上海自由貿易試験区
昨年8月末に国務院の正式認可を経て上海に自由貿易試験区(以下FTZ)が設立されたが、一般には人民元の取引自由化、人民元兌換や金利の自由化などを見越して銀行関係がまず進出するものと見られていた。実際に蓋を開けてみると上海浦東発展銀行が9月末に支店開設計画を発表し、更に中国銀行の香港法人傘下の銀行なども準備中と報じられていた。外資系ではHSBC、シンガポールの華僑銀行、米シティバンク、香港の東亜銀行なども支店開設の意向を表名している。更に香港取引所(HK Exchange & Clearing House)も傘下のLME(ロンドン金属取引所)が将来的に試験区に進出との発表があった。
上海FTZについては香港側が過剰反応していたきらいもある。李嘉誠は香港紙South China Morning Postに対しFTZは香港に大影響を与えるとし、人民元の自由交換が完全に認められれば上海の発展に役立つし何れ上海が香港を追い抜く可能性もあると発言。これに追い打ちをかけるようにHSBC幹部も今のままでは5~10年のちには上海に負けると発言。香港金融管理局と香港銀行協会の代表が上海を訪問、香港の金融機関が上海特区内で支店を運営すれば香港の管理経験をシェアでき双方にメリットがあると表明するなど、香港側も金融自由化にまず期待していたようだ。
上海紙によると昨年10月8日の時点でFTZ発足後初めての会社設立登記申請を行った企業数は577社となっている。申請会社数なので恐らく許可条件の確認などもあると思われるので正確な数字は不明だが(12月初めの時点で登記済会社数は234社との話もある)いずれにしても予想外の人気だ。
#ここでも投機目当てか
香港紙では上海FTZに対し対香港脅威論とか楽観論が毎日紙面を賑わしていた。ところが香港経済日報によると経営実態のないペーパーカンパニーを中高年女性が設立し後で売却しようとするものが大半とのことだ。いかにも投機好きの中国人らしい発想だ。土地が狭く事務所に回せる物件も限られているので、投機対象として最適と判断したのだろう。実際に狭い土地なので既に住宅価格や事務所賃料も高騰しているという。反対に深センの前海特区では広大な埋め立て地を事務所用地として販売したが、売れた先は地元資本が多く、当初の目的通り香港資本を誘致したいのだが肝心の香港側の反響は思わしくない。その後も初期投資額を減額して香港企業に入札を呼びかけているが反応は良くない。深センの場合、非保税区域と保税区域から構成されているのに対し、上海の場合外高橋保税区の他に外高橋保税物流園区,洋山保税港区、浦東空港総合保税区も加わり全域が保税区域となっていることも深セン・前海に香港側の進出を逡巡させている理由であろう。
#FTZは外資頼み
深センをはじめ華南地区で始まった特区制度は安い労働力を梃子に外資を導入し成功したが今回の上海FTZの場合は元々中国企業が経験の少ないサービス産業分野なので再び外資頼みとなることは当然と思える。華南での大成功は中国にものを売りたくても外貨がなく、其の為輸入を検討しても輸入するものがなく、結局外資がものづくりを始め、製品を自国に持ち込んだことが成功の鍵となった。一方現在では外資はまず金融関係の自由化に期待するのは当然とも思える。香港側が過剰に反応するのもこの点にある。香港のマスコミも更に過剰反応で、例えばFacebookへのアクセスを可能にするとか希望的観測も載せている。一部は実際に中央政府筋からの情報なのだろうが、例えばFacebookにこの地域でアクセスできれば今問題となっている温家宝前首相の不正蓄財を追及しているN.Y.Timesのサイトも見られるようになるとは現状では考えられない。
外資への期待と共に、米国、日本などで上海特区への期待を込めた記事が目立つようになってきた。試験区の主要な特徴は事業として認められないことがネガティブリストで列挙されていることだが、これは米国政府の強い要請ということになっている。米国政府ということは中国ビジネスに利益源を求めている米系金融機関と考えてよい。ここでもGoldman Sacks(以下GS)とかJPMorganの影が見え隠れする。もともと、華南の加工貿易は香港の繊維業とWalmart等米系流通業の結びつきによるものだ。一方、中国の金融政策は米系金融機関の助言と指導によって動いてきたと言ってよい。(ポールソン米財務長官はGS出身だが、他にもGS出身の米政府高官は多い。GS等米大手金融機関は中国の金融政策に重要な助言を行っていた、確かに、外為管理、金利政策、資本取引の政府管理等海外で中国が非難を浴びずにここまで来たのは米国との結びつきによるものだし、米国債の中国保有など持ちつ持たれつの関係は米金融機関の知恵によるものと考えて良い)。日本の評論家などは上海FTZが経済構造改革の先駆けと盛んに持ち上げているが現実には住友電工が家電・自動車用電線、電子基板などエレクトロニクス製品の販売会社を特区に設立すると発表したが当面はこのような販社の設置が主流となろう。但し、華南から始まった繊維を中心とした過去の成功体験が基礎となっているので、外資導入こそ成功のカギとはやしているものの本件では期待に反して実態は別方向に走っている。最新の新規登録企業では60%が貿易関連企業、30%がサービス関連企業、金融は1~2%となっている。日本ではゲーム機市場の開放がはやされソニーとか任天堂の株が上がっている、更に自動車等外資は49%以下の出資に抑えられていた業種も開放されるなど楽観的観測が広まっているがそのように既得権益集団の改革が簡単に進むとは思われない。
#金融改革は簡単にはゆかない
金融改革などについてはまた別稿で説明したいが、従来の国家による金融・為替面での厳しい管理が副作用として過剰投資、不動産価格の高騰、Shadow Bankingなどの問題(最近ではbit-coin迄出てきた)が経済を揺さぶりだしている。この点では、更なる改革として上海FTZに期待するとの論調が日本では多いが、そう簡単な問題ではない。経済面の改革を謳っても司法が現状のままでは透明性の高いルールのない経済が続くこととなる。党のトップは公正な司法の実現を謳うが法曹人材の育成にはまだ時間がかかる。
11月末の香港紙の情報では上海FTZに関連する法整備の討論会が開催されたという。「法制度による保証がFTZ運営の前提で土台」「いかなる方式であろうと法制度の確立が必要」「国家の関連法との整合性と行政法規の調整も必要」「金融の刷新と金融に関連する法制環境の建設」など困難な問題点の指摘が続いたらしい。いずれにしても
「法整備には困難がともなう」との認識では一致したとのことだ。
昨年9月末の上海FTZ発足記念式典に経済改革を最も期待されている李首相とか副首相等北京政府からの出席がないと(商務部長のみ出席)騒がれたが、どこから手を付けるべきか問題の困難性を一番熟知しているのは北京政府であろう。
香港紙South China Morning Post によると1月中旬、香港の東亜銀行とシンガポールのDBSが初めて登記を認められたが中央政府から何の指針も示されていないので何をやるか、誰が顧客なのか不明で目下wait and seeというところのようだ。年末時点で上海副市長の発言では1,400社の登記があったが外資は38社のみという。
いずれにしても目下のところ中央政府の指示次第となっている。上海市長は190にも及ぶネガティブリストを見直し禁止・制限項目を見直すとしているが、中央政府へのappealであろう。上述の香港紙では中央政府は更に、広州、天津等12のFTZs拡大を表明しているが外銀も法曹界もあまりに曖昧で手の付けようがないとしている。
以上