リーマンショックのようになるか
先週金曜日のNY市場は反発したものの、「これから先、リーマンショックのようになるのか」を懸念している人も出てきているようです。
上記は本日発売の日経ヴェリタスの1面に掲載されていたグラフ。
半年間の動きで、灰色がリーマンショック時、赤地に矢印が今回の下落です。
そもそもヨーロッパの銀行(とくにドイツ銀行)で何が起きているのでしょうか。
ことの発端をどこに置くかについては議論が分かれるところですが、遡ろうと思えば、2008年4月16日にウォールストリートジャーナル(WSJ)が報じたLIBOR不正操作まで遡れます(これはリーマンショック前です)。
この問題はだんだんと大きくなり、2012年6月頃には、「一経済紙(WSJ)が報じた疑惑」といった以上に、明らかな問題となりました。
もはや銀行はこれを無視できなくなったのです。
(Bank of England; from Wikipedia; Photo by David Iliff)
2015年8月5日付の日経によると欧米の金融機関はこれまでに約90億ドル(1兆円)の罰金を米英の当局等に支払ったとのこと。
ドイツ銀行はこの件で米英当局に25億ドル(約3000億円)の和解金を支払うことで合意したと昨年4月24日報じられています。
しかしこの不正操作事件は何もドイツ銀行だけを襲ったものではありません。
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では、いったいドイツ銀行に何が起こっているのでしょうか。
昨年6月7日にはドイツ銀行の共同CEOが2人とも辞任することを発表しました。
アンシュー・ジェイン氏(52)とユルゲン・フィッチェン氏(66)の2人です。
フィッチェン氏は2002年のメディア大手キルヒの破たんをめぐり、故レオ・キルヒ氏の相続人との裁判闘争で、偽証したとして告訴されていました(フィッチェン氏は否認)。
一方、インド出身で英国籍のジェイン氏は、ドイツ語を流ちょうに話せないことや年次総会で株主と自由にやり取りができないことで批判されていました。
数千人の雇用削減や多くの支店閉鎖というリストラに対して、ドイツ国内を中心に労組やメディアから批判が高まっていたという事情もあります。
と同時に、2人の辞任の背景には、
①そもそもドイツ銀行がストレス・テストに合格しなかった(『こちら』)といった事情や、
②顧客との訴訟合戦や組織ぐるみの脱税疑惑といったスキャンダルがある
とも報じられました。
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もう少し詳しく見てみましょう。
今年1月28日に発表になった2015年(1~12月)の決算。
Net Revenue 33.5 Billion Euro
Noninterest expenses 38.7 Billion Euro
Income before income taxes ▲6.1 Billion Euro
38.7 Billion Euro (4兆9000億円)もの費用項目のうち、
Impairments on goodwill/intangibles 5.8 B Euro (7,400億円)
Litigation charges 5.2 B Euro (6,600億円)
Restructuring/severance 1.0 B Euro (1,270億円)
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ポイントはこれらは何かということですが、1月28日の発表文を見てもよく分かりません(開示されていません)。
3月以降に発表になる “より詳細な” Annual Reprt を見る必要があるのですが、とりあえず2015年1~9月のInterim Report を見ると、
Impairments on goodwill and other intangible assets 5.8 B Euro (7,400億円)
Litigation-related charges 4.0 B Euro (5,100億円)
と記されています。
このImpairments on goodwill and other intangible assets は、部門ごとにもう少し細かく開示されていて、Corporare Banking & Securities Corporate Division (CB&S)部門に属するものが、2.2 Billion Euro。
この中には、1999年に買収したBankers Trust がらみの「のれん代」などの減損も含まれているというから驚きです。
残りの3.6 Billion Euroは、Private & Business Clients Corporate Division (PBC)に属するとして、
20%を買収した中国のHua Xia Bank の「のれん代」などの減損、
および2008年から2012年にかけて買収したPostbankの「のれん代」などの減損を含むとのこと。
なお中国のHua Xia Bank の20%持ち分については、ドイツ銀行は昨年12月に全額売却する旨を発表しています。
Litigation-related charges についてはレポートの120頁以降にたくさん出てきます。
以下、案件名のみ記しますと、
Credit Default Swap Antitrust Investigations and Litigation
Credit Correlation
Dole Food Company
Esch Funds Litigation
FX Investigations and Litigations
High Frequency Trading/Dark Pool Trading
Interbank Offered Rates Matters(これがいわゆるLIBOR不正操作)
Kaupthing CLN Claims
Kirch
KOSPI Index Unwind Matters
Mortgage-Related and Asset-Backed Securities Matters
Precious Metals Investigations and Litigations
Referral Hiring Practices Investigations
Russia/UK Equities Trading Investigation
U.S. Embargoes-Related Matters
US Treasury Securities Civil Litigations
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最後から2つ目のところは1999年から2006年にかけてドイツ銀行がイラン、シリア、リビヤなどと取引していたことを米国のNew York State Department of Financial Services (NYDFS)とFederal Reserve Bank of New Yorkに問題視されたもので、ドイツ銀行は $258mの罰金を払うことで決着しました(昨年11月、『こちら』)。
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ということで、ドイツ銀行の問題は
①過去の買収に絡む「のれん代」などの評価がこれまで甘かった(よって2015年に多額の減損を余儀なくされた)
②コンプライアンスがしっかりしておらず、LIBOR不正操作を初めとして、西側による経済制裁対象国との取引など、多くの訴訟・係争を抱えることとなってしまった
といったところに起因するようです。
ただ既に述べたように、LIBOR不正操作や経済制裁対象国との取引などはドイツ銀行だけの問題ではありません。
したがって欧州の金融機関の決算にはこれから先も注意していく必要がありそうです。
いずれにせよ、以上の問題はリーマンショック時の証券化商品のように次から次へと連鎖して波及していくといった問題とは少し違うようです。
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ところで、むしろ心配なのは、これから先、資源価格安がローン債権の悪化に結びついていくことの方かもしれません。
これがどのくらいのインパクトがある話なのか、たとえば、みずほの昨年5月26日の会社説明会資料40頁の左半分に次のような図があります。
これは原油・ガスだけなので、銅、ニッケルなどの非鉄金属はカバーしていませんが、プロファイ分の0.3兆円などは気になるところです。
もっとも三菱UFJフィナンシャルが昨年末に3兆円近く持っていた株式含み益がここ1ヶ月半で1兆円弱も吹き飛んだ(本日付の日経ヴェリタス2頁)といった報道を考え併せると、
資源安の影響は現在の日本のメガバンクの屋台骨を揺らがすようなレベルには至らないような気もします。
いずれにせよ、限られた情報の中で現状を把握していくのは難しい作業ですが、引き続き注視していきたいと思います。
(Hidetoshi Iwasaki’s Blog)