中国の農業政策の矛盾

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今年5月末のEconomist誌で「中国の農業政策の矛盾」について色々な指摘がなされている。日本でも農林省のコメ作農家への支援策等が迷走しているが、今回は中国の農政の矛盾点について考えてみたい。

#砂糖の生産コストが海外生産の2倍
賃金の高騰は農業従事者にも及んでおり中国南部のサトウキビ農家は賃金が中国人の3/4のベトナムに労働力を求めてきた。広西チワン族自治区には5万人のベトナム人が毎年流れ込みサトウキビの収穫を行ってきたが、最近はベトナムとの緊張状態が続き、政府は移民を拒否し始めたとのこと。一方中央政府は砂糖の輸入に対する承認を遅らせ海外製品より高い国内産の買い付けを奨励している。この買い上げによって国内産の在庫即ち備蓄が増え別の問題を起こしている。一方これによって農家の収入は上昇し更に補助金も検討中とのことだ。まるで日本のコメに対する農政と同じようなものだ。但しコストの上昇で穀物の収穫高も伸び悩んでいるが農家が破綻しないような支援策も検討中とのこと。
上述の備蓄制度だが本稿でも何回か触れたように備蓄制度が腐敗を呼んでいることもEconomistは指摘している。備蓄制度が食糧の安全確保につながると政府は謳いながら実際に備蓄の状況を国レベルで調査したことはなく、備蓄と称して備蓄商品の横流しをしているケースが多い。更に備蓄のために巨額の資金を投入して備蓄倉庫などの施設の建設を行うとしているが未だに備蓄設備が全国的に十分に設営されたとの報道はない。

#農林官僚は毛沢東時代と同じ考えを持っているのではないか
これもEconomistの指摘だが食糧の自給自足を最重要施策とした1950年代末からの中国全土の飢饉で数千万人が餓死したと言われている。それ以来自給自足が農林政策の基幹となっていた。
ところが全世界人口の2/5が世界の耕地面積の1/10で自給をしようとすること自体に無理がある。既に本稿でも触れてきたが2011年には中国は世界最大の農産物の輸入国となった。(豚の飼料用玉蜀黍・大豆などの需要が特に高まった—後述) 以上はEconomistの指摘だが更に最近の農業政策の矛盾について調べてみたい。
OECD調査では2012年度の農家への支援として1,650億ドルを支出しているが5年前の2倍となっている。国が定めた米・小麦・トウモロコシの買い取り価格は世界水準を大幅に上回っている。

#毎年増える生産量
中国農業省は年末に食糧(穀物、大豆、イモなど)生産量を発表するが2014年12月の発表では前年比0.9%増の6億709万トン、11年連続で前年を上回ったと発表。(干ばつで2009年以来の低い伸び率となったとの説明)問題はいつまで前年対比増産を発表するのか注目に値する。(政府が増産を呼び掛けると農民は更に過剰に肥料を施すとか、過剰な農薬使用とか既に深刻な状況となっている)

#食料安全保障6ヶ年計画
日本で販売された中国製冷凍餃子に化学薬品が混入していた事件があったが、中国本土では粉ミルクへのメラミン混入とか期限切れどころか何十年も前の冷凍肉とか、マックもKFCなども期限切れの肉の使用で問題が発生した。中国では肉と言ってもネズミの肉を羊肉に偽装して販売するとか病死した豚肉をひき肉やハムとして市場に流通させていたという事件が最近では毎日のごとく報道されている。元々食事にありつくことが最重要事項であったこともあり最近になって食の安全が注目されたこともあるが、全般には食の安全に対する認識は未だ余り深くないと見るべきであろう。今回発表された国家改革発展委員会などによる食糧の備蓄と供給を巡る安全保障プロジェクトの計画内容によると2015年から20年までの6年間安定的かつ品質の安全確保や有効な調節管理が可能な食糧安全保障体制を確立することを目標としている。字句からは内容は良く分からないが依然として食糧の確保が主眼となっているように見える。具体的には穀物や食用油の備蓄設備の整備、食糧物流ルートの確保、緊急供給体制の構築、穀物や食用油の品質安全、食糧事情の監視と警報体制の強化、食糧節約などを謳っているが食品の安全より前に備蓄設備の整備が最重要項目となっているような印象を受ける。前述のように備蓄体制を整えるとなると膨大な費用がかかる。
同時に供給不足を補うため輸入の必要性も強調している。単純計算による食料自給率は2012年に89%迄下がっているが実際の食糧行政は相変わらず官僚の裁量に委ねられたままだ。問題は中国側が不足分を随時買ってやると言う態度で世界の需給状態とか大量買い付けによる不測の問題などは関係ないとばかりの態度なので海外の穀物業者はたまったものではない。今でも訳のわからない手続きで輸入枠が決められたり、検疫方法も毎年、又、港によってバラバラだし、つまらぬ理由で輸入業者の認可リストから外されたり、突然反ダンピング関税を課せられたりと海外の穀物業者は泣かされている。昔から中国向けtradeにはChina clauseという一般取引とは関係のない特例があったが、今も変わりはない。
#市場動向と無関係な施策
一方、相変わらず市場動向と無関係な政策もある。過去3年、米・中の収穫増で玉蜀黍の国際価格が下落することは明らかであった。ところが官僚は市場動向を見守っているわけでもなくあくまで国内対策(対農民対策)のため2013年玉蜀黍の政府の最低買い取り価格を引き上げると発表した。新食糧安保政策でも玉蜀黍の供給が需要に追い付かないと言う前提だろうが過去3年中国では供給過剰に苦しんでいる。そこで今年の8月5日に家畜飼料用玉蜀黍公定価格を引き下げると突然発表した。備蓄玉蜀黍が増大し飼料コストが上昇するので買い取り価格を下げるとの説明だが、実態は豚肉価格が3月から上昇しているので引き下げを狙ったものと一般には考えられている。

#豚肉価格
中国では豚肉価格がCPI(消費者物価指数)に与える影響は大きい。政府はインフレを怖れており豚肉価格に敏感だ。本論から少し外れるが上述の玉蜀黍価格と共に豚肉価格について調べてみよう。繁殖用のメスの豚の調達から母豚への成育には4~5ヶ月、出産・子豚の肥育(10~11ヶ月)によって肉豚として出荷できる迄約1年半かかる。従って需給に応じた出荷は不可能で豚肉価格は3年周期で高騰と下落を繰り返す。一般的にこれをpig cycleと呼んでいる。中国の場合零細な業者が多く先進国に比べ価格変動の幅が大きい。中国豚肉市場では2011年から2013年に豚肉価格は下落し、2014年に入っても倹約令による国有企業や政府機関の接待・宴会が少なくなり、豚肉価格は更に下落した。養豚業者は赤字経営となるので母豚処分が進んだ。当局は2014年3月に豚肉の冷凍備蓄を開始したが実際に備蓄された量は極めて少なく、価格の下落は更に進んだ。一方、中国は米国産豚(約40%を占める)が疫病のため輸入が出来なくなり2014年は価格の上昇が始まった。豚肉供給量は2015年夏迄上昇期に入ると予想されていたが、CPIに与える影響も考慮して飼料用の玉蜀黍価格の値下げに踏み切ったと言われている。中国国家統計局は8月に入り7月の卸売物価指数が前年同期比5.4%下落と発表した。下落は41ヶ月続いている。一方CPIは豚肉の値上がりで1.6%上昇した、豚肉価格が16.7%上昇したことによるが、政府はCPI上昇の許容範囲以内としている。卸売物価は7月には5.4%下落し2009年以来の下げ幅になった。一方豚肉は供給不足を受けて16.7%上昇と大幅に伸びたことでCPI全体の伸びが今年に入って最も高くなったが景気の減速もあり政府の想定している3%以下なので今のところ問題となっていない。
一方輸入玉蜀黍については本稿でも以前に触れたように米国の農場に入り込み遺伝子組み換え種子を中国人が盗んだことも報じられているが中国内でも遺伝子組み換えの研究が盛んのようだ。米国から中国に入港し、検疫の段階で遺伝子組み換え種子が混入していると言う理由で輸入不許可としたり中国側にも統一された方式が無く、港ごとに独自に検疫体制を敷くなど輸出入業者泣かせが横行している。

#大規模乳牛牧場
本論と直接関係が無いが2008年に粉ミルクに有害物質メラミンを混入し多数の乳児が死亡する事件が発生した。その後原料乳不足となった。政府は業界を大手グループ中心に再編、消費者向けに安全な供給体制を築こうと海外・国内大手に呼びかけてきた。(農業省の予測では2030年には中国人一人当たり年間2,500キログラムの牛乳を飲み、牛乳生産量は世界最大の4,250万トン必要としている。
海外ではこれに真っ先に乗ったのがニュージーランドのフォンテラ社だ。同社は米アボット社と組み乳牛16,000頭を飼育、年間牛乳を1億6,000万リットル生産予定と言いっている。(フォンテラ社はNZ最大の乳製品会社で元は半官半民の酪農協同組合だが、最近はアジアから全世界に販路を広げている)TPP交渉でNZが米・加などに強硬姿勢を崩さないでいたのはフォンテラ社の強硬な対応によると見る向きもある。一方、NZから中国への乳製品の輸出はNZからの輸出の最大品目だが最近の中国景気の不振による輸出減によってフォンテラ社も減産を余儀なくされている。今年の同社の決算発表では中国向けが62%減、売上高に占める中国の割合は2014年の25%から今年は11%に減少している。
更にシンガポールの政府系投資会社GICとかNestleなども大型投資に名乗りを上げている。中国国内大手も一斉に大型投資に名乗りを上げている。中国の場合、一社が手を挙げると一斉に他も追随するが如何に巨大な市場とはいえ乳製品の場合世界中で過剰生産によるmilk lakeが出来てしまったり、butter mountainが出来てしまったりと用途別に価格も適正にということは極めて難しく。政府もこれから苦労することであろう。

#中国の農業問題
毛沢東時代は農民の犠牲によって成り立っていたが、社会主義市場経済となっても農民の犠牲の元に経済成長が進んだ。この間、日本も欧米も農業政策では農民保護色の強い政策が採用され多くの批判を呼んだ。その間に余剰農産物が生まれ今日まで農業政策では試行錯誤が続いている。中国の場合大豆、トウモロコシ,米など年間1億トン輸入しているがこれは世界の穀物貿易量の1/3にもなるが依然として国が取引を仕切っていて国際貿易の慣行は一切無視している。毛沢東時代を否定するわけにもゆかず、20年前のレスター・ブラウンの誰が中国を養うのかという警告が現実味を帯びてきた。

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