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右脳インタビュー 矢野義昭

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2015/3/1

片岡:

今月は、矢野義昭さんです。本日は「情報と戦略」をテーマにお話をお伺いしたいと思います。宜しくお願い致します。

.矢野

 情報というと、集めることに注目が集まりがちですが、分析や評価も重要です。色々なサイドから収集した情報を一次処理、二次処理し、照合して、どれが正しいか見出してファクトを抽出する。そしてそのファクトからストーリーとしてどう読み解き、どのような知識を編み出すか。この知識が、お互いに前後連鎖をして評価を方向付けしていきます。そして評価が情報活動の最終的な価値を決定します。その評価が的確に行えるかどうかは、結局その知識が、どれほど幅広く深く共有されているかに左右されます。このためには、地政学でスタティックな場を詳細に理解し、歴史から過去の時間軸の中でその国や民族、文明がどのような経験をしてきたかを学び、その国の優れた古典文学、神話等に通じてその国の人心を読むことが必要です。こうしたことは独裁国も民主主義国も同じです。民主主義国では世論によって政策や政治動向が変わりますが、独裁者も、常に民衆の心の動きを読んで、それをうまくリードしていかなければなりません。寧ろ独裁者は自分が倒されるのが怖いから、もっと深刻に読んでいるのかもしれません。例えば、先日ロシアがクリミアを併合しました。侵略行為に類したことをやれば、民主主義国の場合は国民の中からも一部の強烈な反発が出たり、同盟国からさえも反発が出ます。しかし、国際社会が非難しても、ロシアの民衆はもろ手を挙げてプーチンに拍手喝采しました。こうしたことは、同地域の過去の歴史や古典を紐解けば当然です。
さて、情報にはサイクルがあります。今後の行動方針を決めるときには、例えば敵の出方、可能行動を見積もることが必要になります。例えば、運用側から指示受けた情報参謀らが、彼らの中でまず情報収集し、それに従って分析、評価を行い、結果を運用側に報告をする。運用側は、その結果について運用側としての評価を行い、次は「こういう行動をやろうと、そのためには、いついつまでに、こういう情報が一番欲しい」というような情報要求を出す。こうしたサイクルは、末端の情報になるほど早く回ります。例えば、交戦中の戦車部隊であれば分秒単位でサイクルが回る。一方、万単位の師団が「相手側の軍団がどのように動くか」「相手の指揮官はどのような判断をするか」というようなことを読むための情報となれば、情報を集めるも大変ですし、データも膨大で、数日とか、数週間でサイクルが回ります。更に国の単位になると、年とか数年となります。対象の組織や規模によって、時間的なレンジが全然違ってきます。また各組織の中にも情報サイクルがあります。100人前後の中隊の中にも限定的ですが、そういう機能があります。大きな組織となれば何人かの情報幕僚のチームが付きます。こうしたものが互いにかみ合い、情報の処理と伝達がきちんと回らないと、組織は迅速な行動、意思決定ができません。

片岡:

 企業の場合、情報の集め方や予算、人選も含めて、始まった段階で、既に方向性が決まってしまっていることもあるように思います。巨大商社等でも、国内ライバル企業や欧米のトップグループが手を出さなかった買収案件に投資し、巨額の損失を出したりしています。なぜライバル企業が手を出さなかったのか、なぜ彼らに勝てるのか、環境は…、また買収後、他の組織はどう動くのか…等と幅広く取り巻く情報を十分に収集し活用していたのか、そういう体制がそもそも機能していないのではないかと感じざるを得ません。
 

.矢野

 情報というと、敵とか、対抗するところが対象になると思われがちですが、それだけでは不十分です。情報では、まず自分に与えられたミッションとして、情報要求は何か、その意図は何かを分析しますが、次の段階として、客観的な場の情報、地域見積もりを、敵の情報見積もりに入る前にしっかり行い、客観状況を冷静に見て、その中で、こちらが利用できるものは何か、相手が利用したいものは何か、相手が利用したいものをこちらが獲った時にどういう影響があるか、味方になってくれる勢力は…、そういう視点で場の分析を行います。こうしたことが非常に大切で、地域見積もりの結論が情報見積もりの中に取り込まれ、更にそのエッセンスが作戦見積もりに取り込まれる構造になっていて、手続きの順番が明確に決まっています。それから自衛隊の内部の情報も大切です。そういうものをマニュアル化し、抜けをなくしています。これは米軍方式です。優秀なトップリーダーが全体像を決め、それを全員が漏れなく、その通りにやる、そういうシステムです。米国の場合、移民でできた国ですので、末端まで、マニュアル化して基準を決めておかないと組織全体が思うように動かないし、マニュアルから外れたこともできません。一方、日本の場合は逆に中間より下の人が優秀だから、上の人がそれを決めなくても、自ずと事がなる…。

片岡:

 その一方、戦略には向きませんね。

.矢野

 そこがまさに弱点です。強みが弱点になる。戦略というのは、結局はサバイバルです。最悪の場合、どのようにして、その危機を乗り切るかということから発想があるわけで、その時は、否応なく、リーダーが意思決定をして、一か八か、運命をかけるしかない。放っておけば皆、共倒れになるしかないのですから…。戦略は、そういうぎりぎりの動きとして出てきたものではないかと思います。だから、危機を経てきた民族ほど戦略に強い。ユダヤ人がそうです。彼らは絶対に負けない。そこが戦略的発想の根本です。中国も似たようなところがあります。そういう点で、日本が戦略に弱いのは当然で、日本はそうしたぎりぎりの民族生存の脅威にさらされてきませんでした。勿論、大規模災害等がありますが、これは、一過性のもので、人為的脅威とは異なります。その災害から何とか逃げて生き延び、復興にいそしむことが大切で、そこに戦略性は必要ありません。
一方、ユダヤ人は民族全体が宗教的迫害、ジェノサイドの脅威にさらされてきました。人間ほど怖いものはありません。人間は、こちらの反応を見て、絶えず弱いところを突いてくる。何とかして、絶滅させようというつもりで来る。そういう中で、生き延びようとしたら、生存のために最小限の要件は何かを考え、それをいかなる時も守り抜く、そこにすべての資源を集中し、他のことは最小限にする、そういうシステムを作るという思考になるでしょう。
さて、戦術と戦略は本質的に全く違います。戦術は、ある決められた枠、価値基準、リソースの中で、如何に効率的に与えられたジョブやミッションを達成するかであり、戦略は基本的にあらゆるものがかかわってきます。お互いに時間や資源は限られていながらも、無限定に万物すべてを戦いの場ととらえ、自分にとって死活的な影響を与える情報を抽出。その動向を見抜いて、それに対して意思決定をして、最小限の守るべきものを、とにかく望ましい状態にする。そのために必要な資源を集め、組織化し、必要なルールを作る。戦略は選択と集中です。これに徹した方が勝ちです。
米国は9.11の後、情報機関を統合して国土安全保障省を設置、本土防衛で、テロから何を守るかを検討しました。この時に、守るべきものを挙げていったらきりがなくなって、対応するリソースはとても足りません。そこで発想をきり変え、政権中枢や人口の集中地域等、絶対に死活的なものは何かという視点で、上から優先度を決めて、リソースに応じた範囲のものだけを守り、他は切り捨てるという方法に切り替えました。戦略は、どれだけ守るべきものを絞るか、どれだけ利用できる資源を集中するかであり、相手の出方も含めて、利用できる資源をどのように幅広くとらえて、よりトータルなパワーとして優位に立つかということで、そこに求められるのは偏りのない幅広い情報と決断力です。そして決断力を発揮するためにも情報は必要です。的確な情報を掴んでいるからこそ、優先順位を決めることができる。殆どの会社などが、戦略ができないのはなぜかというと、それを裏付けるための情報を得られないからで、わかっていない人が決めるからです。決断のできる人は自分の体験を通じて得た情報もあるし、他人から聞いて得る情報もあり、情報が多彩です。誰もが気づかないものに気づく、クリエイティビティー、つまり異質なものを結合して新たな価値を生み出す創造力に勝る方が勝つ。これは戦術でも同じです。
例えば、米国はベトナム戦争の泥沼から抜け出すために、電撃的に米中国交回復を行い、際限なく続いていたソ連から北ベトナムへの物資の供給を止めました。米国は、中ソの対立が激化し、戦争状態にも発展しかねなくなってきているという情報をつかんでおり、そこに楔を打ち込んで、中ソの分断を利用しながらベトナムの泥沼から抜けだすという大戦略を打ち出しました。当時、米中が突然和解するとは誰も思っておらず、外交的な奇襲でした。これは、中ソの対立について正しい情報を持っていなければできなかったことです。

片岡:

 情報にそれだけ投資をしていたということでしょうか。
 

.矢野

 していましたね。というのは、これは核戦略の問題でもあるのですが、第二次大戦後、1949年にはソ連も核実験に成功、更に弾道ミサイルに核兵器を搭載できるようになり、誰も大量破壊を止めることができなくなった。相互核抑止の世界です。しかし、当時は相手の情報をとる手段が殆どなく、結果的に米国はソ連側の能力を過大評価していました。つまり、情報を与えないことが、抑止力にもなっていました。米国は、どうしてもソ連内部のことを知りたくて、ラジオゾンデ(高層気象観測の気象データを随時観測するために、主にゴム気球で飛ばされる無線機付き気象観測機器)にカメラを積んで写真を撮って回収するというようなことまでやりましたが、広大なソ連の国土、どこを写しているかわからないような手法では、目標情報にはなりません。ようやく偵察機を定期的にソ連上空に飛ばせるようになり、断片的にミサイルの位置がわかるようになってきました。しかし、画期的に情報がとれるようになったのは偵察衛星を打ち上げるようになってからです。つまり膨大な国費を投じた宇宙開発の初期段階の最大の目標は、米ソともに、相手国の戦略核ミサイルの位置情報を入手するというものだったわけです。尤も、当初は解像度が非常に悪く、ここにそれらしいものがあるといっても確かめようがなかったのですが、それでもデータを蓄積していって、ある配置のパターン、対空ミサイルの基地の配置パターン、道路ネットワークなどを調べていくと、これはICBM(大陸間弾道ミサイル)の基地だとかがわかってきます。それは10年20年の蓄積があってできるものです。敵の本当の能力を知る、それが前提であり、初めて正しい戦略が立てられます。

片岡:

 ヒューミント(人的情報活動)については如何でしょうか。
 

.矢野

 例えば、画像で新しいパターンが見つかり、「これはいったい何だ」となると、駐在武官やエージェント等に人間の目で確認させることが必要です。最後はヒューミントです。施設でさえそうですが「ある国の要人が何を考えているのか」「その幹部の人間関係がどうなっているのか」「この部族長は、こういうところに影響力を持っていて、話をつけてくれる…」、そういうことは会って話を聞かないと分かりません。

片岡:

 この場合、情報の真偽はどうやって担保しているのでしょうか。
 

.矢野

 それは信頼関係です。だからヒューミントは本当に息の長い仕事で、時間とコストをかけて、何十年と相手の中に入り込んで、信頼関係を築いて、ネットワークを作って、それで初めて動く、更にそれを秘密裏に動かすということは大変なことです。またそうした場合、本国との信頼関係が最も大切になってきます。つまり、往々にして寝返ったりしますから。相手国も保全のエキスパートが目を光らせていて、あいつは怪しいとなったら、そこに接近していって、弱点を見つけ、寝返りを誘う。金、酒、女…色々な方法があります。情報を渡すと同時に取り込み工作を行う。逆にヒューミントをやる方も、同じような手法で、エージェントを獲得していく…。
勿論、同盟国や民間の情報会社等から情報を金で買える部分もありますが、彼らが本当のコアの部分を渡すことは絶対にありません。なぜかというと、自分たちの能力、ネットワーク等を知られてしまうからです。例えば米国が衛星画像を日本に渡すとしても、生の画像はよほどのことがないとださない、最高機密です。同盟国といえども情報のコアは渡しません。ましてや戦時となると、資金協力している国でも参戦国でなければ、地図から天気予報まで来なくなります。戦場になれば、その地域の地図や天気予報は作戦に重大な影響を与える、極めて重要な情報ですから、普段はお金で買えるはずの情報でも、参戦国以外には出さなくなります。

片岡:

 先日、ISIL(イスラム国)に拘束された日本人が処刑される事件が起きましたが、この時は、日本の情報力の弱さ等も明らかになりましたね。
 

矢野

 イスラム社会ではジャーナリストは言論の戦士、戦闘員とみなしていて、自分たちは平和のために取材しているのだといっても相手はそう見てくれません。そして「日本人」ジャーナリストである以上、否応なく日本の看板を背負っているわけで、問題が起これば個人の問題ではなくなります。日本が、戦っている側の一方にお金を出すということは、戦争を支援しているということです。かといって何もしなければ、日本は世界の良識ある国から利己的で臆病な国と見られ、孤立するでしょう。そのような立場に立つことは、日本にとり、テロとの戦いに参加することより生ずる報復テロなどよりもはるかに危険であり、日本の存続すら危うくなります。そのような判断に基づき、日本は、国益と威信のために、すでにテロとの戦いに参加しているのです。しかし、日本人には自分たちが戦っているという意識が希薄です。その原因は、このような日本の国際的な立場とそのような選択をした理由について、国として、国民に説得力のあるメッセージを出さなかったこと、またメディアとの信頼関係を十分に構築できていなかったということだと思います。その背景には、平常から国として情報や広報の重要性に対する認識が不十分で、情報・広報戦略が明確ではなく、メッセージが十分に伝わらなかったということがあると思います。現地でのヒューミント活動も不十分です。以前も女性ジャーナリストの山本美保さんが殺されました。国として、現地に入り込んだ、情報収集のネットワークを作り、他の国並みにヒューミントも含めて、しっかり現地情報を獲って、ここは危険だということを自力で判定して、それを外務省、警察庁、防衛省がつかんで、分析評価して国民に伝える、そういうシステムができていないということであり、これが最大の問題です。これがなければ、NSC(国家安全保障会議)を作っても、行動方針を決めるにしても、戦略を決めるのに情報がない。これではNSCは機能しません。そしてその分析結果に対して国として責任を持つという意味で、危険地域への立ち入りには罰則を与えるなど、国家と国民の安全を守るための強制力のある法律を作ることも必要です。
そもそも人道とつけば、世界中がそれを良しとし、戦地でもどこにでも入れてくれると思ったら大間違いです。人道支援物資でも、力づくで奪えば、奪った方は、戦利品として補給物資に活用できます。人道目的の補給物資でも、秩序のない国家崩壊した地域で行うと、その多くを武装勢力が横取りしてしまう。それを阻止するには、武装して警護しなければなりません。ソマリアで国連の平和執行部隊が編成されたのも、この支援物資の強奪阻止がきっかけです。武装せずに強奪を阻止できなければ、支援物資は届けようとした難民など、真に必要としている末端の人々には殆ど届きません。では末端にまで国連職員が入って届けることができるかというと、殺されてしまいますから、そこまでは行けません。難民キャンプも、実際は、そこには戦闘員の家族もたくさんいます。さらに言うなら、人道支援そのものも戦争を長引かせている面があります。どういうことかというと、人道支援を受けている難民の家族には、テロリストやゲリラとして戦っている男たちも多いわけですが、人道支援の物資があるおかげで、戦闘しているゲリラやテロリストは家族の面倒を見てもらっている。だから安心して戦闘に専念できます。そして子供たちは、成長すると戦闘員になる。だからといって、戦闘員にならないでも生きていけるための、教育や職場まで提供しているかというと、それは殆どできていない。結果的にある意味で、紛争を長引かせてしまうことになるわけです。そういう現実をきちんと理解したうえで支援活動もやらなければならない。また、紛争状態と独裁国家のどちらが、大多数の国民にとってまだましか、これもよく考えないといけない。いまの中東諸国には、独裁者が打倒されたものの、秩序崩壊を起こし、内戦に苦しんでいる国がたくさんあります。また、経済制裁もよく行われますが、独裁者にしてみれば「経済制裁を受けているから、我々はこんなに貧しいのだ」という言い訳ができ、憎しみは自国ではなく外に向かわせることができます。そのうえ、空爆で誤爆があれば、憎しみばかりが広がり、ますます泥沼化します。そういう物事の複雑な因果関係をよく考えないといけません。
さて、オバマ大統領が先日、インタビューの中で「モグラたたきのように、テロリストが現れるたびに兵力を派遣することはない。そんなことをすれば経済は疲弊するし、軍事的にも大変な負担になるから、今の空爆と限定的な特殊部隊等の派遣に留める」といっています。米国すらそういう姿勢ですので、お金がなくて困っているフランスやイギリスは本音では軍隊をひき上げたくてしょうがない。欧米は大規模な地上部隊を派遣する意思も能力もありません。その結果、できたばかりのイラク政府軍やイランの支援を受けたシーア派民兵、シリアでは寄せ集めの反政府勢力に地上部隊の主力を依存することになります。イランの立場は強くなり、イランの核開発は事実上黙認されることになるでしょう。結局どうなるかというと、欧米が手を引いた後は、イスラム内部のシーア派とスンニ派の争い、スンニ派内での覇権の争いが、長年にわたり続くでしょう。中東が混乱すれば、中東原油が日本に来なくなる可能性もある。だから日本が今後も必要とする中東の石油を確保したいのであれば、今の段階で相応の軍事貢献を行って、石油の安定供給を保証するような政策をきちんと打っておかないといけない。更に、欧米が手を引くかもしれないという状況下で、ISILが金本位制の通貨を発行しているというのは大変なことです。ドルの基軸通貨体制に対する挑戦です。米国が成果の警察官から降りれば、ドル基軸通貨体制も崩壊する可能性があります。なぜかというと、ドルが信認を得ているのは、米国が力で世界の秩序を維持できているからです。米国が情報を握り操作できるのも、軍事力があるからです。国際金融資本はそれで生きているわけですが…。また、これまでアメリカ主導で、テロとの戦いが進められてきました。しかし、その報復として、核テロなど、深刻なテロが米本土でも起こるかもしれません。アルカイダなどのテロリストグループが核テロを行う意思と計画を持っていることは、以前から知られていました。昨年、「イスラム国」は放射性物質を入手したことをツイッターで誇示しています。サリンを使ったテロ、炭そ菌を使ったテロもすでに日本や米国で起きていますし、核テロの可能性も高まっています。いまアメリカはそれを一番心配しています。だから米国は、世界中の紛争地域に地上部隊を派遣するよりも、自国の国内の安全を守ることを優先せざるを得なくなっているのです。それが、財政問題、国民の意識とともに、アメリカが世界の警察官の座を降りざるを得ない、大きな理由の一つでもあるわけです。そうなったときに、米国の軍事力による秩序維持能力に対する信頼が世界的に低下する。そうなると金本位ではないドルは暴落するかもしれません。信認を失ったらおしまいです。

片岡:

 中国も経済成長とともに、米国の基軸通貨体制や軍事力への挑戦を強めておりますが、中国の今後の状況・行動をどのように分析されているのでしょうか。
 

.矢野

 確かに今、中国が伸び、インドも伸びるといわれていますが、本当に伸び続けるのかわからない面もあります。資源には限界があります。例えばあの膨大な人口を抱える中国に、日本の高度成長の時のような安いエネルギーや物を売るための市場を十分に供給し続けることができるのか。環境条件が全く違いますし、また中国では少子高齢化が急速に進んでいます。日本のような国の場合は、それまでの蓄積があるので、高齢化社会の社会保障費の増大、経済活力の低下にも、何とか持ちこたえられるかもしれません。しかし、中国の場合は、そうはいかない。重税を課するとともに、農村部の老人など、ある一定の層を切り捨てることにならざるを得ない。そのため、社会全体の不満が高まり、不安定化につながります。かつ、軍事面でも、覇権主義はいったん広げると縮小が難しい。特に共産党独裁体制で、そのうえ軍のステータス、発言力が強いため、軍事力拡大に歯止めがありません。無理にでも軍事力を増強し、強引に対外進出を拡大することになる。いずれ周辺国と紛争を起こすことは避けられません。南シナ海ではすでにそうなっていますし、日本との間でも尖閣問題がいつ火を噴くかわからない状況です。問題は、それが人民にどのようにはねかえるかです。軍を増強するとなると、一人っ子時代に働き盛りの息子を軍隊にとられ、その上税負担も重く、社会保障は切り捨てられる、一般の人民には何重にも負担がかかってきます。そのような状態で、国中で暴動が頻発し宗教結社が広がり連帯し始め、組織的な反政府暴動に発展する。今までの歴代の王朝はそういうことよって傾いてきました。おそらく共産党政権もそのような末路をたどるでしょう。

片岡:

 いつ頃まで持つとお考えでしょうか。
 

.矢野

 だいたい2025年頃がピークでしょう。その頃までに、中国は軍事的冒険に出る、既存の枠組みに挑戦して蓄積してきた軍事力を使う可能性があります。

片岡:

 例えば、どのようなところにその兆候が表れてくるのでしょうか。
 

.矢野

 兆候は、やはり軍の動向に出てくるでしょう。軍が独走し、党がコントロールできなくなってくる。そうなると怖い。もうすでにそうなってきている兆候もあります。習近平は口先では粛軍といい、軍の人事も掌握しよう軍高官の異動を盛んに行っています。しかし、他方で軍事費は、経済成長率が鈍化しても、年率一割以上で増額され、あいかわらず、軍事予算は経済成長率以上の速度で増えています。習近平も実際は、軍に迎合することによって、自らの権力を維持する方向にますます傾いているといえるでしょう。軍の影響力が政治をコントロールするようになってきたら問題です。軍事的な観点だけで、政策等が決まるようになって、外交とか経済の影響が加味されなくなり…。

片岡:

 日本はどうしたらよいのでしょうか
 

.矢野

 やはり核抑止力をどう維持するかでしょうね。それは日本に限ったことではなく、韓国などにとっても同じでしょう。核抑止力があれば、中国の軍事冒険主義を自国から反らすことができる。軍事的冒険主義は、敵性国の包囲環のなかでも、一番弱いところに向かいますから…。だから中国を取り巻く環の一番弱いところにならないようにしないといけない。米国の抑止力に頼ることができればいいのですが、私は5年10年後には、それも危なくなるのではないかと考えています。勿論、一番いいのは中国にそういう冒険をさせないことですが、それは彼らの意志と能力に依存することで、こちらは安心できません。起きる時に日本が火の粉をかぶらないためには、信頼のできる核抑止力が必要です。これは、米国の核ミサイルを買えば、すぐにでも可能で、後は政治の問題です。もし米国が売らないのであれば、自分で作ればいい。信頼性は低くても十分です。ですからやろうと思えば1年から2年くらいでできるでしょう。実際、米国の全米科学者連盟などはそう見ています。

片岡:

 この場合、核を持つと宣言した時には、既に保持していることが不可欠なのでしょうか
 

.矢野

 持っていないとだめです。その間に米国の抑止力が切れてしまう。米国の原潜を買ったらどうか、という話もありますが、要するに抑止力の継ぎ目をどうするかです。こうしたことは、韓国もやろうとしている可能性があります。イスラエルは実際に秘密裏にやった。米国はダブル・スタンダードでイスラエルについては目をつぶってきました。結局、それが米国の国益だからです。イスラエルに核を持たせて、イスラエルと周辺のアラブ諸国の間で大規模な通常戦争を二度とさせない。万一戦争があっても、米国自らは介入しなくてもよい。そのような抑止体制をつくる方が、米国にとってはるかにリスクが少なく、国益になるからです。日本の核保有についても、昨年あたりから、米国の態度に変化が見られます。欧州の核戦略家の間では、NPT(核不拡散条約)も変えればいいといった発言も見られます。彼らはそんなものを日本のように金科玉条とは思っていない。そもそも日本が国連で核軍縮を訴えても、外国はどう見ているのか?「結局、日本は米国の核の傘に守ってもらっているではないか…」日本人は、海外の出来事は他人ごとと思い、外から迫ってきている脅威を直視せず、合理的な根拠のないものを崇め、怯え、或は安全を委ね、自縄自縛に陥っている。しかし、そうしたものに囚われていると、日本が自滅する可能性だってあります。米国や中国、韓国から反発がある、そのリスクは当然覚悟している。だけど今やらなければ、将来生き残れない。そこまで読み切るかどうかです。何が大切で大切でないかの判別がつき、序列づけができるということが戦略であって、あとは、上から、与えられるリソースでは、ここまでしかできませんと切るしかありません。つまり、生き残るために必要なもの以外は切り捨てる覚悟がいる。だから戦略は難しい。

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

   
 ~完~ (敬称略)

 

インタビュー後記

矢野さんは「戦後日本の発展は、戦時に戦闘機、戦艦や戦車、潜水艦…と、軍の最新テクノロジーに触れた下士官たちが、戦後の日本の産業界を、中小企業のレベルから支えた。例えばホンダやソニーがそうです。…また戦前の教育は、武士道の伝統を引き継ぎ、ある意味で、戦略的素地を育む教育がなされていましたが、戦後、GHQの指導の下で、一掃されました。失われた20年、30年といいますが、ちょうど、その世代が労働市場を去った時期と重なります。今の迷走はそこに原因があるのではないでしょうか」と。もしそうであるなら、失われた20年は、まだまだ続くでしょう。
日本の近代史、特に軍と社会の関係については、よい面も悪い面も含めた正面からのかかわりを忌避する「空気」を未だ感じます。比較的冷静に取り組みやすい経済問題についてでもそうです。よく対韓、対中問題として歴史認識問題が取りざたされますが、そもそも自国の問題、国民の議論として、正面から向き合う時期に来ているのではないでしょうか。

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 

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