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わが国のコーポレートガバナンスについて改めて考える  ―近時の不詳事例の教訓―

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大規模な企業不祥事が発生すると、その再発防止策の一環として法規制が強化される。
振り返れば、2001年の米国エンロン破綻および同社の粉飾に加担したとされる監査法人アーサーアンダーセンの解体を契機として、「上場企業会計改革および投資家保護法」(通称、米国SOX法)が2002年に成立した。わが国においても、2005年のカネボウ粉飾決算事件および同社の粉飾に加担したとされる中央青山監査法人の解体を契機に、証券取引法を改正する法律として「金融商品取引法」(以下、金商法)が2006年に成立した。わが国の金商法立法の主な目的の一つである開示の強化の一環として、新たに導入された財務報告に係る内部統制報告制度および内部統制監査制度が、米国SOX法302条および404条に類似していることから、通称J-SOXと呼ばれる法律である。経営者が企業の財務報告に係る内部統制の有効性を自己評価し、その結果を監査法人が監査をして監査証明を発行する仕組みである。
一方、金商法の成立・施行と相前後して、商法の中の会社に関する規則、商法特例法、有限会社法を合わせて、「会社法」が新たに成立・施行した。会社法では、会社役員の善管注意義務の対象となる通称「内部統制システム」構築の基本方針を、大会社においては取締役会において決議するとともに、事業報告に記載し、その内容について監査役が監査するという仕組みが導入された。また、同法の法務省令(会社法施行規則)の中で、①損失の危険の管理(リスク管理)に関する規程その他の体制、②当該株式会社並びにその親会社及び子会社からなる企業集団における業務の適正を確保するための体制、他、通称「内部統制システム」の概要が示された。
この時期は、正に「内部統制の時代」と呼ぶことが出来る。
しかしながら、サブプライムローン問題に端を発し、2008年のリーマンショックに象徴される世界的な金融危機に対して、米国SOX法は全く無力であった。リーマンショックの原因として、投資銀行、保険会社、ヘッジファンド、格付機関等の企業行動に問題があったことは明らかであるが、米国SOX法の共同起草者の一人であるサーベンス元上院議員は「サブプライム問題はビジネス判断に係るもので、SOX法が対象とする財務報告の信頼性とは異なる次元の問題である」と、内部監査人協会(IIA)国際大会講演で発言している。また、日本公認会計士協会も、金融危機の原因となるリスクは、市場全般にわたるものであり、J-SOXの内部統制監査制度を含む監査制度の問題自体が、金融危機の主要因ではないとの立場を取っている。
金融危機の主要因が経営判断の問題であるとすれば、それを律するコーポレートガバナンスに焦点が当てられる。「ガバナンスの時代」の到来である。実際、わが国では、リーマンショック後、「上場会社に関するコーポレートガバナンス上の諸課題について」(2009年3月26日、(社)日本監査役協会、「より良いコーポレートガバナンスをめざして[主要論点の中間整理](2009年4月14日、(社)日本経済団体連合会)、「企業統治研究会報告書」(2009年6月17日、経済産業省企業統治研究会)、「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告~上場会社等のコーポレートガバナンスの強化に向けて~」(2009年6月17日、金融庁金融審議会金融分科会)等々、コーポレートガバナンスに関する様々な議論がなされた。
コーポレートガバナンスを律するわが国の法律は2006年に施行した会社法であり、会社法が要請する通称「内部統制システム」とは、文字通りの内部統制(=Internal Control)のみを規定するものではなく、内部統制を含む企業統治システム(コーポレートガバナンス・システム)全体の構築を要請するものである。リーマンショック後のわが国コーポレートガバナンス強化の流れを受けて、2015年施行の改正会社法につながる会社法制の見直しについて、法務省法制審議会会社法制部会第1回会議が2010年4月28日に開催された。当時は民主党政権下であり、労働者の取締役会(独国型コーポレートガバナンスの仕組みにおける「監査役会」(Supervisory Board)に相当)への参加も視野に入れた公開会社法制定も、その後立ち消えにはなったが検討対象とされていた。
2011年には、オリンパス事件、大王製紙事件と大規模な企業不祥事が発覚したが、両社ともに監査役会設置会社であったことから、わが国独自のコーポレートガバナンスの仕組みである監査役制度に対して疑問が投げかけられ、会社法制の見直しに大きな影響を与えた。
元々、明治23年に公布された旧商法以来、監査役は、業務の執行を担う取締役に対する監督機能、および業務監査・会計監査の機能を担ってきた。昭和25年の商法改正で米国型の取締役会制度が導入され、一旦は監査役の機能が会計監査に限定されたものの、昭和49年の商法改正により、取締役の業務執行に対する監査役の監督機能・業務監査機能が復活した。その後の商法改正および会社法成立の過程においては、取締役に対する監督機能の強化は、専ら監査役の監督機能・独立性の強化の観点からなされたと言っても過言ではない。2003年4月施行の改正商法特例法以降、米国型の委員会設置会社の選択も可能とはなっていたが、委員会設置会社に移行する企業は少数に止まった。
コーポレートガバナンスの流れが大きく変わったのは、2012年12月26日の第二次安倍内閣発足以降である。第二次安倍内閣では、経済再生(所謂「アベノミクス」)に重点を置き、コーポレートガバナンスの強化が、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」の一環と位置付けられた。即ち、「守りのガバナンス」から「攻めのガバナンス」への転換である。従来のコーポレートガバナンスの目的は、「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会などの企業の利害関係者(広い意味でのステークホルダー)が、企業価値の毀損を防ぐために、企業の経営者およびその意思決定に対するモニタリングおよびガバナンスの仕組みを構築し且つ有効に機能させることによって、健全な企業行動を促進することにある」とされていたが、「日本再興戦略」では、コーポレートガバナンスは企業価値の毀損を防ぐだけでは十分でなく、企業価値の最大化を目指すものとなった。2015年6月1日適用となった東証コーポレートガバナンス・コード(以下、東証コード)では、「コーポレートガバナンスとは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果敢な意思決定を行うための仕組み」を意味すると定義された。
このような「攻めのガバナンス」の強化は、改正会社法で規定する「上場会社における社外取締役を置くことが相当でない理由の開示」、「監査役を置かない監査等委員会設置会社の導入」、および東証コードにおける「上場会社の独立社外取締役の2名以上の選任」など、取締役会の監督機能の強化を中心に制度設計がなされた。このため、近年のコーポレートガバナンスの議論の過程では「守りのガバナンス」についての議論が疎かになっていたように思われる。例えば、監査等委員会設置会社の導入も、監査機能の強化というよりは、常勤の監査等委員を置く必要がないなど低コストでの社外取締役の導入が意図されている。英国コーポレートガバナンス・コードでは、「Guidance on Risk Management, Internal Control and Related Financial and Business Reporting」、「Guidance on Audit Committees」など、内部統制、リスクマネジメント、監査などに関するベスト・プラクティスがガイダンスの形でコードの一部を形成しているが、東証コードは、OECDや英国のコードの本文のみを参考にしているため、「攻めのガバナンス」を支えるための内部統制、リスクマネジメント、監査などの「守りのガバナンス」の規律が殆ど明示されていない。
2015年は、2月の日本版スチュワードシップ・コードの公表、5月の改正会社法施行、6月の東証コーポレートガバナンス・コードの適用開始と、わが国のコーポレートガバナンスのあり方を変える諸制度が動き出した年であったが、このような時期に相次いで発覚した大型企業不祥事が、東芝不正会計事件(以下、T社事件)および独国VW社排ガス不正事件(以下、VW社事件)である。VW社は監督と執行が完全に分離された独国型監査役会制度、一方、東芝はやはり監督と執行の分離の理想形とされる委員会設置会社制度、を採用している。
VW事件については、その全貌は必ずしも明らかになっていないが、T社事件については、数度にわたるT社第三者委員会調査報告書の公表により、その全貌が明らかになりつつある。少なくとも、近年の「攻めのガバナンス」を前提としたコーポレートガバナンス改革が本件再発防止のために有効とは考えにくい。
T社の調査報告書は、主として取締役および取締役会の監督・監視機能について分析・評価を行っており、監査委員、監査法人の責任については殆ど触れられていない。従って、調査報告書に基づく組織改革も必ずしも的を射たものになっていない。本件ガバナンスのキーパーソンは、常勤監査委員長である。社外監査委員には情報の非対称性の壁があるが、常勤監査委員長は元CFOで財務・会計に精通しており、本件把握できる立場にあった。しかしながら、本来独立した立場で十分な情報を以て経営者を監督すべき常勤監査委員長が、実態は元CFOとして会計不正に主導的役割を果たしていたことが、T社ガバナンスが機能しなかった最も大きな要因である。この点は、2011年に発覚したオリンパス事件に酷似している。元々飛ばしの対象となった同社損失は、事件発覚時の常勤監査役が、財務担当時代に財テクの失敗により発生したものであり、飛ばしの仕組みにも深く関与していた。社外監査役・社外監査委員には情報の非対称性の壁がある一方、社内常勤監査役・社内常勤監査委員には上記のような利益相反の問題が顕在化する可能性がある。従って、社外性、高い独立性を持った常勤監査役・常勤監査委員の選任が1つの選択肢として考えられる。中でも、社内の内部統制システムのみに依存せず、自ら独任制の監査人として監査を行うことができる独立社外常勤監査役の設置が有効である。
他方、監査法人にも大きな責任がある。原因の1つは、監査法人の監査報酬は会社が支払うという所謂「インセンティブのねじれ」である。また、もう1つの原因は金商法の内部統制監査制度である。この制度は米国と日本にしかないが、元来企業の内部統制について外部者である監査法人がレビューのレベルではなく監査レベルの積極的保証を与えることは大変難しい作業である。従って制度では例えば売上・売掛金・棚卸資産など主要な勘定科目について主要な事業拠点で詳細な内部統制の文書化を行い、それをベースに監査法人がチェックすることしている。云わば、「予め決められた形式が整っていれば良しとしよう」との発想で、実質が伴わなくても監査法人の責任は問われない。しかしながらこのような内部統制監査には膨大な文書化作業とその検証作業が必要であり、内部統制報告制度の導入により企業が監査法人に払う監査報酬は平均1.7倍になったと言われている。この為、企業からのコスト削減圧力もあり、各勘定科目の実証的検証を中心とする従来の財務諸表監査が疎かになっている点は否めない。
2010年10月13日付でEUの執行機関である欧州委員会より公表された報告書「監査に関する施策:金融危機の教訓」では、リーマンショックの再発防止の観点から、上記のような現在の会計監査の問題点、および欧米の二様監査(会計監査および内部監査)間の役割分担等について、示唆に富む提言がなされているが、残念ながらわが国では大きな議論にはならなかった。
T社事件、VW事件等昨今の大型企業不祥事再発防止の観点から、会計監査制度の抜本的な改革とコーポレートガバナンスにおけるわが国独自の監査役制度の再評価が必要である。
以上

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