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ソブリン格付の裏表

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 欧州では春先以降ギリシャ・ポルトガル等南欧のユーロ圏構成国の格付が相次いで引き下げられたほか、8月には米国が格付会社の一つにより最上位格付から1ノッチ格下げされるなど、ソブリン格付に関心が高まっている。
本稿ではソブリン格付の実態を検証しその考え方を整理するとともに、サブプライム・ローン問題を契機に導入された格付会社に対する監督強化の動きおよび格付会社に対する訴訟について考えてみる。

【最近のソブリン格付の動き】
ソブリン(sovereign)とは主権者の意味で、国際金融の世界では一国の中央政府やそれに準ずる経済主体である中央銀行を指す。
ユーロ圏を構成する南欧諸国では、リーマンショック後の経済・金融の大混乱を受け、通貨・金融は統合されているが財政運営は各国の権限で行う、とのユーロメカニズムの欠陥が露呈し経済不振に陥っていることから、格下げが相次いでいる。4月以降9月までの間にポルトガルはA⁻ からBBに(ムーディーズ)引下げられ、ギリシャに至ってはBB⁻ からCC(S&P、ムーディーズ・フィッチの両社もほぼ同様)という一時的な債務不履行(デフォルト)水準まで格下げされた。この間、9月16日にはムーディーズがG7の一国であるイタリアを財政再建が難航しているとの理由からA+ からAに引下げた。また、S&Pが、ソブリン格付開始以来最上位格付を維持していたアメリカを9月5日にAA+に格下げした。なお日本については、S&Pが本年1月にAAからAA-に引下げを行っている。
こうした一連の格下げの動きに関する各国の反応を窺うと、ポルトガル、フランス中心としたEU諸国では格付の動きは事実の一面だけを見た偏った判断に基づくものであり、また経済再建の渦中にある主権国家の帰趨に1民間会社である格付会社が決定的な影響を与えるのは認め難いとの強い反発が見られる。これらの国では①救済措置が適用されているソブリンに対しては格付を停止すべきである、②EU諸国が資金を拠出して米系とは別の格付会社を創設すべきである、③格付会社は格付変更を行う場合には当該ソブリンに十分な期間の事前通告を行うべきである、との主張が政治家中心に展開されている。これに対し、シティ・オブ・ロンドンという金融資本市場を抱える英国では①格付けの一時停止は投資家の要望を考えると現実的ではなく、検閲に通じるものがある、②公的資金に支えられた格付会社は市場から信頼されない、③格付変更の事前通告制もインサイダートレーディング等数多くの欠陥が想定されるとして反対しており、むしろ「格付を規制の手段として利用することや私的契約においても多用することを止めるなど、格付の役割軽減を図るべきである」(上院金融小委員会報告)と主張している。
一方、史上初めてのソブリン格下げとなった米国では下院議員を中心に「格付会社は国家財政を評価する能力があるのか」、「格付会社が財政政策に深く関与することが適切かどうか」との批判が聞かれ「金融危機の原因を作った格付会社の行動を再度厳重に調査する必要がある」との主張が強まっている。この間、発表前日に予備的通告を受けた米財務省では「精力的に格付の前提となった財政収支バランスをチェックした結果、財政赤字を10年間で2兆ドル過大に推計しており、これを考慮すると連邦政府は4兆ドルの赤字削減の必要があるとしたS&Pの主張を満たしている」(財務省公表見解)と反論し格付の再検討を要求した。これに対し、S&Pでは赤字削減の推計に関して財務省との間で見解の不一致があることは認めつつも、「政府債務限度額引上げ交渉を観察すると、政党間に財政政策についての大きな見解の相違があり、議会と行政府の間で今後さらに進めなければならない債務削減交渉の前途を悲観せざるを得ない」(S&Pプレスリリース)として格下げを行う旨最終決定した。本件に関して上院議員のなかには「S&Pの格下げは財政赤字の縮減には歳出カットと歳入増をうまくバランスさせる必要がある点を再確認させるものである」(リード上院院内総務)、「これは債務問題の解決に真剣に取組む必要があることを政治家に知らせる目覚し(wake-up call)である」(サックスビー上院議員 共和党)と冷静な受け止め方をする向きが多い。

【ソブリン格付の役割】
ソブリン格付は対象が主権国家の負う債務という特殊性はあるが、方法論および決定までのプロセスは事業会社格付とかなり似通っている。
すなわち「政治・社会体制や経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)を分析するのはもちろん、債務構成や過去の債務再編成(リスケジュール)の履歴にも目配りする。将来を見通して中長期的な視点で分析するのが基本だ。ソブリンの場合、返済能力が極めて低い状態になってきた場合、リスケジュール歴の有無などを参考に返済の意思を見極めることも重要になってくる」(㈱格付投資情報センター(R&I)“ソブリンの格付の考え方”)と一般的に理解されている。分析は公開情報を基に行われるが、必要に応じ財政当局の責任者と面談し、公表見通し変更の可能性および「返済の意思」を確認しているようだ。
もっとも、ソブリン格付については基本的に公開情報に基づいて評価作業を行うことから、格付会社独自のノウハウ蓄積の余地が乏しいうえ、次のような二つの限界を指摘する向きもある。第一は、ソブリン格付は1970年代半ばにクロスボーダーの債券取引が盛んに行われるようになって以降開発されたもので、十分な債務不履行(デフォルト)データの蓄積がない。S&Pでは1975年以降15のデフォルトが確認されているが、このうちデフォルトの1年前にB(デフォルトに極めて近いとの判断)以上であったケースが12あったと報告している。つまり倒産を予知した割合は2割に止まる。さらにA以上の高い格付のソブリンでデフォルトに至った事例はゼロとのことである。通常の企業格付の場合には、ムーディーズで約100年、R&Iで30年余の格付の歴史があり格付とデフォルトの関係を示すトラックデータが十分に蓄積されているため、格付とデフォルト率との間で安定的かつ整合的な関係が成り立っている。しかし、ソブリン格付の場合は、格付水準の妥当性をデフォルト率との関係で説明することが難しく、様々の人が様々のことを言い得る状況になっている。第2の限界はデフォルするか否かの切羽詰った状況においては、その国の政治状況あるいは政治文化等予測し難い事象に左右される場合が多く、事前の予測を困難にしている点である。例えばエクアドルは1999年にデフォルトしたが、ムーディーズ、S&Pの両社ともその1年前にファンダメンタルズの改善を受けCCCからBに格上げしたところであった。それにもかかわらずデフォルトとなったのは1999年に選出された大統領が前政権が引受けた債務は違法なものであるとして否認したためであった。このようにソブリン格付は企業格付に比べて格付水準とデフォルト率との間に整合的な関係が十全には成立していない。しかしながら、格付会社は自らの信頼性を若干犠牲にしてでもソブリン格付を続けているのは、ソブリン格付が金融機関、地方自治体、政府関係機関など格付水準の判断において政府との関係が重要な発行体にとってベンチマークあるいは天井として機能するため、これらの格付の信頼度を獲得する見地から付与し関与せざるを得ない。信用リスク評価の観点からはアメリカのAAAからAA+への格下げはデフォルト率に無関係であるうえ、S&P1社の格付変更であることから大騒ぎする必要はない。ソブリン自体のデフォルト可能性はCDS(credit default swap)あるいはU.S. Treasuryに対するイールドスプレッドの方が多数の当事者が参加する市場で形成されることから、予測力はより高いかも知れない。

【格付会社に対する監督の最近の動き】
米国では格付会社は2006年格付会社改革法に基づいてSECの監督下に入っているが、これに加えて2010年7月に成立したドッド・フランク法によって監督がさらに強化されることになった。ドッド・フランク法を実施に移すためのSEC規則は本年5月18日に公表され、パブリックコメントは8月8日に締切られた。同規則は現在最終確定に向けてSEC内部で検討が行われているところであるが、主な内容は次のとおりである。

内部統制に関する報告
  内部統制に関する年次報告書のSEC宛て提出
  内部統制確立に向けての経営者の責任を明示した報告の提出
営業および市場開発に関する利益相反行為防止措置
  格付の決定・維持に従事する従業員の営業および市場開発業務への従事の禁止
  上記禁止義務に違反し、その結果格付水準に影響を及ぼした場合には格付会社指定の取消
格付会社退職者の行動監視
  上記退職者が発行体・引受業者等に再就職した場合は、格付会社勤務時の行動を振り返って(look back)調査
  再就職先との関連で不適正な格付がみられた場合は、その格付の訂正とその事実の開示
格付実績に関する情報開示方法の標準化
格付手法の充実・強化
格付に関する情報開示の強化
クレジットアナリストの研修・経験・能力基準の引上げ
格付会社指定申請および年次報告書の電子媒体での開示

 EUではリーマンショック後の金融・資本市場危機の再発防止策として2009年6月、2011年5月の2度に亘って格付会社規制法を制定した。欧州議会では最近のソブリン格付等の状況を眺め、本年6月に格付会社規制の強化について決議を行った。欧州委員会はこの決議を参照しつつ格付会社規制法改正案を検討することとなる。その主な内容は次のとおりである。

格付への過度の依存の軽減
  バーゼル自己資本比率規制における格付依存の軽減
  証券化商品について独自にリスク評価のできない投資家に対しては、同商品への投資を禁止
  欧州中銀、各国中銀の担保適格資産選定基準における格付使用の見直し
欧州信用格付機構(European Credit Rating Foundation)の創設検討
  すべての格付セクター(公共債、事業債、証券化商品)をカバーする独立した機構の創設を目指す
  信頼性確保のため加盟国、欧州委員会、金融機関等から完全に独立した組織とする
  運営資金に税金は投入しない
格付の開示強化
  格付自体のみならず格付見通し、格付改訂警告等についても透明性を改善
ソブリン格付の改善
  ソブリン格付手法の明確化と、モデルによる分析結果との乖離説明の充実
  大手市場参加者が独自にソブリンリスクを判断できるよう格付会社は比較可能な形で情報を開示
格付会社の民事責任の明確化
  重大な過失または違法行為があった場合に格付会社の民事責任を追及できるよう法整備を進める

【格付会社に対する訴訟】
SECは、S&Pに対し本年8月5日の米国ソブリン格付引下げに関して、財政赤字縮小幅の過小推計に関する財務省の指摘を考慮しなかった点および格下げ情報の管理に問題がなかったかについて調査を開始すると報道されている(2011.8.11 NY Times)。 さらにSECは、本年9月に入ってみずほ証券引受で2007年に発行された証券化商品の格付について調査を開始し、必要な資料の提出を命じる通知をS&Pに対して送達したと伝えられている(2011.9.26 NY Times)。この調査は本年4月に作成された“Wall Street and The Financial Crisis”と題する上院特別調査小委員会報告を踏まえて開始されたものとみられる。上記報告は格付会社、引受証券会社等に命じて提出された資料(e-mail等を含む)に基づき作成されたもので、650ページに及ぶ詳細膨大な内容となっている。この報告には主として証券化商品の組成・販売において自社の利益を顧客のそれより優先させる行為があった旨具体的に記述されているが、それが民事上有責とされるためにはその行為と投資家の損失との間に因果関係があることが要求され、これが達成のためには証拠収集の面で困難が予想される。

以上

 

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