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終わりの始まり(12):EU難民問題の行方

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「今年の人」として、Time などの表紙を飾っているアンゲラ・メルケル首相だが、彼女の存在を際立たせた最大の問題、EUの難民受け入れはきわめて難しい局面を迎えている。EUの加盟国の多くが、難民受け入れを拒み、次々と国境審査の強化などで制限的動きを強めてきた。そのなかにあって、ドイツ連邦共和国は、メルケル首相の人道主義的な観点から、寛大な対応を掲げ、受け入れ数に上限を示すことなく、今日までEUの中心国として指導力を発揮してきた。今年2015年にドイツが受け入れた移民、難民は100万人を越えた。これだけでも特記に値する。

激流のごとき現実
しかし現実の変化はきわめて早い。事実の推移を客観的に見る必要がある。EU加盟の28カ国が分担して、2年間に、計16万人の難民受け入れ枠を設定、それぞれが割り当て枠分を引き受けるとのプランが9月にEUから示された。しかし、12月17日の段階で受け入れ決定数はわずか232人にすぎない。人口比率では移民・難民の受け入れ率が高く、その人道主義が世界で好感をもって迎えられていたスエーデンも、ついにこれ以上の難民受け入れは不可能であることを表明した。

トルコにシリアなどの難民200万人を収容するためのセンター設置案も頓挫している。トルコの政治状況が一挙に不安定化したためである。その原因は、11月トルコ軍によるロシア軍機の撃墜事件であった。両国間の関係は急速に悪化、12月17日、ロシアのプーチン大統領は、政府レヴェルでトルコのエルドアン大統領とは交渉しないと明言、公式の外交交渉は途絶している。領空侵犯問題の真相は不明だが、エルドアン大統領としては、EUとの交渉を有利に展開している矢先、思いがけない事件で、自らの足下を危うくしてしまったと思っているのではないか。

変化に対応出来ないEU諸国
全般に、現実の変化に対策が著しく立ち後れている。年末迫る12月17-18日にブリュッセルでEU首脳会議が開催されたが、これまで約束した対策を加速して実行することを強調するにとどまった。移民をめぐる危機が深刻化した9月以来、6回にわたり会議を持ちながら、実効ある対応がほとんどなされていないことに現在のEUの抱える欠陥が露呈している。

国際的には多大な賛辞をもって迎えられたメルケル首相だが、パリの同時多発テロに伴う状況の急転に伴い、ドイツ国内でも批判が強まるようになってきた。連立与党内部でも彼女の危機管理の在り方に強い反対がたかまってきた。彼女はラジオ・ステーションARDなどで、将来を危惧する国民の関心をも考慮して、ドイツにやってくる難民の数を大幅に削減する必要に迫られていると発言するまでになった。残念ながら、メルケル首相のグローバルな観点からの勇気ある受け入れは、EUそして連邦共和国の現在の環境ではそのまま受け入れがたいようだ。

ドイツ連邦共和国の今年の難民受け入れ数は34万人近くになると推定されている。これでも、加盟国中で最大の受け入れ数ではある。しかし、メルケルの人道主義は、ドイツに災厄をもたらすばかりとの批判まで現れた。ドイツが連邦共和国という体制であることも、各州への割り当ての拒否、地域住民の難民・移民反対などの動きが生まれている。

根付かない多文化主義
ドイツばかりではない。オランダになど移民1500人を収容する受け入れセンターを設置することにも反対が強まり、暗礁に乗り上げている。反対のほとんどは、センターが設置される地域住民の間から生まれている。「多文化主義」の花が開花するのは特別な土壌が要求され、きわめて厳しい現実があることを知らされる。

EU首脳会議で注目されているのは、以前にも記した「欧州国境・沿岸警備隊」の創設であり、加盟国の国境管理に不備がある場合に、当該国の同意がなくともEUが介入し、対外国境の警備・維持に当たるという考えだ。しかし、これも国境管理という当該国の主権に抵触する部分があり、東欧諸国などが異議を唱えている。新年2017年1月から半年間、EUの議長国は輪番制でオランダが務める。その間になんとか実効性あるEU域外管理の仕組みの導入にこぎつけねばというのが、EUならびに主要国の本音だろう。

さらに事態を混迷させているのが、英国のEU離脱問題だ。すでにその是非を問う国民投票の実施を公約しているキャメロン首相は、英国がEUに残留する条件として4つの改革を提示している。そのひとつが、近年増加しているEU域内からの英国への移民について、入国から4年間は社会保障給付を行わないという厳しい条件である。

英国はユーロに立脚せず、すでにEUから片足を抜いているような立ち位置にある。さらに人の流れの自由化を拒否することになれば、英国抜きのEUの地盤沈下は避けがたい。新年の前半、EUは英国の去就をめぐり、世界の注目を集めることになるだろう。

極東の島国、日本は,世界の難民の流れの圏外にあるかのごとく、傍観者のごとき立場だが、その壁が崩れる日は迫っている。EUの苦難に充ちた経験はその時、反面教師となりうるだろうか。ある時代を画した体制の終わりが始まっていることは確実だが、次の次元の「始まり」に人類は期待を抱けるだろうか。緊張感をもって新しい年を迎えたい。

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