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終わりの始まり:EU難民問題の行方(17)

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バルカン・ルート(西側)
Source: BBC

報道が追いつけない事態の変化
TVなどのドキュメンタリー番組、中には先見性の高い優れた作品もあるが、大方は事件の発生など、現実が変化した後を追う番組である。そのひとつの例がEUの難民問題である。番組の構想が具体化して制作している間に、事態はそれよりもはるか先に進んでしまっている。たまたまNHKのBS1(2016年2月28日)『難民クライシス』前後編*を見る機会があった。周回遅れの後追い番組で、迫力がなくなっている。全般に再放映番組が多くなり、世界の変化を体系立てて迅速に伝えることができていない。日頃からしっかりとした構想を持ち、現代社会の多様な変化に柔軟に対応できる制作組織が、とりわけ公共放送には必要と思われる。

このブログ記事が最近やや細部に立ち入っているのは、小さな試みながら事態の変化を系統的に追って、間隙を埋めておく必要を感じたことにある。日本が、難民・移民に対応しなければならない日は、人口減少への対応を含めて不可避的にやってくる。その時に備えて、いかなることを予期しておかねばならないか。不測の事態が発生すれば、移民・難民受け入れの経験が浅く、国境線の長い日本は、その対応に苦慮することは明らかである。

さらに深まるEUの亀裂
2月24日、経験したことのない衝撃がドイツ、そしてブラッセルのEU本部を襲った。といっても、天災、地震ではない。ドイツもギリシャもEU(ブラッセル)も招かれないミニ・サミットがオーストリアの首都ウイーンで開催された。主催したのはオーストリア政府であり、招聘されたのは、バルカン地域の諸国の外相、内相だった。参加国はアルバニア、ボスニア、ブルガリア、コソヴォ、クロアチア、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、スロヴェニアなどのバルカン諸国だった。

ウイーンでのバルカン諸国を主体とする会議について、ギリシャとオーストリアの間にはたちまち論争が起こった。ギリシャは大使を本国へ召喚し抗議した。他方、こうした会議をウイーンで開催することについて、オーストリア政府は、これまでEUの難民政策を主導してきたドイツの政策は”矛盾している”と非難した。ドイツの隣国であるオーストリアは、ドイツを目指す難民のかつてない流れに接し、ドイツが入国制限をしないならば、バルカン諸国などの協力で自国が難民の通過経路、滞留地になることを防ごうと考えたのだろう。それにしても、ドイツ、ギリシャ抜きの会議は拙速であったと考えざるをえない。

今年最初の2か月でヨーロッパにやってきた難民(庇護申請者)は11万人を越えた。バルカン諸国のみならず、ヨーロッパのかなりの国が難民・移民受け入れを制限する動きに出ている。こうした変化について国連は、EUのような地域共同体の中で、ある国が入国制限をすると、大きな混乱を生むと警告した。EU(ブラッセル)は、こうした会議はヨーロッパ、特に第二次大戦後最大の難民危機の最前線に位置するギリシャにとって、”人道的危機”をもたらしかねないと警告した。

「閉ざされる人道的回廊」
これまでの難民の経路からみて最も大きな衝撃を受けたのは、EUの東の入口に位置するギリシャだった。当然と思われるが、ギリシャはこのバルカン諸国の緊急会議に招聘されなかったことに強く抗議した。ギリシャの外務大臣はこうした会議は「一方的でしかもまったく友好的でない」と述べ、オーストリアの行動は、危機に対するヨーロッパの共同の努力を台なしにする反ヨーロッパ的なものだと激しく非難した。そして閉鎖されてしまういわゆる「バルカン・ルート」は「人道的な回廊」であり、もし閉鎖する必要があるならば、EUなど関係国の協議の下に決定されるべきで、少数の国の利害だけで決定されるべきではないとした。ブラッセルのEUはオーストリアの名前に言及することは避けたが、EUの難民についてのルールは尊重されるべきだとコメントした。

EUは、庇護申請者の受け入れ数について上限は設定されるべきではないと当初から強調してきた。 国際的に、保護を必要とする人間を受け入れる義務があるからだという理由である。さらに、昨年10月25日に開催されたミニ・サミットの決定に従い、西バルカン諸国の協力を必要とすると声明していた。

前回記したように、ハンガリー、ポーランドなどからなる「ヴィシェグラード・グループ」は、ギリシャの国境で難民を抑止するというEUやメルケル首相の構想とは異なったBプランを提示し、中・東欧で難民の流れをブロックする動きに出ている。EUとしての統一性はすでに失われている。

財政危機に加えて、難民危機という重荷を背負ったギリシャは、今回の会議に強く反対するとともに、理由として同国に滞留する難民・移民が、人身売買業者やブローカーの最初の目標にされると反対している。直近の例では、ギリシャでは、2月22日隣国マケドニアが唐突にアフガニスタン人の入国を制限したため、数千人が行き場を失い、ギリシャ国境付近に滞留する事態を経験した。マケドニアの国境はすでに有刺鉄線や強固な金網で閉鎖され、マケドニア側の国境警備隊と催涙ガスが使われるなど、激しい衝突を起こしている。マケドニアの国境を力で突破しようとするグループもあるが、入国してもその後はまったく保証されていない。

ウイーンでのバルカン諸国会議は一連の宣言を決定して終了した。その中には西バルカン・ルートに沿った難民の流れは大幅に削減されるべきだとの主張があり、参加国は「旅行の書類を携行しない者、偽造あるいは虚偽の書類、国籍あるいは本人確定に必要な事項に不正な記載をした者」の入国は認めないなどの主張が含まれている。

こうして、シリア難民などがドイツやイギリスを目指す陸路は閉ざされることになった。この状況で、これらの国を目指す難民にとって、移動手段は海路か航空機による空路しかない。しかし、人身売買のブローカーなどが暗躍していて危険な海路を勧めたり、高価な航空券を売りつけたりしている。しかし、目的地に到着できたとしても、入国を許されるか、保証はない。

混迷深まる近未来
3月7日に予定されるEU首脳会議までに解決できないと、EUの自由な移動を保証するシェンゲン協定は破綻する。仮に暫定的制限としても、これまでの事情からすると、早期に復元の可能性は少ない。人のEU域内の自由な移動は、EUの理想の象徴であった。それが、ほとんど国別に有刺鉄線や高い障壁、そして厳しい入国審査で遮られた旧体制のような国ごとのヨーロッパに戻りつつある。しかも、外国人嫌い(xenophobia)など極右の政党が勢力拡大を見せているヨーロッパである。歴史家ジャック・アタリは、TVでこの危機を乗り越えれば、ヨーロッパの未来は明るいと述べているが、その言葉がかなえられる日はいつのことだろうか。

 
References
*NHKBS1(2016年2月28日)『難民クライシス』前後編
”No way out” The Economist  February 27th 2016
“Radicals Recht”. The Economist February 27th 2016
ZDF

★EUは3月2日、ギリシャなど難民受け入れなどで負担の大きな加盟国に3年間で7億ユーロ(約862億円)の緊急支援措置を決めた。難民問題の根源は今回の場合、シリア内戦の終結にある。その見通しが不明なままに行われる受け入れ国側支援の評価は難しい。さらに、現在はEUの域外国であるトルコに多大な期待をかけることにも限度がある。EUとトルコは7日、難民問題を主題とする首脳会議を開催する。トルコへの不法移民送還も議題となるようだ。EUのみならず、ドイツのメルケル首相の発言力も急速に低下し、再出発点を見出すまで混迷の日が続くことになりそうだ。

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