第24回 粉飾決算その2:上場会社の粉飾決算
一般に粉飾決算と言われるものには、3つの基本的な類型があり、第1類型は、事実そのものを偽るもの, 例えば、売上げが100しかないのに300あった(架空売上げ)とするものであること、通常の粉飾決算は、見かけを良くしようとする粉飾決算ですが、逆に見かけを悪くしようとする粉飾決算もあり、これを逆粉飾決算と言い、例えば、経費が100しか掛かっていないのに300掛かった(架空経費)とするものであることは、前回(第23回で)述べた通りです。見かけを良くしようとする粉飾決算は、大抵の場合、利益がないのに配当すること(違法配当)につながります。一般の会社の場合には、会社の財産だけが債権者に対する責任財産になるので(有限責任)、違法配当は、このような会社の責任財産を不当に減少させる行為として早くから商法(いまは会社法)上の刑罰の対象とされてきました。加えて上場会社の場合には、投資家その他の関係者達が利用する有価証券報告書にウソの記載をすることになるので(虚偽記載)、有価証券報告書の虚偽記載は、証券市場における違法行為として早くから証券取引法(いまは金融商品取引法)上の刑罰の対象とされてきました(注1)。これに対して、見かけを悪くしようとする逆粉飾決算は、大抵の場合、利益があるのにそれに見合った納税をしないこと(脱税)につながりますが、違法配当にはつながりません。また、有価証券報告書の虚偽記載にはなりますが、実際には証券取引法(いまは金融商品取引法)上の問題とされることはなかったようです。粉飾決算は公認会計士による監査によって防止できる建前となっていますが、現実には粉飾決算は跡を絶たないようです。例えば、大阪地方裁判所の平成20年4月18日の判決は、株式会社ナナボシの監査人であった監査法人トーマツに対し「被監査会社(ナナボシ)の粉飾決算を看破できなかった監査人(トーマツ)の監査契約上の債務不履行責任上の損害賠償」として民事再生法上の再生債務者ナナボシの管財人に対し金1,715万779円の支払いを命じています(注2)。その判決理由の大要は以下の通りです。
- 被害者とされる被監査会社ナナボシそのものが監査契約に違反して粉飾決算を行いながら、その被害者の管財人が監査人の責任を追及することは、クリーンハンズの原則(注3)に反して許されない、ということにはならない。ただし、過失相殺の被害者側の過失の事情にはなる。
- 違法配当金8,575万3,896円は、トーマツが粉飾決算に気づき、監査意見の表明を差し控えていれば、ナナボシには配当可能利益がなく、株主総会で利益処分案が承認されることはなかったから、トーマツの監査契約の債務不履行と相当因果関係のある損害である。
- ただし、トーマツの監査手続にも責任があるとはいえ、それは過失にとどまっているのに対し、ナナボシの経営者達が違法配当を行ったのは故意であって、ナナボシに結果的に大きな損害を与えた責任の大半は、ナナボシの経営者達にあるのであって、そのような事情を斟酌すると、被害者側に過失相殺を適用すべきで、結局、8割の過失相殺が相当である。
- よって違法配当金8,575万3,896円の2割相当額金1,715万779円の支払いを命ずる。
脚注
注1 いわゆる旧長銀元頭取らの刑事事件は、平成20年7月18日の最高裁判決で、第一審および第二審の有罪判決を覆して、逆転無罪となりましたが、その内容は「経営破綻した旧日本長期信用銀行(現新生銀行)の粉飾決算で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)の罪に問われた元頭取・・・ら旧経営陣三人の上告審判決で、最高裁第二小法廷・・・は・・・三人を有罪とした一、二審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。」というものです。日本経済新聞平成20年7月19日号の1頁および三頁参照。つまり、旧長銀は上場会社でしたから、粉飾決算について、商法(いまは会社法)上の刑罰および証券取引法(いまは金融商品取引法)上の刑罰が問題となった訳です。
注2 平成20年4月18日大阪地裁第25民事部判決、平成16年(ワ)第4762号損害賠償請求事件、金融・商事判例2008年7月1日号(No. 1294)10頁以下。
注3 クリーンハンズ(clean hands)の原則とは、「汚れのない手の原則」と和訳されている。「裁判所に救済を求めに来る者は、その手が汚れていてはならない」という法格言で表現される原則で、救済を求める者(原告)側に良心に反する行為、信義誠実を欠く行為、その他衡平の原理にもとるような行為がある場合には、仮にこのような行為がなければ原告の主張に正当性が認められる場合であっても、裁判所は救済を拒否するという原則である。田中英夫編、英米法辞典、東京大学出版会、151頁参照。