矢野 義昭 軍事研究家、元陸上自衛隊小平学校副校長、陸将補
片岡: 今月のインタビューは、矢野義昭さんです。本日は北朝鮮の問題についてお伺いしたいと思います。
矢野: まず北朝鮮の地政学的位置、価値を踏まえることが必要です。南北朝鮮は、ユーラシア大陸の東端に突き出たいわゆる半島国家です。半島国家は、大陸勢力が強いときは、大陸に、海洋勢力が強いときは海洋側に支配される宿命にあります。戦後この半島には、海洋戦力と大陸勢力の拮抗する微妙なバランスの上で、北部にはソ連の影響下で共産勢力の北朝鮮が、南部にはアメリカの後ろ盾で大韓民国が対峙し、両国はともに相手を認めず、自国主導での統一を長期の国家目標としています。
朝鮮半島は長い歴史の中で中国の冊封体制に組み込まれ、中国に新しく強い王朝ができるたびに古い王朝を捨てることを繰り返すという事大主義(強大な者に徹底的に追従し生き残る)を徹の一方で、独立自尊も希求するという二面性を持っています。北朝鮮の実態は、中国とロシア(ソ連)を両天秤にかけ、一方との関係が悪化したら、もう一方に近づくという振り子のような外交を続けてきました。しかしそれでも一貫して、「四大軍事路線(「全人民の武装化」「全国土の要塞化」「全軍幹部化」「全軍現代化」の4つのスローガン)」や「主体思想(朝鮮労働党および北朝鮮の指導指針とされる思想で、政治の自主,経済の自立,国防の自衛が強調されている)」「先軍政治(すべてにおいて軍事を優先し、朝鮮人民軍を社会主義建設の主力とみなす政治思想)」といったスローガンを掲げ、常に軍事に重きを置き、民政を犠牲にしてでも、核、ミサイル開発に邁進してきました。これは事大主義を脱却して、周辺大国からの真の自立、自主独立外交、安全保障を追求したいということの表れでもあります。
一方、韓国は常にアメリカの顔色を見ながら、アメリカに依存して防衛をやってきており、自主独立のナショナリズム打ち出せず、心理的なコンプレックスがあります。そして、そのナショナリズムの捌け口として、北朝鮮に一定の評価を与え、自主独立路線にあやかりたいという気持ちを持つ親北勢力が多く、全体の三分の一ともいわれます。政府、軍の中にも多く親北勢力がいて、情報官にもいるという深刻な状況です。勿論韓国軍も努力をしています。しかし問題は、軍の問題というよりもやはり社会全体の問題です。更に北朝鮮はインターネットなどでも色々な情報をばらまき続けていますので…。
また経済面は、北朝鮮はGDP130億ドル、国民一人当たり600ドルという最貧国、一方、韓国は、一人当たりのGDPは30倍くらいあって、全体ではロシアと同規模のGDPを持ち、圧倒的に優位な状態にあります。韓国は朴槿恵前大統領の時代に、経済発展をめざして親中路線をとりましたが、結局、今回のTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense missile:終末高高度防衛ミサイル)配備決定以降、中国による輸入規制措置・非関税障壁・韓流排除などの貿易報復措置が相次ぎ、一挙に中国との経済関係が悪化しました。それでいて、日本や米国との関係は依然、ギクシャクしたままです。更に朴槿恵はセウォル号事件への対応不備や崔順実ゲート事件などで大統領弾劾が成立して罷免され、財閥トップの逮捕にも問題が発展しました。実は経済も政治もガタガタです。そうした中、心理戦、政治戦、外交戦においては、北朝鮮の対韓工作が既に実を結び、総合的に見て、北朝鮮主導の統一にバランスオブパワーが振れています。
片岡: 今まで事大主義をとらざるをえなかった半島国家の宿命を、核・ミサイルが変える可能性が生まれた…。
矢野: まず核兵器は軍事的な意味もありますが、それ以上に、心理的、政治的な兵器だともいえます。戦争の危機に陥ったときに指導者は自国の領土に敵の核の攻撃を受けることが、万が一にでもあるのか。あるとしたら、どれくらいの被害がでるのか、どの程度の反撃ができるのか、そういうことを冷静に考えます。例えば広島型原爆でも、現在の都市構造では50万人くらいの死者が出るともいわれています。メガトン級になると数百万人、たった一発で、大戦争を行ったのと同じ規模の被害が出るかもしれないということです。そうなると軍事的な選択肢をとるのは非常にハードルが高い。これが核の抑止力です。抑止の本質は、相手に恐怖を与えることによって、相手に我が国への不利な行動を思いとどまらせることです。また核には、被害規模が的確に計算でき、そして投射もコントロールしやすいという独特の特徴があります。例えば化学兵器であれば、風など天候や地形の影響を強く受けます。核も放射能は風の影響を受けますが爆発の威力は殆ど計算したものに近いものが得られます。このため互いに、相手国との核戦争が起きた場合の被害規模や残存報復力は合理的に推測でき、相互抑止が働きやすい。明らかに負ける、或いは、損害に政権が耐えられないという計算になれば引き下がるしかない。相対的に人口が多い国であれば被害も大きいし、北朝鮮や中国のように数十万人規模の被害が出ても政権を維持できるであろう国もあれば、米国のようにそれだけの被害がでると政権が持たないかもしれない国もあります。このように、相手に耐えがたい損害を与えうる最小限の核戦力が、最小限抑止力です。今、北朝鮮はその段階に近づきつつあります。つまり世界一の核大国の米国といえども、北朝鮮に対して引き下がらずえない戦力を持ちつつあります。
片岡: 具体的に北朝鮮はどのような能力をつけてきているのでしょうか。
矢野: 弾道から見て、火星14で核弾頭も搭載可能なICBM(大陸間弾道ミサイル)の実験にも成功した可能性も高いと考えられます。見解が分かれるところですが高軌道のロフテッド軌道で最後まで追尾ができていたのであれば、ほぼ再突入弾頭の性能試験が最終段階まできたということになります。また核弾頭の小型化も進んでおり、日本に向けられているノドン級に核がのっているのは間違いなく、ムスダン級は3発の多弾頭の方も含めて搭載されているでしょう。つまり、弾頭の小型化や多弾頭化の技術も渡っているということです。短距離弾道ミサイルのスカッドはもともとソ連製の核弾頭搭載型のもので、去年ぐらいから核が搭載されたという情報が米国から発せられています。中距離弾道ミサイルのスカッドERという改良型は元々射程が1000kmあり、西日本向けであれば射程が短く、搭載重量を増やして核を積むことができます。つまり、ICBM以外はほとんどの機種では既に核を搭載でき、ICBMについても可能性が高くなってきているということです。精度については、ロシア製のグロノス GPSを数年前から使っていて、そのために飛躍的に命中精度が上がっています。長射程ミサイルの目標偵察、ミサイルの追跡やテレメーター(遠隔計測装置)信号の中継などにも、衛星が必要になりますが、北朝鮮は保有していませんので、ロシアの衛星が使用されている可能性が高いでしょう。それから潜水艦発射型のミサイルについてもロシア製のものが多く使われ、実験に成功しています。2016年8月に初めて500kmの飛翔に成功したSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)「北極星1」は固体燃料ミサイルであり、それまでの北朝鮮の液体燃料系列の弾道ミサイルと全く異なったものですし、発射した潜水艦もソ連の「ゴルフ級」をリバースエンジニアリングしたものとみられています。
片岡: なぜロシアは北朝鮮を支援するのでしょうか。
矢野: ロシアは2013年にクリミア、そして東部ウクライナへ間接侵略を行い、それ以降NATOと対立しています。その頃からロシアは北朝鮮への援助を本格化させました。そうすることで北東アジア太平洋に紛争を起こさせ、そこに米軍を拘束し、ヨーロッパ正面に回させないようにしているとみています。朝鮮戦争と同じ構図です。ヨシフ・スターリンは朝鮮戦争をあえて起こし、米国の軍事力をアジアに拘束するために死ぬまで止めませんでした。中国も疲れていたし、ソ連経済も疲弊していることもあって、朝鮮戦争を止めようという意見もなかったわけではないのですが、スターリンはこれを継続し続けました。このようにヨーロッパ中東情勢と北東アジア情勢は裏で繋がっています。ウラジーミル・プーチンも世界戦略の中で、同じことをやっていて、絶えず欧州正面と南部のイスラム正面と北東アジア正面の三か所のどこかで緊張を高めながら、一方で融和策も探り、同時に攻められないようにする。これがロシアにとって一番重要な戦略です。我々は常に大国の目で見て、グローバルに考えないといけません。そうした目で見ると、ロシアの北朝鮮に対する軍事支援の背景には、欧州正面での米露対立の構図があり、それが解消されない限り、ロシアの対北支援は今後も続くとみるべきです。だから、ロシアは、経済制裁にもかかわらず、北朝鮮から石炭を堂々と輸入し、石油を送っていて、仮に中国が石油輸出を止めたとしても続けるでしょう。また北朝鮮には金やウラン鉱石などが豊富にあり、利権の9割近くを中国が抑えていますが、もし中国が対米関係を考慮して制裁に踏み込めば、ロシアが利権に食い込むこともできます。
中・露は安保理の常任理事国ですから、必ず反対をしたり、時間稼ぎができます。その間に、トンネル会社なども使いながら、資金や物資の輸出入をやる。特に中国の場合は、東部三省の朝鮮族を中心とした一種のマフィアがいて、ここが軍や公安と結託、巨大な利権構造を作っています。これが中朝間の密貿易を取り仕切ったり、脱北者を逃がしたり、送還したり、身代金をとったり、武器や禁輸品、麻薬などの密輸をやったりしています。トンネル会社の一部を見せしめのために取引停止にしても、また別のところを通すだけです。法律も国連決議も、現地では関係なく、習近平が大号令をかけても、中央の威信は末端までは届かず、こうした利権構造は崩れない。
片岡: 中国にとって北朝鮮はどういう位置づけを持っているのでしょうか。
矢野: 中国にとり北朝鮮の核保有は、首都圏を直接脅かす脅威であり、本来望ましいことではない。しかし、北朝鮮の体制が崩壊し、米韓軍と地上国境で接したり、大量の難民が流入し、国内の朝鮮族と一体となり混乱を招く、更にはそれに乗ずる米韓軍の北上など、最悪のシナリオに比べれば、御しやすい次等の脅威とみなしているのであろう。北朝鮮が核恫喝を仮に中国に加えたとしても、中国は北朝鮮を制覇することができる。万一核攻撃を受けても、中国の膨大な人口規模からみれば北の核戦力の破壊力は、中国の国家としての存続を危うくするほどの威力はありません。北朝鮮が核保有した場合の最大の問題は、韓国、日本が連鎖的に核保有し、中国の東アジアにおける地域覇権の裏付けとなってきた域内唯一の核大国としての地位が失われることだと分析されます。
ですから脅威の優先度が変わらない限り、中国は国家崩壊を招くような経済制裁や国際的な孤立化を北朝鮮に強いる政策には賛同せず、たとえ表面的に賛成したとしても実効は伴わないと考えられます。また中国は、ロシアと同様に、2006年頃から、世界的な覇権国米国の軍事力を拘束する狙いで、暗に北朝鮮の核ミサイル開発を支援してきた可能性もあります。
このように、中国の影響力により北朝鮮の核ミサイル開発を止めさせることは期待できません。それでも、トランプ大統領は中国の対北影響力の行使に期待しているかのような発言を繰り返していますが、これは、中国の影響力の限界を知りながら、影響力の行使を迫ることで、中国の国際的な威信を低下させるとともに、中朝の連携にくさびを打ち込み、その間に対北軍事力行使のための時間稼ぎをしているとみることもできます。
いずれにしても、経済制裁や外交制裁では、核やミサイルの開発を止めさせることはまず不可能で、軍事オプションしかありません。
片岡: 具体的にはどのような軍事オプションが考えられるのでしょうか?
矢野: 色々あります。例えば、①核戦争を含む、全面局地戦争。この場合、中露の軍事介入、少なくとも核恫喝による介入・干渉の可能性は高い。被害総数は数百万人規模となる。米韓が数日から数週の短期で勝利し北朝鮮は焦土となり現体制は壊滅する。次に、核戦争に至らない、全面局地戦争。この場合も、中露の軍事介入はありうるが、その規模や可能性は全面局地戦争よりも低い。被害総数はやはり数百万人以上となり、韓国も被害が大きくなり、難民も増加します。
②休戦ライン沿いに配備された、北朝鮮側の火砲、ロケット砲などの長射程火力、および判明している核ミサイル部隊の指揮統制組織、指揮通信インフラ、ミサイル基地、核関連施設、科学技術者の教育訓練施設などに集中的にサイバー、電磁パルス、高出力レーザーなどによる攻撃と、精密誘導兵器、地下施設破壊用侵徹爆弾、大型気体爆弾、非殺傷性ガスなどを使用し、北朝鮮側の核・化学・生物報復攻撃を許さないまま戦略的奇襲により一方的に勝利するという短期限定戦。金正恩はじめ現体制の中枢組織を支える科学技術者も含め制圧あるいは無力化する。期間は数日以内で、この場合の被害は数万人程度です。
③CIAや特殊作戦部隊を中心とする、準軍事的選択肢の行使もあります。米軍による直接介入や武力行使はせずに、米韓正規軍の威圧の下、謀略工作により内部崩壊を実現します。外部からみれば、クーデター、一部反乱分子による金正恩等の暗殺、内部不満分子による破壊工作などに見えるよう装います。
このように色々言われていますが、どんな場合も絶対に必要なことが二つあり、一つは金正恩を倒すことです。もう一つは核とミサイルの開発・生産の能力を奪うことで、二つを同時にやらないといけません。この点で、北朝鮮の一番弱いところは、金正恩と核兵器を実際に配備して運用する部隊との間の指揮通信統制系統で、有線であれ、無線であれ、光ファイバーであれ破壊します。これにはサイバー攻撃もありますし、電力系統、電源を物理的に破壊することもできます。湾岸戦争ではカーボンフィラメントを高圧線にばらまき、ショートさせました。また金正恩が一手に権力を握っているということは、そのこと自体が弱点にもなります。金正恩との連絡が途絶えてしまうと、中央の状態がわからないので、末端は動けない。下手に動くと粛清されてしまうのですから…。特に軍は、締め付けが強い。
また金正恩は多くの高官を粛正しているので、彼の周りにも、医者や警護をやっている人たちの中にも、実は恨みを持っている人間もいるはずです。そういう人間をエージェントにして取り込む、或いは理解者のふりをして亡命させていく。そうしながらクーデターを起こさせたり、身辺警護の人達等に射殺させたりする。CIAの特殊部隊とサイバー戦部隊が組んで、こういう謀略をするというやり方があります。こうして、ソフトキルを中心に、CIA中心の謀略作戦で、金正恩を排除すると同時に、核関連施設も破壊、その開発の中心となった人物も暗殺する。あらゆる手段で情報をとって、確実に金正恩をやれるといなれば、一気にやる。アメリカ単独でもやるでしょう。韓国は斬首作戦のために部隊を編成して、来年の春にはやれるようにしますといっていますが、これは見せかけだけで、実際はアメリカの強い要請で、既に協力していると思います。今回トランプが、「もう対話はない」とはっきり言っていますし、それ以上の空爆や地上作戦となると、確実に韓国や日本に深刻な被害が出ます。
尤も北朝鮮は政治的であれ、物理的であれ、韓国を占領することができるのですから、無用な破壊をわざわざする必要がない。韓国には北朝鮮にシンパシーを持っている人間が非常に多いのですから、取り込むのが一番いい。核を使う必要がなく、長射程砲を適切なところに使えばいい。非対称戦で、短期間でやるはずです。
つまり日本が一番被害を受ける可能性が高いわけです。韓国、米国の専門家にはそういう見方をする人が多い。しかし、日本には言わない、日本もそれを言わない。日本はわかっていても、知らぬが仏で、のんびりしています。いえばパニックになってしまう可能性があると、大手メディアにはある意味では統制が掛かっているのでしょう。実際、既に200‐300基ほどのノドンが日本に向けられています。核も乗りますし、ムスダンやスカッド、北極星1、そして潜水艦搭載型の北極星2も日本に向けられます。これはロフテッド軌道に対応していて、今の迎撃ミサイルでは対応できません。尤も、ノドン級でも、6-7割、スカッドでも8割程度の撃墜確率しか元々ないでしょうが…。
片岡: つまり、一発に対して複数撃つ必要があるわけですね。それに大量のミサイルを一気に撃たれれば…。
矢野: 今のミサイル防衛は、少数のミサイルによる攻撃を前提としていて、飽和攻撃は考えていません。2010年、米国は当時のミサイル防衛システムについて「100発を同時に撃てる中国やロシアなどのミサイル大国には対応できない。イランや(当時の)北朝鮮のようなローカルな脅威に対抗するもので、戦略的なバランスを変化させるものではない」と明言しています。それは今でも同じです。また音速の20倍ものスピードを持つICBMも、今は撃墜できません。開発中のSM-3 Block IIBという艦船発射型弾道弾迎撃ミサイルになると、ようやくICBMが撃墜できるようになります。配備が若干早まる可能性もありますが、21年頃といわれています。それまでの間に北朝鮮がICBMの配備を完了してしまって、恫喝に出ると米国は動きが取れなくなります。一発でも落ちれば50万人くらいの被害が出るのですから…。
さて、今、スカッド、ノドン、ムスダンの基地がそれぞれ50か所くらいはあり、最低でも50‐100発は連続同時に発射でき、しかも移動式です。日本はこれを奇襲的にやられると対応できません。例えば、最初50発打ってきて、1割撃ち漏らしたとして、そのうちに2割は核弾頭、8割は化学爆弾でしょう。化学兵器でも、数万から数十万人の被害が出る。つまり最初の撃ち漏らしで、百万人単位の被害が出る可能性がある。また第2波もあるかもしれない…。更に特殊部隊を使って生物兵器でテロをやってくる可能性もある。生物兵器は不確実性がありますが、被害は核弾頭以上、しかも極めて低コストです。
だから軽々にはアメリカも行動出来ない。そして、もし地上戦になるとアメリカ軍自身も数万人規模の死者が出て、負傷者はその何倍にもなります。南北朝鮮を合わせると数百万人もの被害者が民間人にも出る。その上、中露が介入すると、半島全体が大混乱となって、もはや第三次世界大戦です。そんなことは出来ません。ですから、あからさまな武力行使、巡航ミサイルを使うことは勿論、シリアでやったようなことすらもできません。
つまり、アメリカにできるのは、CIA中心型の準軍事作戦で、金正恩を倒すと同時に、核、ミサイルとの通信の断絶を測る、出来れば核、ミサイルを破壊する。このパターンしか残っていません。このために米国は、衛星から無人機、通信、ヒューミット、あらゆる方法を使って情報を集積。勿論、サイバーも徹底的にやります。実際CIAには北朝鮮のためだけの横断的組織ができ、またサイバー戦部隊を陸海空と同列に格上げしています。つまり米国は国家総力を挙げて、ソフトキルと情報戦、サイバー戦を主体とする斬首作戦を断行する。今一般に報じられている、ステルス爆撃機は見せかけの心理攻撃で実際には使う気がないと思います。
トランプは選挙戦の時から「アメリカの作戦がうまくいかなかったのは、何でも公表してきたからで、秘密作戦に徹すべきだ」といってきました。その秘密作戦で名を挙げたのがジェームズ・マティス国防長官です。彼はサイバーも含めてプロ中のプロでシリアでも奇襲的にやって、目標だけ潰してさっと引き上げて、後は何もやらない。典型的な局地戦の戦い方です。トランプは既に、いつやるか、どうやるかをマティスに一任しているのではないでしょうか。
片岡: 軍事オプションの時期はいつ頃になるのでしょうか?
矢野: 今冬の可能性が高いと思います。米軍の情報の収集・分析、後方支援などの態勢がとれるまでの準備時間の確保が必要で、一方、中国やロシアは内政問題で対応力が低下します。また経済制裁の効果も効き始めます。そして冬季は荒天が多く、北朝鮮のミサイル発射の機会が少なく、積雪により軍などの活動状況の把握が容易になります。また今冬を逃せば、北朝鮮がワシントンに届くICBMを完成させる可能性が大きいことなどの要因が挙げられます。
片岡: 成功した場合は?
矢野: 北朝鮮の体制を壊すつもりはアメリカにもありません。金正恩亡き後は、中国のような集団指導体制に移行するでしょう。そのために金正男は前もって排除されたのだと考えています。彼が生きていると具合が悪く、CIAを中心に各国の情報機関が内密に金正男を暗殺できるような隙をわざと作り、金正男を排除したいと思っていた北朝鮮がそれに乗って手を下した。結局、金正男は中国の隠し玉で、金正恩が倒れたときに、正統な後継者として北朝鮮に復帰できる存在です。その隠し玉があると、斬首作戦が終わった後に、彼を立てて中国が乗り出してくる可能性がある。だからその駒を奪った。彼の息子が暗殺後、表に出てきたことがありました。今度は米国の隠し玉で、アメリカにいるといわれています。
これだけ大掛かりな謀略を実行できるのはCIAだけです。マレーシア、インドネシア、それにオランダまでかかわっている。フランスや日本も遺伝情報等を提供しているはずです。それにマレーシアやインドネシアなどの情報機関があんなにお粗末でしょうか? 本当に守る気だったらあんなことにならないはずです。つまり、あえて、そこに追い込んでいったということです。そうして、中国は気が付いたら、手札をとられてしまっていた。習近平はシリアだけでなく、金正男暗殺でも威信を落しました。だからもう譲歩できないでしょう。その点プーチンははるかに老獪です。
片岡: 斬首作戦に失敗したら…。大規模に連動していれば米の関与も明らかになるのでは。
矢野: 未遂に終わっても、表向きは単なるクーデターや通信の断絶にしか見えないので、それを口実に戦争を仕掛けることは出来ないでしょう。特殊部隊の人間は捕まったら自決しますし、暗殺に関与したことをみえないようにすることが最も大切です。
また今年の7月、北朝鮮は朴槿恵元大統領を2015年に斬首作戦を企てた犯罪者であると非難し、死刑に処するため身柄引き渡しを要求しました。このことは、北朝鮮側が斬首作戦を受けたと認識しており、その確認に2年を要したこと、それが判明しても戦争の口実にはしていないこと、斬首作戦に警戒感をもっていることを示唆しています。そして、斬首作戦が失敗し露見しても、それが直ちに全面的な局地戦に発展するリスクは比較的低いということも示しています。
このまま金正恩を排除しないと、北朝鮮主導で、軍事力を使わずに政治的に韓国を併合する可能性が高いと思っています。金正恩と文在寅がトップ会談をやって、政治統合プロセスを合意する。そして南北でそれぞれ自由選挙をやる。北朝鮮の人民はほぼ全員が金正恩に入れる。一方韓国ではそう簡単に票がまとまるわけがないので、金正恩が統合朝鮮の大統領になる。文在寅は、利用されるだけ、利用されて粛清される。南の人民も独裁国家の一員になって、南北朝鮮が日本敵視政策を行ってくるでしょう。
片岡: そうなると中国との関係は?
矢野: 中国との関係は逆に高まる可能性もでてきます。同じ、社会主義独裁という体制です。特に中国の共産党独裁が揺らいできたときに、そこの独裁者としては、同じ独裁体制は親和性が高く、中朝の連携が強まる可能性が高いと思います。
片岡: 米国との関係は?
矢野: 米韓同盟は当然なくなり、米国は朝鮮半島から引き揚げます。政治統合の最大の狙いはそこにあります。統一朝鮮の過半数を握って、民意を得て実施するのですから、米国としても、民主主義を尊重し、合意せざるをえません。
尤も、実は、これは米国にとって、それほど悪いシナリオではないのかもしれません。中朝間には深刻な領土問題があり、間島問題が潜在しています。北朝鮮が主導で統一、強力な軍事強国ができ、潜水艦も核もミサイルも持っている。これは中国にとって非常な脅威で、各都市はミサイルの射程に入り、中国との間には局地的な緊張が高まります。米国としてみれば、半島国が大陸国と一体になるよりも遥かにいい。そういう長期の波動を考えると必ずしも感情的に統一朝鮮ができることに反対する必要もないのではないかと思います。勿論、簡単ではありませんが、長期的には収まるところに収まって、統一朝鮮というのは自然な形です。今の朝鮮のバランスはあまりに微妙で、不安定ですから…。それに日本としては、経験的にも、あまり大陸国に介入しない方がいい…。
片岡: 斬首作戦が成功した場合、長期的に見ると…。
矢野: 金正恩が排除されますので、南北朝鮮が中和され、より民主的な体制で統一朝鮮ができるでしょう。しかし、その後は、統一朝鮮は核を持つし、ナショナリズムも高まりますので、米国に頼らない。つまりどっちに転んでも、統一朝鮮は大国の影響を排除する方向に向かうということです。
片岡: その場合、日本はどうなりますか。
矢野: いずれにしても、非常に危うくなります。米国の核の傘といっても、今でも対抗できないのですから、それも期待できません。日本も当然核武装が必要になります。10~20年で言えば、新型のレールガンなどの指向性エネルギー兵器で100%ミサイルは落とせるようになるでしょう。しかし、それまでの間は、危険です。また特殊部隊で核を持ち込むことも可能です。ですから、報復能力として核を持つことが必要になります。
また2020年代の後半までは、この10年くらいは核の抑止能力が低下しています。なぜかというと、米国の核の平均年齢が30年を超え、劣化が始まっています。これはブッシュ時代には大問題になっていたのですが、その後、オバマが核なき世界を掲げ建前もあって、何もしていない。この間、中ロは新型の核ミサイルをどんどん作ってきました。
今でもアメリカは優位ですが、均衡が米に不利に傾いていきますので、米は益々動きづらくなり、特に米核の傘に依存している国、特に中ロの周辺国の立場は難しくなる。だからバルト諸国は軍事費を倍増させています。また米国は軽い弾頭が多いのですが、中国は重いものが多く、特に都市部に撃ち込まれるとすさまじい被害が出ます。これはロシアも同じです。
さて、抑止には二つの方法があって、拒否的抑止、懲罰的抑止力があります。懲罰的な抑止力も必要で、原子力潜水艦搭載型の弾道ミサイルが最適です。ミサイル防衛システムが発達しても、100%というのはありえない。相手も何とかして突破するものを開発します。つまり最小限の報復能力を持っていないと抑止は安定しない。抑止が安定しないと、寧ろ軍拡競争が起こります。相手は、こちらのような防御能力を持っていませんが、攻撃力を作るのは簡単ですから、どんどん数を増やす。そうすると、こちらも飽和攻撃に対応しないといけなくなる。勿論、こちらも数を増やす。そうやって軍拡競争が起きます。
片岡: 攻撃と防御ではコストは? 差があまりに大きいと、防御側は、直ぐにそのコスト負担に耐えられなくなりますね。
矢野: 1:50くらいです。盾の方がはるかにお金もかかるし高度です。その非対称性を考えると、どうしても矛が必要になります。今後日本は益々、人口が減って経済力も世界の中で落ちてくる。財政も余裕がなくなって、防衛力も増額できないとなると、効率的な抑止力が必要となります。おそらく年間2兆円ほどの予算を積み上げれば、そうした矛を作ることができます。
また民間でも、少なくとも例えば核シェルターなども作っていかないといけない。人口のカバー率は、日本は0.2%、他の国は70%を超えています。韓国でもスイスでもビルを作るときには義務付けられていますし、スイスは家庭にも作られています。また東京オリンピックにあったっても、そういうことに日本は責任を持たないといけない。
片岡: 貴重なお話を有難うございました。 <完>(一部敬称略)
聞き手 片岡秀太郎 プラットフォーム株式会社 代表取締役