悪役としての日本医師会(その1/2)
●財政制度等審議会
2011年11月28日、財政制度等審議会財政制度分科会が開催された。この会議では、2012年度の医療・介護関連の予算編成の課題について財務省主計 官が説明した後、中央社会保険医療協議会森田朗会長、社会保障審議会介護保険部会・山崎泰彦部会長、日本医師会・中川俊男副会長、医療法人鉄蕉会・亀田隆 明理事長が意見を述べ、有識者委員が議論した。この会議には、安住淳財務大臣が出席した。
中川副会長は、厳しい財政状況の中で、医療を守るために何が必要なのかを一切語ることなく、開業医の報酬増額だけを主張した。その発言の特異性が委員の反発を招いた。
以下、財務省の説明と、中川副会長の見解、亀田理事長の見解、中川副会長に対する有識者委員の意見を紹介する。詳細については、当日配布された資料(1)と議事録(2)が、財務省のホームページ上に置かれているので参照されたい。
●財務省新川主計官の課題説明
近年、日本では社会保障費が急増し、これに対処するために他の経費が削減されている。
医療費については、2010年の診療報酬改定で薬価を下げ、診療報酬本体を増額した。増額の大半を急性期入院分に配分した。そもそも、開業医は病院勤務医 よりはるかに収入が多い。物価や一般国民の賃金がマイナス傾向にある中で、医師の収入は増加している。医療費を増やすための負担増には理解が得にくい。勤 務医の従業時間は開業医より長い。時間外や夜間に開業医が診療する患者数は大きく減少した。診療科別の開業医の収入にも大きな差があり、配分については問 題がある。
日本では後発医薬品のシェアが少なすぎる。後発品のシェアの引き上げと先発品の価格引き下げで国民負担の増加を抑制する必要がある。行政刷新会議では、リスクや勤務時間に応じて、報酬配分を大胆に見直すとの提言があった。
介護保険については、導入後10年あまりで2倍以上という急ピッチで介護費用が伸びている。制度を維持していくためには、給付の見直しが必要である。サー ビスの中身については、施設介護に重点が置かれすぎている。要支援の認定を受けても、介護サービスを受けていない人が相当数存在する。軽度者介護に対する 公的給付のあり方を見直す必要がある。自己負担についても、全員1割負担をやめて、所得に応じた負担にしてもよいのではないか。
介護職員の処遇改善は一時的な処遇改善交付金では難しく、介護報酬の中で対応していく必要がある。社会福祉法人は相当程度のストックがあるので、これを処遇改善に活用することも考えるべきである。
介護保険への拠出金が大企業に比べて中小企業に厳しくなっている。所得に応じた拠出にしていくべきである。
●新川主計官の説明に対する筆者コメント
今後、首都圏では高齢化が急速に進み、医療・介護需要、特に介護需要が爆発的に増加する(3)。しかも、高齢者の独居率が上昇し続けている。在宅介護への無理な誘導は孤独死を増やす。
特別養護老人ホームの個室化は、利用者への経済的負担を大きくした。長年在宅医療に携わっている小野沢滋医師によると、入所介護の費用を負担できない貧困 家庭で、息子や娘が仕事を辞めて介護に専念せざるをえなくなっている事例が目立つという。退職する息子、あるいは、娘の平均年齢は、52歳だとのこと。 52歳で仕事を辞めると、彼らの生活資金が枯渇する。貧困家庭がさらに貧困になる。無理な在宅介護は、虐待、自殺、殺人の原因となる。家族に頼らない質素 な介護の方法を考え出す必要がある(4)。
憲法89条は、「公の支配」に属しない民間社会福祉事業に公金を支出することを禁止している。社会福祉法人は、これを回避するために創設された。社会福祉 事業、特に第一種社会福祉事業には多額の公金が投入されている。これを外部に流出させないようにするために、強い縛りが課されている。資金調達先や担保設 定に制限があり、簡単に資金調達ができない仕組みになっている。ストックの多さは行政の強い規制による。ストックを活用するには、憲法との整合性が問題に なる。実務的には、社会福祉法人の資金調達に問題が生じないようにする必要がある。社会福祉法人は高齢化社会への対応の主役であり、活動の抑制は避けた い。
●日本医師会・中川俊男副会長の見解
前回の診療報酬改定で入院が+3.03%、外来が+0.31%だった。国民医療費の入院対外来がほぼ1:1であり、入院に偏った配分には問題がある。 2010年の改定の前後で、病院全体で+6.6%、診療所が+1.2%と診療所が不利だった。同じ病院でも規模が大きいほど伸び大きかった。特に大学病院 が優遇されている。入院外1日当たりの医療費でも、病院が+7.2%に対し、診療所が-0.3%と、病院が優遇された。DPC対象病院とDPC対象でない 病院の医療収益の伸びはそれぞれ、6.3%、3.5%であり、DPC対象病院が優遇された。特定機能病院がそうでない病院より優遇された。
開業医の給与が病院勤務医の1.9倍だから多すぎると言われるが、病院でも院長の給与は病院勤務医の1.8倍である。経営責任があるので給与に差があるの は当然である。そもそもサラリーマンと個人事業主とは比較できない。開業医は、収支差額の中から退職金相当額を留保し、事業に関わる税金を支払い、借入金 の返済を行っている。病院と診療所の対立構造に持ち込むのはよくない。財政当局は診療所の医師の勤務時間が短いというが、日本医師会の調査結果では40歳 代以上では診療所医師の勤務時間がかえって長い。診療に加えて開業医は地域医療活動に毎週3.8時間費やしている。
行政刷新会議が出している診療科別開業医の収支差額は、調査のサンプル数が少ない上に、単月分を12倍しているだけで信頼できない。財政当局は診療報酬の48%を人件費等としている。医師の人件費は11%に過ぎないのに、もっと多いような印象を与えている。
前回の診療報酬改定の結果、医療費が大規模病院に偏在し、地域医療がまさに危機的状況に瀕していることから、診療所、中小病院に係る診療報酬上の不合理を重点的に是正すべきだ。
東日本大震災の被災地では、患者、医療従事者が大きく移動しており、人員配置基準を満たせなくなっている医療機関が少なくない。また、その影響は全国に波 及しているので、当面の間、人員や施設に関する基準の緩和を実施し、今回改定では、施設基準等を要件とする新たな診療報酬項目は創設するべきでない。
前回、再診料は診療所が71点から69点となった。200床未満の病院は60点から69点になったが、これまで病院は入院、診療所は外来という役割分担の もと、診療所では主たる財源である再診料が病院よりも高く設定されてきた。この役割分担の方向性は、社会保障国民会議でも踏襲されている。診療所の外来診 療を高く評価することこそ、本来の姿だと思う。
5分ルールの廃止、ならびに、簡単な症状確認のみでの継続処方に対する外来管理加算の廃止で、厚生労働省は外来管理加算の算定回数が120億円分増加する としてきたが、実際には減少した。外来財源が不合理に引き下げられた。診療所、中小病院の再診料の水準を以前の診療所の水準に戻し、さらに最低でも、前回 改定における入院医療費改定率相当の引上げを求めたい。
●中川副会長の見解に対する筆者コメント
日本医師会は、医療サービスの向上や効率化に努力してきたとは言い難い。近年の医療の進歩の中で、開業医による投薬を中心とする外来診療の役割は相対的に小さくなり続けている。外来と入院の医療費比率を維持せよとする主張には無理がある。
東日本大震災の被災地から、医療従事者が移動したが、他の地域で医療従事者が減少したわけではない。明らかに事実と異なる理由で権益を確保しようとしても逆効果にしかならない。
●医療法人鉄蕉会・亀田隆明理事長の見解
グローバル化の荒波の中で、国民皆保険の与える安心感は極めて重要である。国民皆保険を維持するために、経済的豊かさを求めていく必要がある。
国民皆保険の3分の1は国民健康保険、3分の2は被用者保険であるが、国民健康保険料の収納状況が悪化し、88%しか収納出来ていない。国民健康保険被保 険者の世帯平均収入が、1994年に225万円だったものが、2009年には158万円まで減少した。生活保護受給者との間で収入の逆転している部分が相 当程度ある。国家財政が厳しい状況の中で、財源確保は非常に重要な問題である。生活保護受給者からも何らかの一部負担はあってしかるべきではないか。大き な医療機関は外来患者を多くしようとは思っていない。一部負担を高額医療費のセーフティネットに使うことに、日本医師会は反対しているが、100円、 200円程度で本当に必要な受診が抑制されるとは思わない。
貧しい国に良い社会保障制度は育たない。日本の国民一人一人が貧しくなったことを認識すべきである。成長戦略が必要である。付加価値の高いものづくりで競 争を強化しても、合理化、機械化のため、雇用増大につながらない。企業が外貨を獲得するだけではフロー化せず、持続的な景気上昇につながらない。
2010年の診療報酬改定では、入院医療費が3.03%上昇した。小泉改革以後、病院が赤字になる状況が続いていたが、その中でも毎年21万人ずつ雇用が 増えてきた。製造業と建設業は毎年20万人ずつ雇用を減らしたが、医療・福祉分野がこの受け皿になった。2010年の診療報酬改定前後の2年間で、雇用が 62万人増加した。改定によって年間10万人以上、上積みされた。有効求人倍率はいまだに医師等は6倍、看護師・保健師は3倍である。医療・福祉以外の職 業は極めて低い。民主党政権最大の功績は雇用の創出だ。すべて医療・福祉の分野での増加だった。失業率は4.1%に下がった。実需があるなかで診療報酬を 下げるのは、雇用政策上よいことだとは思わない。
自治体病院は、医業収益より医療費用が20%多かったものが、2010度は赤字が10%に減少した。赤字分は税金で補われている。自治体病院では診療報酬に税金による上乗せがある。私的病院は、2008年度平均で赤字になった。これが前回の改定で3.5%の黒字になった。
医療費抑制政策を長年続けてきたために、医療周辺産業が育ってこなかった。医薬品・医療機器は2兆5千億円の輸入超過になっている。医療機器の製造承認のプロセスに欠陥があり、成長をさせようという意識がなかった。
IT技術を活用して社会保障制度の情報をネットワーク化することで効率化を図るべきである。そのためには、国民ID を作ることが必須である。
終末期医療を病院で行うのは非常に費用がかかる。施設から病院の救急に担ぎ込まれると、救命措置をせざるを得ない。人工呼吸器などの救命のための処置は、 費用がかかる上に、誰からも喜ばれない。一方で、在宅も手間と費用がかかる。一軒一軒回っていると、3時間かけて1人しか診られないということになる。こ れを診療所の隣に在宅施設を整備して、ここで看取る。あるいは、有床診療所で看取るようにすることで勤務医の疲弊と医療費の無駄遣いを軽減させることがで きる。
●亀田理事長の見解に対する筆者コメント
医療周辺産業が育ってこなかったのは、医療費抑制政策によるものではない。医療機器産業研究所の研究者は、規制、メディアによる風評被害、風評被害を過度 に恐れる企業風土、医療機器産業が職人産業から近代産業に脱皮できなかったこと、日米の通商交渉における二度の敗北などを原因として挙げている。
●井伊雅子委員の日本医師会中川副会長の見解に対する感想と疑問
医師会の中川さんのお話はお金の話ばかりだなとつい思ってしまった。日本の開業医というのは経営的に非常に大きなリスクを負っている。日本では、地域住民 が病気を予防して健康になってしまうと、医療機関というのは成り立たない制度になっている。病診連携が重要だと言われているが、中川副会長の資料によれ ば、病院と診療所というのは連携関係になれない。
中川副会長の主張には、医療費をどういうふうに効率化するかという話はなかった。この10年ぐらい、医療界では重点化や効率化ということで、病院の平均在 院日数を減らすとか、DPCを導入して原価に基づく医療費を計算するというようなことをしてきたが、病院改革だけが先行してしまった。このままプライマ リー・ケアのビジョンを描かないで改革をしていっても、病院が疲弊をしてしまうのではないか。
先週、財政仕分けで、小宮山大臣と話した。小宮山大臣はプライマリー・ケアというのは在宅ケアだと思っている節がある。プライマリー・ケアというのは医療 や健康問題の8割から9割をカバーしている。地域包括ケアというような言い方をするとイメージがよくわくと思う。しかし、日本では開業医も在宅のクリニッ クの医師も訪問看護師も、自分が診療している患者のことしか診ていない。病院や診療所の外来だけではなくて、予防も含めた地域住民のすべてが対象になる。 そういうことをしているとおっしゃる開業医の方たちもいるが、日本では地域の住民の健康状態を把握するデータベースすらない中で、そういう役割はほとんど していないと思う。
日本の医療費はOECD諸国と比べて低いほうだと言われているが、それは入院医療費、急性期の医療費であって、外来医療費は世界の中でも飛び抜けて高い。 比較的医療の質もよくて患者の満足度も高いと言われているカナダとか、国土の広いアメリカにしても実は人口1,000人当たりの医師数は日本とたいして変 わらない。今の出来高払い制や自由開業制をそのままにして診療報酬を増やせば、地域医療の崩壊を防いだり、成長に結びつけられるというのはちょっと無責任 な話ではないかなと思う。
終末期医療に関しても、北欧では家庭医がずっとその家族や地域を診ているので、日ごろどういうことがあったかわかっている。終末期に関する法律を整えると か、診療報酬の手当をするということだけではなくて、プライマリー・ケアのところをどうにかしなければ、このままでは難しい。
小宮山大臣も先週の行政刷新会議で、病院から在宅に移すことで医療費を削減するということをおっしゃっていたが、在宅に誘導するために診療報酬を改定する と、今の日本の自由開業制のもとでは、在宅ケアのトレーニングを受けていない多くの医師が在宅ケアに参入する。ケアの質が担保できなくなるだけではなく て、出来高払い制度のもとでは医療費がかえって増大してしまう。これは亀田さんも先ほど同じようなことを指摘されたと思う。医療や介護の分野が成長産業と 結びついているのは、オランダやスウェーデン、デンマーク、シンガポールといった国だが、安かろう悪かろうではなくて、安かろうよかろうという効率的な医 療ができる医師が多い。単なる医師の数ではなくて、どれだけ費用対効果の高いプライマリー・ケアを担当できる医師が多いのかというような視点も必要ではな いか。
●井伊委員の感想に対する筆者コメント
出来高払い制や自由開業制度がある限り、診療報酬を増やしても医療の質は向上しないとの指摘はその通りかもしれない。しかし、これだけでは好悪の表現でし かない。出来高払い制と自由開業制度は、歴史的に日本の医療の根幹部分を形成してきた。1930年代、「医療の社会化」論が喧伝され「私的な医療供給はす なわち営利的かつ非公共的な存在とみなされる傾向が強かった」(猪飼周平『病院の世紀の理論』有斐閣)が、実際には「開業医こそが、病院への接近可能性か らみた公共の利益の体現者だった」。その後、医療は激変し、開業医の寄与は相対的に小さくなったが、根幹部分の変更は広い範囲に大きな影響をもたらす。 データに基づいた具体的提案がなければ、検討不可能である。重要な指摘なので、井伊氏には議論のきっかけになる具体案を求めたい。
日本社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、要介護者が多く含まれる75歳以上の高齢者の人口は、2050年以後まで増加し続ける。この間、生 産年齢人口は減少し続ける。今後、状況は厳しくなる一方なので、医療制度の根幹部分についても、あらゆる前提を取り払った検討が必要になる。
高齢者の疾患について予防やプライマリー・ケアの制度改革で、医療の質を向上させ、かつ、費用を減らせよとの主張も、実現可能な具体策が示されない限り意 味がない。首都圏では高齢者が急増している。今後、一部の医療・介護サービスの社会保険による給付をやめてでも、あるいは、給付水準を下げてでも、高齢者 を支えるための必要不可欠なサービスについては、供給量を大幅に増やさなければならない。そもそも日本の高齢者の寿命は限界近くまで達している。医師の実 感としては、予防に費用をかけてもほとんど寿命を延ばさないし、医療費が増えることはあっても削減できるとは思えない。もし寿命が延びるとすれば、その分 社会保障費は増大する。
日本では医療サービスの供給に大きな地域差がある。厚労省の2010年度医療費の地域差分析によれば、国民健康保険と後期高齢者医療制度では、福岡県の医 療費は千葉県の1.39倍、高知県の入院医療費は静岡県の1.72倍だった(年齢補正あり)。しかし、医療費を多く使っている県の平均寿命が長いわけでは ない。私は、日本人の寿命が延びたのは、食事、水、生活環境の改善によるのであって、医療の貢献は大きくないと思っている。
福島県浜通りの仮設住宅では、孤立した多くの高齢者が健康を損ねている。市町村別平均寿命で目立つのは、男性の平均寿命が大阪市西成区で群を抜いて低いこ とである。今後、首都圏では、独居高齢者が爆発的に増加する。日本の医療・介護の最優先課題は、医学的予防やプライマリー・ケアではなく、社会的包摂、す なわち、人間関係の中での居場所の確保だと確信する。
文献
1.財政制度分科会(平成23年11月28日開催)資料
2.財政制度分科会(平成23年11月28日開催)議事録
3. 小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介: 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7-13, 2012.
4. 小松秀樹:貧困化と医療・介護. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.518, 2012年6月14日. http://medg.jp/mt/2012/06/vol518.html#more
(2013年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会)