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右脳インタビュー ニコラス・E・ベネシュ

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第92回  『 右脳インタビュー 』  (2013/7/1)

ニコラス・E・ベネシュ (Nicholas E. Benes) さん

公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)代表理事
株式会社ジェイ・ティ・ピー 代表取締役
国際大学大学院国際経営学研究科 客員教授
一橋大学 非常勤講師

  

米国スタンフォード大学政治学学士号取得後、米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンにて11年間勤務。米国カリフォルニア州及びニューヨーク州における弁護士資格、ロンドンと東京で証券外務員資格取得。現在、在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース座長と人的資本タスクフォースの座長補佐を務める。2010年には、法務省と法制審議会会社法部会に対し会社法改正に対して意見を提供した金融庁主催コーポレートガバナンス連絡会議に所属する。これまでに在日米国商工会議所理事、同対日直接投資タスクフォース座長、内閣府対日直接投資会議専門部会の外国人特別委員、株式会社アルプスの取締役、スキャンダル後の株式会社LDH(旧名ライブドア)、株式会社セシールの社外取締役等を歴任した。

 

片岡:

 今月の右脳インタビューは公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)代表理事のニコラス・E・ベネシュさんです。まずは、投資銀行やM&Aでのご経験、取締役・社外取締役のご経験を、コーポレート・ガバナンスの観点からお話下さい。

ベネシュ

 投資銀行やM&Aでは、企業の舞台裏で何が起きるかを見ることができました。私はロンドンにもいたのですが、どこの国でも舞台裏には、ちょっとずつ違った問題があります。日本の場合は、重要な局面で物事が決断されないで先送されたり、コーポレート・ガバナンスが機能しなかったり、最終的に誰かが必要以上に大きな損害を被る場合が多い、と残念に思いました。それが企業にどんなダメージを与えるのか、成長性、機動性、利益性をどう妨げるのか…。例えば、中堅の某上場企業。オーナー社長が35%前後持っている。起業家精神でやってきましたが、この業界は小売業の一種で、スケールメリットを作らないと4,5年後には淘汰されてしまう。それが読めるから、我々は売り手側のアドバイザーとして、日本へ進出しようとしているある海外企業との資本提携を勧めました。社長は創設者で、会社の将来のためにこの資本提携をとても結びたかったのですが、メーンバンクの銀行が「絶対に売るな」と介入してきました。担当の銀行員は、自分がその支店にいる間に、その会社が身売りや倒産しそうだとの噂がでると、行内での自分の立場が悪くなると思ったようです。この時、もし取締役会でM&Aの決断がきちんとできていれば、銀行を説得して交渉を続けることも出来たかもしれません。しかし、社長は取締役会と密接な連携ができておらず、取締役会が我々の構想を知らないまま反逆を起こし、社長はつい、銀行の言いなりになってしまいました。そして4年後、この会社は倒産しました。このような場合、株主だけではなく、もちろん従業員も可哀そうです。
またバブル時に海外の銀行を買収した某銀行に「ハワイやカリフォルニアでの銀行経営のノウハウがないから困っているのでは? ノンコアなのだから売却しては如何ですか」と提案、常務は「その通りですが、この取引を12年前にアレンジしたのは前会長で現顧問です。彼が残っている間はタッチできない。私も言いたくてしょうがないのですが」と。そうこうしている間に価値が劣化して…。そもそも社長だった人を、顧問、相談役…と何年も指名すること自体が、その人からプレッシャーを受けるに決まっていのだから、組織の設計上、無責任といえます。
また日本人はM&Aの際、周囲の人にどう言われるかを物凄く気にします。自分の会社を売却する際に一番心配するのは、どのように従業員に説明するかです。価格や条件等の話をするよりも遥かに長い時間を従業員に説明するための準備に掛け、我々アドバイザーとセラピーのように何か月間も話合います。「なぜ会社を身売りしたのか」と問われた時に何と説明するのか。「我々だけではやっていけないから…」とも、ましてや「個人的にお金が欲しかった」(イグジットが欲しかった)とも言えず、それ以外に理由を考えながら、苦しむんですよ。これは役員でも同じです。家に帰って妻になぜ賛成したのかと問い詰められる姿を考えると…。

片岡:

 株主にとっては…。M&Aでは善管注意義務はあまり効果がないようですね。

ベネシュ

 仮に一人の取締役がM&Aに賛成でも取締役会全体では何もしないことを決定した場合、不作為について訴訟はできても、明らかに売れば良かったのに売らなかったという証拠を見つけなければなりません。これは無理に近い。裁判という点では、よほど大きな判断の間違いがない限り、何らかの合理的と思われるような決定プロセスと理由があれば責任を問われません。訴訟リスクやライアビリティーだけでは、ガバナンスは回りません。それは、どの国も同じです。
実は日本の経営者の方々も、自分たちの組織を熟知していて、問題点をよく把握しています。しかし取締役会は期待されるほど指揮統制機関として機能しているわけではないので、彼らには実際は解決の道がありません。会社は、会社法上は資産、或は資本の集合体です。しかし、日本企業の多くは戦後の高度成長や持合い構造の中でできた人間関係の集合体、運命共同体という色彩が強くあります。こうした組織では、じわりじわりと変化が起きている時には決断が難しく、先送りにする。或は企業の意思決定が、現実社会や競合他社の分析や情報に、十分に基づいたものになっていないこともあります。新しい情報を収集して、別な観点から客観的に分析すれば、それは過去の先輩の決定、その人間関係を否定することにも繋がるからです。だから先送りにして、後になって、より大きい問題として浮上する。今も、こうしたことが続いています。
勿論、日本の組織には沢山の長所もあります。長期的な考え方を重視することを促す、円満な内部関係を生むなどです。そして、うまく経営されている会社は、同期の中で、或は周りの人と、競争原理がうまく働いて、お互いを監視、規律を持たせるというような企業文化、習慣、手続き等を育てています。これも一種のガバナンスです。更に優れた会社は人の流出が少ないので、優れたら、どんどん優れた方向に向かいます。尤もそこにはリスクもあります。それは現地市場の視点を素早く理解しない所謂モノカルチャーになるということで、あのトヨタが、米国でのリコール問題の対処を誤った例を見れば明らかでしょう。振り子の様なものです。

片岡:

 通常の取締役会の中にはどんな問題があるのでしょうか。

ベネシュ

 色々な取締役会に参加し、弁護士としての目から見て怖いと思うのは、財務諸表が回ってきた時に、それをしっかり読んでいない人がそのまま承認していることです。「私は商品開発部長、財務は経理部長の問題だから…」と無意識になってしまっています。勿論、それぞれの専門があっていいのですが、取締役には、財務を読み分析する力、法律上の最低限の知識、ベストプラクティスの知識、リスク管理について会社がどうなっているか、人事やグローバル組織設計の先端企業のメソッドについての知識といった共通のスキルセットなければ、ビジネスモデルをリファインする、戦略の前提と現実の整合性を洗い出す、或はチェンジマネジメントするといったことが遅れてしまいます。日本の役員会は本当に最も重要な決断を議論して行う場になっているのでしょうか。
今、全世界において、取締役の仕事はマネジメントとは違う仕事であるという認識になってきています。所謂、指揮と統制です。国によっては、その統制を担う取締役は一種の専門職でなくてはならない、大きな責任を持つのに知識や能力をチェックされていないのはおかしいと、いわれるようになってきています。この波は必ず日本にもやって来ます。しかし年功序列の日本社会で沢山の内部出身の外国人取締役や社外取締役の専門家を直ぐに入れていくのは実際には難しいことです。だから日本の場合、まず必要なのは取締役やその候補者たちに対するコーポレート・ガバナンスに関する研修を行っていくことです。BDTIは日本企業のためのそのリソースになりたい。共通な知識とベスト・プラクティスのスタンダード視点を第三者として供給し、それが企業の武器となっていくよう色々提案していきたい。そうして日本の経済の再生とさらなる発展に寄与したい。コーポレート・ガバナンスは法令順守という最小限のものだけではなく、常により良い取締役会の設計・運営・改善を図るべく尽力する。つまり防衛戦略だけでなく、企業の成長や効率性の向上を図る攻めの戦略でもあります。

片岡:

 社外取締役については如何でしょうか。

ベネシュ

 法律上、内部出身者であろうと社外取締役であろうと、同じ取締役としての善管注意義務は同じです。社長から社外取締役を頼まれたから…というのではなく、これまで自分の経験したことのない会社で社外取締役となるのだから、自分の長所、短所をしっかり見て、足りない知識はどこか、何を勉強しなければいけないのか、素直に見つめて研修を受ける。常に改善しようとする。そういう役員であってほしいと思います。私が株主だったらそういう人を選びます。「私は何でも知っている」、確かにそういう優れた人も時折おりますが、ちょっと懐疑的になるべきではないでしょうか。そういう人は、結局、お飾りになってしまいます。
海外でも同じで、エンロンの後、社外取締役のハードルがだんだん高くなっていて、今、また更に高くなりつつあります。きれいな名前だけではダメで、業界について一定の知識があるか、過去にその人が社外役員としてどのように活躍したのか等をチェックするようになってきています。
またニューヨーク証券取引所はリーマンショックの後、コーポレート・ガバナンスの機能等について事後調査注1を行い、その反省結果の一つとして「取締役会構成として社外取締役の比率が高ければ高いほどいい、例えばCEO以外は皆、社外取締役というものが理想的とは言わない。特に金融機関にデリバティブのようなものに十分な知識がある社外取締役がいなかったのではないか」と明言しました。つまり内部者出身のCFO等が取締役会のメンバーとしてもっといればよかった、それは50%以上ということではないけれど、内部の人、或は業界での経験豊富な人がいる方がいいのではないかということを示唆しています。
今、アメリカの振り子の向きと、日本の振り子の向きは違っています。つまり各国は、お互いから見習うことが非常に多いはずです。

片岡:

 「役員」という観点から、日本企業のグローバル化についてお聞かせ下さい。
 

ベネシュ

 大手企業もグローバル化の対応は意外に遅れています。特に海外の売上が殆どなかったのにM&Aで急にグローバル企業になったところ等は、海外子会社のコンプライアンス、或は現地法人に送り込む役員の教育についてまで手が届いていないことがよくあります。また外国人を執行役、或は取締役に急いで登用していくことが必要なのですが、年功序列のカルチャーを持つ日本企業では難しく、結局、役員はすべて50代、60代の日本人男性…。本来企業は外国人であろうと、日本人であろうと、一番良い人材を採用したい。本社の役員会に一人も外国人が入っていないのにグローバル企業だといっているようなところが、一番優秀な外国人を集めることができると思いますか? ハーバード・ビジネス・スクールの研究によると、グローバル企業として優位性を維持するには海外の売上比率が例えば50%あれば、その半分に相当する25%を最小限の目処として経営幹部、取締役会構成メンバーを外国人にすることが望ましいという結論でした。
日本企業の多くは経営陣、人事部のグローバル化が進んでおらず、海外の優れた企業が使ったプラクティス、人材の開発、選抜、採用のシステム等を学べていません。我々も、海外ではこういうことがあったとか、ベスト・プラクティスについてのアイデアを提供することはできますが、それぞれの会社によって、何がベストか違います。常に自社にとってのベスト・プラクティスとは何かを探し、それを目指すのは取締役会の責務です。
もう一つの海外の企業と比べた時の問題点は、今までは日本の低成長の中でもある程度利益がありました。日本人はうまく経費削減ができていたから…。言い換えれば、資金調達をしなくても済んできたということです。それは良い面もあったのですが、規律がなくなるし、ファイナンス、アカウンティング、他社と比較する方法といった事に対する意識、分析ノウハウが弱くなってしまいました。

片岡:

 法律面での問題は如何でしょうか。
 

ベネシュ

 執行役の制度を監査役会設置会社注2にも導入することが必要です。委員会設置会社注3では会社法で執行役が定義されていて善管注意義務を負いますが、監査役会設置会社には執行役がありません。ですから監査役会設置会社であるソニーが1997年に作った執行役員制は会社法上存在しない仕組みです注4。なぜそれが問題かというと、普通、執行役員と聞くと、役員だ、権限を持っている、善管注意義務を負っていると思ってしまう人も多いのではないでしょうか。しかし、実際は、本当にそうなのかわかりません。いつか裁判上問題になると思います。
また監査役会設置会社では、内・外部者を問わず、誰か新しい経営者を代表者(つまり、「法律上義務をリードする業務取締役」)にさせたい場合には、その人が既に取締役ではない限り、コストと時間がかかる臨時株主総会を開いてまず先に取締役として承認しなければならない。株主総会で取締役に任命してからでないと権限を持たせることができないのですから、機動性もなく、役員になった人の立場を守るような仕組みになってしまいます。
それから委員会を公的優遇制のある委員会として設けられるように法律で制定することも必要です。どこの国もそうですが、ガバナンスの重要な役割の一つは、経営者に利害関係性のあるような取引を回避することです。日本の会社法上の狭義な意味の利益相反の場合だけではなく、微妙な利益相反、自己利益のあるよう場合の決議についても、その当人の前で議論できませんので、多くの国では、そういう人が参加できないやり方、つまり指名委員会、報酬委員会、監査委員会、MBO検討委員会、或は不祥事の調査委員会等を設置します。しかし、日本の場合、今の法律では監査役会設置会社にはこのための法的インフラ整備されていません。そうなると「経営者は外に出て下さい」といっても「私は取締役だから取締役として座っていて当然だ」と言われてしまいます。中には委員会を設置しているという監査役会設置会社もあるのですが、それは非公式なものであり、善管注意義務を負っていませんし、議事録を書く必要も、監査役が同席する必要もありません。法律上の有効性がありません。つまり監査役会設置会社の委員会は、やろうと思えばどうにでもできる…。多くの会社はちゃんとしていると言っていますが、法律上は規律の外にあります。国内外の投資家をはじめ多くの人が執行役員を役員的、委員会は法律上の責任を負っているものと思っているのに、実際ではそうなっていません。また、こうした委員会や執行役がキチンとしていなければ社外取締役も十分に機能させることもできません。
BDTIは法制度を変えるために作ったのではないのですが、もし、提言するならば、こういったことが重要だと提言します。
さて、日本経済の全体を考えたとき、日本が労働人口縮小の波に逆らってGDPを上げようとするのであれば、かなり無理な動きが必要です。GDPを引き上げるには3つの要素しかなく、一つは資本をもっと投下する。もう一つは労働人口を増やす。3番目は生産性の向上を図ることです。日本は、資本は十分にあるのですが資本効率、利益率が低いのが問題です。ガバナンスはリスクを回避してゼロに近づけるのが目的ではありません。許容できる程度のリスクを設定して、十分なリターンを追求するために必要なリスクテイクを促すという使命もあります。
そして労働人口が減少する中では、やはり生産性向上が最も重要です。イノベーションを促進し、早くて効率の良いものにかえて、更にそれを構成するガバナンスの改善を図らないと、とてもじゃないけど日本経済は成長しないでしょう。製造ではPDCA(Plan-Do-Check-Act)的な改善が上手な日本人が、コーポレート・ガバナンスや関連経営手法に関してPDCA的改善がそれ程上手ではない。だけどこれは知識と意欲さえあれば、出来ないことではありません。問題意識がなかっただけです。成り行きに任せてきたから…。逆に言えば、日本人ほど、役員研修、特にガバナンスや経営手法について、アップサイド・ポテンシャルがある民族はいないと思います。他の国は既に物凄くそこに取り組み、手を付けてきたのですから。

片岡:

 役員の責務や役割が大きくなってきているわけですが、日本企業の役員報酬については、如何お考えでしょうか。
 

ベネシュ

 日本企業の役員報酬はアメリカの8分の1程度で、ヨーロッパの5分の1以下です。また役員報酬の80%位は固定給、業績連動分は20%程度ですが、ヨーロッパでは60%、アメリカは85%くらいが業績連動です。アメリカは、日本とは振り子が反対、リスクを取り過ぎたのではないか、ストックオプションを与えすぎたのではという反省があり、一方、日本は十分なリスクテイクをするような体系になっていません。日本も、役員の報酬枠を2倍にして、超過分はすべて業績連動にするというようなことが必要ではないでしょうか。これは本来取締役会が責任を持って堂々と株主の前に立って報酬アップの承認を求めるべきものです。しかし、恥ずかしさがあるのかなかなか進みません。
そういう観点では、日本では、主要株主や社外取締役、或はアクティビストが権利を行使して「業績が良ければ、貴方達は報酬をもっと貰うべきだ」と、そういうケアを堂々とすると、日本の経営者たちにも「我々の提案ではなく貴方達の提案だから」と…。そういうことがないと、株主にも、日本社会にとっても、良い意味で、より機動的なリスクテイクが行われるような体系に、十分な早さで変わっていかないのかもしれません。

片岡:

 さて、企業の強大化、グローバル化が急速に進展していますが、それに対して、コーポレート・ガバナンスは、どのように対処していくのでしょうか。
 

ベネシュ

 社会的責任という言葉がよく使われますが、今やそれはグローバル社会に対する責任ともいえます。環境、住民、金融市場、一般顧客に対する損害など、外部化の損害は、限りになく大きくなっています。嘗てRobert A.G. Monks注5が「サメがkilling machineであるように、企業はリスクを会社の外に押し付けるmachineだ」といいました。これは、企業は利益追求の中で社会的なコストがあれば、無意識に自分よりも他の人が払えばいい、法律上払う必要な無いものは払わなくていいとなってしまいがちだということです。善意のある人でもやってしまう。長期的にそのようなやり方を続けていると社会に嫌われてしまう、或は英BPのメキシコ湾原油流出事故、AIG保険の倒産、東京電力の原発事故のようなことが起きて…。そうすると株主にとっても価値の最大化どころか、すべてがパーになってしまいます。

片岡:

 損害は会社には収まりきれず、社会に大きな負担を強います。そういう意味では、株主はリスクに比べて過剰なリターンを享受している可能性も高いわけですから、株主の視点によるガバナンスでは効果は限定的ではないでしょうか。
 

ベネシュ

 こういうことがなぜ起きるか、株式という形で有限責任が認められているからです。有限責任には、沢山のメリットもあるのですが、会社がこれだけ大きくなると、再検討が必要だ、下手をするとそういうことさえ言われるようになってきています。そうなると有限責任という特権を再検討されないためにも会社はより責任持って行動しなければいけません。
もともと会社というものは、国のために必要な事業にしか許されず、非常に限定されたものでした。例えばイギリスは植民地から利益を取り出す仕組みとして東インド会社を作らせ、有限責任という特権と独占権等を与えて商売を行わせました。1850年代になると会社というものが今のような姿になり、誰でも作れ、どんなの活動を行ってもよくなりました。これは、ある意味でモンスターを生み出した、と100年後に見られるかもしれません。昔は資金調達が物凄く難しいチャレンジだったからこそ特権が与えられたのですが、今は金融市場が物凄く発展し、有限責任を持っていれば物凄いお金を集めることができます。これは経済発展に寄与することも多いのですが、この方向に進み続けると、いつか原子力問題、環境汚染、水問題…と、企業が人類や地球に対して、本当に大きなダメージを与える日が来る。全世界のサステナビリティーに関わる問題として危惧すべきテーマです。

片岡:

 コーポレート・ガバナンスはどう変わっていくのでしょうか。
 

ベネシュ

 そういう議論も始まっているのですが、私は解決策を持っていません。毎日考えているのですが…。資本市場、コーポレート・ガバナンスの仕組み、会社法の設計、株主の権利、関連研修と資格制度、ベスト・プラクティスの浸透…どのように再構築すれば、破たんの確率を減らすことができるか…。また同時に、特に心配するのは破たんが起きる際、有限責任原則によってよく起きる「リスクの外部化問題」です。言い換えれば、「場合によって、会社は大きい損害を社会に押し付けて倒産してそれで終わりになる」問題です。例えば、アメリカでは多くのアスベスト製造会社は訴訟されて負けた結果、賠償金債務が大きすぎて倒産しました。その結果、被害者(例:前従業員)が賠償金の5%程度しかもらえないなら、残りの95%は被害者や社会が被ることになります。同じように、もしBPが倒産したら、Gulf of Mexicoの汚染による損害の大部分も同じようになります。法律上倒産しても、有限責任原則で株主は投下した金額以上の損を一切被らないことになります。株主はそこまでしか「責任」追わない。東京電力の原発事故も事実上はそうなっていて、福島や近隣の住民、そして納税者(税等で払う)が損害を被ることになります。現在、「社会的責任」「CSR」などの言葉をよく耳にしますが、実は各国のガバナンス制度はこの「有限責任によるリスクの外部化問題とそのmoral hazard」についての解決策を何も提供していません(ここでの“Moral hazard”とは、投下した金額以上の損を一切被らない立場の株主は、リスクを回避するincentiveは十分ない状態を指しています)。将来、何らかのより良い解決法を見つけられないなら、技術の恐ろしい発展スピード(=想定外の損害の可能性と大きさの増大)によってこの問題はどんどん大きくなって、人類の生存さえ脅かすでしょう。規律を失っている世界の金融市場、Too big to failの問題もそうです。世界は、いったいどこに向かっているのか…。これは、もうできてしまった制度で、全世界に広がり、増殖しています。そうであれば、我々だけコントロールしたとしても、各国の間の調整は大変難しいものになります。誰も経済成長を止めたくないのですから…。物凄く難しい問題です。

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

 ~完~ 

 

インタビュー後記

ベネシュさんはUCLAのMBAコースの時、William G. Ouchi教授の下で学んだそうです。当時、ハーバード大学のEzra F. Vogel博士が記した「Japan as Number One」(1979年)、ハーバード・ビジネス・スクールのRichard T. Pascale教授の「The Art of Japanese Management」(1981年)、そしてOuchi教授の「Theory Z」(1981年)の3冊の日本を称賛する本が脚光を浴びていました。
Ouchi教授はその後、米海軍から資金提供を受けて日本の組織の効率性のコツを見つけるための大規模な研究プロジェクトを実施、ベネシュさんも参加して日本の財界、官僚等の幹部にインタビューしたそうです。Ouchi教授の結論は、企業に契約を介さない効率性があるように、日本社会全体でも、産業政策を行うにあたって、契約等がいらない信頼関係や業界団体内の互いの情報共有等に効果的に働いているというものでした。こうしたこともベネシュさんが日本企業のコーポレート・ガバナンスに興味を持つきっかけとなったそうです。
尤も当時はもともと日本の長所を探しに来ていたために、なんでも長所と見ていた面があり、また、この時、米海軍は純粋に資金を出すだけで、リサーチは全く任せきり、研究結果を積極的に取り入れることも、はじめからなかったそうです。

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開

 

脚注  
   
注1

http://www.nyse.com/pdfs/CCGReport.pdf

注2

http://ja.wikipedia.org/wiki/委員会設置会社

注3

http://ja.wikipedia.org/wiki/監査役会設置会社

注4

http://www.azsa.or.jp/knowledge/glossary/coo.html

注5

http://www.ragm.com/

   
  (リンクは2013年6月30日現在)
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