この6月、大きな転換点を迎えた日本経済、そして今、政治も
― 目次 ―
はじめに:Winds of change
1.日本経済の現状と企業経営
(1)日本企業はいま不況の中に咲く大輪
(2)Winds of change が舞う現実
2.日本企業はいまCorporate Governance 3.0
(1)コーポレートガバナンス・コードと経営パラダイム
(2)ROE (資本効率)重視経営に向かう日本企業
おわりに:安保法案は出直しを
はじめに:Winds of change
この6月は日本経済にとって、大きな転換点となったようです。6月と言えば例年、多くの総会が集中する処ですが、今年についてはその様相は異にしたものでした。
と言うのも、‘機関投資家’には投資行動規範とも云うべき‘責任ある機関投資家の原則’とされる日本版「スチュワードシップ・コード」が昨年2月に策定され、既に本コードを受けての動きが進んでいますが、この6月には‘企業’に対して成長戦略としての企業統治の強化を狙った「コーポレートガバナンス・コード」の導入、適用が始まりました。
今年の総会は、そうした環境を背にした初の総会ということで注目されたのです。つまり、この二つのコードを介して進む‘企業と投資家との対話’が、日本企業の行動パターンを変え、日本株式会社の持続的な成長の原動力になると位置づけられる総会だったと言うことでした。確かに、連日メデイアが伝える各社の総会では、そうした‘対話’の成果を映す‘経営’が鮮明となっていました。まさに、この6月の総会は日本経済の転換点を示唆するものだったのです。
さて、この3月、筆者は弊月例論考で「変わりだした‘変わらない日本企業’」と題して、日本企業の経営行動が変化しだした様相について論じましたが、この6月6日付The Economist誌は、同じく日本企業が変化しだしたと、その様相を特集していました。そのタイトルは‘Japanese companies, Winds of change’、つまり、いま日本企業は変化の風をうけ変わりだしたと言うのでした。
漸く緩やかながら回復基調に向かい出したとはいえ、未だ問題の多い日本経済にあって、企業の業績は好調な推移を辿っており、また、株式市場は、円安傾向の定着、業績への信頼の高まりで、とりわけ‘外資’の活発な進出をうけ、賑わいを呈する処となっています。こうした企業環境の変化を背に日本企業の経営行動が変わり出したと言うものです。
が、こうした‘変化’を指摘するエコノミスト誌ですが、同時に、日本と言う経済社会の生業、労働力人口の減少等、を考えるとき、どこまで確かな変化となるものか、と余韻を残すものでした。そこで、日本経済の現状と併せ、Winds of changeの実状をエコノミスト誌の分析をベースにレビューし、同時にそこに見る課題について考察したいと思います。
折も折、6月22日、政府は今国会の会期を9月27日まで延長することを決定しました。目下、開会中の国会は安保関連法案を巡る‘違憲’騒動で混迷状態ですが、それは政治の転換点とも思わせる事態です。今後の進展がどうなるか、予断は許されませんが、この際は‘おわりに’の項で、些か語ることとしたいと思います。
1. 日本経済の現状と企業経営
(1)日本企業はいま不況の中に咲く大輪
内閣府が5月20日に発表した2014年度の経済成長は、GDP(実質)ベースで、前年度比1.0%減、2009年以来5年振りのマイナス成長でした。これは消費増税後の4~6月期、7~9月期と2期連続でマイナス成長だったことが大きく響いた為で、年度後半には持ち直しの動きは出てきたのですが、前半の大幅減を埋められなかった結果です。
こうした経済環境にあって特筆されたのが日本企業の業績の好調さでした。因みに、日経(5月10日付)が取りまとめた3月期決算企業530社の業績は、全体での経常利益は約30兆4200億円に達し、金融危機前の08年3月期を4000億円弱上回る7年振り、過去最高を更新したのです。まさにいま不況の中に咲く大輪と映ると言うものです。そして、今年度も同様に予想されています。
言うまでもなく、その背景にあるのは、円安の定着で企業の競争力が回復したこと、同時に合理化を進めたことが挙げられる処ですが、そうした変化を含めて日本企業の行動パターンが変わってきた事にある処です。それは、大幅な円安になっても海外での販売価格を下げることもなく、利益を重視し、株主還元を増やすようになってきた事など、数量や市場シェアを優先するかつての経営ではなくなってきたと、云う事ですが、そうした企業の行動様式の変化が、マクロの運営にも影響を与える処となってきているのです。
因みに6月8日、財務省が発表した4月の国際収支の内、海外とのモノやサービスの取引状況を表す経常収支は1兆3264億円の黒字(10か月連続の黒字)で、4月としては2010年以来の5年振りの高水準にあり、この5年間で、これまで経常収支の黒字の牽引役は、貿易収支から、企業の海外子会社からの配当や利子などを示す所得収支や、旅行収支へと様変わりしています。この変化は企業の行動様式等の変化を映す結果であること言うまでもありません。
(2)Winds of changeが舞う現実
さて、冒頭紹介したエコノミスト誌は、日本企業の変化の様子を三つの側面で指摘し、日本企業は確かに変化しだしていると語るのでした。
その一つは、投資家は株式に対する配当、つまり資本効率の高い企業への投資重視に向かってきたこと、投資顧問会社は、業績不振にある企業に対しては、経営者の整理を提案するなど、投資家の側に立って動くようになっていること、また、企業は自社株を買戻すことで利益の積み上げを行う一方で、時間をかけてでも収益力の強化を目指すようになってきていると、言うのです。これは資本効率を目指す経営、つまり、日本企業はROE重視の経営(後述)にシフトし出したと言うものです。
もう一つは、日本の有力企業は、競争力強化の為、グローバルな視点で事業の見直しを始め出したと言うのです。例えば、日立製作は不採算部門を廃止し、鉄道やインフラ部門に集中している他、昨年の秋には勤務期間と賃金の関係を厳しく見直しているというのです。(注: 年内買収予定のイタリア鉄道車両・信号会社と連携し、世界で最適生産体制を構築すると報じられています)
またロボット製造でダントツのファナックは、投資家との間に今年、ホットラインを導入、一方自社株の買戻しにより大型配当を実施することとし、経営のオープン化にカジを切ったと指摘するのです。(注:ファナックのこの変身は世界的関心を呼ぶ処で、これまで閉鎖的とされてきた経営体制を、いわゆるオープンにするものですが、企業の規律強化指針たる「コーポレートガバナンス・コード」が、その背中を押したとされています。)
つまり、変化する事業環境に対応した業態への変化対応で競争力を付ける事、また投資家の意見をとりいれ、投資家との良好な関係を通じて経営の効率化を図る取組が進みだしたと、その変化を評価するものです。
そしてもう一つは、労働力人口の減少と企業の対応です。終身雇用、これは身分保障、生活保障ともなっていた制度で、日本における社会契約の一端を担うものだったが、いまや雇用労働者人口の縮小で、例えば、かつてパナソニックでは、余剰人員が何もしなくてもいられる、囲い部屋と称される部署があったが、今はそれが廃止されているなどで、かつて日本企業は社会の安全ネットとされていたが、もはやその限りではなくなっている、と言うのです。つまり、超少子高齢化が進む経済にあって、これまでの社会での生業とされてきたシステムは機能しにくくなってきたことで、これにどう対応していくかが問われている姿、として語るのでした。
上記は、収益を確実にし、成長を図る、収益重視の経営へとパラダイム・シフトを進めだしている様相を語るものですが、それはアベノミクスの成長戦略として導入されたコーポレートガバナンス、企業統治の強化を映す変化というものです。外資が日本の株式市場をはやしていると言うのも、そうした変化を評価した動きと言え、まさにWinds of change 、変化の風、舞う処と言うものです。
・緩やかな回復過程に入った経済、待たれる攻めの投資
元より、こうした企業の業績改善は賃上げや配当増加を通じて家計への還元増が期待され、その結果は個人消費を押し上げ、更に企業収益や個人消費が増える、好循環が実現されやすい環境に向かい出したと言えそうです。
内閣府が6月5日発表した4月の景気動向指数(速報値)では景気の現状を示す一致指数は前月比1.9ポイント上昇の111.1と、3か月ぶりの改善でした。これは一致指数を構成する10指標の内7指標が改善したことが寄与した結果です。もっとも、耐久消費財出荷指数は、自動車などが不振でマイナスだった点で、景気基調判断は「改善を示している」に据え置いていますが、日本経済は緩やかな回復過程に入ってきたと言うものです。
先に、5月20日のGDP発表後の記者会見で、甘利経済財政大臣は、企業経営者が弱気の心理を払拭して「攻めの投資」に打って出るかが試される局面にあると発言していましたが、要は、OECDレポート(6月3日)でも指摘していましたが、企業の設備投資を期待すると言うものです。(注) 資本主義経済では極自然のことですが今、‘経済の主役は企業にあり’と、言うものです。(後出、英経済学者‘J.Kayのアドバイス’参照)
(注)日経新聞社が6月21日、纏めた「社長100人アンケート」結果では、‘手元資金を国内中心に設備投資に投じる’とする回答は5割に達したと報じています。一方、政府は、こうした企業の動きを後押しする為の官民対話の場を今秋にも設営の予定と。(日経6月22日)
2. 日本企業はいまCorporate Governance (企業統治)3.0
(1)コーポレートガバナンス・コードと経営パラダイム
前述の通り、この6月1日、政府主導の下、東証は上場企業に対し、新たにコーポレートガバナンス・コードの導入、適応を始めました。コーポレートガバナンスとは「株主をはじめ顧客、従業員、地域社会の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果敢な意思決定を行う為の仕組み」と定義されるものですが、その導入趣旨は、既に示した通りで、具体的には株主をはじめとする‘外部の視点’を経営に取り入れることを促すと同時に、企業の行動様式とその結果について‘責任説明’を強く求めるものとなっています。従来、ガバナンスと言えば、株式の売買にあたって、投資家の期待に応えていく為の制度として捉えられていましたが、その点では、基本スタンスを大きく変えるものと注目される処です。具体的には、前者の‘外部の視点’という点では、経営には2人以上の社外重役の選任を求める(注1)事とし、後者つまり‘説明責任’と言う点では、例えば合理的に説明できない株式保有等(株式の持ち合い等)は経営の閉鎖性の象徴と見られ、またこれが株式市場への資金流入を妨げかねないとされる点で、持ち合いの解消が迫られる(注2)処で、今回の適応を機会に関係企業の持ち合い解消が進むことになると言うものです。
(注1)選任する際の「独立性」の基準を招集通知に示す企業が増えてきており、因みに三菱商事、味の素も、初めて掲載した。
(注2)新日鉄住金では関係会社株を含め今後3年間で1,500億円程度を売却する、他三菱地所、コマツ、等々も保有株を売却し、資金を成長投資に向ける、予定と。(日経、6月20日)
さて、日本がお手本とした英Kay’s Review(注)で指摘されていた‘投資家に求められる投資行動規範’つまりStewardshipについては、日本版「スチュワードシップ」として2014年2月に策定され、既に適用が進んできていますが、今回のガバナンス・コード導入で‘企業と投資家’の行動規範が示されることになった事で、後述コーポレートガバナンス(企業統治)3.0とも言える新たな企業パラダイムが想起される処となったと言うものです。
(注)‘The Kay Review of UK Equity Markets and Long –Term Decision Making’(英国株式市場と長期的意思決定に係るケイ・レビュー、2012年7月23日)
英国経済学者John Kay氏が取り纏め、英国の長期株式投資の現状とあり方について分析したもの。要は、短期指向(short-termism)を強める株式市場のあり姿は、英国のビジネス競争力を毀損している。株式市場が何故そうなり、何が問題なのか、そして企業の長期的な成長に向けた長期投資を促進するために、今後どうすることが必要か、投資家に長期コミットメントを促す(Stewardship)と共に、長期的な視点からのガバナンス強化促進を提案したもの。
・アベノミクスと、ガバナンス・コード
こうした対応を進めんとする背景には、これまでの政策展開に限界を感じ始めてきた事情があると推察される処です。これまで異次元の金融緩和で停滞していた日本経済は明るさを取り戻しては来ましたが、それも2年が経ったいま、金融緩和の力が弱まり、財政にも期待できない、そうした状況の下で成長を担保していく為には企業部門を活性化するしかないとする戦略判断があってのことと言うものです。そこには安倍政治のプロビジネスを映す姿勢があり、アベノミクスの企業統治改革への論理ありと映る処です。
イギリスの経済評論家でFinancial Timesのコラムニスト、ピーター・タスカ氏は6月4日付日経での紙上対談で、「アベノミクスの‘第3の矢’の肝は企業統治改革だ。銀行、官庁の力が衰える一方、株主の存在感も薄く、90年代以降、日本企業はガバナンスの「空白」と呼べる状況にあった。漸く新たな日本型統治が生まれようとしている」とコメントしていましたが、今次ガバナンス・コードによる統治の強化は、これまでの企業統治の生業とは違った企業統治3.0とも呼ぶべき新しいパラダイムの誕生を想起させると言うものです。
つまり、日本企業の統治パラダイムは、まず、伝統的なものとしてあるのがメーンバンクや経営陣の自律が企業の躍進を支えたとされる日本型企業統治で、これが企業統治1.0と言え、しかしバブル崩壊でその欠点が顕在化していったと言うものです。それに続く経営パラダイムの典型が、米英型をモデルとした投資家利益の擁護と不祥事防止を主眼としたもので、これが企業統治2.0となる処ですが、結果として国民感情として許し難い結果を惹起した事は多くの知る処です。 そして、新たに導入された二つのコード、機関投資家行動規範を記す「スチュワードシップ・コード」そして、資本市場から見た企業経営の規範を示す「コーポレートガバナンス・コード」の導入で、企業と投資家との対話を通じて、株主価値の向上に向けた新たな経営の進む事が期待されるというものですが、これこそは企業統治3.0と言うものです。
日本経済は、今こうした企業の変化を通じて進化していく事になると言うものです。
(2)ROE(資本効率)重視経営に向う日本企業
さて、前述の通り、ガバナンス・コードを映す実践経営の一つが、資本効率を重視する経営、いわゆるROE (Return on Equity) 経営です。具体的には、限られた元手でどれだけ稼げるかを示す自己資本利益率(ROE)を経営目標に置くものです。それは、経営の透明性を高める経営システムとして受容されると言うものですが、同時に企業と投資家との関係を具体的な形にして見せる事ともなる点で、有為の手法とされる処です。
これは以前からも採用されてきた経営手法ですが、The Economistも指摘したように、その姿勢が一段と高められるようになってきています。それは経営内容の分り易さを求める投資家に応えんとするものですが、同時に、この指標の下、稼ぐ力と資本効率の向上を図ることで資本効率重視の海外マネーを呼び込み、もって株価上昇が図り易くなる、そうした判断が加わっての事と思料されるのです。昨今、株価が堅調に推移する背景の一つには、こうした統治改革をきっかけに日本企業の経営の透明度が増すことへの期待があっての事と言えるのです。
・日本企業のROE経営
現状、上場企業の7割がROEは平均8%と言われていますが、日経(5月25日)が東証1部上場企業、1714社の2014年度決算を集計したところでは、3社に1社が10%超となっている由です。円安で企業の利益が過去最高を更新する一方、自社株買いや増配で不要な資本を減らしているためと言う事ですが、海外投資家が重視するROEが米欧並みの2桁台にのる企業が増え、日本株上昇の原動力となっていると指摘されています。因みに、2014年度末時点で、日経平均株価を構成する225社の内、外国人の持ち株比率が上昇した企業は143社と64%までに増加しているのです。(日経6月6日)
論理として、コードの導入をきっかけに経営の規律が強化され、利益率を重視するようになれば中長期的には、企業の再編の動きも一段と進み、日本株の魅力が増すことになる、というものですが、より大切な事は、そうした企業の‘コンセプト’はグローバルレベルでの経営対応に繋がる動きであり、かかる視点も含め日本企業は変わりだしたと言う事になるのです。
・ROE経営批判
尚、ROE経営手法については今も批判する声は多々ある処です。その多くはROEの公式 [株主資本利益率(ROE)= 当期純利益 / 株主資本] に照らし、利益率を上げるには、分母(自己資本)、分子(純利益)をどうコントロールするかと言う、分母対策、分子対策に係るものです。
つまり、ROE向上を目指す企業行動として、一つは増配・自社株買いで自己資本の増加を抑えるという分母対策があり、もう一つはM&Aなどで成長を加速させようとする、つまり分子対策があります。そして、多くの批判は、この分子対策に向かっているのです。
と言うのも、分母を減らさず、分子(純利益)を増加させればROEは向上するが、その際、例えば従業員の給与カット、或いは研究開発費の抑制、つまり必要経費の削減に向かうことで結果として縮小均衡に陥ってしまうことになる、と言う批判です。然し、この批判には企業としての成長という要素が欠落していることが最大の問題と思っています。そして、もともとROEの水準は資本コストとの対比で認識されるべきがROEの基本なのです。
然し、そうしたことよりも、日本経済・企業は増々グローバルな世界と生きていく事が増々不可避となってきているわけですから、日本企業の経営行動をできる限り海外のビジネスに理解させていく事が大きな問題です。その点からはグローバル次元で活用されているROE手法は理解を共有としていく上で有力な手法となる処です。加えて、今回の二つのコードの導入で、企業と投資家の対話パイプの強化が齎されてきたことで、従来型の‘資本の論理’だけによる経営はcheckを受けることになるでしょうし、その結果は持続的な経営を可能とする事となる、と言うものです。
先にエコノミスト誌が‘変化’が真に変化となって定着していくか、と質す指摘がありました。確かに環境は確実に変化を求めていますし、経営はその変化に対応したものとしていかねばならない筈です。その点では、二つのコード導入を受け、企業は投資家との関係を完全に経営の枠組みに落とし込む方向にある点で、従来の経営発想にとらわれる事のない新しい経営対応として、進化していく事が期待できると言うものです。
・John Kay のアドバイス
序でながら、Financial Times (May 13,2015 )は、先にリファーしたJ.ケイの興味深いコメントを掲載していました。それは、先の英国総選挙で敗退した労働党へのアドバイスで、そのタイトルは ` Put the good corporation at the heart of the economy’、つまり、企業こそは経済の中心にあり、もう少し市場メカニズムの重視をと言うものです。
そのポイントは労働党の経済観は古ぼけたままにあり、フランスの社会党やドイツの社会民主党にみるような弱さを繰り返している。トニー・ブレアの経済政策は90年代の新たな環境に対応するものとして歓迎されたが、今や空虚なものになってしまっている。英国の労働党の経済政策も同様で、まずその修正から始める事だ。その政策とは、` Profit-making corporation‘ つまり企業を近代経済の中心に置いたものとすべきだ。ただし、それは単に利益を生み出せばいいと言うものではない、と強調するのです。
つまり、企業の目的は、経済と社会のニーズに応えるべく財とサービスを提供し、雇用者の満足と報酬を生み、株主や投資家に対して、得られた利益を分配する、そして、社会と環境問題に積極的に貢献していく事にあるのですが、その際求められるアジェンダは企業に敵対する事ではなく、経済全体の長期的利益に照らしたものとしていくことであり、そこにこそ、そのlegitimacy (正当性)が認められる、と言うのでした。
おわりに:安保法案は出直しを
・衆院憲法審査会でのハプニング
冒頭述べたように、執筆中の6月22日、政府は24日までとした現国会の会期を95日間延長することを決定しました。言うまでもなく、会期を延長して目下提出中の安保関係法案の確実な通過を目指さんとするものです。
事態の発端は周知の通りで、6月4日の衆院憲法審査会でのハプニングです。この審査会は、「立憲主義のあり方」をテーマとして行われたものでしたが、参考人として招聘された憲法学者3人が、この内一人は自民党推薦の参考人ですが、揃って現在審議中の安全保障関連法案の根幹である集団的自衛権行使法案は現行憲法に照らし、違憲だと証言したことに始まるものです。その3人の憲法学者とは、自民党推薦の長谷部恭男早大教授、民主党推薦の小林節慶大名誉教授、そして、維新の党推薦の笹田栄司早大教授です。
当然のことながら、この‘違憲’証言は政権与党を大きく揺るがす処となり、6月9日には、政府は安保法案は「合憲」との見解を国会に提出しましたが、自民党OBの大物までもが違憲論を吐くなどで、目下その収拾に大車輪の様相にある処です。
勿論、違憲証言の重さは言うまでもありませんが、これまで国民に対する十分な説明もなく、十分な議論もないままに、法案が提出されてきた結果として、国会、そして政府与党の混乱をも惹起していることの現実を、政府は直視すべきです。
・2014年7月の閣議決定
昨年の7月、安倍政府は従来の憲法解釈を見直し、集団的自衛権の行使を限定的に容認する閣議決定をしましたがその際、筆者は自衛隊を海外に動かす、つまり‘戦争’に直結するような憲法解釈を、一内閣が恣意的に変えることは、立憲主義の観点から法治国家の根幹にかかわる事と、爾来この閣議決定に強く異議ありとしてきました。何故自衛隊が世界に出なければ日本を守りきれなくなったのか、その合理的説明がないままの決定と言うものです。仮に自衛隊の海外派兵を可能とさせたいなら、法治国家として、平和憲法の根拠とされている憲法(第9条)の改正を正面から国民に訴えるべきが筋と思料するからです。
筆者の周辺には、近時の中国の海洋進出等の動きに照らし集団的自衛権の行使はやむなしとか、日米安保があるとはいえ、近時の米国の状況からみて米国を頼りとする事では国を守ってはいけない、従って日本も軍事力の強化が必要として、今の安倍政権の進める安保政策に共鳴する向きは少なくありません。
勿論、自衛の為、一定の防衛力を整備することを否定するものではありませんし、‘暴発’の事態に備えておくべきは然りです。然し、国家の安全保障はどうあるべきかの議論が欠落したままに、安全保障、即軍事力とするような短絡的な議論、筆者に言わせれば極めてlinearな発想が幅を利かせていることに大いなる懸念と不安を覚えるのです。つまりは、軍事力だけで国を守ることが出来ない新たな現実を、深く理解することが必要なのです。
そもそも中国がどうして拡張主義的行動をとるようになっているのか。そこには中国の‘被包囲意識’があるとされるのですが、その深層心理を突き詰めていくと、何か日本がやむなく戦争に進んだとされるストーリーに通じるものを覚える、だけにです。
・国会論戦で透けて見えること
今国会に提出されている安保関連法案は上述、昨年7月の閣議決定の延長線にあるものですが、いまの国会論戦で感じる事は、では日本にとってのリスクとはどういう事なのか、国家にとって重大なIssueであるにも拘わらず、それが見えてこないと言う事です。そして、政府の説明に出てくるのがホルムズ海峡の話ばかりで、何とも違和感を禁じえません。そもそも、日本にとっての喫緊の課題はそんなところにはない筈です。何よりも大事な安全保障論が欠落していることが、問題なのです。
6月5日の国会予算委員会で政府答弁に立った中谷防衛大臣の‘安保法案に憲法をどのように適応させればいいのか検討している’と言った、とんでもない答弁が出るに至っては、その能天気さに、あ然とするばかりです。そもそも立憲主義とは、憲法によって国家権力を制限し、国民の権利などを守る考え方の筈です。そうした論理が理解できないような仁が防衛大臣にある事自体、まさに国家のリスクと映る処です。
もう一つ、政府が限定的な集団的自衛権行使を合憲とする論拠として持ち出してきたのが1959年の最高裁の「砂川判決」です。その判決では、自衛権を認めていますが、個別的、集団的を明記されていません。そこで‘集団的自衛権行使を禁止する文言がない’からとして、限定的な集団的自衛権行使は合憲と、勝手な解釈を以って臨んでいることです。
そもそも、当該事案は米軍の立川基地へのデモ隊乱入を契機に、米軍駐留の違憲性か争点となったもので、1959年の第一審では、違憲とされています。然し、1960年の日米安保協定改定を控え、米政府が日本政府に合憲とするよう圧力をかけた結果、三審制の原則を飛び越し、最高裁にて合憲とさせた経緯があるものです。
安保政策と憲法の整合性を巡る議論は、1950年の吉田茂首相の国会答弁以来、続くものですが‘行使は憲法上許されない’とした1972年の政府見解、1981年の政府答弁書を、簡単に覆してしまう現政府の信義のほどが問われると言うものです。
・政府は勇気を以って法案を取り下げ、出直しを
現時点では与党が衆参で過半数を占める状況にありながら、それでも大幅な会期延長を余儀なくされたということは、与党自身、安保法案への世論の理解が得られないとの判断にある事を、示唆するものです。
確かに、4日の3人の憲法学者に続き、国会の外でも有識者等、違憲の声が高まる状況にあるなか、22日の衆院平和安全法制特別委員会に招聘された元内閣法制局長官の宮崎礼壱、阪田雅裕両氏までもが揃って現憲法下では違憲と証言、事態は合憲性を巡る議論再燃の状況に変わってきています。そこで、国会答弁の推移をも踏まえ、この際は、安倍首相は勇気を以って当該法案を取り下げるべきであり、併せて、戦後70年のこの節目の年にあって、‘日本の安全保障’をどう考えるか、つまり新環境下での安全保障政策をつまびらかとし、その上で憲法改正が必要となれば、その信を問い、堂々と改憲に臨むべきと思料するのです。それは、まさに主権在民、立憲主義政治を担保するプロセスであり、世界はそれを見ているのです。
安倍晋三首相が師と仰ぐ政治家‘高橋是清’は、軍国主義高まる時代環境にあって、軍事予算抑制に努め、その政治姿勢は常に「富国強兵」ではなく、「富国裕民」でした。
以上