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不正会計に対する監査機能不全は東芝だけの問題か

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アーサーアンダーセンの崩壊は他人事か 

2001年に発覚したエンロンの破綻は米国の企業統治史上最大の事件であった。エンロンは将来10数年にわたって得られるかも知れない期待利益300億ドル強を現実の利益として前倒し計上することにより、投資家を欺き、私腹を肥やしてきた詐欺であった。

エンロンを担当していたアーサーアンダーセン監査法人の公認会計士デビッド・ダンカンは発覚後に関係書類をシュレダーにかけて破棄した罪で訴追され、州の裁判所では有罪となったが、最高裁では無罪となり、会計士の資格剥奪だけで実刑は免れた。しかしながら、アーサーアンダーセンはこの会計不正を見抜けなかった廉と事後処理の不手際が重なって顧客の信頼を失い、翌年、解散に追い込まれた。5大監査法人の一角を占めていた従業員8万5千人を擁するアーサーアンダーセンの崩壊は驚きであった。

米国の議会とSEC(証券取引監視委員会)はこのような不祥事の再発を防止すべく、2002年に米国企業改革法(サーベンス・オクスレー法、SOX法)を制定した。この新法では、①社内監査の独立性の強化、②決算報告などについての経営者の責任明確化、③監査法人に監査先企業の監督業務を監視する機関を設けること、④コンサルティングなど非監査業務の競業禁止を軸とした広範なガバナンス強化が図られている。

SOX法施行後もリーマン・ブラザーズなど金融機関での不祥事は多発したものの、一般企業での大きな会計不正は発覚していない。

このSOX法は日本にもJ-SOX法として金融商品取引法にとり込まれ、同法の中では、①統制環境②リスク評価③統制活動④情報と伝達⑤モニタリングの5項目について内部統制報告書の提出が義務付けられている。

 

東芝の不正会計は利益至上主義の企業風土が主因か

本年2月に内部者から金融庁への告発に端を発した東芝の不正会計の経緯や手法はは7月20日に第三者委員会が東芝に提出した報告書の公表で窺い知ることができる。東芝はこの報告書で指摘された09年3月期から7年間にわたっての累計1,562億円の損失に加え、家電や米国原発事業での損失引当を1,000億円以上積み増して、15年3月期の利益を赤字とし、遡って14年3月期も赤字とする決算修正を今月末に行う見込みである。

この報告書は294頁に上る大部なもので、①東芝が公表した過去の有価証券報告書や決算発表に虚偽記載があったこと、②それには東芝のトップが関与していたこと、③東芝の内部監査も公認会計士の外部監査も不正を見逃し、チェックが機能していなかったことを、指摘している。

報告書を通読して異様に感じるのは、①不正、粉飾、虚偽といった言葉は避けて「不適切な会計処理」で通している点、②P/Lのチェックだけに留め、問題視されているウエスティングハウス買収時ののれん代償却不足などのB/Sの問題点には踏み込んでいない点、③監査委員会や会計監査人を必要以上に庇っている点である。もっとも、報告書には「第三者委員会自体、東芝から委嘱され、東芝のために行なった調査」と明記されており、株主の立場の立った分析ではないないので、経営サイド寄りの結論は至極当然の結末である。

報告書の結論を要約すると、不正会計の直接原因は、①当期利益至上主義による利益必達のプレッシャー、②上司の意向に逆らうことができない企業風土、③経営者の適切な会計処理についての意識や知識の欠如にあったと指摘している。一方、④監査委員会の機能不全と⑤会計監査人の不機能については間接的な原因として極端に軽視している。本稿では、この④と⑤に絞って考えてみたい。

 

監査委員会は張り子の虎 

東芝は委員会設置会社方式を採っており、数少ない企業ガバナンス先進企業の一つと目されてきた。しかしながら、下掲の報告書記述に見られるとおり、現在の監査委員会は前副社長・CFOなど経営執行サイドに立って行動する社内取締役2名(うち一人がヘッド)に加え、元外交官2名と女性経営者から成る財務経理に素人ばかり3名の社外取締役で構成されている。プロの公認会計士は一人も入っていない。財務のプロが存在せず、経営陣から独立もしていない監査委員会は無用の長物であろう。

報告書も「社外監査委員の中には財務・経理に関して十分な知見を有している者はいなかった」と明言している。このような顔触れでは、東芝の複雑な会計帳簿をチェックできる筈がないにもかかわらず、年俸15.5百万円(13年度、一人宛)も支払っているのは解せない。

さらに、報告書は監査委員会の事務局機能を果たすべき監査委員が実体的には存在していなかったと記述している。自らの手足を持たない委員会は機能しないのは当然である。

また、今回の会計不正は内部者からの金融庁への通報が契機で発覚したが、東芝の内部通報システムでは、内部者は経営執行者へ通報する仕組みになっており、監査委員会や独立社外取締役へ通報できるようにはなっていないのも問題である。握りつぶされるか、馘になるリスクを冒して経営執行側に通報する者はいない。

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会計監査法人は企業の飼い犬で役立たず 

東芝の不正会計事件で最大の責任を問われるべきは、7年間にわたって粉飾を続けてきた決算書類に「無限定適正意見」を付けてきた新日本監査法人である。金融庁には、新日本監査法人が粉飾を看過したのか、知ったうえで黙認していたのか、という事件の焦点についてしかと調べてもらいたい。

新日本監査法人はオリンパスの監査も担当しており、同社の隠蔽事件では厳重注意処分に留まったものの、当時のオリンパス監査検証委員会の報告書の中で「今後の会計不正の防止・発見のために最善を尽くす責務がある」と指摘されている。金融庁は、同じ過ちの繰り返しには厳罰をもって対処すべきである。

ところが、第三者委員会報告書は下掲のとおり、執行側の財務担当が極めて巧妙に隠蔽したため、会計監査人は気付けなかったもは無理もないとして、監査法人の責任をまったく追及していない。しかしながら、東芝側の隠蔽工作がいかに巧妙であったとしても、7年間も見抜けなかったのでは、プロとは言えない。

想像ではあるが、実際には監査法人スタッフも経理スタッフ同様に経営トップの意向に沿うべきか否か悩んだ筈であり、東芝と共犯関係にあったとみる方が自然である。結局、11億円(13年度)もの監査報酬を支払ってくれる大クライアントには、監査法人も逆らえなかったのであろう。

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監査システムの抜本改革が必須 

このように見てくると、今回の不正会計は必ずしも東芝固有の問題ではない。東芝同様の企業風土を持った大企業は多数存在する。そこで、内部管理のガバナンスが機能するようにするには、現在機能しないように作られている監査制度全般を抜本的に改めなければならない。さもなければ、同様の不祥事続発は回避できず、日本企業に対する外国人投資家の信頼を取り戻すこともできない。

改革の具体策としては、①大企業の監査委員会メンバーや監査役には最低一人の公認会計士を充てること、②1監査法人が1企業を継続して監査する現行制度に根本的欠陥があるので、複数の監査法人が隔年ないしは数年単位で交代する持ち回り制度を導入すること、③内部通報はCEO宛だけではなく、監査委員会や社外取締役・監査役に対して行う仕組みとすることが、挙げられる。

上場会社が正確な財務諸表を公開することは資本主義の根幹である。最近「攻めのガバナンス」といった奇妙な造語が流行っているが、本来のガバナンスは経営者の暴走にブレーキを効かせる管理機能にあることを忘れてはならない。

 

(2015年8月20日発行、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2015年8月号所収)

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