(第313号) 「コロナ」後の日本、遅きに失してもデジタル化を
新型コロナウイルス感染リスクが依然収まらず不安定な状況が続き、鬱屈(うっくつ)とした気分が続く中で最近、日本を思わず元気にする話が飛び込んできた。
理化学研究所の新型スーパーコンピューター「富岳」が計算速度で世界一の座を9年ぶりに取り戻しただけでなく、AI(人工知能)開発向け計算性能など3つの分野でも米国や中国を寄せ付けない力量を発揮、世界初の4冠になった、という。実に素晴らしい。快挙だ。
スパコン世界一と対照的な自治体オンライン問題
ところが、このスパコンとは対照的な、目を覆う現実が同じ日本のコロナ対応に苦しむ現場で進行していた。コロナ危機対策として政府が実施した国民への一律10万円の「特別定額給付金」に関して、業務を担う多くの自治体でオンライン対応が機能しないのだ。やむなく自治体は郵送で対応、それでも給付金を手にしてない国民の数がかなりにのぼるという。政府緊急事態宣言が5月25日に解除されて以降もこの状況だから深刻だ。
専門家の話では、オンライン申請に活用予定だったマイナンバーカード専用ポータルサイト「マイナポータル」への接続手続きが自治体で十分にできていなかったことに加え、マイナンバーカード取得のための駆け込み登録が相次ぎ、事態の混乱に拍車をかけた。そのマイナンバー普及率が日本全体で依然16%程度という。何ともお粗末な話だ。
デジタル化が進む米国は違った。コロナ危機の緊急経済対策として、所得制限を設けて成人の大人に最大1200ドル(円換算12万円)が現金給付されたが、大統領令署名から約2週間で、内国歳入庁から確定申告する納税者の銀行口座に振り込まれた、という。低所得層には小切手送付の道もとられたそうだが、いずれも日本に比べ格段のスピード差だ。
「世界最先端IT国家創造宣言」はどこへ行った?
霞が関の行政官庁も似たような問題を抱えている。政府は20年前の2000年に高度情報通信ネットワーク社会形成基本法をつくり、IT戦略本部(首相が本部長)を設置した。その後「世界最先端IT国家創造宣言」も行った。しかしシンクタンクの日本総研が行政手続きデジタル化の実態を調べたところ、2019年時点で政府全体5万5765件の行政手続きのうちオンライン対応が出来ていたのはわずか7.5%の4164件だった、という。
聞けば、霞が関の省庁間で互いの「省益」を優先する古い体質が続き、この20年間、デジタル化、オンライン化のヨコ連携が進まなかったため、「デジタルガバメント」は絵に描いた餅に終わっている、という。駐日エストニア大使館関係者から聞いた話では、エストニアのデジタル政府先行モデル事例を見ようと日本からの官民視察団が多いそうだ。だが、学習しても活かそうという考えが日本にはない。まさに「デジタル後進国日本」だ。
コロナが「茹でガエル」日本を飛び上がらせるか
このデジタル化の遅れは官だけの話でない。民の世界でも起きている。かねてから「日本はイノベーションも起こせないぬるま湯の茹でガエル状態」と危機意識を強める三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光さんが最近、次のように述べた。「私は、日本が『茹でガエル』状態にあり、カエルをぬるま湯から飛び上がらせるヘビが必要だと言い続けてきた。しかし今回、日本を飛び上がらせたのはヘビでなく新型コロナウイルスだった」と。
小林さんは現在、政府の規制改革推進会議の議長に就任したこともあり「今、日本は大変な危機だ。デジタル化推進への改革機会と捉え、乗り越えることが今後につながる。ポストコロナの社会を見据え、デジタル時代をにらむ制度改革の方向性を打ち出したい」と。新型コロナは憎いが、この際「茹でガエル」日本を飛び上がらせることを期待したい。
デジタル化は経済社会システム改革のカギ
このデジタル化に関しては「データ・ドリブン・エコノミー」(ダイヤモンド社刊)の著作で有名な東大大学院工学系研究科の森川博之教授が、米経営学者ピーター・ドラッカーさんの「蒸気機関車が鉄道の登場を促し、鉄道というインフラ整備があらゆる産業の変革を促した」という言葉を引き合いに、「ICT(情報通信技術)がインターネット、スマートフォン、クラウド、センサーなどの登場を促し、これらの普及が新たな産業や社会制度の登場につながった」と述べている。まさに経済社会のシステム改革のカギを握るツールだ。
もちろん、デジタル経済社会化がバラ色の未来を約束するわけでない。功罪相半ばの部分がある。しかし私から見れば、間違いなく新たな社会変革をもたらす。悔しいことに米国や中国のデジタルプラットフォーマーと言われるメガ企業群の取り組みは、すごいスピードで先行している。これまでと様変わりになるポストコロナ社会を考え合わせれば、日本は遅きに失したとはいえ、デジタル経済・社会化に大きくギアチェンジをすべきだ。
医療のオンライン化は遠隔地をつなぐ必須課題
人が密集するなど「3密」による新型コロナウイルスの感染リスクをどう克服するかが社会課題になる中で、懸案だった医療のオンライン化が動き出した。病院での院内感染リスクを気にする患者がオンライン上で医師に病気診断を仰げるようになった。しかも医療インフラがない地域への遠隔治療もオンラインで可能になった。変革の第一歩だ。
これまでオンライン初診は対面診療が原則と、実施に頑なだった厚生労働省が行政姿勢を変え、コロナ危機への特例対応ということで、オンライン診療を今春から認めた。しかし日本医師会は「あくまでも特例措置。危機が過ぎ去れば、対面診療に戻すべきだ」との姿勢だ。ポストコロナ社会を見据えた変革の発想が、医療の現場にないのは残念だ。
電子カルテの共通化メリットは大きいはず
現実問題として、医療の現場での電子カルテ化は驚くほど遅れている。私の知っているある大学病院は東京都内に分散する3つほどの病院間で、患者カルテの共通・統一化が出来ておらず、紙のカルテがベースになっている。友人の医師は「インターネットで病院相互のシステムをつなぐデジタル化のメリットは間違いない。大学の経営側が設備投資負担の大きさを理由に先送りしている。残念だ」という。なぜか患者本位になっていない。
医療現場でのデジタル化はほんの一例だ。教育現場はじめ農業、漁業、モノづくりの製造業、飲食業などのサービス業、物流の現場などでヒトとモノをICTでつなぎ広範囲かつ遠隔地間でコミュニケーションを行う、またセンサーで得たデータやビジネス取引で得るデータを分析しビジネスチャンスに結び付けるーーなど、デジタル化のメリットは多い。
「ピンチをチャンスでなく、ピンチがチャンス」
デジタル化の光と影は間違いなくある。今回のコロナ危機をきっかけに、消費者が外出を自粛、人が密集する場での買い物を避ける傾向が強まり、ネット上でモノを買うネット通販、電子商取引が一般化し、あおりでデジタルの対極にあるリアルの店舗経営が苦境に立たされつつある。しかし私は、デジタルとリアルの融合、両立は可能だと思っている。
そんな中で、アイリスオーヤマの大山健太郎会長が、あるオンラインセミナーで「ピンチをチャンスに、ではなく、今やピンチがチャンスだという発想でコロナ危機に対応すれば、時代を変えることは可能だ」と述べた。素晴らしい、わくわくする経営発想だ。
2020年7月5日