分裂に向かうEU:復活する国民国家(2)
今年の国連総会は難民問題がひとつの大きなテーマとなった。オバマ大統領主催で、難民サミットも開催された。しかし、その直前を狙ったかのように、ニューヨークのマンハッタンや対岸のニュージャージーで不特定多数を対象としたと思われる爆発事件が起きた。容疑者は今回もアフガニスタン生まれでアメリカ国籍は取得したが、イスラム過激派の影響を受けたと推定されている。論理の上では否定しながらも、移民・難民をテロリズムの温床のように考える社会的風潮が増幅されている。
ほとんど同時期にいくつかの重大な出来事が起きている。ひとつは9月21日、地中海エジプト沖における移民・難民ボートの遭難事故で148名を越える多数の死者が出たことだ。こうした遭難事故はこのブログを始めた以前から継続して起きているが、事態は悪化するばかりだ。この問題領域にもいくつかの変化があり、別に取り上げたい。
もうひとつ注目すべきは、シリア内戦の現状であり、終息するどころか、破滅的状況にある。ヒエロニムス・ボスの作品に描かれる地獄さながら、まさに「現世の地獄」だ。ウクライナ紛争にみられるように、失地回復に動くロシアの支援を受けたアサド政権は息を吹き返し、居丈高に反政府勢力、そしてアメリカを非難、攻撃している。国連もまったく無力化し、TVなどに見る惨状は目を覆うばかりだ。
そして、ヨーロッパの存在感が急速に低下したことを感じる。とりわけ、9月18日のベルリン市議会選挙で「反移民」を掲げる「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進し、国政与党が大きく後退した結果、メルケル首相は「できるなら時計の針を何年も戻したい」との見解を発表した。これまでユーロ危機を初め、様々な試練にしたたかに対してきたこの練達した政治家をもってしても、今回は切り抜けられなかった。
そして、アメリカ、EU、中国、ロシアという新たな覇権を争う勢力地図の中で、アメリカ、EUの政治的停滞、退行、中国、ロシアの覇権、領土拡大指向が目立ってきた。
前回に続き、今回はBREXITという形で新たな局面を迎えたヨーロッパの姿をこれまでの観察の流れの中で見てみたい。筆者のメモ代わりとしてスタートしたブログであり、細部は省略、筋書き程度にとどまる。
危機は突然に
2015年から今年にかけて、突如として、百万人を超える難民、移民がシリア、アフガニスタンなどからヨーロッパへ流入した。それによって引き起こされた一連の変化は、おそらくEU(欧州連合)の誕生後最も大きなものだろう(その主要な経緯はこのブログでも記してきた)。人、資本、財、サービスが自由に移動する単一市場、そして政治的統合はEUが目指してきた目標だが、ヒトの移動が難民・移民という形でEUの存立基盤を揺るがすことになるとは、当事者を含めてほとんどの人が考えなかったことだろう。この意味でも、多数の難民・移民の発生経緯、ヨーロッパへの流入、移動の経路、各国、EUの対応過程を理解しておくことは今後のためにも重要と思われる
こうした状況下、僅差でEUから離脱 exit することになったイギリスは、前回紹介したA.O. ハーシュマンの理論を手がかりにすれば、それまであったEUという共同体とのつながりはなくなり、競争原理の支配する世界で独立性は増すが、財やサービス市場の縮小、資本などのアクセス機会の制限などで、失うものも大きい。
前回に記した通り、EUが真に地域統合体に近い実態であれば、イギリスの立場は準メンバーに近いものであった。その国がどれだけハーシュマンのいう「忠誠」loyalty をEUに感じていたかは分からない。最も強く忠誠心を抱く者でも離脱の可能性はあり、彼らにとって「離脱する」というブラフは統合体にとどまり、発言するに際しての強いカードになりうる。イギリスがこのカードをかなり使ってきた可能性はある。しかし、現実には国民投票僅差での離脱決定という微妙な結果となった。
離脱後、今後EUとの交渉に当たるボリス・ジョンソン外相は、イギリスはドイツから車、イタリアからワインなどを大量に輸入しているから、EUは無視出来ないはずだと述べ、離脱後もこれまで得ていた特権の継続をEU側に求めるが、それには当然反発が強く交渉は難航するだろう。
ここに到る経緯からして、イギリスが新たな苦難に直面することは必至だ。構成国であるスコットランドや北アイルランドの動きも含めて、その前途について今の段階で楽観はできない。EU大陸側を含めドミノ現象が起きる可能性もなしとしない。メイ首相自身、その困難さを率直に述べている。ボリス・ジョンソン外相は新年早々に離脱の正式提案をし、2年以内に選択した離脱をなしとげると楽観的発言をしているが、まだいくつもの波乱が予想される。
問題はEU,大陸側に
しかし、BREXITで注目すべき最大の問題は、イギリスに離脱を許してしまったEU、大陸側にあるといえよう。これまでイギリスはEUの加盟国でありながら、大陸側諸国との間に一線を画してきた。イギリスは、ドイツ連邦共和国に次ぐ経済大国であり、大陸側としては対応の難しい国ではありながら仲間に留めて起きたい存在だった。
イギリスの離脱と並行して、大陸側諸国には結束力の緩みが生じていた。難民流入への対応過程で、加盟国間の対応の違いはさらに顕著になった。ブラッセルも官僚化が進み、加盟国との距離が拡大していた。危機における指導力に欠け、加盟国を統率できなかった。昨年来の難民危機に際しても、実質的に目立ったのは、躊躇する各国の指導者を率先、牽引するアンゲラ・メルケル首相であり、傍目にもEU(ブラッセル)の存在感は薄かった
さらに、最近ではEU上層部のスキャンダル、腐敗が露呈し、ブラッセルの信頼度は大きく損なわれた。いまやEU(ブラッセル)は高級官僚を中心に、加盟国の国民の関心とは遠く離れた、腐敗した組織と見られるまでになり、急速に信頼度が低下している。政治・行政上の官僚機構は生まれたが、European Union の目指す地域統合体とはかけ離れたいわば頭だけの存在になっている。こうした中で、選挙民の信頼をつなぎとめようと、各国の政治家たちは内向きになり、EUよりも自国の主権を確保しようと懸命になっている。
弛緩する統合のあり方
結果として、加盟国間の統合への勢いは急速に失われ、自国民の利害を前面に出した国民国家への流れが増した。ロシアの領土拡大指向を抑止し、難民やテロリズムの危機に対応するには、ブラッセルに頼ってゆくよりは、自国がしっかりと対応する方が実が上がると考えるようになった。昨年、ハンガリーがレーザー有刺鉄線の障壁をクロアチア国境に設置した時、ドイツ連邦共和国のアンゲラ・メルケル首相は冷戦を思い出させると非難し、フランスの外相は「ヨーロッパの共通の価値を尊重していない」と批判した。
ところが今年になるとこれらの指導者たちは、ヨーロッパの国々に難民受け入れを迫るとともに、これ以上の流入を阻止する対応を強めるよう求め始めた。さらに1月にはいくつかの国の政府はギリシャに難民の抑止を求め、不十分な場合にはシェンゲン協定からの除外まで口にした。しかし、ギリシャ一国で難民・移民の大きな流れを抑止することが不可能なことは歴然とし、メルケル首相の指導・交渉力によって、EU域外のトルコにその役割を委ねることになった。しかし、そのトルコもクーデターが起きるほどの内政不安が高まり、短期間のうちに期待を裏切ることになった。地域統合体としてEU加盟国を結束し、同一方向へ誘導する力量が今のEUブラッセルは、傍目にも欠如している。
こうした中、フランス、ドイツ、オーストリアなど多くの加盟国で外国人受け入れ増加に反対することなどを主たるスローガンとする極右政党が次々と勢力を拡大、各国の政治は急速に内向き指向となっている。
逆転する歴史の歯車
EUは目指す統合への理想とはほど遠く、国民国家の集合としてのヨーロッパへ向かっている。難民・移民を受け入れて文化の多様化に将来を賭けるのではなく、グローバル化の中で薄れてゆくとみられた伝統的国民国家が復活している。それを支えているものは、ナショナリズムというよりは、パトリオティズム(愛国心)なのかもしれない。それぞれの国民国家の政治的・文化的基盤は想像以上に堅固であり、難民・移民などの流入でその点が確認されたといえる。来年はヨーロッパ経済共同体(European Economic Community)設立を目指したローマ協定(Treaty of Rome、1957 )成立後、60年目になる。
☆ 9月24日開催された欧州10カ国の首脳会議は、EU(欧州連合)首脳会議は欧州連合の外周部の国境管理を厳しくすることで大筋合意した。会議ではEUの外周部にあたるブルガリアの国境警備にあたる人員を各国の応援のもとに増加するなどいわゆる「バルカンルート」と呼ばれる難民移動経路を完全に遮断することを目指している。しかし、これだけでは増加する難民・移民の大きな圧力に対応するには十分でなく、EU諸国は自国国境の警備管理を強化するなど、EUの分断はさらに進むだろう。(2014年9月25日加筆)。
Reference
John Peet and anton La Guardia. Unhappy Union: How the euro crisis – and Europe – can be fixed, The Economist, 2014.
“Divided we fall.” The Economist June 18th-24th 2016.