働き方改革は残業減らしでは効果なし
長時間労働しても給料がなかなか上がらない。日本の労働生産性はなぜか国際的に下位に低迷したまま。こうした日本社会の非効率な働き方が問われて久しい。政府もやっと重い腰をあげ、法整備して働き方改革に乗り出した。ところが、私がいくつかの企業や公的機関の現場で目にしたのは、形だけの残業減らしに終始する姿ばかり。かつて、ジャーナリストの夜討ち朝駆けの長時間取材は当たり前と、なりふり構わず動き回った私が、この改革現場の現実を見て、大きなことを言える立場にはない。でも、現状を見る限り、これではとても働き方のシステム改革とは言えない、と実感した。
老舗カゴメ、ヘッドハントの助っ人に大胆改革託す
そんな矢先、創業120年の老舗企業カゴメが、在宅勤務のテレワーク、副業とは別の「複業」によって、外部でのさまざまなキャリア構築も OK、という大胆改革に取り組んでいるのを知った。好奇心に駆られ、改革を進めた有沢正人 CHO(人事最高責任者)にアタックした。話を聞いていると先進モデル事例と言ってもいいので、ぜひ紹介しよう。
有沢さんは旧協和銀(現りそな銀)出身。米国で取得した MBA(経営学修士)資格を生かし HOYA など大手企業に転出、人事制度改革に取り組んだ。改革リーダーを求めるカゴメの要請を受けたヘッドハンター仲介で、7 年前にカゴメに来た。まさに改革助っ人だ。人事制度改革によってアクティブ組織化は可能というのが持論。現に「トップ自らが行動を示さねば組織は動かない」と改革権限を活用し、社長にも指示した、という。ネアカさで人を動かし、組織も動かす率先垂範の行動派だ。老舗企業にはとても貴重な存在だ。
社員の暮らし方改革で「選ばれる企業」めざす
「カゴメに来て驚いたのは、役員報酬額が全員、同額だったことです。役員のミッションはさまざま。当然、仕事内容によって責任の重み、それに見合う報酬も違ってくるはず。そこで、なれ合い風土をなくすため役員の仕事内容の評価制度をつくり報酬に差をつけました。そして、社員にもそれをオープンにし、経営陣から率先改革して、会社全体の働き方改革につなげたい、と社長の了解を得て、大胆にやりました」と。こうして有沢さんは老舗企業の組織改革に取り組んだ。中でも興味深いと感じたのは、カゴメの働き方改革というよりも、カゴメ社員 1 人 1 人に新たな暮らし方や生き方の改革を求め、それらによって外部からカゴメが「選ばれる企業」になること、そして社員自身が誇りを持てる企業にしようという考えで、次々と手を打ったことだ。
在宅勤務、副業とは異なる「複業」に道筋
具体的には月の何日間、パソコンやスマホを使って在宅勤務を含め時間や場所にこだわらずに仕事できるテレワークを積極導入した。子供の保育や介護対象の親を抱える社員にとっては GOOD NEWS。朝夕の通勤ラッシュのストレスから解放され仕事の能率も上げるプラス効果を狙った。何と経営トップにも、時にテレワークの実践を求めたという。極めつけは、世の中で言う副業ではなく「複業」の解禁だ。カゴメとしては社員のキャリア構築を重視との発想がベースにあり、会社の利益に反しなければ外部でどんな仕事も
原則自由、という。ただ、カゴメが主たる雇用者で、社員の健康管理義務があるので、労働時間管理を求め、年間の総労働時間1900時間未満の人のみ対象。副収入確保は結果論で、社外での人脈ネットワーク確保などを勧めた、という。わくわくさせる話だ。
「複業」制度先行のサイボウズもユニーク
この「複業」で先行しているのが、インターネットなどを活用して電子掲示板、スケジュール管理、ビデオ会議などオフィスのグループワークスを進めるサイボウズだ。きっかけが面白い。ある社員が余暇に通ったテニススクールから「技術センスがいいので、ぜひテニスコーチをお願いしたい」との誘いを受け、会社にアルバイト相談してきたのをきっかけに、2012 年に「複業」を解禁した、という。サイボウズの場合、制度化のロジックがしっかりしている。執行役員で人事本部長の中根弓佳さんは「副業は主に対する副で、副収入を得る発想が強いです。しかし私たちの場合、複業については仕事のサブのような副でなく、すべて並列のパラレル、マルチと捉え育児や介護、ボランティア活動など価値創造につながる活動ならば OK としたのです」と述べる。社員個人の価値創造につながるならばいいよ、という発想が素晴らしい。会社の資産を棄損させる複業は NO とルール化したが、結果的に、企業サイドにとって社外知識の取り込みがイノベーションにつながるほか、指示待ちのぶら下がり社員に自立を促せるプラス効果が出たほか、個人ベースでも収入増、外部人脈の拡大などメリットが多い。また、社会全体の「シェアリング」にも貢献できるという。時代先取りの発想だ。
タニタは一時退職後に個人事業主契約
もう1つ、これらの独自の改革にリンクした面白い企業の取り組み事例が最近、出てきた。体重測定など計測機器メーカーのタニタが谷田千里社長の決断によって、希望する社員に個人事業主の道をつくり、タニタとの業務委託の形で契約を結んでタニタの仕事を続ける一方、他社の仕事を「複業」の形で自由に引き受けるのも OK という仕組みをつくった。谷田社長の著書「タニタの働き方革命」(日本経済出版社刊)を読んで、そのユニークな仕組みを知ったのだが、意図する心意気がよくわかった。「これからのビジネスパーソンは成長のために自己投資を行っていく時代になる。(そのため)働く時間や場所にとらわれず、自分自身で主体的に働き方や人生全体をデザインできることが必要」というのだ。谷田社長の発案で、いったんタニタを退職し個人事業主として新たに業務受委託契約を結ぶと同時に、自由裁量でタニタ以外の仕事も行える。これを「日本活性化プロジェクト」と位置づけたそうだが、今では若手、中堅社員の10%がフリーランサーという。特定の企業の枠組みを離れて、フリーランスの立場で好きな時に自由に仕事を出来るのがポイントだ。私自身も、大手メディアに勤めたあと、今は生涯現役をめざしてフリーランスの経済ジャーナリストの立場にあるので、この仕組みのメリットがよくわかる。
アクティブな取り組みで企業、時代を変える好機
働き方改革は、文字どおり、残業減らしで長時間労働をなくすというネガティブな発想では効果なしだ。カゴメやサイボウズ、タニタのような企業の新たな取り組みによって、企業組織をアクティブなものにするチャレンジが定着すれば、企業組織のみならず、時代そのものを変えていくことができるかもしれない。優れたトップリーダーのもとで企業がアクティブに動き、時代を画するイノベーションを生み、市場などの高い評価を受ける場合がある一方で、企業によっては大組織病に陥り身動きがとれないケースも多々ある。行政機関によっては、責任を負いたくないためリスクをとらず前例踏襲で終始、しかも規制改革に背を向けて権限にしがみつき批判も浴びる。行政監視するはずの立法府が保身に走って、国の先行きに不安を抱かせるケースもある。日本は間違いなく課題山積だ。でも、働き方改革が、今回述べたような興味深いチャレンジで日本の社会システムの抜本変革につながれば、と思う。いかがだろうか。