日米銀行業界のイノベーション対応
最近のIT(情報技術)は、AI(人工知能)を中核に目覚ましい進歩を遂げている。銀行業界においても例外ではない。私は、2013年以降、年1回は大手米銀を訪問し、幹部との意見交換を行うとともに、支店見学も含めITの利用に関して定点観測を行っている。この間、彼らは経営効率化の推進とともに、顧客が円滑・快適に銀行サービスが利用できるよう、AI活用を中心に経営資源を積極的に投入している。
本邦地方銀行においては、融資業務の活性化・効率化を中心にIT投資を推進しているが、国を挙げての政策課題となっているキャシュレス化の推進については、踏み込んだ対応を躊躇っているように窺える。
以下、次の項目に沿い、私見を申し述べることとする。
1. 米銀におけるイノベーションの推進
(1) 決済部門における最近の動き(“Zelle”のスタート)
(2) AI活用による効率化の推進・不正の検知
(3) Chatbot(スマホ搭載の対話型金融サービス)の活用
2. 本邦地方銀行におけるキャシュレス決済への対応
(1) 交通業・流通業による電子マネーの提供および通信業の決済サービスへの進出等乱立状態が出現
(2) 地方銀行における取組の現状とあるべき今後の対応
1. 米銀におけるイノベーションの推進
(1) 決済部門における最近の動き(“Zelle”のスタート)
米国では、スマホ・PCを利用する形での送金サービスは広く普及しているが、送金人と受取人が異なる銀行に口座を持っている場合には、手続きがやや煩雑で手数料を負担する必要があった。この点を衝いてPayPal、Venmo、Square Cash等スマホ利用送金業者が、誰にでも手軽に送金できるサービスを開発して、友人間の少額送金決済で広く使われるようになった。
こうした動きに対抗して、銀行は連合を結成し(参加行はJP MorganChase、Bank of America、US Bank等の大手銀行に加え中堅銀行を含む34行)、“Zelle”というブランドでVenmoを上回るサービスの提供を2017年から開始した。送金先の支店名・口座番号は不要で、メールアドレスまたはスマホ番号のみで入力が可能となり、手数料も不要(Venmoは送金手数料を徴求する)。ただし、送金額には上限(WellsFargoの場合、1日2,500ドル、1か月4,000ドルまで)が設けられており、個人間送金をターゲットにしている。
この“Zelle”は、2011年に結成された大銀行(Bank of America、JP MorganChase、WellsFargo、CapitalOne、US Bankの5行)連合がBtoC、GtoC(Government-to-Consumer)の決済円滑化を目的として設立した“clearXchange”が基になっている。このようにnon bank決済業者に対抗して、自らの顧客を囲い込むため銀行間で連合を組む動きは合理的であり、我国の銀行も見倣ってはどうか。
(2) AI活用による効率化の推進・不正の検知
効率化の推進に関しては、RPA(Robotic Process Automation)というAI活用によって作成された定型事務をロボット処理するシステムが小規模行においても広く導入されている。RPA導入を成功させるためには、
① 狙いとする効果(作業負担軽減、迅速処理)を的確に認識すること
② パイロットシステムの立ち上げによる小さな成功体験を全社に浸透させること
③ イノベーションを受け入れる雰囲気を上手く醸成すること
が重要である。RPAは、部門単位で導入が可能であり、導入コストも高くないことから、近年我国でも盛に導入されている。
不正の検知についても、大銀行中心に多数導入されている。これは、預金の動き、有価証券運用、職員行動、顧客情報、システムログ等のデータを投入し、ロジスティック回帰、ニューラルネットワーク等の技法を活用することにより検知システムを作り上げ、そこに日々のデータを導入し、不正な行為が生じる可能性が高いと判断すれば警報が鳴る仕組みになっている。
(3) Chatbot(スマホ搭載の対話型金融サービス)の活用
Chatbotは、スマホを使った対話形態(Chat)でのロボット(bot)のことで、顧客に対して双方向で多様な情報を発信し、顧客要望を受信(最も進んだレベルでは送金・資産運用等の取引も可能)する仕組みで、米銀のみならず広く利用されている。
例えば、韓国ではShinhanBank、WooriBank、マレーシアではCIMB、インドではICICI HDFC Bank、シンガポールではOCBC、オーストラリアではWestPac、中国ではAnt Financial Group(アリババグループの金融関連会社)、英国ではBarclays、StarlingBank等が利用している。手許の情報では、Chatbotを利用している邦銀はリストアップされていない。
Chatbotの利用範囲を広げ、セキュリティレベルを向上させるためには、AI技術を駆使することが求められており、Amazonの“Alexa”、Appleの“Siri”等の自然言語処理システムの活用が不可欠とされている。
この分野で最も進んでいるとみられるのは、Bank of Americaの“Erica”で2016年にテスト版を公表して以降、約300名の自行職員を対象にテストを繰り返し、2018年3月米国Rhode Island州を皮切りに、順次利用可能地域を拡大。本年6月に全米で利用できるようになった。
Ericaは、24時間365日利用可能。スマホ経由で、①口座間の振替、送金、②支払請求予定の確認、③クレジットカード、デビットカードのロックとロックの解除、④過去の取引履歴の検索、⑤主要情報へのアクセス(預金残高、口座番号の確認、銀行支店コード、自己の信用リスク評価度合[FICO計数]、最寄りのATM)、⑥債務減少、資産増加のための提案および⑦資産運用相談が可能。開発に当たって最も苦労した点は、口頭による支払指図をどんな環境(走行中の地下鉄、混雑したパーティー会場)においても、正確に認識し実行することである由。ちなみに、2017年10月のコンフェランスにおけるEricaのデモでは、上記②~⑥は間違いなく実行されたにも拘らず、送金の指示には対応できず、システムが停止した。
このChatbotが完成すると、支店およびコールセンターは原理的には不要となり、事務処理に要する人員も大幅に削減可能であり、口座保有者の行動分析の精度も上昇するなど、経営効率の顕著な改善が期待できる。
2. 本邦地方銀行におけるキャシュレス決済への対応
(1) 交通業・流通業による電子マネーの提供および通信業の決済サービスへの進出等乱立状態が出現
我国は、キャシュレス決済比率が、他国(韓国89%、中国60%、イギリス55%、オーストラリア51%、スウェーデン49%、アメリカ45%)に比べ、18%と低い。これは①偽札が少なく現金に対する信用度が高い、②ATMが全国各地で普及している、③決済手数料が高い(クレジットカード場合、物品・サービスの提供側が負担する料率は3~5%と売上高利益率のレベルからみて高い)、④カード・QRコードの提示に手間がかかる等が理由と言われている。こうした状況にも拘わらず、キャシュレス決済に関わっている当事者は多く乱立状況を呈している。
プリペイド電子マネー形態では、Suicaで代表される交通系の他に、流通系ではWAON(イオン)、nanaco(セブン&アイ)、楽天Edy(楽天)、QUICPay(JCB)、iD(NTTドコモ)がある。加えてLINE Pay、RPAY、Origami Pay、Amazon Pay、PayPay(ソフトバンク・ヤフー、2018年秋予定)が新規に参入しており、中国製のAlipay、WeChatPayもインバウンド客の多い地域では使われている。
また、VISA、Master、JCB等のクレジットカードも広く利用されている。
このまま推移すると、キャシュレス決済の主導権は、交通系、流通系の電子マネー、〇〇ペイの新興決済業者に奪われ、銀行はキャシュレス決済の第一線で関与することが出来ず、これら業者間の最終決済尻のみを処理する黒衣の地位に没落することになる。
(2) 地方銀行における取組の現状とあるべき今後の対応
資金決済は、預金通貨を提供している(地方)銀行の本来の業務であり、是非とも守り抜くべきであろう。この機能が奪われると、決済業務を通じて得られる情報も素通りしていくことになり、地域経済における存在価値が低下し、経営上もマイナスのインパクトをもたらすことになる。
こうした状況に対処すべく有力地銀のなかには、自らが決済業務を手掛けようとする先が出て来ている(はまPay/横浜銀行、YOKA!Pay/福岡銀行)。
さらに、ほとんどの地銀はクレジットカード会社(VISA、Master、JCB)と提携して、デビットカードを発行している他、J-Debitという共同デビットカードのメンバーになっている。
これらのデビットカードは残念ながら勢いよく普及している状況にはない(ある地銀では、デビットカードの利用率は0.5%とのこと)。その背景としては、独自に加盟店を募集拡大するノウハウ・マインドセットに乏しいことと、運営管理会社およびクレジットカード会社が関与しているため、加盟店が負担する手数料が高止まりしたままであることが指摘されよう。
特に、クレジットカード会社と連携しているデビットカードについては、手数料体系がクレジットカードと同水準とされていると聞く。デビットカードは、与信機能が付いていないため、決済管理に要する手数料を徴求すれば十分であり、クレジットカードと同水準に設定されていることは不合理である(米国では、この点を考慮し、2015年にデビット手数料も引き下げるべきとの最高裁判決が出ている)。
この状況を打破して、地銀がキャシュレス決済の主役となるための方法は、自らが直接デビットカードシステム(QRコード、ICチップ化したデビットカード、あるいはその情報を取り込んだスマホを活用して)を運営すること以外にないと思われる。インフラ的にはほとんどの銀行は、インターネットバンキングに対応するため、預金勘定は24時間稼働できる体制になっている。
また、スマホを活用すれば、決済情報はパブリックなインターネット網を通じて収集でき、コストはほとんど掛からない(現行のクレジットカード会社と連携したデビットカードの場合には、国際クレジットカード会社に支払うブランド手数料、アクワイラに支払う手数料およびCAFIS、CARDNETに支払う接続料、回線利用料があり、加盟店の負担は相当重い)。
こうした構想に対しても、消極的な反応を示す地銀は少なくない。その理由は、①加盟店開拓の負担が大きい、②デビットカードシステムを開発・運営する人材が乏しいし、コストもかかる、③こうした独自のキャシュレス構想が上手くいくか不確かである、の3点と聞いている。
①に関しては、超低金利、少子高齢化による地域経済衰退の状況下では、加盟店開拓を通じて地元企業との関係を再構築することは銀行経営上価値あることではないか。また蓄積した情報を分析・加工することにより、経営上有益なアドバイスを提供することも出来る。さらに、独自のデビットカードでは、取引メリットに応じて、加盟店手数料を増減することも出来るし、カード利用者に対しては思い切ったインセンティブボーナスポイントを支えることも可能である。
②に関しては、APIを有効に利用することにより、開発負担を大きく軽減できる。また、人材が不足している場合は外部から調達すればいい。本件と直結する訳ではないが、地銀のIT人材は硬直化しており、弾力化・流動化の余地は大ではないか。
③の点については、経営の先行きを見通した場合に、時には思い切った決断も必要となるのではないか。
言うまでもないが、この独自デビットカード構想は、地域における金融シェアの高い地銀ほどメリットが大きくなる。そうした地方銀行は率先して検討すべきであろう。
(2018年10月31日記)
以上