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フランスでのテロが意味するもの ― 覇権交替期に入った世界とISによる国際テロの拡大 ―

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11月13日、フランスでイスラム国(IS)によるとみられる、死者132人以上を出す大規模なテロが発生した。その背景にはどのような世界的潮流があり、今後世界はどのような方向に向かうのであろうか。

1 覇権交替期に入った世界

ローマ帝国は、繁栄と長い平和が続き、市民が奢侈贅沢に明け暮れる一方で、市民権が蛮族や奴隷に拡大され、中には大富豪になるものも現れた。その一方で、伝統的な貴族の家柄は零落し、キリスト教徒が増えローマの世俗的で寛容な宗教政策は力を失った。ローマの伝統的なアイデンティティーは失われ、西ローマ帝国には蛮族が侵入して帝国は荒廃し、ついには帝都ローマの水道が破壊されてローマは放棄され、その混乱のなか帝国は戦いもなく崩壊した。

どのような文明や国家も、興隆の後に衰亡の時代が来るのは避けられない。盛者必滅は世のならいである。大航海時代から20世紀前半まで、欧米列強は世界を分割して植民地として支配し、覇権を互いに競い合ってきた。第一次大戦も第二次大戦も冷戦も、本質的には欧米世界の内戦であった。欧米世界がイスラム、インド、中国、中南米などの文明の上に、支配的文明として君臨し続けてきた。

その欧米の覇権に最初に風穴を開けたのが日露戦争における日本の勝利であった。さらに、日本が最後まで戦い抜いた大東亜戦争をきっかけとして、アジアさらに中東、アフリカの有色人種が植民地からの独立を果たし、人種の平等が第二次大戦後の世界では実現した。

第二次大戦後の冷戦時代、世界はイデオロギー対立による東西ブロックと非同盟中立を標榜する第三世界に分断されてきたが、ソ連崩壊後は世界経済のグローバル化が進み、中露印、ブラジルなどの新興国が経済的に急成長するようになった。しかし、経済の成長は先進国が期待したような、政治の民主化や経済の自由化を必ずしももたらさなかった。

中国共産党の一党独裁は強化され、経済成長以上の速度で軍事費が増額され、経済力が軍事力に転嫁され、軍事的に東シナ海、南シナ海で、米日、東南アジアの海洋勢力に挑戦するまでになっている。ロシアも複数政党制に移行したものの、プーチン大統領の強権政治のもと、ジョージアの分割、クリミアの併合、東部ウクライナの実質的な分離独立を既成事実化しようとしている。

2 深まる宗教戦争の様相と非対称戦による報復の連鎖

このような覇権の交替期において、最も本質的な挑戦をしているのが、イスラム過激派勢力である。中国は共産党独裁であり、そのイデオロギーは形骸化したとはいえ、もともと西欧のマルクス主義革命思想に発している。

ロシアのプーチン政権は、伝統的な拡張主義、あるいは周辺に緩衝地帯を確保しようとする地政学的な欧米勢力に対する防衛衝動により動かされていると評価できよう。ロシアの体制は大統領制の議会制民主主義であり、欧米と基本的に変わりはない。

それに対して、イスラム過激派の思想は、預言者ムハンマドにより伝えられたコーランを、神の言葉としてそのまま信仰するイスラム原理主義に基づいている。イスラム本来の戦争法では、無差別のテロや殺戮は異教徒に対しても禁じられており、過激派の思想はイスラム教の本来の教えに反している。

しかし、イスラム過激思想は西欧近代主義を峻拒し、その正当性に真っ向から挑戦している点で、中国やロシアよりも、より徹底した反欧米、反近代主義思想である。文明的に欧米に比べ中露よりもさらに異質であり、その挑戦の度合いは深刻であると言える。中世以前の宗教戦争の様相が今後深まるのではないか。

そうなれば、米ソのイデオロギー闘争以上に、妥協のない凄惨な戦いになるおそれがある。精密誘導兵器の精度と破壊力が高まるだけではなく、特殊部隊、テロリスト、無人機、サイバー攻撃、電磁波攻撃など、非対称の攻撃手段が平時戦時を問わず多用されるようになるであろう。

これらの非対称攻撃手段は、平時戦時を問わず国境を越えて密かに浸透することができ、国際的に合意された規制のルールもなく、攻撃者の姿が見えにくいという特性がある。そのため、効果的な抑止も報復もできない。攻撃側は報復を恐れることなく、いつでもどこでも攻撃が可能になる。

非対称な攻撃手段には、無人機など技術力や資金力がなければ行使できないものが多い。このため、欧米とイスラム過激派の戦いでは、空爆などは、欧米側の一方的な破壊力の行使になりがちである。イスラム過激派としては、報復手段が何としても必要になる。

その点で、テロは最貧国でも行使できる数少ない非対称攻撃手段の一つである。宗教的な殉教精神を吹き込まれれば、テロリストの志願者には事欠かない。欧米諸国の内部に浸透し、大規模なテロを起こすことが、ISなどの主な戦法になる。

今回のような自国内での大規模なテロが起これば、欧米諸国は空爆の強化といった手段で報復を強めることになる。結果的に、相互殺戮と破壊の連鎖が拡大し、世界的な秩序崩壊が進行することになりかねない。

ある意味で第三次世界大戦は既に始まっているのであり、それは文明間の興亡の戦いであり、宗教戦争でもある。ソフト、ハードを含む、テロ、ゲリラ戦から、ロボット、無人兵器、大量破壊兵器の使用、全地球の空間のみならず宇宙、サイバー、電磁波空間まで含む、かつてない規模と次元での極めて多様かつ複雑な戦いになると予想される。

3 世界の警察官の座を降りた米国と中露、イスラム国の挑戦

戦いの拡大を食い止め、世界の秩序を維持するには、世界の警察官が必要である。第二次大戦後は米国が世界の警察官の役割を担ってきた。しかしオバマ大統領は、米国はもはや世界の警察官ではないと言明している。

オバマ政権は、中露の覇権主義的な行動に対し効果的に対処できず、力による現状変更を追認するに等しい状況に追い込まれている。その原因は単に、オバマ政権の意志力や対外交渉能力の低さのみによるものではない。米国経済の相対的な地位の低下、特に累積する財政赤字という経済面、金融面の問題が背景にある。

連邦の財政赤字を強制削減するため、米国は長期的な国防費の削減が避けらなくなっている。そのため米軍は、長期にわたり地上兵力を海外に展開するような作戦はできなくなってきている。

米国が世界の警察官に復帰することは、今後も余り期待できない。仮に一時的に復帰するとしても、長期にわたり維持できる保証はないとみるべきであろう。

米軍は、第二次大戦後、複数の統合地域コマンドを地球のほぼ全域を覆うように配備し、軍事力を前方展開するという態勢を維持してきた。しかし今後は、より限られた予算でグローバルパワーとしての地位を維持しなければならない。

そのため、米本土防衛を最優先し、国外の危機については、平常時から情報警戒偵察のネットワークを世界的に張り巡らしておき、危機が発生すれば迅速に精密爆撃で制圧するが、同盟国自らの防衛は当該国の責任とするという、先端軍事技術力に依存した、より効率的な戦略に転換しようとしている。

対中政策については、経済と金融面で米国は、対中貿易赤字と中国による大量の米国債買い付けなど、対中依存が深まっている。このことが、対中政策にとり重大な制約要因となっている。

また、東アジアの日本、台湾、フィリピンなどの群島国家群は、東シナ海、南シナ海ともども濃密な中国の核、非核のミサイル網に覆われており、対中有事には米軍基地が攻撃にさらされる恐れが高まっている。その結果、米軍は東アジアの基地から一時安全な後方に退避せざるを得なくなるとみられている。

資源依存経済から脱却できないロシアに対しては経済制裁や原油安は大きな打撃になっているが、そのためロシアは逆に中国に接近し、背後を固めたうえでジョージアに続きクリミア、ウクライナで強硬策に出ている。

ロシアはいまだに米国を破壊できる戦略核戦力を持っている。そのロシアが、核戦力の増強近代化を進めている中国と軍事的に連携すれば、米国の戦略核戦力の優位は脅かされ、米国の同盟国に対する核の傘の保証が揺らぐことになる。

グローバルパワーである米国の拡大抑止力の信頼性の低下は、核戦力のみではなく、通常戦力やテロリスト、特殊部隊、サイバーなどの非対称戦力による公然、非公然の侵略に対する抑止力の低下にもつながっている。このことは、中東でのテロとの戦い、特にIS(「イスラム国」)との戦いに端的に表れている。

3 フランスのテロはISの世界的な領域国家形成の一環か?

ISは、国際的なネットワークを形成し欧米へのテロを繰り広げたアルカイダと異なり、イラクとシリアにまたがる一定の地域を支配し、疑似的な国家機構を創ることを目指しているとみられてきた。

しかし今回のフランスでのテロは、ISの重大な戦略転換を示唆しているのかもしれない。今後ISは、欧米、ロシアなどイラクやシリアで空爆を行っている諸国に対する報復テロを重点とする方向に転換する可能性がある。

ただし、ISは北アフリカ、欧州、中東、インドにまたがる広大な地域を支配するイスラム国家の形成を当初から標榜しており、今回のテロリスト・グループも、ISの「フランス州」を名乗っている。

このことは、彼らの最終目的に変化はないが、その戦場がイラク、シリアから欧米などに拡大したことを意味している。ISは今後戦場を、自ら表明しているように、有志連合参加国全体に拡大するとみられる。

ISの実数は不明だが、数万人規模とみられ。IS側も長期にわたり戦い続けられるかは疑問がある。特に、石油価格が安くなり支配地域内の油田やその掘削施設が破壊されるなど、資金源が不足し、あるいはモスルとラッカの補給路が絶たれれば、持久戦は困難になる。

また、無人機攻撃により、地上での行動に常時制約を受けることになれば、土漠地帯での組織的な作戦行動も、国家を模した行政サービスもできなくなり、軍事能力も民衆に対する支配力も低下するであろう。

他方、今後も欧米のISへの空爆は続けられるとみられるが、空爆作戦とテロ抑止の両面作戦を長期にわたり継続する必要がある。特にテロ対策には多額の予算と人員が必要となるが、欧米各国は財政的な危機を抱えており、このような長期の負担に財政的に耐えられるかどうかは不透明である。

また今回のフランスのようにテロが続発した場合に、人心が動揺し政治的な撤兵要求が国民の間で高まるおそれがある。それが、ISの狙いとも言えよう。いずれにしても、ISとの戦いは、欧米にも戦場が広がり、長期にわたる戦いになることが予想される。

まとめ

世界は覇権の交替期に入っており、世界の警察官も不在であり、情勢の不安定化は今後も続くと予想される。その中でも最も深刻な対立様相を見せているのが、欧米諸国とISなどイスラム過激派の非対称戦を駆使した戦いである。

今回のフランスでのテロは、ISがその戦場をイラクとシリアから欧米に拡大したことを示唆している。ISは広大な領域国家形成という最終目的を達成するため、有志連合参加国はじめ、その目的達成を阻む諸国や勢力に対し、今後も仮借のないテロ、ゲリラ戦、サイバー攻撃などにより攻撃を続けるものとみるべきであろう。彼らの言明を単なる脅しととるべきではない。

もし、ISが国際テロ重視の方向に乗り出したとすれば、その影響は深刻であり、欧米諸国のみならず、有志連合の一員でもある日本もテロの対象になりうる。今回のテロについて十分な情報収集と対応策の検討を行い、ISによる新たな国際テロに対応できるよう、万全の警備態勢をとらねばならない。

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