第107回 第2版国際法務シリーズ:号外版:「サムの息子法」(続)
今回は「号外版」です。第30回から第32回にかけて取り上げました「サムの息子法」が、突然、いわゆる酒鬼薔薇事件を契機として日本のマスコミで問題になりました。たとえば、平成27年6月20日の読売新聞(朝刊)の36面は、「元犯罪者が自分の事件の手記で経済的利益を得ることは海外でも問題視されてきた。・・・米国では、こうした利益は被害者の救済基金に納めるよう定めた法律が各州で制定され、きっかけの事件にちなんで『サムの息子法』と呼ばれる。ただ、同法は表現の自由に抵触するとして米国でも疑問視する意見が根強くある上、日本では同様の基金が存在しない。」と報道しています。また、平成27年7月2日号の週刊新潮の22頁以下でも、「『少年A』が自己顕示した『14歳の肖像』」というタイトルで、この事件を取り上げ、「『犯罪者』が手記で大儲けする・日本で足りない『サムの息子法』」について、私にインタービューをしています(25頁参照)。
私がこの「号外版」を用意した目的は2つあります。1つは、週刊新潮で「イギリスの法律」の紹介がありますが、現在のところ、この「イギリスの法律」についての私の知識は「皆無」ですので、後日、私の勉強の成果を発表する予定であることをお約束することです。もう1つは、もし、日本でも「サムの息子法」のような法律を制定するとすれば、少なくとも、つぎの3点に留意すべきであると主張したいのです。第1点。すでに第33回(犯罪の被害者と加害者その4)および第34回(犯罪の被害者と加害者その5)において述べましたように、日本でも「犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的」とする「犯罪被害者等基本法」が存在し、この目的達成の具体的施策として、現在のところ、3つの制度があります。①被害給付金制度、②被害者参加制度、③損害賠償命令申立て制度の3制度です。これらの既存制度との関係をどう考えるか? 第2点。(第33回および第34回において、第35回で取り上げることをお約束しながら、結局は、取り上げなかった)損害賠償命令申立て制度を改良すべきではないか?この点については、日本弁護士連合会の機関誌「自由と正義」2013年12月号の12頁以下(とくに15頁)に、つぎのような有用な記述があります(1)。- 損害賠償命令制度には、①当該刑事裁判で取り調べ済みの証拠をそのまま利用することができ(民事訴訟を提起する場合と異なり、被害者の方で刑事記録を謄写して提出する必要がない)・・・②申立手数料が一律2,000円であるため、費用の負担が軽い、といった利点が認められる。・・・(ところが)最初の審理期日を開いた後、4回以内の審理終結が困難と認めるときは、申立てまたは職権で、通常の民事訴訟手続に移行させることができる・・・とされているところ、実務上、申立人(被害者)側の十分な説明を聞かないまま、職権で簡単に民事訴訟に移行させられてしまうケースが散見される(2)。・・・民事訴訟に移行した場合、通常の民事訴訟で納めるべき訴訟費用(手数料)を納めなければならない。したがって、一律2,000円で申立てができるといっても、民事訴訟に移行した場合のことを考えると、被害者の費用負担が完全には軽減されたとは言い難い状況である。-
第3点 被害者側の加害者側に対する損害賠償請求権は時効にかからない、とすべきではないか? たとえば、今回のいわゆる酒鬼薔薇事件の場合、被害者側が加害者「少年A」対して損害賠償を請求するとすれば、そのような損害賠償請求権はすでに時効によって消滅している、とされるかも知れません。ちなみに、ニューヨーク州の「サムの息子法」に関する2004年4月発行の論文によりますと、「犯罪被害者救済委員会という州の機関は、犯罪者がその犯罪によって10,000ドル超の収入があった場合、その事実を犯罪被害者側に通知しなければならず、被害者側は、そのような通知を受領してから3年以内に、その犯罪者に対し訴訟を提起できる。その3年以内に提起された訴訟においては、犯罪被害者側のその犯罪者に対する損害賠償請求権には時効は適用されない。」とのことです(3)。
脚注
注1
武内大徳・山崎勇人、特集①犯罪被害者支援―現状と今後の展望 被害者参加制度・損害賠償命令の現状と課題、自由と正義2013年12月号12頁以下
注2
たとえば、大阪地方裁判所平成22年6月3日判決、判例タイムスNo.1332 (2010年12月1日号)99頁。
注3
Pace Law Review, Volume 24, Issue 2 Spring 2004: Anthony Annucci, New York’s Expanded Son of Sam Law and Other Fiscal Measures to Deter Prisoners’ Suits While Satisfying Outstanding Debts, http://digitalcommons.pace.edu/cgi/viewcontent.cgi?srticle=1207&content=plr【最終検索2015/06/22】なお、このサイトは「週刊新潮」編集部の須原吉生さんから教えて戴きました。