ火を消す’という事ではなく、‘戦争がそのタネ火を探している’現下の環境を認識した上で、日本として対応しなければならないこと、米国の協力を得てしなければならないこと、等、同盟国として誠意ある関係の再構築を図るべきと思料するのです。
米側も米中関係の可能性を踏まえ、同盟国日本が抱える対中関係での困難な局面の転換に向けた何らかの働きかけが予想され、同時にこれを機会に昨年来、後退が指摘されてきた米国のアジア戦略の再確認が進むことが想定される処です。その際は、日本として如何にその存在感を維持していくかがキーポイントになる処ですし、その存在感の維持という意味では、安定的かつ確実な成長を持続させていく事に尽きる処と思料するのです。従ってかかるコンテクストからは、安倍首相にはアベノミクス達成に向けた戦略的な対応姿勢を確実なものとしておくことが求められると言うものです。
(3)更に、西側世界、欧州と北米が抱える問題として挙げられていたのがrising inequality in the western world、つまり、不平等の拡大と、それに伴う社会内部の対立の脅威への取組という問題でした。
欧米諸国の権力者を不安にさせているのは、いまでは国際的な対立関係ではなく各国内で進む政治的、経済的緊張が脅威となっていると言います。
ダボスの教義は` globalization is good for both western world and for emerging powers.’ 、つまりグローバリゼーションこそは西側世界にとっても新興国にとっても等しく、有為なもの、との強い信念があります。確かにグローバル化の進行で世界経済全体の成長レベルは高まってきました。しかし、いまではグローバル化という薬には不快な副作用(賃金停滞、格差拡大)があることが常識となってきており、その結果として欧州では国家主義的な右派と、急進的な左派が復活する可能性について心配していると言うのです。また米国にあっては、上位1%の富裕層とその他の人たちの格差、更には格差が拡大し続けた場合の政治的帰結に対する懸念を強めている、ということですが再び資本主義と民主主義が問われだしたと言うものです。
さて、ダボスのリゾート地でワインを飲みながら以上のようにリスクの現状を議論し、また関係の権力者、ステークホルダーたちを批判する事などは容易な事だろうが、しかし、とメディアは次のように指摘するのです。
つまりグローバルに活躍するビジネス・パーソンの現実は、こうしたリスクを踏まえ、非公式ながら「戦争をするのではなくカネを稼ごう」(make money, not war )をスローガンとして、外国人を potential customers ( not potential enemies )として扱い、経済を進化させてきている、そうした行動を見るに、やはり全てについての解決策とはなり得ないとしても、資本主義とグローバリゼーションが政治的対立の最善のantidotes(解毒剤)になると指摘するのです。筆者としても、グローバリゼーションとは機会の拡大であり、可能性の拡大という意味において思いを同じくする処です。
さて、これら問題への具体的取り組みは構造改革とされる処です。その点では、アベノミクスは、そうした事態への具体的戦略対応と認識される処ですし、アベノミクスの完遂こそは世界経済への貢献に繋がる処と思料するのです。
2.中国の変化でグローバリゼーションはいま曲がり角に
過去30年の間、多国籍企業は中国に流れ込み、とりわけ金融危機後は多くの企業が中国に救いを求めてきました。つまりは新興国の需要拡大が先進国企業の好業績、そして株価上昇の原動力でもあったのです。しかし、今その、ゴールド・ラッシュが終わりそうな気配にあることが指摘されています。
前述、ダボス会議では、近時、先進国経済が力強さを取り戻す一方で、それまでの牽引役だった新興国の成長が鈍化してきた事で、これまでの潮流が変化してきたことが報告されています。IMFの朱民副専務理事は、新興国経済にとって問題は、世界的な金融環境のタイト化、中国の成長率の低下、コモディティ価格の下落、そして、国際貿易の弱さ、を挙げていたのですが、ここでの関心の中心は‘中国の成長鈍化’です。
というのも、これまでグローバリゼーションの主導的役割を担ってきたのが中国と言われてきましたが。しかし近時の経済成長の鈍化を受け消費者保護を名目に、価格規制や生産活動の管理など、行政措置が取られるようになり、‘競争’に政府の直接的介入が強まってきているのです。この結果、現地の多国籍企業は、従来の行動様式が問い直される状況にある処です。
因みに、ダボス会議にタイミングを合わせるように、1月25日付The Economistはこうした近時の状況について、‘魅力を失う中国’と題して以下のように伝えています。
‘魅力を失う中国’
中国に進出している企業の内、GM、アップルなどは依然現地で膨大な利益をあげているようですが、多くの多国籍企業にとっては、その状況は厳しくなってきており、既に家電量販店の米ベストバイ、独メディア・マルクト、インターネット大手の米ヤフーなどは撤退を、また化粧品大手米「レブロン」も昨年12月、全面撤退を発表しています。流通大手の英テスコは単独での進出をあきらめ、中国企業との合弁に踏みきっています。中国に留まっている企業も、一部は苦戦を強いられており、IBMは昨年第4半期の中国での売上は23%の減少。又仏酒類大手のレミー社では、中国での売上は昨年第1~3四半期は30%以上も減少したと言うのです。
これらは主に中国経済の成長鈍化に加え、コストの上昇、特に賃金の高騰で採算が悪化してきたと言うもので、この結果、戦略を成長から生産性向上に切り替えることを迫られるようになってきていると指摘するのです。つまりは、環境は厳しくなってきたことで、多国籍企業にとって、`China loses its allure’ つまり 中国市場は魅力をなくしてきたと映るようになってきたと言い、今後とも中国に留まろうとする企業は‘`Those that want to stay will have to adjust’、つまりは中国の変化に順応していくしかないというのです。
そして、その際のポイントは、「一つの中国」という捉え方はもはや意味をなさなくなってきた事と云うのです。つまり、中国経済が2兆ドルに満たない時代とは異なり、いまや当時の5倍にもなる環境の中では、地域市場への取り組みを進める事がカギになるというのです。かくして、中国絡みでのグローバリゼーションの行動様式は変化を余儀なくされてきていると言うのです。さて、こうした事から同誌は‘生産性を高め、ガバナンスを改善し地域の嗜好に対応できる企業は今後も繁栄していくだろうが、黄金時代はもう終わった’と断じています。つまり、中国はその魅力を失ってきたと言うものです。
序でながら、米ビジネス・コンサルタントのイアン・ブレマー氏も、時を同じくしてハーバード・ビジネス・レビュー誌(注)で、こうした環境の変化と進出企業’の行動様式に照らし、いま新興国に見るグローバルの動きとはGuarded globalization、つまり管理されたグローバル化が新たに進みつつあると、指摘するのです。そして、なかでも中国は遠からず世界経済ナンバーワンになることを前提に、国際的ビジネスのルールを、いまや中国としてフォローし易いものにしていこうとしており、これら中国の行動様式を把握し、当該問題をクリアーする用意が必要と、戦略対応を目指すことを改めて訴えているのです。
(注)‘The New Rules of Globalization’by Ian Bremmer, HBR, Jan-Feb. 2014
これまで多くの多国籍企業は成長市場として、中国に進出し、現地での市場成果を享受してきたと言うものですが、現実はどうも従来のような具合にはいきそうもなくなってきたという事で、そこにあるのは、言うなれば‘見直されるグローバリゼーション’であり、グローバリゼーションはいま曲がり角にあるという事ですが、この現実を理解した上で、戦略的な対応が不可欠となってきたと言うのです。
3.ウーマノミクス : 女性の活用拡大で経済を
処で、実はダボスではもう一つ、関心を呼んだアジェンダがありました。それは‘女性の活用拡大で経済を’というものだったのです。実際、参加した女性リーダーの顔を見れば、その関心の高まりが分かると言うもので、例えば、IMFのラガルド専務理事 ドイツのメルケル首相、韓国のパク・クネ大統領、リベリアのサーリーフ大統領、イスラエル初の女性中銀総裁、フルグ総裁、等々、そして、ダボス会議の最初の討論会には、米ヤフーのマリッサ・メイヤーCEOが登壇するといった具合です。
偶々、米国では2月3日、FRB議長にイエレン氏が就任しましたが、この結果、世界の金融政策は、ラガルドIMF専務理事と共に、二人の女性に負う処になったと言う処です。そして、仮に2年後、オバマ米大統領の後釜に女性大統領が就く事にでもなれば、欧州のメルケル首相と並び、国際政治も二人の女性に負うことともなり、まさに女性が主導する新時代の到来、という事と言うものですが、となれば世界の経済社会の仕組みは大きく変わっていくことが予想されると言うものです。
さて、安倍首相も、ダボス会議での演説では「日本の資源の内、女性の労働力が最も活用されていない日本は女性が輝く国にならなければならない」とし、女性が男性と同じように働くなら日本のGDPは16%も増大すると、説明しています。
これらは既にアベノミクスの成長戦略に組み込まれている処ですが、そうした「男女同権主義」を目指すには、指導力を発揮して、立法措置を講じ、変革を進めなければならない処です。そしてそれは少子高齢化社会に適応した制度改革を意味する処であり、まさに革命的とも言える変化が求められると言うものです。さて彼の社会観が伝統主義的である点で、その実行力には疑問ありと、メデイアは冷ややかな受け止め方をしているのですが。(注)
(注)‘Abe’s ` womenomics’ requires revolutionary change’
Financial Times Feb.13 ,2014
もとより、個人の意識を最終的に変えるのは政治の力ではありません。ただ、変化の土壌を醸成し、個人や企業、社会を変える触媒の役割を果たす可能性を秘めていること、そしてこれが日本の長期的な競争力の展望に影響を与える問題だけに、この際はラディカルな対応を期待したいと思う処です。
尚、2月5日、日本の衆院予算委員会では、質問に応えた安倍首相は、STAP細胞を発見した小保方晴子氏を意識しながら、世界の有力女性リーダーを日本に集め国際会議を検討したいと発言していたのですが。
おわりに :今一度、高橋是清に学ぶ
さて、本稿を終えたいま、再び首相周辺の発言が波紋を呼んでいます。それは日中関係をこじらせている靖国参拝問題、慰安婦問題にかかる首相周辺からの発言です。
首相補佐官の衛藤氏は、安倍首相の靖国参拝を巡る米国のdisappointed発言に対して、何故同盟国の日本を大切にしないのかと日本こそdisappointedと対米批判のコメントを出し、また、内閣官房参与の本田氏も安倍首相の靖国参拝について勇気を高く評価するとのコメントを出しているのです。そして、それら発言への批判が出るや、個人的発言として、その発言の取り消しに大わらわです。またNHK会長の慰安婦問題を巡る杜撰な発言も、批判を受けるや、これも個人的発言として取り消す騒ぎで、事態収拾に追われる始末を演じています。もとよりこれら発言が、日中はもとより、日米関係にネガティブな影響を与え、外交関係の悪化を齎す処なっています。いずれも、トップにある自覚の無さ、国際感覚の欠如、知性の低さを語るものと云わざるを得ないのです。
首相補佐官は当然のことですが、NHK会長も安倍首相が指名した人事という事ですから安倍首相のブレーンとなるところですが、その彼らの発言が個人の意見だとしても、それは「個人」という名を隠れ蓑として、首相の意向を伝えるものと受け止められても、し方ないと言うものです。こうした配慮に欠ける言動で、国としての品格までもが問われるという事で、彼らの緊張感の無さがもろに出てきているというものです。
折角、ダボスでは改革する政治家として安倍首相は評価を上げた処です。その評価を堅持していく為には何があるかと言う事ですが、この際は安倍首相には緊張感を新たにし、経済再生を目指すアベノミクスに集中していくことと思料されるのです。
処で、安倍首相は予て「高橋是清は私を勇気づけてやまない先人」としています。その是清とは、本論稿でも幾度か取り上げてきていますが、周知のとおり軍国主義が高まる時代にあって、経済発展の第一の目標を、国民の生活水準の向上にありとし、当時の拡大する軍事支出については国の健全性のみならず、国防そのものを危険に晒すことになるとして、軍事予算の抑制に努力し、右側の政治勢力と戦ってきたという政治家です。
さて、一方の安倍首相ですが‘国家を強くする’と声高には云うのですが、残念ながら、「国民」という言葉がそこには見えてきていません。そこで、この際は、安倍首相には、自らを勇気づける先人たる是清の行動様式を今一度学習し、アベノミクスの達成を含め‘国民’をセンターにおいた政策展開を目指さんこと、期待することしきりとする処です。
以上