大規模災害時の医療・介護 (その3/3)
(その2/3)より続き。
●無償ボランティア、行政、非営利会社
ボランティアにはメリットもデメリットもある。無償ボランティアは、報酬がないため、責任を強いる双方向の契約関係が成立しない。そもそも、善意は頼りになるものではない。嫌になればいつでもやめられるとすれば、最終目標点まで行動を継続する意欲が生じにくい。
無償ボランティアは通常業務が破壊された時の、一過性かつ臨時の営為である。無償ボランティアより、通常業務の方がはるかに活動の水準が高い。過剰な無償 ボランティアは、通常業務復活を阻害する。通常業務で正当な報酬を発生させないと、経済が回らず、コミュニティは自立できない。
ボランティアと対比すると、行政は、過去から未来への一貫性と継続性を有する。知人から、「行政は記憶装置である」という説を教えてもらった。過去に確定 された法令によって事を処理するので、担当者が変わっても同じ活動が継続される。継続性の中で、問題の最終的な決着がついたり、あいまいなままたなざらし になったりする。情報の集積点であり、膨大な記録が残されていく。記録方法も維持される。大量の記録が前例としてのしかかってきて、身動きができなくな る。危機的状況でも、しなやかな臨機応変の対応は取りにくい。
厚労省は、先に述べた災害救助法の弾力的運用についての文書で、災害救助法35条の「できる規定」をクリアするために、被災県からの要請という広域避難を 阻害するような非現実的手続を加えた。「できる規定」という内部用語からすると、前例に従った対応だったかもしれない。費用の出処は被災県ではなく国庫な のだから、工夫すれば、この手続は省けたはずである。
観光庁は、ホテル・旅館等を所管するという法の建前ゆえに、救援の実情について認識しないまま、域外避難を阻害するような非現実的文書を発出した。
いずれも、多くの被災者を迅速に救済することより、法が優先された。法令の起草者は、現実ではなく、網羅性、平等性、整合性を念頭に置く。不当に利益を得 る者が出ないような手続を考案するが、結果として救済できなくなることを想像しない。筆者の批判に対し、厚労省、観光庁は発出した文書を撤回したり、訂正 したりしていない。議論することなく沈黙を守った。
先に述べたように、大災害への対応方法はとりあえずの選択であって、ベストだという前提に立たない。対応の結果を検証しつつ、修正していく。ところが、行 政は実情より法を優先するので、制度上、不適切な対応があっても方向転換しづらい。後処理と記憶には優れているが、未来に向かっての対応には適さない。次 の大震災に備えて、震災時の危機管理を誰がどのように担うのか検討する必要がある。
大震災後の復興についても、行政は公的資金の管理はできるかもしれないが、思考と行動の制約が大きすぎるので、復興を企画実行するのは難しい。
アメリカでは、日本のNPO (Non-Profit Organization)にあたる組織は、Not-for-Profit CorporationあるいはNon-Stock Corporationとよばれ、社会で大きな役割を果たしている。利益を目的としないが、普通の株式会社と同様に人を雇用し、大きな事業を推進してい る。アメリカ最大の雇用主でもある。営利目的で運営することが原理的に困難な事業、例えば、生活困窮者向けの住宅を含めた住宅地の計画・整備、維持・管理 などを行っている。自治体から完全に独立しており、必要があれば、自治体に対し訴訟を起こすこともある(文献13)。
●復興
中国の四川大地震では、復興計画が国際公募された。中国の西側は雲南からモンゴルに至るまでチベット仏教圏に取り囲まれている。四川省の西部はチベット仏 教の信者が多数居住しており、対立をはらんでいる。中国の政治には問題もあるだろうが、緊張感は凄みさえ感じさせる。都江堰市震災復興グランド・デザイン が国際公募されたのは、なんと地震発生の17日後という早さだった。http://www.epd.t.u-tokyo.ac.jp/news /poster_080726.pdf#search=’。
被災後3年目の2011年4月までに、約11兆円を費やして、41,130の国家復興事業のうち94%が完了した(MSN産経ニュース2011年5月10 日)。住宅220万戸、学校3800校を建設した。欧州連合の賛助を受けた四川大地震被災地竹産業プロジェクトは、国連で新企画賞を受賞した (asahi.com 2011年5 月13日)。このプロジェクトで、被災地に2万以上の新規雇用が生まれるという。
経済が右肩上がりの中国に比べて日本の復興は簡単ではない。日本では、かつて人類が経験したことのない高齢化が進みつつある。同時に、急速に貧しくなりつ つある。平成20年の国民健康保険(国保)被保険者(3,954万人)の一世帯当たりの平均所得は、前年から6%下がって、158万円だった。平成6年の 230万8千円から、14年間で3分の1減少した。20歳代の若者の25%(356万人)が国保被保険者であり、その半数は所得ゼロ。一人あたりの平均年 間所得は64万円だった。リーマンショックは平成20年9月に起きた。平成21年の所得(脱稿時点で未公表)はさらに減少していると予想する。消費を担う 中間層と若者が疲弊している。
経済の停滞のため、従来の医療・介護・福祉の給付が困難になった。責任は政治ではなく、情緒的な言説にとらわれて事実から目をそらそうとする個々の日本人 にある。後期高齢者医療制度否定の論理は老いの覚悟を欠き、対案を示さないことにおいて無責任だった。成り行き任せの結果、荒廃が表面化し始めた。これま で、若者は十分なサポートがないまま過大な負担を押し付けられてきた。高齢者は、自分が支払った負担以上の給付を当たり前のように求めてきた。「使って終 わりの給付」より「将来のための給付」を優先しないと、貧困化に歯止めがかけられない。貧困のために教育を断念すれば、将来はさらに貧しくなる。
震災後3か月の段階で、日本の政治は迷走を続け、進む方向を失い、必要な決定を先延ばしにしている。異論もあるだろうが、筆者には、被災地の多くは、じっ とうずくまって、ひたすら行政に頼ろうとしているように見える。行政は法令の整合性と前例にとらわれて、未来を創造する能力を持たない。社会全体の心理的 落ち込み、生産減少で日本経済が再起不能になりかねない。ただし、地震で生じた大量の復興需要は、日本経済の立て直しのきっかけになりうる。現状は大量の 紙幣を印刷すべき局面である。インフレに持ち込むべきである。日本経済が元気にならなければ、被災地の復興も、医療や高齢者福祉もままならない。最優先課 題は雇用、産業、そして教育である。結果として総雇用量を大きくできるのなら、正規雇用労働者の権利を制限し、企業の税率を引き下げるべきである。社会の 変化に合わせて、さまざまな職業訓練を提供する。働ける人には、可能な限り働いてもらう。
被災地は、都市部に比べて、高齢化が進んでいる。津波による破壊を、持続可能な高齢化社会のモデル創造の契機にすべきである。復興に当たって、役割分担を 十分に考える必要がある。行政は、未来に向けた計画を立案するのは得意ではない。大きな視点で、民間や世界から知恵を集めること、その知恵に基づく施策を コントロールするチェック・アンド・バランスの体制を確立することが望まれる。
文献:
13 森 傑:民間非営利組織を中心とした住宅地の開発マネジメント手法に関する考察 米国ニューメキシコ州ティエラコンテンタ開発のケーススタディを通して.日本建築学会計画系論文集, 73, 1443-1440, 2008.
(2011年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会)
本論文は『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会2011年7月)に掲載されたものです。