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我が国およびアジアの債券市場の発展を目指して

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 我が国およびアジアにおける債券市場の振興策については、これまで様々な角度から論じられているが、ここでは「プロ向け債券市場の創設」という切り口で、ある研究会の提言を紹介したうえで、証券決済システムの改革に関して検討することとする。

<我が国およびアジアで債券市場が未発達の背景>
米国および欧州(とりわけロンドン)では公社債市場が100年以上も前から発達しているが、我が国さらにはアジア諸国においては十分に機能しているとは言えない。その理由として次の諸点が挙げられる。

  1. 債券市場は、その性質から市場価格の変動幅が株式市場に比べて小さく、投機の場としての面白味に欠ける。株式投資は銘柄の個別性が強くその価格変動幅も大きいため、投機を好む中国系投資家を強く引き付ける。これに対して債券投資は将来の金利変動を予測することが中心となるため、グローバルなマクロ経済の分析から入っていく必要があり、手っ取り早く利益を稼得したい個人投資家にとっては負担が重い。
  2. 我が国およびアジアにおいては、間接金融部門のウェイトが大きく、資金調達のニーズは基本的に銀行などからの借入れで充足されている。
  3. 債券投資を効率的に進めるためには格付会社およびカストディアン(証券保管機関)・証券決済機関・清算機関などのインフラが必要となるが、これらがある程度整備されている市場は東京のみである。
  4. 最後は、我が国特有の事情になるが、銀行・保険・信託等の機関投資家の投資行動が、ファンドマネジャーの育成過程・報酬体系の影響からワンパターン化する傾向があり、外的ショックが加わった場合に、市場価格が一方向に大きく振れ、全体として投資損失が拡大してしまう。

 このように債券市場の発達には課題が多いことは事実ながら、信用度の高い企業などの資金調達を考えると、債券と株式は車の両輪であり、双方がその機能を十全に発揮することが強く求められる。また、マクロ経済の観点からも、多くの当事者が活発に参加する証券市場は、金利を通じた資源の効率的な配分のために不可欠である。

<プロ向け債券市場の創設>
我が国においては債券市場は相応に発達しているが、情報開示の仕組みが個人投資家を含む一般投資家向け公募を前提としているため、機動性に欠けるなどの問題があり、プロ投資家にとってみると使い勝手がよくない。具体的には年間240あまりの営業日のうち、実際に起債可能な期間は100営業日程度しかないのが実態。
現状、国内市場では、本来は機動的な社債発行を可能とする目的で発行登録制度が導入されている。しかし、その仕組みがアマ投資家を想定した開示制度を前提としているため、取引所の適時開示基準に沿った決算短信の発表、有価証券報告書、四半期報告等の法定参照書類の提出および、これらに係る証券会社の引受審査を受けねばならず、四半期決済開示が一般化した現在では、四半期末から一定期間は起債が非常に難しい。もっとも、この制度自体は、一般投資家保護の観点からは妥当なものであり遵守すべきである。
こうした制約は、ベストのタイミングでベストの投資をしたいプロ投資家および発行体にとっては大きな障害となっている。市場参加者をプロに限定し、これに対応した開示制度を取り入れた新たな市場を作ることが求められる。アマ投資家については投資信託、年金等を通す形でこの市場に参加することが出来る。
こうしたプロ向け市場は、法制面では2008年の金融商品取引法改正によって「特定投資家向け市場」として手当て済みである。この改正を受けて、2009年9月プロ投資家向け株式市場「TOKYO AIM」が創設された。この法改正を債券市場に適用するかたちで、柔軟性の高い本格的な「プロ向け債券市場」を開設すべきであるとの提言が、本年4月「アジア・デットリスティング研究会」(犬飼早稲田大学教授と簗瀬弁護士が共同座長)(注1)から発表された。この研究会は第一線の市場実務家・法律家・研究者によって構成されており、政府関係者もオブザーバー参加している(筆者もその一員として参加)。この「プロ向け債券市場」では、開示は取引所への開示登録のかたちで行われ、その要件は取引所によって定められる。この市場はプロ投資家向けであるので、改めて有価証券報告書等を提出する必要はなく、開示項目は債券の発行条件を中心に必要最小限のものとし、その審査もプロ投資家を前提として柔軟になされるべきであろう。取引所に登録したからと言って実際の売買は取引所で行う必要はなく、あくまで店頭相対取引のかたちで行われる。
本件「プロ向け債券市場」は、日本国内の発行体、投資家向けに限定することなく、広くアジア諸国の投資家、発行体を対象とすべきである。そのため、英語での開示に関しても積極的に対応する必要がある。さらに税制においても、2010年度改正で非居住者が保有する国内社債から得られる利子所得に対しては源泉徴収税を適用しないこととなった。これによりアジアの投資家にとっては、日本のプロ向け債券市場への投資採算はロンドン等でのユーロ債投資と全く同様に考えることが出来る。こうした動きを受け、政府では本年6月28日公表の「新成長戦略」において、「ユーロ市場と比肩する市場を我が国に実現するため、プロ向けの社債発行・流通市場を整備する」との方針を明確にした(注2)。東京証券取引所では、こうした政府の方針を受けて、上述の研究会提言を基に「東京プロ向け債券市場」の構想作りが進行中と聞いている。

<証券決済システムの改革>
証券市場機能の効率化に関しては、取引処理自体の堅確性、迅速性の観点に加えて、証券決済・取引照合・清算についても、決済リスクの削減、ペーパーレス化、STP(Straight Through Processing)化を推進する必要がある。
我が国の証券決済システム改革は、1999年頃から検討が本格化し、社債等振替法(2002年)および株式電子化法(2004年)の成立を受けて、証券保管振替機構(「保振」)の成立と充実強化、さらには日本証券クリアリング機構等株式・国債の清算機関の整備が進められた。この結果、DVP決済(証券と資金との同時取引履行)の進展、照合システムの構築とSTP化の推進、ペーパーレス化等が進み、欧米の水準にほぼ追いついて来た。現時点で国内決済面で残された課題は、決済期間の短縮化[(株式・国債をT(Trade date)+3からT+1へ]、清算機能の拡充(短期社債、投信、一般債についての清算機関の設立)等に限られてきた。しかしながら、クロスボーダーでの証券決済の改革については大きく遅れをとっている。すなわち、海外の投資家が我が国の株式や国債の取引を行った場合は、我が国における代理人(カストディ銀行等)を通じ、我が国の決済慣行に基づいて日本国内で決済を行うこととなっている。
日本の証券であるから日本流に行うのは当然であるというのは一つの理屈ではあるが、日本語を使用して分立している証券決済機関、証券清算機関を使いこなしていくことは非居住者投資家にとって大きな負担となっている。現状のままでは、上で述べたように「アジアに開かれたプロ向け債券市場」が創設されたとしても、アジア諸国の投資家に十分に利用されることは期待し難い。
新しい市場がアジア諸国の投資家、発行体にとって使い勝手の良いものとなるには、保振のさらなる充実・強化が必要となろう。具体的には保振の機能を、元利金・配当金の支払い、証券貸借、担保管理等にまで拡充するとともに(この場合には銀行免許を取得するほうがより便利となる)、同社内部に英語ですべての業務処理が可能となる国際部門を設立したうえで、海外の証券決済機関、清算機関との連携を強化することが求められている。香港では、香港金融管理局(HKMA)が中心となって体制を充実・強化しているうえ、ユーロクリアー等国際的な証券決済機関との連携も一段と強化している。こうした動きの背景には、将来上海市場と一体となってアジアの証券センターを名実ともに中国に移そうとの構想があるやに窺える。我が国がアジアの証券取引の中心として機能していくことは、円の国際化推進と並んで、我が国の国益にとって大きなプラスになる。こうした部門に国家資金を投入することこそ、我が国の中長期繁栄を確保する有効な方策ではないか。

以上

脚注

注1 http://www.globalcoe-waseda-law-commerce.org/activity/debtlisting.html
注2 http://www.meti.go.jp/topic/data/growth_strategy/pdf/sinseichou01.pdf (P35)
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