国家資本主義と中国

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国家資本主義と中国

2012/8/1

 香港紙South China Morning PostのThe ‘rise’ of China’s State Capitalism is not a point of pride, but a reason for worryという記事で国家資本主義について中国内でも学者が二派に分かれて論争しているとの報道があった注1。一派は中国経済の成功は国家資本主義によるものではなく長年の農村改革、民間企業の勃興、開放政策の成功によるもので、国家資本主義によるものとする説は将来の経済政策をミスリードするとしている。もう一派は、国家資本主義という言葉は使わないが、その考えは否定していない。長年の高度成長は国有企業によるもので、国家の指導によって重要産業の戦略的構築が行われたとしている。秋の党大会を控え、学者の間でも論争が激しく行われているようで自由市場と政治改革を叫ぶ新右派と市場経済を完全に否定はしないものの社会主義制度を堅持すべしとする新左派との争いもあるようで、当分色々な角度からの論争が続くであろう。
さて、国家資本主義についてはその効率的運営が、他の自由経済社会から羨望の念をもって語られることも多いが、最近ではその欠陥面が表面化し議論を呼んでいる。今回は中国に於ける国家資本主義の問題点を取り上げてみたい。

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シンガポール:

シンガポール政府は世界で最も効率的な運営で国家資本主義のモデルとして知られている。同国の一人当たりのGDPはアジアでもトップとなり、中国政府なども同国の政策に強い関心を払ってきた。独立以来一党独裁で政治の安定性がシンガポール発展の基礎といわれてきたが、昨年の選挙で与党が惨敗し、発展の基礎が揺るぐとして同国政府も対策に躍起となっている。表面的には外国人下級労働者の移民問題、自動車数の増加による交通渋滞とか住宅費の高騰などが挙げられるが、面積は香港の半分(東京23区と同じ)人口517万人の極めて小さい都市国家なので、他の大人口国と単純比較は困難だがアジア有数の輸出主導型経済なので世界経済の退潮を直に受ける。ここにも”アジアに安定はなし“が及んできた感がある。

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新興国に共通の国家資本主義:

シンガポールのみならず、ロシア、ブラジル、中国なども国家資本主義を実行している例だが、国有企業が特に資源・エネルギー分野で世界の巨大企業の上位を占めていることが特徴的だ。即ち、中国のCNPC(中国石油天然気集団)、シノペック(中国石油化工集団)、ブラジルのペトロブラス、ロシアのガスプロムなどが代表例だが、石油価格によって一国の経済が左右される危険性もはらんでいる。
今年1月にEconomist誌はThe Rise of State Capitalism――The Emerging World’s New Modelのなかで国家資本主義の台頭として中国、ロシア、ブラジル、アラブ諸国などを挙げ、政府が市場に直接干渉する、官民連携して国家の発展に深く関与する、エネルギー・通信など戦略的産業が経済成長をけん引するといった面での強力な国の指導があり、国家資本主義に批判的ではあるが一定の評価をしている。今年のダボス会議のテーマの一つにもなっていたが、資金力と戦略的意志の決定の速さが一般には最も関心を呼ぶところだと思う。最近の例では中国におけるレアアース輸出規制のように政府の判断で資源を外交上の戦略的武器に使うことも可能だ。

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中国の国家資本主義の問題点:

まず問題点を列挙すると、

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透明性の欠如: 共産党の一党独裁による市場経済はもはや限界と言われて久しいが問題は市場の透明性が全くない点にある。統計の信憑性がないので、すべて憶測となる。

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大きすぎる政府の役割: 政府が金融資源の大半を握っている。銀行融資額の1/3以上がインフラ整備(政府系機関が関与している)に充てられている。政府は高速鉄道projectの一部を凍結したが(最近再びprojectの継続が報じられている)、過剰投資は鉄道のみならず、無数の工業団地やハイテクゾーンが今でも造られている。更に各産業で過剰設備が問題となっている。

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各国への支援策の問題点: 資源を目当てに国家として資金を投入するが同時に中国人の雇用創設も主目的となっている。これがアフリカなど現地で問題となり中国人排斥運動などが随所に起こっている。

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富の偏在: 1990年代末から国営企業中心のビジネスの世界と政治が癒着した結果、富の偏在が顕著となった。富が国(国営企業なども含む)に集中し民営企業の発展を阻害し消費が盛り上がらない。その結果、輸出、投資による高成長に頼らざるを得ない悪循環に陥っている。

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官僚の企業に対する干渉: 1970年代末 改革開放により計画経済から市場経済に移行したが経済面の改革に比べ政治の改革が遅れてしまった。その結果、権限を持つ官僚による自由裁量の余地が大きくなり、結果として企業の経済活動に官僚が直接干渉することとなった。

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国有企業の収支は政策次第: 2008年9月のリーマンショックのあと4兆元の景気対策を実行したが鉄道・道路・空港など国営企業により独占されているインフラ分野への投資が中心となってしまった。1990年代から国有企業の株式会社化が始まり、1998年から民営化を進めた結果、2012年1月中央政府直接管理の国有企業は117社となった。独占により国有企業の業績は上向くと思われたが、政府による経営への介入と医療・住宅供給など企業負担が増え、業績は悪化していた。しかし上記の4兆元で国営企業は息を吹き返したと見られている。

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国有企業と利益の独占: 大型国営企業は独占の利益を維持するため行政当局に圧力をかけ市場参入の壁を高くしている。銀行融資は国営企業にのみ行われ競争原理の導入が出来ない。独占企業は利益が挙げられるので効率を向上させるインセンティブが働かず競争力がない。その結果世界の工場の担い手は外資企業となった。一方、国有企業の利潤の大半が国に納められず内部留保となっているとも言われている。

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国家資本主義では方向性を間違えるととんでもないことに:

民主主義国家では国民の税金を支出するには国民の合意が必要だが、中国のような共産党一党支配の国家資本主義の場合は基本的に国家が権力を行使する際には国民の合意を前提としない。政策と戦略の方向性が正しければこの制度は効率的に働くが、方向性を間違うと大惨事になりかねない。残念ながら政策決定の段階で異議を唱えることは現状では許されていないことにも問題がある。

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中国の進みつつある方向

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権力の中心に近い富裕層は益々金持ちになり、権力と無縁の人民は貧しくなる。一般の人民は必死に働いている。明日が見えないので今日を必死に生きている。中国人に消費欲はあるがカネがない。将来が不安というのが現実の姿だ。
国家の富は公平に再分配されていない。社会的な分配の公平性、即ち税制の整備は全く手がついて居ない。社会保障体制が未熟であり、将来の計画をたてようがない。労働争議、村での土地問題での暴動など、連日極めて多くの暴動があるが共産党政権は力による抑圧以外に手段がない。
土地は集団所有なので農民には農地の請負耕作権が認められているに過ぎない。農地の非農業用転用は厳しく制限されているが認められた場合、収益の大半は地方政府の財政収入となり農民は関係がない。

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地方政府は合計一万社近くの投資会社を作り、国営銀行からの借り入れなどで公共投資や不動産投資のための資金を調達した。2010年末で地方政府の債務残高はGDPの25%とも言われている。

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現政権の最難関は人民元の国際化とバブルの処理

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国際金融のトリレンマ: ①安定した為替レート ②自由な資本移動 ③自立した金融政策 この3つは同時には達成できないと言われている。実際に巨額の汚職による資金が海外に流出しているので政府は一日も早く、元の交換性を回復し、元の国際化を目指したいのだろう。だが元の固定相場性を外し資本移動が自由になるとおそらくブラジル、アルゼンチンで嘗て起こったようにすべてのカネは国外に流れ、外貨収支も底をつくような状態が起こるであろう。この点は中国人もラテン系に似ている。中国政府もこれを怖れており、まだしばらくは外貨の国家管理が厳重に行われるであろう。

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バブル: 中国は管理経済なので、バブル崩壊の前に手を打つことができる。投機筋が資金を引き揚げるのも簡単には行かない。当局が土地と金融を完全に掌握していれば、経済活動に矛盾が有っても、負債が積み上がっても土地と金融の世界につけ回しして最終的には不胎化することができる。
但し、財政収支が順調なうちはよいが、軍事費の増大、利権と一体となった投資などの増大等、嘗ての旧ソ連型に足を踏み入れつつあるような気がする。

編集者注
注1

http://topics.scmp.com/news/china-news-watch/article/The-rise-of-Chinas-state-capitalism-is-not-a-point-of-pride-but-a-reason-for-worry :最終検索2012年8月1日

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