この夏 暴走する北朝鮮と国際社会の相克、そして「地経学」(Geoeconomics) の台頭
月例論考 N0.66(2017年10月号)
林川眞善
この夏 暴走する北朝鮮と国際社会の相克、そして
「地経学」(Geoeconomics) の台頭
はじめに: 北朝鮮の暴走
2014年、米政治学者,Walter Russel Mead氏が Foreign Affairs (May/June)に発表した論文「The Return of Geopolitics」(地政学の復活)は、―「地政学」とはもともと国の政治行動を、地理的環境、条件と結びつけて考える学問の事をいいますが ― 時の国際競争環境が旧来の「ゼロサム」関係に戻ったとするもので、斯界の注目を呼ぶものでした。その論文の内容は概略、以下の通りです。
― 冷戦の終結を経て、国際関係の基本は、領土問題や軍事力への依存など、国家間の勝ち負けがはっきりする「ゼロサム」関係から脱却し、世界秩序の構築、通商の自由化、核不拡散、等々世界全体が利益を得られる「ウインウイン」関係へと質的変化を遂げたと各国の政府関係者、政策関係者は思っていたが、しかし、実はそれが幻想に過ぎず、ロシアのクリミア進攻や中国の東シナ海、南シナ海での自己主張の展開、それに対する日本の反応、等々に照らし、世界は再び「ゼロサム」関係に戻った、とするものです。
これは競争の構図が、欧米等いわゆる「西側諸国」と、ロシアや中国と云った現存秩序に異議を唱え、挑戦するrevisionistとの対立になったとする見方です。因みに、中国は、日米同盟を中心とする、アメリカ主導の同盟ネットワークを「冷戦思考」の残滓と批判し、「ウインウイン」関係を構築しようと主張しています。然し、東シナ海、南シナ海で起きていることを見ても、日本等中国の周辺諸国にとって「ウインウイン」の関係にはなっていないことは明らかです。
そんな中、この夏、北朝鮮は、ミサイル発射を繰り返し、加えて核実験を強行するなどで、世界を震撼させ、今尚その脅威は続く処です。そして、彼らが目指す軍事強国化が齎すリスクと、北朝鮮を巡る国際社会、とりわけ米・中・ロの相克とも相まって、朝鮮半島を巡る伝統的な地政学的状況は一変する処となっています。
つまり、朝鮮半島におけるパワーバランスが今や、通常戦力では韓国が優位に立つものの、「核」では北が優位に立つという非対称のいびつな形となってきている処、ミサイル技術等は、従来の地政学が前提としてきた固定的な国境を容赦なく越えることが出来る点で、その‘形’は更に深化する状況にあるという事です。加えて、朝鮮半島では中国の経済的影響力の増大で、南北関係、更には朝鮮半島全体の地政学的構図が影響を受けだし、経済的要因が優越する「地‘経’学」(geoeconomics) 的リスクが生じるという新たな状況が生まれてきたというものです。後述する今次、国連安保理での制裁決議案を巡る関係国の対応こそは、地政学だけでない「地経学の台頭」を映す処です。
とすれば、かかる新たな環境にあって、これまで日米同盟を軸に米国だよりの政策行動にあった日本は、世界とどう向き合っていくべきか、再考が迫られる処です。というのも、新たな「地政学」、「地経学」の時代に向き合っていく為には、単なる連携の政治学では太刀打ちが出来なくなる可能性があるとみられるからです。
そうした折、9月21日、北朝鮮のリ・ヨンホ外務大臣がNYで行った太平洋上での水爆実験の可能性を示唆する発言は、北朝鮮の脅威を一挙に極める処となっています。
さて、以上の状況を踏まえながら、改めて、この夏起きた‘北’の暴走の実状と国際社会の対応状況について、勿論 彼らの挑発行為はこれからも続くことが予想される処ですが、この際はメデイア情報をベースに整理し、従来の地政学を超える地経学の台頭という新たな時代感性の下、日本の進むべき方向について考察してみたいと思います。(2017/9/25)
目 次
第1章 この夏、北朝鮮の暴走と国際社会 ———- P.3
- 北朝鮮の暴走、その実相
(1)ミサイル発射・核実験と、‘北’の狙い
(2)挑発行為を許してきたアメリカの対北朝鮮政策
2.北朝鮮問題と 中・ロのスタンス
(1)習近平中国
(2)プーチンロシア
第2章 「地経学」の台頭と、日本の目指すべき方向 —– P.7
1.「地経学」の台頭が意味すること
- 新しいリスク環境と、日本の目指すべき方向
おわりに:アジアの未来、そして日本政治の明日は —– P.10.
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