人民元の動き
2015年は上海株式の暴落に振り回されたが2016年は人民元安に注目が集まった。人民元は政治色が濃く介入による金融引き締めや外貨準備の減少を避けたいなど政治的介入が続いている。16年後半の国慶節が終わると人民元の下げは急速となった。IMFの特別引き出し権(SDR)への組み入れも決まり気遣い無用とばかり元安に動いている。(16年10月から人民元がIMFの特別引き出し権に正式に採用となった。ドル、ユーロ、円、ポンドとともに5番目の主要通貨となった。)これにはIMFのラガルド専務理事の支援が大きいと言われている。(ラガルド専務はフランスの財務相時代の職務不履行の罪で起訴されて最近有罪判決を受けたが、刑罰の執行は免除された)同理事は「歴史的な転換点」と歓迎するがこれには更なる問題がある。中国の場合、国家統制を改め市場原理に完全に委ねる体制に至るにはどう見ても現状では不可能であろう。
元安が望ましいのは人件費の高騰などによる輸出の不振などもあるが輸出競争力を取り戻すには元安が一番の近道だ。今の中国の場合、資金を投入しようにも株式と不動産市場しか投入先がないので株式市場が駄目なら自然と投資は不動産に向かう。
外貨準備にしても一時は4兆ドル近くあったものが3兆2千億ドルを割り込んでいる。政府当局も外貨準備の減少に神経質となっている。何れにしても人民元がどこまで下がるのかが当面の問題だ。世界的には新興国からの資本流出が問題となっている。中国の資本流出は2015年6,760億ドル、16年は5,620億ドルとも言われている。国家外為管理局の発表では昨年9月の国外流出人民元は447億ドルで過去最大の流出額と発表している。このほかに正規の銀行システムを経由しない違法な資金流失も有り、人民元安による資金流失は金融システムの混乱を招く恐れが十分にある。
中国経済の問題点はいろいろ指摘されている。即ち地方政府を含む過剰債務問題、不動産価格の異常な高騰、給付金撤廃後の自動車販売の見通し、鉄鋼などの過剰生産、過剰在庫などだが、目下の所インフラ開発が中国経済を大きく支えている。
#人民元の下落
人民元が対ドルで下落が続いている。中国人民銀行の設定する基準値は2016年11月17日まで10日連続下落し人民元安としてはリーマンショック前の1ドル7元に迫っている。中国政府は元安によって輸出の下支えを行おうとの思惑から17日の基準値を1ドル6.8692元に設定した。一般に言われているのは 1.次期米大統領トランプ氏は選挙中に中国を為替操作国に指定し中国からの輸入品に45%の関税を課すと主張した。実際にそうなるかは不透明だが、一般には元の持ち高を減らす動きとなっている。 2.中国企業による海外M&Aは活発で大型買収案件が続出しておりこのための外貨需要も多い。 3.中国人個人の資金を分散する動きもある。数多い怪しげな金融機関を通じて香港経由で個人資金を海外にという動きもある。香港経由の輸出のinvoice priceを上げる所謂over invoiceなどの手段もある.
#中国政府の元安容認の姿勢
元安で輸出を支えたいとの思惑もあるが、2015年からの元安に対し元買い・ドル売りで為替介入を行ってきたが前述の通り外貨準備は4兆ドル近くあったものが2016年10月末には3兆1,206ドルまで減少し資本流出を極端に警戒している。IMFのSDR構成通貨となっても元の国際化は全く進展がないなど、政府部内で政策の見直しの論争があるように見える。
#日本との金融協力
日本から中国への進出企業は政治問題や中国の外資政策、更には人民元の問題もあり常に翻弄されている。
2012年6月邦銀と中国銀行・HSBCなどが人民元と日本円の直接交換取引(米ドルを介さず)が開始された。だがその3ヶ月後、尖閣諸島の領有権を巡る問題で日本たたきのデモが起こり日本車が破壊されたり日本料理店が焼き討ちされたりと日中関係は凍り付いた。これにより日本企業の投資も減退し人民元と日本円の直接取引も完全に勢いを失った。同じようなことはすでに起こっており1998年アジア通貨危機の際に中国政府はGITIC(広東国際信託投資公司)の清算を行い最大の打撃を受けたのが日本の銀行群だ。GITICの親会社はCITICで各地に同様の組織が有り地方政府の外貨調達の役割を担っていた。地方政府の威光を背景に野放図な資金調達を行い各地で経営困難に陥っていた。この状態は現状と極めて似通っている。邦銀側も各行の香港支店が交渉に当たっていたが邦銀は旧大蔵省指導の護送船団方式なので中国政府がCITIC傘下の広東省支店のごとき存在を切り捨てることはないとみていたものと思う。この決断をしたのが当時広東省副省長であった王岐山といわれている。彼はその後北京市長となり今や習近平の側近中の側近にまで登り詰めた。この件で邦銀の存在感は急速に落ち込んだ。
#人民元相場の問題点
人民元相場は当たり前のことだが長期的には中国経済動向などの影響を受けるが、短期的には米ドルの強さ弱さ、人民元の強弱に影響を受ける。米ドルの強弱は米ドル指数(先進国市場の主要6通貨=ユーロ、日本円、英ポンドなどと比較する指数)を見ると分かる。この指数では2007年末から2014年末まで80前後であったが2015末は98.69となり、2015年に人民元が対米ドルで5.8%下がったのはFRBの利上げの噂などで米ドルが強くなったためである。
一方人民元の強弱は国際決済銀行の人民元名目実効相場で分かる。名目実効相場の動きは2010年=100,2011年100.2,2012年105.9,2013年111.9,2014年114.7,2015年4~6月125.5,7~9月126.6,10~12月126.3,2016年1~3月123.9,4~6月120.6と2015年に大幅に人民元安に向かった事が分かる。
米ドルの上昇と同時に人民元も上昇すれば輸出競争力もなくなるので人民元安誘導に中国政府が動いた事がよく分かる。2016年になっても毎月人民元安は続き11月には1ドル6.8495元となった。一般には7元まで下げるという見方と外貨準備に影響するので輸出を犠牲にしても人民元を維持しようとする勢力の争いとなっている。さらに海外企業へのM&Aに対する政府の規制案として民間企業の100億ドル以上の投資案件、国営企業の10億ドル以上の投資案件に対し厳しい審査を行うと政府は警告を出した模様だ。対ドルで人民元の下落、人民元資産の海外持ち出しに対する対策と思われるが、どこまで実行されるのかは疑問だ。香港の人民元預金が急減しているとの報道もある。一方人民銀行は中国経済の景気の底入れを盛んに宣伝している。人民銀行の金融政策委員会の委員などは中国経済が回復の兆しを示しており2016年に景気は底入れしたという。この場合さらなる元安要因は見当たらないとしている。また、中国経済が米国の2倍近いペースで成長し中国のインフレ率が米国を下廻った場合「人民元の対ドル相場の長期トレンドは緩やかで安定した上昇となる」とも言っている。
何れにしても目下のところは米ドルの急激な上昇だが、新大統領がドル高を容認するのか米国産品の輸出競争力をつけるためドル安に誘導するのか米新政権の政策を見守る必要がある。ウォール街には世界中の金融取引が集中しているが元の決済業務はロンドンが先行している。そこでマイケル・ブルームバーグ前NY市長などが元の決済拠点を誘致する団体を立ち上げた。どこにでもビジネスchanceがあれば手を出すアメリカ流だが総合的に見て元がドルに変わって基軸通貨となるとは思えない。また欧州は中国の自由化を支援するのがEUの基本的な立場だ。中国を自由な国際秩序へ組み込むのが基本戦略でAIIBへの参加もこの延長線上にある。問題は中国がこれからいつまで政治経済の閉鎖的枠組みを維持できるのかにある。何れにしても米ドルの利上げは中国の金融市場に打撃を与える可能性が大で、資金の流出(ビットコインの活用では11月は中国が90%ともいわれ資金流出が続いている)と過剰債務という金利面での相反する動きの中で中国の政策当局がどのように動くのか注視したい。