中国の抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70年記念 軍事パレードについて ―その狙いと示唆、日本のとるべき対応―
9月3日に、「抗日戦争・反ファシズム戦争 勝利70年記念式典」が、北京の天安門広場で 挙行された。中国人民解放軍総参謀部作戦部の 曲睿・副部長は8月21日、1万2000人が習近平中央軍事委員会主席(国家主席)の閲兵を受けると発表した。500以上の装備と200機 近い航空機が登場するが、展示されるのは全て国産の主力兵器で、84%は初公開だという(『時 事ドットコム』8月21日)。
この時期に、どのような狙いを持って、習近 平政権は、抗日戦争勝利を祝う軍事パレードを 行ったのであろうか。抗日戦争勝利を祝うこと が軍事パレードの目的とされている以上、日本への影響は看過できない。国内政治、軍事戦略の両側面から、その意義を分析する。
1 最大の狙いは江沢民に軍権掌握を見せ つけること
今回のパレードの列席者で最も驚くべきこと は、江沢民が列席し、習近平と談笑している場面が見られたことである。江氏が登場した際に は、約4万人の参加者の間からどよめきが起 こった。
今回の軍事パレードに先立ち、7月以降の株 価の急落、8月12日の天津の大規模な爆発事故など、不安定な国内情勢を裏付けるかのような 異変が続発した。株価の下落については、江沢 民派が画策し、意図的に大量の売りが出て、株価急落のきっかけを作ったことが疑われている。
天津の爆破事故についても単なる偶発事故で はなく、その当事者の企業と管理当局の責任者が江沢民人脈に繋がっていると噂されている。数カ月前に天津市の公安局長が逮捕された、その報復とも見ることができる。爆発事故については、天津の事故以降も、9月上旬にかけて、 山東省など5ヵ所で、化学工場、花火工場など の事故が相次いで起きている。
このように同種事故が続発するのは、単なる 偶然とは言い切れない。反腐敗闘争で標的と なった江沢民派が、習近平体制に対する揺さぶりをかけたとされる見方も流された。真偽のほどは確認できないが、その可能性は否定できない。
党指導部が、健康に問題がない長老たちは全員出席すると事前に決めていたとの報道もある (『読売新聞』9月5日)。それだけに、江沢民には、健康を理由に欠席するという選択肢が あったにも拘らず、敢えて出席をしたことは、 ある意味で江沢民派の敗北を示唆しているのか も知れない。
これを裏付けるように、9月4日付けの『人 民日報』は、1面から16面まで、「抗日戦争・ 反ファシズム戦争勝利70年」記念式典に関する報道で一色になった。1面の写真は、天安門 城楼で演説する習近平国家主席と習主席の閲兵の様子を並べ、習主席の「一人舞台」を強調した。他方、記念式典に出席した江沢民元国家主 席ら長老の写真はなかった(『時事ドットコム』 9月3日)。
江沢民の出席は、健在ぶりを誇示したという よりは、習近平が江沢民派の抵抗を抑え込み、独裁権力を更に固めたことの表れであり、習近 平を中心とする党の団結を示したとも言えよう。
その反面、江沢民派の譲歩の代償として、腐 敗汚職摘発に名を借りた江沢民派に対する厳しい締め付けは、緩和されるかも知れない。今後、 国内での原因不明事故の多発、経済混乱などが 深まるか、安定化に向かうかが注目される。
国内が安定化に向かえば、習近平独裁体制が 確立され、習近平がかねてから提唱している、「中華民族の偉大な復興」、「富国強軍」に向け た統治が本格化することになる。
しかし、江沢民時代に築かれ、その後、党、軍や国営企業に根を張った利権構造は巨大かつ 複雑であり、簡単に一掃できるものではない。 全てを失うことになる抵抗勢力も全力で反撃を 試みるであろう。今後とも、反腐敗闘争は大な り小なり継続され、江沢民派などの執拗な抵抗 は継続する可能性が高い。
胡錦濤も軍事パレードに列席していたが、健 康状態はすぐれず、習近平派の反腐敗闘争でも、 一部の悪質な汚職事案を除き、胡錦濤派は摘発 対象にはなっていない。寧ろ、胡錦濤派は、李 克強首相を通じて経済面での実権を握り続ける ことに重きを置き、習近平派とも協調関係にあるように見える。
人民解放軍は、党の軍隊であり、国軍ではな い。現在の中国の国防制度では、毛沢東以来、人民解放軍に対する最高指揮・統帥権は、中央 軍事委員会主席のもとに集中統一されている。 胡錦濤は、鄧小平、江沢民と異なり、中央軍事 委員会主席に居座らなかった。胡錦濤は、江沢民のように、党総書記と国家主席を退任した後も、中央軍事 委員会主席に留まり、隠然たる権力を維持して 院政を敷こうとはしなかった。
胡錦濤は党総書記時代に、人事権を長らく江 沢民に牛耳られ、意図した改革を思うように進められなかった。胡錦濤としては、江沢民派の 利権構造打破のため、習近平派と手を握っていると見ることができる。
胡錦濤の退任に伴い、中央軍事委員会主席に いち早く就任した習近平は、これまでの慣例を 破り、2019年の中華人民共和国建国70周年の国慶節に行うべき軍事パレードを、今年の抗 日戦争勝利70年に繰り上げて実施した。9月3日の抗日戦争勝利記念日が、国家的な記念日 に格上げされたのは、昨年2月のことである。
習近平が、記念日を格上げまでして、繰り上 げて軍事パレードを行った狙いは、軍権掌握の 事実を国内外、特に、江沢民派などの守旧派に 見せつけて、独裁権力確立を誇示することにあったと見られる。
2 欺瞞的な重要演説と強大な軍事力誇示の背景
習近平主席は、戦勝記念式典での重要演説の 中で、以下の点を強調している。即ち、①中国 共産党が抗日戦争を戦い抜き、「日本の軍国主 義のたくらみを徹底的に粉砕」し勝利したこと、 ②抗日戦争は、「世界の反ファシズム戦争の東の戦場を支え、世界の反ファシズム戦争の勝利 に重大な貢献をし」、「国際社会の幅広い支持を得た」こと、③決して覇権を唱えず「協力と『ウィ ン・ウィン』を核心とした新型国際関係を積極的に打ち建てる」こと、その証として、30万人の 兵員を削減すること、の3点である。
しかしこれらの諸点は、歴史的事実に反するか、中国が現在行っている行為に矛盾した発言である。
抗日戦争を戦ったのは、主に国民党の軍隊で ある。この点については今年7月、馬英九総統も「抗日戦争は中華民国政府が主導した」と して、史実を再確認している。習近平は、9月1日の連戦元国民党主席との会談で、国民党の 貢献を認める発言をしているが、重要演説での 発言は、国民党の貢献を事実上無視するものと言える。また、覇権を唱えないとの発言についても、フィリピンの国防省は疑念を呈している。
明らかに歴史的事実に反する、このような欺 瞞的なメッセージを敢えて出す背景要因として、習近平指導部の、共産党支配の正統性に対する不安と、中国の国際社会からの孤立に対する、強い懸念があるのではないか。
史実に反することは明らかでも、共産党の正統性は抗日戦争に勝利したことにしか求められず、それにより国際社会に大きく貢献したこと を強調せざるを得ないのであろう。
そのような懸念を払拭するかのように、強大な軍事力が誇示された。習近平は、「強軍」を 目指すとの方針を強調している。力とりわけ武力が、国内外での権力闘争を勝ち抜くための最 後の拠り所であるとの「力への信奉」は、中国共産党の毛沢東以来の一貫した伝統である。
30万人の兵力削減は、地上軍の補給部隊などを中心とする余剰兵員の削減、空軍と海軍の 無人化、自動化の推進などにより捻出されるのであろう。その兵力は、治安や警備のための人 民武装警察、海警局の増員などに転用される可能性が高い。また、軍区が現在の7個から5個に統合整理されるとも伝えられており、司令 部要員の削減は可能であろう。
軍民両面で今後益々必要とされる、研究開発 要員の科学技術者を、軍から軍需産業に転用して、軍民の一体化を進めるとともに、スピンオ フ効果により経済を活性化し、一部は労働力人口の減少を補うために民間に転用されることになるかも知れない。これらの措置は、経済の構造改革と一体で進められるであろう。
削減後も戦力は実質的に低下することにはならず、軍は効率化され、構造改革に沿った政策の一環として、経済面でもプラスに作用する可能性が高い。
3 米国を主対象とする接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の誇示
今回のパレードで最も印象的な点は、過去最多の7種類に上る第2砲兵所属の弾道ミサイ ルが初公開されたことである。中国側の米本土攻撃可能な戦略核戦力の中核戦力とも言える、車載型多弾頭の新型ICBM、DF-5BとDF31Bは、残存性と破壊力に優れていると見られる。中国が米国に対し戦略核でもパリティに近づきつつあることを、米側に認識させることに狙いがあるのであろう。
また、米空母を攻撃可能とされる通常弾頭のDF-21D、及びグアムの米軍基地にも届くとみられるDF-26の公開は、A2/AD能力を誇示したものと言える。
台湾対岸と沖縄向けに配備される射程1000km~1200km程度のDF-16も公開された。DF-16は移動式であり、台湾と日本、及び在日・在韓米軍に対する直接的な脅威となる。
その他、長射程巡航ミサイルは、弾道 ミサイルとともに、空母、基地等へのピンポイント火力攻撃に集中使用されるとみられ、A2/ AD能力を更に高めるであろう。
空軍の戦闘機では、J-15空母艦載機、国産の新型戦闘機J-11B、巡航ミサイルを搭載した 新型爆撃機H-6Kなどが公開された。早期警戒管制機KJ-2000、E2Cに対抗するための早期警戒機KJ-500、新型の空中給油機、大型輸送機なども公開され、より遠距離での攻撃的な航 空作戦能力の向上を誇示している。
陸上兵力では、新型の戦車、自走砲、水陸両用戦闘車両などが公開され、各軍種共通で装備されているものも多い。このことは、陸軍の機動力が増強され、軍区を超えた機動作戦が可能となり、統合化と水陸両用戦能力が向上していることを示している。
各種、レーダー、通信機材、多種多様な無人機など、情報収集・偵察・警戒 監視能力の向上を示す装備も多数公開された。
これらの軍事パレードの装備の傾向は、既に公表されている中国の『国防白書』に示された 軍事ドクトリンの示す戦力構造の方向に、人民 解放軍の戦力整備が着実に進められていることを誇示することに狙いがあると見られる。
新たに公開された弾道ミサイルの射程、空軍の能力などから見て、中国が今回の軍事パレー ドを通じて、軍事力をもって直接威圧を加えようとしている国は、第一に米国、次いで日本、そして台湾であろう。
しかし、新たに公開された装備には、驚くようなものはない。米国防総省報道官は、軍事パ レードについて「驚いたわけでもなく、予期していなかったものでもなかった」と語り、「米軍は世界最強だ。我々はパレードで強さを見せびらかす必要はない」とコメントしている(『読売新聞』9月5日)。
このように、米国側は中国に対する軍事的優位に揺るぎはないとの自信を示し、新兵器についても予期の範囲内と冷静に見ている。但し、中国の軍事力の増強ぶりには注目し、警戒感を強めていると見られる。
4 強まる米中の鍔競り合いと東シナ海でも高まる中国の圧力
中国は2013年春頃から、南シナ海で岩礁の埋め立て工事を行い、滑走路を拡張して軍事施設化を進めており、これを国際ルール違反として非難する米国と中国の間では緊張が高まって いる。
例えば、米軍準機関紙「星条旗新聞」(電子版) は今年の5月13日、南シナ海の南沙(英語名 スプラトリー)諸島付近を、米海軍の沿海域戦闘艦「フォートワース」が航行中、中国艦船から追跡されたと報じている(『時事ドットコム』 5月14日)。
これに関連し、中国外務省の洪磊・副報道局長は同年5月21日の定例会見で、中国が南沙諸島で造成する人工島付近で米軍が警戒監視活動を強化していることについて、「中国は国家 の安全を維持し、海上での不測の事態の防止のため、関連空域と海域で監視を行う権利がある」 と訴え、対抗する構えを示している (同上、5 月21日)。
更に、カーター米国防長官が今年5月30日、アジア安全保障会議での演説で南シナ海における中国の岩礁埋め立て活動を非難すると、会議に出席していた中国軍事科学院の趙小卓・世界軍事部研究員(人民解放軍上級大佐)は「あなたの批判は事実無根で、建設的ではない」と強く反発している(同上、5月30日)。
このように、南シナ海では、今回のパレード以前から、米中の鍔競り合いが強まっていた。
東シナ海でも、尖閣諸島周辺に対する中国公船の侵入は日常茶飯事となっており、我が国の領域への主権侵害を繰り返している。これもあからさまな、力による現状変更の試みと言える。
また、中国最大の巡視船「海警2901」が、浙江省舟山の中国海警局の港湾に係留されていることが確認されている。今年8月末に東シナ海を管轄する同局東海分局に配属された模様である。
「海警2901」は、中国が初めて建造した排水量1万トン級巡視船であり、口径76ミリの機関砲を艦の前部に、口径30ミリの機関砲を左右に1基ずつ備え、ヘリの発着が可能である。また、同型艦の建造が進められており、中国海警局が浙江省温州に建設を計画する新基地に尖閣周辺に公船を送り込むための1万トン級の停泊スペースが設置されるとの情報もある(『読売新聞』9月6日)。
まとめ: 当面の脅威と日本としてとるべき対応
このような中国側の動きの背景には、軍事パ レードに出現したような各種ミサイル戦力、その他の近代装備のもたらす局地的な軍事的優位性により、中国沿岸1,000カイリ程度に及ぶ領域への米空母の進出を阻止できるとする、中国側の自信があると見られる。
その援護のもとに、南シナ海、東シナ海では、今後も好機があれば、 海上民兵を乗せた民船、海警局の公船、無人機、航空機、艦艇などを総合的に運用し、米、日に対するあからさまな挑戦に出てくると見るべきであろう。
特に、来年は折悪しく、日米台3国とも国政 選挙があり、危機時の意思決定能力、即時の対応力が低下する。その隙を狙い、習近平政権が蓄積した軍事力を使い、尖閣諸島の占拠、ミサイルの近海への打ち込みなど、新たなより強硬な恫喝手段を加えてくる可能性は排除できない。
日本としては、そのような事態もあり得ることを予期して、備えを固めなければならない。その際に、米国及びベトナム、フィリピンなど南シナ海周辺国との連携を緊密に保つ必要があるのは言うまでもない。
それと同時に、中国側とも、偶発事故防止に関する合意取り付け、緊急時の首脳間のホットラインの維持、及び信頼醸成措置等について協議を進め、不測事態や統制の利かないエスカレーションを回避できる態勢を創らねばならない。
(一部JBPRESSより転載)