Home»オピニオン»有名無実の自社株取得解禁 

有名無実の自社株取得解禁 

0
Shares
Pinterest Google+

自社株取得規制の緩和は産業界が20数年来要望して来た最重要課題の一つである。この実現を求める声に押されて政府も漸く腰を上げ、昨年来、法制審議会で審議の結果、本年2月の答申を受けて、商法改正案が今通常国会に上程されることになっている。


改正案の概要

 この改正案は、新たに①従業員持株会への譲渡の特例及び②閉鎖会社の株主相続時などの特例を追加したものの、「原則禁止」の大枠は崩していない。つまり、①株式消却のための取得時には、遅滞なく消却することを要し、所謂トレジャリ-・ストックとしての保有などは一切認めない、②取得財源は配当可能利益の範囲内に限り、資本準備金の取り崩しは認めない、③消却手続きは定款規定から株主総会での決議に改正されるが、取締役会決議のみで行える新株発行と扱いを異にする、など極めて厳しい制限付きのあくまで例外としての解禁である。

現行商法でも消却のための自社株取得は規定上可能であるが、この規定は全く利用されていない。その理由としては、①株式消却を定款に定める必要があるうえに、消却の手続きの明文規定が欠けている、②利益による消却に対しては、全株主に「みなし配当」税が課せられる、③取得に関する情報がインサイダー取引規制に抵触しかねない、などの点がある。
したがって、今回の解禁に当たっても商法改正に伴い、税法の「みなし配当」諷税の廃止、証取法の改正が不可欠である。

疑問の多い改正論議

現行商法が自社株取得を原則禁止している根拠として、学説では自社株取得は①資本維持の原則に反し、会社債権者の利益を損なう、②不公正取引の温床となるおそれがある、等々の点が指摘されているが、自社株取得問題はそもそも法制固有の問題ではなく、経営戦略や財務会計上の観点から処理するとか、証取法の対象として論ずべきものである。

伝えられる法制審議会での議論をみると、経済活動の主体である経団連、日本証券業協会など産業界の主張は全く容れられていない。産業界の実情やニーズを熟知しているとは到底思われない法務官僚が法理論重視の学者などの意見を利用して規制存続を図るやり方には憤りを覚えざるを得ない。
したがって、今回の改正案では産業界にとって殆んど利用価値がなく、産業界からは失望と批判の本音が聴えてくる。一部には一歩前進との表向きの意見もあるが、このように産業界の主張を全く無視した改正案を甘受することなく、自社株取得を今一度抜本的に見直し、「原則自由」の実現へ向けて再改正の運動を展開すべきではないか。
その際のポイントは、①トレジャリー・ストックとしての保有をはじめ取得目的の自由化、②取得財源枠の拡大(取得源資に資本準備金の一部充当)、③取締役会決議による機動的な実行、の3点であろう。

望ましい商法のあり方

 本来、経済活動は「原則自由」のうえに進歩・発展を遂げることが望ましく、商法はそのための基本的かつ幅広な原則として機能すべきものである。したがって、時代とともに変遷する国民経済的な要請に対しては企業の自由裁量に委ね、例外的に規制を要する場合においても司法的見地ではなく経済政策的見地から行うのが筋であろう。

企業は経済環境の変化に応じて活動規模を拡大も縮小もすることがあるので、増資同様に自社株買いによる実質減資や他の目的での自社株取得は自由に認められるべきである。それで万が一、弊害が生じる場合には、商法以外の個々の政策手段で十分対応できるはずである。

今日では、バブル期の過剰なエクイティ・ファイナンスの後遺症から脱却するための株式需給の適正化、ROEなど国際的に通用する投資基準を重視する企業経営への転換、株式相互持ち合い解消の受け皿等、差し迫った必要性が山積しているが、必要性を殊更云々することなく、将来に備えて立法化を進めるのが筋ではなかろうか。
過去にもそのようなケースがある。たとえば、転換社債制度は昭和13年にドイツ法に倣って導入されたが、実際に機能し始めたのは昭和30年代後半以降である。立法当時には必要性はなかったが、20年も時代を先取りした当時の立法者の見識には敏服すべきものがある。

学ぶべき米国の制度

 米国での自社株取得の目的をみると、実に多種多様である。かつては役員・従業員のためのストック・オプション、ワラント債などのための取得が主体であったが、80年代央以降は敵対的なM&Aへの対抗手段、さらに87年のブラック・マンデー時には株価急落への下支え、その後は企業の余資運用・財務バランス改善のリストラなど様々に活用されている。

その規模も、87~90年で約,2500億ドルの株式が自社株買いで市場から吸い上げられ、これが90年代に入ってからの証券市場の活況に繋がっている。

このように、その時々のニーズに的確に応えられる柔構造の米国の法体系に学ぶ点は多い。これこそ、企業の変革への創意を生かし、民間の活力をフルに発揮させる条件といえよう。

(明光証券株式会社 代表取蹄役会長 岡部陽二)

(1994年3月発行「明光レポート」第66号所収)

Previous post

シティーに必要な三つのCITY

Next post

起業家の育成と株式店頭市場の整備を