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望月晴文 東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長 元経済産業事務次官、元中小企業庁長官

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片岡:    今月のインタビューは望月晴文さんです。本日は中小企業政策についてお伺いしたいと思います。宜しくお願い申し上げます。

望月:    日本人は結構概念的なものを好むからかもしれませんが、戦後、通産省の中で作られてきた日本の中小企業政策ほど体系的なものは世界的にも珍しく、またこれは他から取り入れてきたのでなく、自ら生み出してきたものです。だから面白い。尤も日本の産業政策そのものが日本独特のもので、戦後の復興政策は「できるだけ大企業の生産効率性を上げる。且つ、限られた資源のなかで最適資源配分、日本の将来にとって役立つ基幹産業を選んで育てる傾斜生産方式を行う」。これが政策論でした。外為法や外貨割り当てもあった。そして金融もこれに続きました。

片岡:    傾斜生産方式を取れば、当時の経済環境下では、それ以外のところには必要な資材、金融が回らなくなりますので、特に中小企業は大変でしたね。

望月:    戦後、一瞬だけ、社会党政権ができた時に「大阪の産業政策はいい。大阪は中小企業の町で、その振興ができている。これを全国に広めよう」といって中小企業庁が設立され、初代長官には蜷川虎三(元京都府知事)が、筆頭部長である計画部長には大阪府の企画部長が就任しました。一種の“天上がり”です。基本的には中小企業に対してあらゆる支援をするということなのですが、これを全国ベースで実施するときに通産省の役人が体系化し、「日本の中小企業の弱みを補強する」ことが基本となりました。弱みは何かというと、「あまりに小さすぎる。そして弱い。更に過当競争している」ことです。そこで編み出したのがこういった企業を組織化することです。中小企業団体の組織に関する法律(団体法)を作って、中小企業を組織化して、且つ、過当競争については、協調行動をすることを容認しました。また中小企業近代化促進法(近促法)を作り体力強化を支援しました。団体法で業界団体に協調行動をすることを容認し、彼らに将来のターゲットを決めて近代化促進計画を作らせて、近促法で必要な資金(補助金)を国が出すというものです。つまり、弱いものを強化するという近促法と、過当競争を防止するという団体法という二本柱ができました。
大企業には傾斜生産方式で、補助金ではなく資源を計画的・優先的に配分し、結果的に金融も呼び込んだのに対し、中小企業には、大企業では基本的に禁止されている協調行動を一定条件の下に容認し、業種団体を作って共存しながら、業の発展のための計画実現に必要な資金を金融ではなく補助金で出し、体力強化を図りました。民間金融機関に中小企業に流せといっても流れるものではありません。そこで中小企業専門の金融機関を作りました。当然、金利を払い、元本も返す必要があるので、それだけでは中小企業には弱く、強力な薬の注入が必要、それが補助金です。特に近代化するためには、借りても返せない資金ニーズがいっぱいあります。
中小企業庁は200人くらいの組織ですので、補助金を配るのは大変です。そこで地方自治体と連携しました。地方自治体に1の補助金を渡して、更に地方自治体が1を足して、2にして補助金を出すという構図です。しかし、高度成長を経て日本がIMF 8 条国になり、GATTに加盟し、いわゆる一流国となるとGATTルールに縛られ、「ターゲッティングポリシーで、ある業を補助金で振興し、マーケットは海外だ」というような輸出補助金はできなくなりました。また日本のシステム全体が近代化してくる中で、不況カルテル以外のカルテルは、中小企業カルテルも含めて、基本的に止めようとなってきました。中小企業庁がやっていた二本柱の政策がどちらもダメになったわけです。この時期、たまたまニクソンショックやプラザ合意もあって円高不況で、不況カルテル等、不況対策はやりましたが、本質的な中小企業対策がなくなっていました。

片岡:    中小企業庁長官に就任されたのはバブル崩壊後しばらくした頃ですね。

望月:    2003年、丁度、失われた10年の頃です。バブル崩壊後、大企業は構造改革を進め債務、設備、雇用の三つの過剰を削り、リストラして、身を縮めて縮小均衡の中で生き延びた。そうして大企業のバランスシート調整が行われてきた間はずっと不況で、中小企業には何もいいことがなく、会社数も減ってきていたのですが、手立ては不況対策しかありません。しかし、それも大企業の数値がよくなってくると、中小企業への不況対策も、あまりやり続けることができない環境になってきます。
この間、中小企業の事業主は何をやっていいのかわからなかったのですが、それでも大企業のように身を縮めているだけではなく、何とかしたいと思っている人たちは異業種交流に取り組んでいました。政策的にも「異分野中小企業者の知識の融合による新分野の開拓の促進に関する臨時措置法(通称 : 融合化法)」など、色々な政策がうたれましたが、終わってみると、大半は社長の付き合いが広まっただけで実を結んでいませんでした。そこで「新連携(複数の中小企業が連携体を組み、技術・ノウハウの綿密な摺り合わせを通じて、柔軟にお互いの強みを相互補完しながら高付加価値の製品・サービス等を創出すること)」をはじめました。相手は大企業でも中小企業でいいのですが、今まで付き合いのなかったところと交流だけではなく、一つの統合事業をやって新しい価値を見出すところに補助金を出しました。異業種交流会で雑談しているのと違って、目的をもって付き合うわけですから、補助金を出すと色々なことが起きてきました。勿論、補助金を出すためには、法律を作らないといけませんので、中小企業新事業活動促進法という法律を作りました。これは新しい組織化政策でもあります。中小企業は一社だけでは弱く、できるだけ活動規模を大きくしないといけない、しかし同業種で集まるカルテルはだめなので、異業種連携で且つ事業をやるものを支援するという流れです。
さて近促法はGATTでアウトになってしまったのですが、海外の中小企業の法律関係者等と話してみると、先進国であっても、実際は結構補助金を出していました。つまり輸出補助金でなければいいわけです。では日本で政策として成立させるにはどうしたらいいかというと、中小企業の業種を指定して補助金を配るからだめなわけですから、技術を指定して、技術を磨くため、研究開発のために補助金を出すとすればいい。しかし、そうしようとすると、元々補助金をもらうことをメインとしていた××工業会というようなところ、その工業会を所管しているところが「業種指定してくれないと困る」といってきました。当然、それは出来ませんが、例えばネジ工業の会であれば、ネジはつなぐ技術だから「接合技術」として申請してきたら、技術振興目的なので補助金を出せるという理屈になります。そこで、法律で日本の中小企業にとって大切な技術を技術指定しました。そうすると、同業の数社が共同で「この技術で申請しよう」となり、同業他社と一緒になって活動できます。これが結局、「サポートインダストリー(サポイン)」になります。そのための法律として、中小ものづくり高度化法を作り、近促法の後継として今でも盛んに活用されています。失われた10年の間も色々な法律を作って中小企業を支援していたのですが、不況関連のものということもあり臨時措置法で対応していましたが、私は中小企業新事業活動推進法も中小ものづくり高度化法も恒久法にしました。言わば、基本概念にしていくわけですから手間がかかりますが、それができると、それ以降は、その系で色々な政策がでてきます。例えば、農商工連携は中小企業新事業活動推進法の系ですし、「連携をすると補助金が出る」という仕組みで、東日本大震災の復興でよく用いられたグループ補助金もこの系です。
こうして「不況でないと活躍しない」「政策手段なき中小企業庁」という状態になっていた中小企業庁を、この二つの基本政策法で政策のプラットフォームを作り、中小企業政策の立て直しを行いました。その結果、こういった企業補助金は、特に大企業については、もう古臭い政策ということになっていたのですが、中小企業はそうではないということが世界的にも認識されるようになりました。

片岡:    他の国でも導入されていったということでしょうか?

望月:    それは、そうでもありません。元々同業の人たちが共同で近代化するという仕組というのは、日本でしかやっていませんでした。世界では内需型の国が多く、弱い中小企業に個別にお金を出すことができます。しかし、日本は、そこまで緩いことはしていません。日本は全体としてはそれ程でもないのですが、もの作りのところなどで、とても貿易依存度が高いからです。日本の貿易立国にはそうした側面があります。
一時期、ジャパン・アズ・ナンバーワンといって、日本の産業政策を勉強しようとなりましたが、そこまでで終わってしまった。ましてや中小企業が世の中の基盤だとは思っていません。確かに、ドイツには独特のマイスター制度がありますが、日本は職人芸だけではなくて、中小企業の組織そのもの、“おやじ”のような中小企業の経営者が担っています。またアメリカでは、企業は大きくなることを重視しています。だから米国のベンチャー、中小企業政策は大きくするための政策です。日本では、○○工業会を…といっていますが、アメリカだったら集約してももっと大きな会社になれといいます。それだけでは成り立たないので、大企業の部分として内製化していくことも多くあります。しかし、日本の中小企業の政策は、優れた中小企業のままで居続けたいという会社をも対象としています。ここが違います。日本の中小企業や中小企業経営者は凄く特殊です。

片岡:    この部分の経済的影響はとても大きいですね。米国はベンチャーの活力を国の規模で活かすことができている…。

望月:    米国で今の成功している産業は、最後のアセンブリ、ソフトやビジネスモデルが入って付加価値が高いアセンブリです。アップルのように、すべて海外で作らせて、最後のアセンブリをやって付加化価値をつくる、この能力は凄く高い。一方、中国や台湾は、従来型のアセンブリ産業を強化していますが、その下請けの部分、部品産業、原材料産業の部分が育たないのが最大の悩みで、日本から部品を買ったり、日本から出ていった企業が部品を作ったりしています。ですから日本の強みはモノづくりの世界でいえば、部品、そしてこれは大企業が担っていますが基礎素材です。当然、こうした日本のモノ作りは、グローバルでないと生きていけません。日本の300万社、400万社という中小企業で最も多いのは小売店です。そこは零細が多く、国内、地域に根差したものです。ですから、そうしたグローバルな中小、中堅企業といわれる企業は数万社というオーダーでしょう。

片岡:    大企業とともに、その下請けとして、外に出て行った企業も多いですね。

望月:    そういうところが日本の基盤を支えていることは間違いないのですが、やはり価格交渉力の違いがどうしても出ます。だから日本は下請け法を一生懸命に頑張らないといけません。勿論、その中でも、グローバルニッチで市場占有率が高いところはそれなりに価格交渉力を持っています。そうした会社はメインストリームではありませんが、日本にはそういう会社が結構たくさんあります。

片岡:    中小企業庁長官を経て、その後、経済産業事務次官に就任されましたね。

望月:    中小企業に対面して、政策を作ってきた経験は基盤となっていて、次官になったときには、大企業はドンガラではないか、と感じた程です。例えば、「痛くない注射針」を作った岡野工業という会社があります。普通の針は筒を伸ばして針にするのですが、そのやり方で細くしていくと筒も均一に細くなって液が通りにくくなります。それでテルモは色々やったが出来ず、悩んで岡野雅行さんのところに相談しました。彼は一晩考えて、板を丸めて、先が細い針を作ることを考え、それから試作を重ね、完成させました。要するに金属加工なら板金でも何でもできる。そうした技術は全部持っているから、出来ないこと、わからないところがあれば来てくださいというのが岡野工業社です。それで大手自動車会社でもどこでもやってきます。これを7人でやっていて、7人でも多すぎるといっている。そして技術は人に伝わるけれど、針ばかり作る会社にはなりたくない。これが日本の中小企業です。

片岡:    国としてみると、そうした力をマスに波及させることが難しいですね。とすると、そういう会社を次々と生み出す土壌やカルチャーを政策的に作り出していくということでしょうか。

望月:    カルチャーはなかなか作れないのですが、そういう会社が生き残って、ちゃんと儲かって、楽しくやっていける世界を作ることが大切です。カルチャーは元々持っている。日本人のDNAに刷り込まれています。
しかし、そういうカルチャーを壊してしまうのが日本の大企業です。例えば、ある会社が色々考えて編み出したものをちゃんと商業化するにはもう少し金が要る。そういう時に大企業が「弊社が資金を提供します」と。それで借金してやる。当然返済しないといけません。そんな時、「返さなくていいから、その代わり株を売って下さい…」と。その技術は確かに大企業で花開きます。しかし、その経営者は金持ちになって頭は思考停止、もう新しいものは生まれません。それでは、その技術を貰った大企業の研究開発部門が次の新しいものを生み出せるかというと、それも難しい…。こうした現実があります。

片岡:    貴重なお話を有難うございました。 <完(一部敬称略)>

 

聞き手   片岡秀太郎 プラットフォーム株式会社 代表取締役

 

参考:

望月さんは、中小企業庁長官着任時、中小企業政策について、松島茂氏(当時法政大学経営学部教授)からブリーフィングを受けたそうです。下記は松島氏の「中小企業政策の変遷と今後の課題」とする論文です。ご参照下さい。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2014/08/pdf/004-013.pdf

 

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