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右脳インタビュー 望月晴文

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片岡: 今月の右脳インタビューは経済産業省顧問の望月晴文さんです。それでは、日本の産業が今後どこを目指していくのか、その指針などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。

望月: ここ10年、20年間の日本の閉塞感は、日本が成長していないからです。まだまだ日本の社会経済問題の解決には規模の拡大が必要ですが、その最大のネックは人口減少です。一方、アジアは世界の成長センターとなっており、人口がどんどん増え、生活水準向上のニーズも高く実需があります。地政学的に見ると、日本はその世界の成長センターの真只中にあり、こんなにチャンスがあるところはありません。ですから人口減少下での成長を考えるよりも、「アジアの成長を我がものに」というキーワードで考えるべきだと思います。ではどうするか? まず「実需があるところにマーケットを見出す」。アジアの成長は日本の高度成長期のようなステージで、所得が急増、生活、社会のレベルが向上…、このとき必要とされるのが社会インフラで膨大な内需として拡大します。ここをどうやって獲るのか。その一つとして政府はインフラパッケージ輸出を推進しています。
例えば水。アジアは上下水道の両方とも需要がものすごく増えています。これは今、世界全体で70兆円くらい、2030年頃には100兆円になるといわるマーケットです。フランスの水メジャー等が活躍していますが、上水が不足しているところに参入するには日本メーカーが強い力を持つ膜の技術が最大の技術の一つとなります。しかし、そういう技術を持ちながら日本のメーカーは水メジャーの下請け、部品供給者でしかなく、仮に100兆円のマーケットが出来たとしても日本の供給する分野は1兆円程度です。つまりシステム全体ではじめて設ける仕組みとなっています。日本でそのシステムのノウハウを持っているのは地方自治体で、世界一漏水が少ない…など競争力もあり、民間資本が彼らと組んでシステム全体を受注し、新興国のマーケットを獲りにいくということが必要です。
それから次に鉄道事業、特に都市鉄道が重要、ここも日本が優れた技術を持つ分野です。先日、新興国ではありませんが、日立が英国で鉄道車両を提供、メンテナンスを含めた鉄道システム全体を受注しました。これまで日本は個々の技術は優れているのですが、技術で勝っても利益で負けていました。これではだめで、技術で勝って利益でも勝つという体制を作らなくてはいけません。そしてインフラ輸出の典型となるものが本当は原子力です。また忘れてならないのは日本のコンテンツです。Cool Japanといって世界でも人気がありますが、ここでも利益に結びついていません。例えば日本のファッション誌は中国でも大変な人気ですが、そこには日本製品が掲載されていないという状況です。映画も同じです。
それから課題解決型の産業でも日本の強みはあります。環境エネルギーの分野では、日本の省エネ技術は環境にもよく、世界的に高いニーズがあります。また日本は人口減少に伴い世界最速の高齢化社会の一つとなっていますが、それに対応する新しいビジネスが介護、健康、医療等の分野で生み出されています。海外のマーケットを意識してそれらに磨きをかけていくことが大切で、10年もすると、例えば中国が猛烈な勢いと規模で高齢化し巨大なマーケットが出現し、そうした技術が国際スタンダードとなりえます。それ以外にも先端産業のロボットや宇宙など儲けるべき部分は沢山あります。
翻って今まで日本の儲け頭であった自動車や家電は引き続き儲ける産業として頑張ってもらいたいと思います。その時、従来のビジネスモデルのままだと、追い上げてきている韓国や中国にマーケットを相当奪われます。今まではどんどん先端分野を追いかけて逃げ水のように高度化した製品を作って売るという戦略が中心でした。しかしそれだけでは成り立たなくなってきました。今世界で需要が爆発しているのは新興国、ボリュームゾーンは中所得者のマーケットで、日本の最先端のものが受け入れられるマーケットは非常に小さい。日本はそこで儲けるという手もありますが、ポテンシャルからいうとボリュームゾーンの中でも中の上の層はとれます。それなのに、そこで戦わず、逃げてしまうからいけません。

片岡: 国内のマーケットをある程度犠牲にしても国外を主戦場として獲りに行くということでしょうか。

望月: 国内はガラパゴス的に売っていても良い…。しかし、アジアでマーケットをどう獲るかという視点からデザイン戦略、商品戦略を考えていくことが必要です。こうしたことは現地でデザインしないと何が必要で、何が不要かわかりません。例えば日本の冷蔵庫には扉が沢山ついていて、省エネにはなりますがコストもかかり、そのままでは受け入れられません。一方、日本の冷蔵庫には断熱材が薄くて性能が良く、外形の割に中が広いという良さもあり、こういう技術は何処でも通用します。また日本のエアコンは音が静かですが、そのためには部品から何まで精査する必要があり大変なコストがかかっています。ところが東南アジアではそんなことよりもガンガン冷える事が大切。ニーズがある人にはいいが、ニーズがない人には意味がありません。だけど冷やす技術などでも日本の技術は優れています。そうしたマーケットが必要とするアドバンテージを活用して「技術で勝ち」「システムを獲り」また「ボリュームゾーンを狙う」ということが大切です。

片岡: 高度成長期、日本は外資の参入に対する規制を行っていました。

望月: 勿論、日本も技術導入等を沢山行い、そこでは米、独…と欧米先進国が大きな利益を上げました。しかし工業製品の輸入については産業政策で徐々に自由化を進め、またインフラという観点では世銀のお金を活用したりしながら、日本の国内中心でやってきました。そういうことが出来たのは、日本が嘗ての軍需産業を中心にかなりの技術の蓄積があり、元々工業国だったからです。アジア各国は日本とは国の成り立ちが違います。中国は自国産業を育成しようとしていますが、それでもマーケットが遥かに大きいし、ASEAN諸国は日本のようにフルセットの産業構造は持てず、寧ろ日本の工場になろうとしています。ですから日本が当時、外資規制していたのと比べれば、全く異なるルールとなるはずです。だからやれるのではないかと思っています。

片岡: 日本政府は企業に対してどういう支援を行っているのでしょうか。

望月: インフラ事業の場合、調達者は国やそれに順ずるものであったりします。国と国の関係では貸し借りというものが大切で外交の果たす役割も大きいので、各国の大使館にインフラ輸出専門官を置き、民間のインフラ輸出ビジネスを支援します。またボリュームゾーン狙いの商品を作るということについては企業に対して成長戦略のビジョンを示してエンカレッジする事が大切で、それ以上は企業の仕事であるべきです。

片岡: 諸外国は如何でしょうか。

望月: このベースでいうとライバルはまず韓国です。韓国は嘗ての「日本株式会社」の政策を学びました。そしてアジア金融危機のときには財閥間で企業の取捨選択をして大胆に集約化し、国内マーケットにおける同一業種の数を減らす、そういう産業構造政策を行いました。日本では、今さら日本株式会社は出来ませんが、それなりに企業においても資本蓄積も進んでいますので、自力で戦略が行えるようになってきています。一方、中国は巨大な自国マーケットがあり、基本的に自国マーケットで、嘗ての日本の産業政策と同じような事を行っています。そしてあまりにも自国マーケットが大きく、そのレベルに会わせてものを作っていますので、どの国でも狙えるわけではなく、ボリュームゾーンの中でも技術で勝とうという中の上の層はライバルとはなりえないでしょう。

片岡: 高成長を続ける中国が、その層に達することもありえるのでしょうか。

望月: 簡単には達しないと思います。拡大するボリュームゾーンの下部があまりに広いので、中国メーカーの主力はそこに注がれるでしょう。もともとミドルレンジというものはボリュームがあるから、そこでまず儲けて投下資本を回収するという傾向があります。また中国は極めて所得格差が広く、上の方は確かに高品質の者を求めますが、その層は寧ろジャパン・ブランドを求めます。そこを逃がす必要はありませんが、大切なのは中の上くらいから来る人たちです。昔、” My First SONY ”というキャッチコピーがありましたが、子供の頃に慣れ親しんだブランドは大人になっても捨てがたい。だからローエンドの部分をあまりに簡単に捨ててしまうと、そのローエンドの層が育って上がってきた時に、日本の方がハイエンドに強くても、慣れ親しんだブランドのハイエンド商品にそのままいってしまう可能性があります。

片岡: 拡大するボリュームゾーンの企業は成長性が高くて株価もつきやすい。それを利用して、直接の参入ではなくとも、ハイエンドの会社を買収することも当然の戦略ですね。

望月: それがぜんぜん日本の会社の一般的な考え方にはなかった…。今の停滞の原因を考えて見ればそこにあります。そういう意味でも、どこのマーケットをどう狙っていくかが大切です。ネタは日本の中にも沢山あります。

片岡: 企業が、日本国籍であり続けるメリットとは何でしょうか。

望月: 企業サイドからいえば日本国籍である必要性は相対的に薄れています。日本には技術を育んだカルチャーというものがあり、そこを強みとしてやっていけばグローバル競争の中で日本企業としての強みを生かすことが出来ます。しかし、その程度の事であって、そうだから日本国籍を日本の優良企業が維持するかというと必ずしもそうではありません。企業は国を離れる事が出来るけれども、国民と政府は国を離れられません。ですから日本本来の強みの中で育ってきた企業が、日本のために活躍し続けられるような基盤を作るということが政府の役割です。そのためにも社会インフラ、規制も含めて、日本で彼らが企業活動を進めていく上でのマイナス要因を除去していく事が大切です。日本は民間のビジネス活動がここまで強くなってきていますので、政府は余計な事に口を出さずにやるべきことをやる、つまりイコール・フッティングなビジネス環境にする、それで十分だと思います。例えばインフラ輸出には国の役割がありますが、他国がやるからやる、ということは必要ですが、他国に先んじてやる、他国以上にやるというところまでは必要ありません。但し、非常にベーシックで日本の将来を支えるような技術でも直ちに利益を生まないようなものもあります。これらを支援する事は大切です。

片岡: 今回、未曽有の大災害が起こり、また原発問題も長期化しています。この震災が日本の成長戦略を考える上で、どのような影響を与えるのでしょうか。

望月: 東北地方は製造業という観点から見ると比較的ウェイトの低い地域だと思われていました。しかし震災によって日本の主力産業のサプライチェーンは寸断され、更にその影響が世界中に波及したことは印象的でした。これは非常に大きな事であって、やはりサプライチェーンがどうなっているかをしっかり把握し、これだけグローバル化した社会の中では、BCP(Business Continuity Plan)が如何に大切かを認識して対処していく事が求められます。また原発問題については、この時点で一刀両断にすると適切な自己検証が出来なくなってしまいますので避けるべきですが、確率論的なリスク評価をキチンと行うことが出来ていなかったことは事実です。ただ、それで全てを片付けてしまうといい加減な検証になってしまいます。検証すべき事、考えるべき事、そして災害に至った原因は沢山あるのだと思います。今回、福島で災害が起きましたが、それにもかかわらず世界、特に新興国が電力需要に応えるには、やはり原子力が不可避です。その時に世界で最も競争力があるのは日本の原子力産業です。原子力安全を考えれば、機器の単品売りではなく、システム事業を行うべきです。今、世界が日本に一番求めているのは情報開示です。世界中の原子力産業は今回の事象についての知見を前提にしないと成り立たなくなってきています。そして福島で対応している日本のメーカーやフランスのメーカーが蓄積するノウハウ、これがものすごく大きい。であれば、今度の事故のノウハウが一番わかっている日本が果たすべき責任も大きいはずです。日本がもともと得意としている分野でもありますので、怯まずやるべきだと思っています。

片岡: IAEA(International Atomic Energy Agency)については如何お考えですか。

望月: 原子力は一度災害が起これば、国内だけでなく国外にも大きな影響が及ぶ特殊なものですので、どんな途上国であっても世界最先端の安全技術を満たす必要があります。ですから安全基準はたった一つの国際スタンダードであるべきです。プラントの安全基準というものは、本来は国際スタンダードがある程度あっても最終的には国の主権によるものですが、原子力は国の主権よりも、はるかに国際的な共通認識が必要です。それがIAEAの役割でしょう。難しい事ですが…。

片岡: 日本は早い段階から、IAEAの役割を拡大させる方向に動きましたね。

望月: 日本はそうしました。そうしないとこの国際混乱を収拾できない事もありましたし、関係者のコンセンサスとなっていたと思います。原子力のプラントは「事故」の意味がまったく違います。

片岡: 貴重なお話を有難うございました。

~完~

インタビュー後記

新興国の台頭は、ずいぶん以前から安全保障、経済…色々な面で予測され、確実に進んできました。勿論、日本の人口問題も同様です。望月さんが事務次官のときに、新年の挨拶に加えて「ボリュームゾーン狙いの商品を作る」という話を主要各社の社長さんにした時、賛同したのは僅か2社、他社は「うちはそんな粗悪品は作れません」ということだったそうです。多くの日本企業が最先端商品という美名のもとに来たるべき主戦場から目を背けてきた代償は大きいようです。最後に、望月さんから一冊の本を薦めて戴きました。
「誰もが書かなかった日本の戦争」 田原総一朗著 ポプラ社 2011年 です。

聞き手

片岡 秀太郎

東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。プラットフォーム株式会社代表取締役。

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