右脳インタビュー 門多丈
片岡: 今月の右脳インタビューは門多 丈さんです。門多さんは、三菱商事で、証券・企業投資ファンドなどへの投資業務、投資銀行業務、M&Aなどのアドバイザリー業務を統括する金融事業本部長としてご活躍されました。その後金融事業戦略コンサルティング事業の会社(注1)を経営する傍ら、コーポレートガバナンスの普及活動(注2)に取り組まれています。それでは早速インタビューを始めたいと思います。
門多: 「右脳」インタビューとのことですが、経営者と社外取締役の関係は右脳と左脳か、それとも左脳と右脳でしょうか、面白いテーマですね。米国では一般に経営者はサイエンティフィックで、社外取締役は大局観を抑えると言いますが…反対もありえます。アントレプレナーには右脳タイプが多いと思うのですが、外から左脳を獲得し企業経営のバランスを取る考えと思います。故スティーブジョブス氏は典型的な右脳タイプと思いますが、彼は周りに自分と違う左脳的な社外取締役を揃えていたと理解しています。今の日本は展望がなく縮んでいますが、今こそ大企業病から脱却し、シリコンバレーの仕組みも見習い企業の活力を取り戻すべきと思います。そのためにもしっかりしたコーポレートガバナンスが必要と考えます。
冨山和彦氏(経営共創基盤CEO、元 産業再生機構COO)は「社外取締役の役割は、アクセル踏まない経営者にはアクセルを、ブレーキを踏まない経営者にはブレーキを踏ませること」と言っています。海外の場合はブレーキを踏まない経営者が多いからブレーキの役割で、日本の場合はアクセルを踏まない経営者が多いからアクセルを踏む役割が求められるのではないかと思います。
片岡: 経営者が保身に走り、必要な手を打たない…これもコンプライアンスの重要な問題で、まさにアクセルを踏む社外取締役が必要ですね。
門多: M&Aの後押しや不良採算部門処理等は社外取締役が貢献できるアクセルの例です。また敵対的買収を受けたときの意見表明やMBO(経営陣による買収)においても社外取締役は重要な役割を担います。経営者は外部の株主よりも良い情報を持っています。極端に言えば、経営者だけがその企業が「今は悪くても将来よくなる」ということを知っていてMBOをするならば詐欺に等しい…。だからこそ社外取締役がMBOの時、価格や公正さを伴うプロセスを行っているのかチェックしなければなりません。
片岡: 節税や一昔前の含み益経営、或はオーナー企業の相続対策…。利益や企業価値に対する管理は経営者にとって日常的作業です。上場企業していても「自分の会社」という思いが強い場合は、MBOの際や或はもっと前から、株価を調整するような行為は容易で、抵抗感もあまりないのではないでしょうか。
門多: それが現実かもしれません。本来は将来を織り込んでいるというのが株価なのですが…経営者が株価をコントロールできる株式は機関投資家には好ましくないと言えます。機関投資家も買収の提示価格が今の株価より高いので応じざるを得ないのが実状ではないでしょうか。競合がいるのがベストですが、それでも、せいぜい高い方に応じるしかない…。
片岡: 外部の投資家にとって、6か月平均より3割高ければ、或は5割ならば良いという議論以上に踏み込むのは難しいわけですね。経営者が積極的な意図をもって欺こうとするときに、社外取締役はどのように対抗していくのでしょうか。
門多: まず財務計数やキャッシュフローの詳細から詰めるということが非常に重要です。一番簡単な企業不祥事は売上の架空計上、不正な在庫処理等ですが、これは会計士の協力をえて、基本的なところを詰めていくしかありません。尻尾を掴まれないように海外の子会社で行っているケースもありますし、架空売り上げの場合は相手がグルになっていると把握が難しいのですが、長い目でみれば兆候が出ていますし、問題を見つける手法もあります。外部の会計士等、プロの力を借りることが大切です。
また議論は色々ありますが、オリンパス問題(注3)の教訓は、ボートでM&Aを何のために行うのかという議論をあいまいにしていた、経営の下心を見抜けなかったことにあります。社外取締役の監督が機能していなかったと思います。本来であれば、提案されたM&Aが戦略的に不可欠なものか、採算的にどうなのか、そして今実施することが会社全体にどういうリスクをもたらすのか議論し、また監査役も含めて買収価格が妥当であるか、必要であればセカンドオピニオンを入手しチェックする、そういうプロセスが必要だったはずです。
片岡: 重要な役割を担う社外取締役ですが、日本ではまだまだ導入が進んでいません。例えばトヨタ、キャノンといった日本を代表する優れた会社も社外取締役を導入していないですし、導入しても名ばかりの社外取締役も多いですね。
門多: トヨタの米国でのリコール問題は、要するにモノづくりではなく、消費者の問題でした(注4)。この点では事件が起こってからのトヨタの対応は遅く、説明もまずかった。「モノづくりが分からない人は取締役になって欲しくない」という考えが裏目に出たということと思います。モノづくりであっても、作ったモノをマーケットで消費者に買ってもらって初めて商売になるのです。グローバル化の中での消費者とマーケットの多様性とか、潜在的なリスクの大きさなど考えると、社内だけではなく社外の英知も集めることが大切です。また社外取締役には株主と経営のコミュニケーションの間に立つという役割もあります。それが不要というなら、なぜ上場し外部の投資家から資本調達をしているのでしょうか。
片岡: 株式市場の反応については如何でしょうか。社外取締役がいないからといって、トヨタやキャノンの株価が安くなっているとは考え難いような気も致します。
門多: 社外取締役がいることによって、コーポレートガバナンスが強化されることと株価の関係については、実証的な研究ではある程度の相関関係も出ているようです。戦略の明確化、効率化、リスク管理といった面などで効果があるということでしょう。株価がそれほど敏感かというと、難しいところで機関投資家も悩んでいます。機関投資家はインデックス組み込み銘柄であり、トヨタ社株には投資しています。
海外では、株価が不振であれば社外取締役がCEOを辞めさせますが、日本は株価がいくら下がっても余程のことがない限り、経営者は辞めません。マーケットが企業に対して警告を出しているわけですが、その警告を経営者が聞いていないのが日本の問題です。マネジメントが戦略とかポジティブなものをきちんと打ち出していけば株価は上がる余地があるのに、日本の企業経営はそういうメッセージ、説明を十分に株主に伝えておらず、ガバナンスもそれを後押し出来ていません。現在の日本の株式市場ではエクイティーファイナンスをすれば株価が下がり、PBR等も悲惨な状況です。これは変えていかなくてはいけません。
片岡: その一方、ガバナンスに問題を抱える中国市場等の新興市場に大量のマネーが流れ込みました。
門多: 新興市場の株式を機関投資家のポートフォリオにどれだけ組入れるかという問題が基本的にはあります。個人的には年金などの機関投資家は株価形成のメカニズムがはっきりしない中国上場株市場には、現状ではあまり投資すべきでないと思います。不動産バブルなどの問題も潜在します。例えば中国の国営企業は株をマーケットに三分の一ぐらいしか株式を売り出していないのが大半です。残りの三分の二も同じ価値があるかは分からない。株価一部の取引の値段であり、時価総額と企業価値の間にかなりの乖離がありえます。
M&Aを行う場合は会社全部を買う前提ですので、将来のキャッシュフローとボラティリティ―(変動制)、戦略プレミアムなどで企業を評価します。勿論、幅がありますが、毎日の株価で計算される時価総額より企業の価値がわかりやすいと言えます。…。
毎日の株価は個別株と言いながら米国が…、為替が…と、グローバルに、マクロな状況に影響されます。企業の外の事で大きく動くということです。そういう意味では株自体が企業価値のデリバティブ(派生商品)と言えます。需給関係の中で決まる部分もかなり大きいし、会社の中身を見るのはプロでも難しく、企業のグローバル化も進む中で、会社の価値を個人が理解するのは非常に難しくなってきています。インターネットの発達もあり個人でも多くの情報を即座に入手できますが、企業分析という意味では個人では歯が立ちません。分散投資を図る点からも、個人が投資信託などでプロのファンドマネージャーをもう少し活用するようになる方が良いでしょう。日本でも、米国でも、どうしても株式投資を博打と思っている人がいますが、個人が個別株を直接売り買いしすぎているというのが日本の問題とも思います。
片岡: AIJ問題(注5)は企業や年金基金の投資に対する機能不全を浮き彫りにしました。
門多: 年金基金には受託者責任があり、わからないものには投資すべきではありません。自分のお金ではないのですから…。そして、なぜ投資するか、投資決定のプロセスの透明性やモニタリングが必要です。それを年金基金の理事会でしっかりと説明し納得してもらわなければなりません。会社のボードと同じです。理事が「俺は解らないから、お前やれ」「良きに計らえ」では最悪です。AIJ問題は任せた理事にも責任があります。きちんとしたコンサルタントを雇っていたら「AIJはやめておけ」と言われたかもしれません。運用で儲かっていないからコンサルタントも雇えない…という悪循環は困ったものです。
片岡: 中には、積極的にAIJを選んだところもあるはずですね。つまり買う側にも買いたい理由があった。嘗てのプリンストン債(注6)と同じで、オリンパスもこれを購入していましたが、問題を知りながら損失隠しや利益供与、リベートを目的に…というような会社もあるでしょう。
門多: 似たようなことは何回も起こるでしょう。グローバルな金融緩和の中で、お金がジャブジャブですから。構造的にはそうしたリスクは全体的として増えているのではないでしょうか。お金がジャブジャブになっていると、色々と変なことが起き、バブルも起こるし詐欺も起こります。
片岡: 門多さんは米国カルパース等の有力公的年金で組織するPacific Pension Instituteのアドヴァイザリー・カウンシル・メンバーを務めておられますが(注7)、カルパースなどはどのような運用、管理体制をとっているのでしょうか。
門多: 投資戦略、資産アロケーション、運用マネージャーの選択とモニタリングについて、しっかりした体制を作っています。ルールや説明義務が明確で、人材もアセット・アロケーションのような大きな絵を描くプロ、投資の現場でマネジメントするプロ、といろいろなプロを雇っています。そして会社と同じような構造になっていて、カルパースが何の目的で運用しているのか、大きな意味でどのようなリスクにさらされているのか等を見るのはCEOの役割で、運用の総まとめ、アセットとライアビリティーを見るのがCOO、CIOはアセットを見て、そのCIOの下にそれぞれの投資セグメントごとのファンドマネージャーがいます。勿論CFOもいます。企業や銀行と同じです。規模にもよりますが、年金基金もこうした考えで組織を運営することが大事と思います。
片岡: 貴重なお話を有難うございました。
~完~
インタビュー後記
今月は本論とは別に、エピソードを一つお伝えいたします。先日、バイオリニスト、堀米ゆず子さんが所有するバイオリン(イタリアの巨匠ジュゼッペ・ガルネリ・デル・ジェスが製作した名器)がドイツのフランクフルト国際空港税関で押収され、19万ユーロ(約1900万円)の輸入付加価値税と同額の罰金の支払いを求められました。友人でもある門多さんは早速、Change.org(スタントフォード大学卒のベン・ラトリー氏らが2007年に立ち上げた急成長するソーシャル・アクション署名プラットフォーム)を通じて4か国語でキャンペーンを展開、2週間で5000人を超える賛同者が集まったそうです。こうした運動に加え、日本政府の外交ルートの支援等もありバイオリンは無事に返還されました。
聞き手 片岡 秀太郎
脚注
注1 http://kadota-co.com/(最終検索2012年12月1日)
注2 http://icgj.org/ (最終検索2012年12月1日)
注3 http://ja.wikipedia.org/wiki/オリンパス事件 (最終検索2012年12月1日)
注4 http://ja.wikipedia.org/wiki/トヨタ自動車の大規模リコール_(2009年-2010年) (最終検索2012年12月1日)
注5 http://ja.wikipedia.org/wiki/AIJ投資顧問 (最終検索2012年12月1日)
注6 http://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/148/148-hukumitu.pdf (最終検索2012年12月1日)
注7 http://www.pacificpension.org/about_advisory.asp (最終検索2012年12月1日)