朝鮮半島の地政学31 戦略・戦術に重要な「地形分析」
これまで、マハンの海洋戦略とそれを応用・実践する中国海軍について書いてきた。今回からは、「朝鮮半島の地政学」を提示し、それをもとに現在の情勢を読み解くこととしたい。
陸上自衛隊の戦術――幹部学校指揮幕僚課程での戦術教育
陸上自衛隊の幹部にとって最も重要な「表芸」は「戦術」であろう。
私は昭和52年8月から54年8月まで市ヶ谷の幹部学校指揮幕僚課程(CGS:Command and General Staff Course、以下「CGS」)で「戦術」を学んだ。CGSは旧陸軍の陸軍大学に相当するものだ。当時、CGSにおける戦術教育は、明治19年にドイツ人のお雇い教官メッケル少佐が持ち込んだ古色蒼然たる教育方法を継承していた。CGSの2年間の教育の重点は、「師団クラスの図上戦術(攻撃と防御が主体)」であった。この図上戦術の教育を通じ、徹底的に「状況判断―意思決定の手法」を叩き込まれた。図上戦術教育は、その実施順序ごとに「第○想定」と呼んだ。2年間の教育で15想定ほどはこなしたと思う。一つの想定を約1ヶ月余りかけて実施した。各想定は当初「一般状況」と銘打って、「戦術」を実施するうえでの枠組み・前提となる全般シナリオ、敵・味方の状況などが示される。
「状況判断」は、3段階にわかれる。
まず第1段階として、師団の「任務分析」を行い、作戦全般に占める師団の「地位・役割」と「必ず達成しなければならない目標」、そして「達成するのが望ましい目標」などを明らかにする。
第2段階として、「戦場」となる「地形分析」(視界・射界、障害、戦場を支配する「緊要地形」とそれに至る「接近経路」など)、「敵情分析」(「敵の可能行動」の採用公算の順位、我が任務の達成に重大な影響を及ぼす「敵の可能行動」、我の乗じ得る敵の弱点など)、さらに「人事」「兵站(後方支援)」などについても分析を行う。第2段階における「分析」とは、集められた「情報(インフォーメーション)」を精製し、状況判断に使用できる「インテリジェンス」に仕上げることをいう。
最後に第3段階として、複数の「我が行動方針」を列挙し、「敵の可能行動」などと絡めてウォー・ゲームを行い、確実に任務達成ができ、損害(死傷者など)が最小となるような「最良の行動方針」を選び出す。実際に部隊を運用するための「作戦計画」は、この「最良の行動方針」に基づき作成されるのである。
CGS教育の眼目となる「状況判断」は、米軍で開発されたものだ。第2次世界大戦に備え、米陸軍は16万人から最終的には400万人にまで動員した。動員された「インスタント将校」に先ず教えなければならないのは、「自分が置かれた状況(敵・味方・地形等)の中で、上官から与えられた任務を達成するためにはどんな思考方法で行動方針(任務達成のやり方)を案出するか」であった。米軍は学者を集めてそのノウハウを確立し、マニュアル化した。その思考方法は「演繹的帰納法」と呼ばれ、「命題→前提→分析→総合→結論」という手順を踏む。古来、名将達は、戦争のやり方に関する思考方法を独自に創出したが、米軍は科学的なアプローチでこれを作り上げたわけだ。
CGSの2年間の教育では、毎日のように戦術などに関する課題(宿題)が出された。満員電車で疲れ果てて帰宅した後、夜中過ぎまで課題に取り組むのが日課だった。翌朝教官に課題(戦術案)を提出すると、1クラス10名分の回答を2~3のタイプにグルーピングした。授業では、グループ対抗で1日を費やしてそれぞれの戦術答案の利点や欠点などについて徹底的に討論(「闘論」と言う方が適切)するのが教育のパターンだった。
「状況判断」に極めて重要な「地形分析」と「敵情分析」
戦術の核心となる状況判断においては、「敵情分析」と「地形分析」が極めて重要である。まず、「敵情分析」の重要性であるが、これについては説明の必要もないほどだ。孫子も「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず(敵の実力を見極め、己の力を客観的に判断して敵と戦えば、100戦したところで危機に陥るようなことはない)」と述べている。
今日も、各国は世界を舞台にスパイ合戦を繰り広げているところである。
次に、「地形分析」の重要性について古戦史の実例を挙げよう。陸上戦闘においては、敵に勝利するため、地形の活用が不可欠である。地形の活用で戦勝を獲得した古戦史の例としては「山崎の戦い」が有名だ。
「山崎の戦い」とは、天正10年(1582年)6月に織田信長を討った明智光秀とその仇討ちを果たそうとする羽柴秀吉の合戦のことだ。この戦いでは、光秀に先んじて天王山を制した秀吉が勝利した。このことから、天王山のことを「天下分け目の天王山」と呼ぶようになった。天王山は京都盆地の西辺となる西山山系の南端に位置し、東の男山とのあいだで地峡を形成し、近畿最大の大動脈である京阪間のほぼすべての交通路を制する要点であったのだ。
太平洋戦争末期、沖縄戦の激戦地の1つの「嘉数(かかず)の戦い」(1945年4月8日から16日間)も旧日本陸軍の巧みな地形の活用として有名だ。日本軍は、米軍の艦砲射撃や空爆などに備え、「反斜面陣地」を工夫した。これは、アメリカの大火力を避けるために、敵が攻めてくる方向とは反対方向の斜面に陣地を構える戦法だった。米軍の歩兵が斜面の頂上を越えるまでじっと待って引き付け、短距離で確実に射殺した。反射面は米軍の砲兵・艦砲からは完全に見えないので、援護射撃ができなかった。
「戦略」レベルにおける「地形分析」――「地政学」
「戦術」における「敵情分析」と「地形分析」が重要あるのと同様に、「戦略」においても「敵」と「地形」に関する分析は極めて重要である。「戦略」レベルにおいては、「敵情」のことを「戦略情報」と呼ぶ。そして「地形分析」に相当するのが「地政学」であると私は考えている。これについては、次回以降詳述する。
(おやばと掲載記事)