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風船はいつまでもつか:EU移民議論

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黒海よりの黄緑部分がルーマニア(上)、ブルガリア
薄青部分はEU未加盟のスイス、ノルウエー

 

日本にはなぜかない議論
今回は、外国からの旅行者は歓迎しても、外国人労働者、とりわけ低熟練労働者は受け入れませんという日本の移民受け入れ方針をもう一度考えてみるひとつの材料を提供したい。人口減少、高齢化の進行で、看護・介護分野での甚だしい人手不足、肉体労働分野での高齢化が進み、後継者がなく次々と廃業してゆく小零細企業の実態を見ていると、このまま放置すると、次の世代はいったいどうなるのだろうかと管理人は少なからず心配をしてきた。

3.11後、さまざまな使命に燃えて、危険な原子炉の廃炉作業の工事に携わっている人たちにインタビューしても、今後どれだけ維持できるのか、不安がつのる。下請け労働者に委ねている領域を含めて、作業は今後少なくも数十年に及ぶという。技術の伝承、要員の教育体制を含めて心細く、今はほとんどその日暮らしのような体制だと伝えられている。廃炉に向けての作業は、核廃棄物や汚染水の処理のあり方を研究・開発しながら、果てしなく続く仕事に従事する人々を円滑に教育・供給していく体制は、風化する体験の中で信頼できるものになるだろうか。

仕事が厳しく日本人労働者が就きたくない低賃金の仕事は、いったい誰が担ってゆくのだろうか。熟練度の低い外国人労働者は受け入れない方針を、日本はこれまで主として日系ブラジル人、アジア諸国からの技能研修生などを受け入れることで、なんとか対応してきた。しかし、その過程で日系ブラジル人や研修生が低賃金労働者化するなど、多くの弊害も生まれた。

こんなことを考えながら、年末にふと見かけた建築現場では、アジア・中東系と思われる若い外国人が、現場の廃材やゴミの処理作業などを行っていた。実はこうした光景はいたるところで見ることができる。たとえば、この国の首都の玄関に相当する駅構内で営業するレストランや店舗は、洗い場などで働く中国、韓国などからの(学生アルバイト) パート店員なしではやっていけない。知る人ぞ知る労働の世界がいつの間にか根付いている。長いデフレや3.11の勃発など不測な出来事もあって、確かに、不法滞在者の数は減少したが、留学生のような合法滞在者でこうしたパート労働に従事する者は多い。

EUの決断
目をヨーロッパに転じると、新年1月1日からEUのイギリス、ドイツ、オランダなど9カ国では、それまで実施していたルーマニア、ブルガリアからの移民労働者への経過制限措置を撤廃した。

ブログで管見してきたように、すでにさまざまな議論があった。ブルガリア、ルーマニアは、2007年にEU加盟を認められた。しかし、直ちに自由な人の移動は認められず、経過措置として、EUの受け入れ国側には、各国の事情で最長7年間、なんらかの制限・衝撃緩和措置を設定することを認めてきた。これによって、2013年末までイギリスなど9カ国が規制を実施してきた。しかし、新年1月1日からブルガリア、ルーマニアからの移民労働者に対する規制が撤廃されたというのがその意味である。イギリスの新聞などを見ると、ほとんど連日、この問題をめぐる記事で埋められてきた。その後も論争は絶えることなく続いている。

ポーランドEU加盟の際の経験は生きるか

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振り返ってみると、2004年当時、イギリスのブレア首相は、EUに加盟したポーランドなど東欧8カ国の労働者受け入れを規制することをしなかった。アイルランド、スエーデンも同じ立場をとった。その結果、イギリスを例にあげると、2001年58,000人だったイギリス居住のポーランド人は、その後10年で10倍以上に増加した。イギリス東部の地域では、ポーランドを含めて東欧からの移民の定住化が進み、外国人が住民の15%に達したところもある。

こうした東欧労働者の多くは、イギリス人労働者が働かなくなった、農業、土木などのきつい作業の労働分野で働いてきた。ポーランド、スロヴァキアなどからの労働者は、働き先で異なるが概して受け入れ国での最低賃金に近い水準で働いている。

連日外国人労働者をめぐる議論が盛んに行われているイギリスのメディアでは。BBCなどを聞いていると、最大の問題は、外国人労働者が集中している地域住民の側にさまざまな反対や不安があるようだ。とりわけルーマニアについては、ロマ人(かつてジプシーと呼ばれた)の移動について、住民の不安が多い。現地インタビューなどでも、住居がなく路上で生活したり、仕事につけず、物乞いで日々を過ごしている人々への不安や不満が目立つ。とりわけロマ人はかねてから定住の地を持つことなく、キャラヴァンでヨーロッパを移動し、移動先でほそぼそとした仕事をしていた。そうしたイメージは今日も根強く残り、大都市ではロンドン、ロッテルダム、ベルリン、デュイスブルグ、ドルトムントなどで、不満や苦情が多い。

他方、1月11日(土)のBBCで、ブルガリアからイギリスへ働きに来ている若い乳児を抱える夫婦のインタビューを聞いた。それによると、イギリスは本国と比較して、英語は難しく、生活費は高いが、生活レヴェルが高く、本国より住みやすいし、人も親切だ、できるならばこちらに永住したいと答えていた。他のメディアの報道とは大きなギャップがある。ブルガリアは小国にもかかわらず、シリア難民が多数流入し、産業・雇用基盤も脆弱だ。海外へ働きに出ないと暮らして行けないという考えも伝わってくる。

外国で働きたいルーマニア人
今回のルーマニア、ブルガリアからの全面受け入れについては、2004年以降のポーランド人労働者の受け入れ経験が下敷きになっている。ルーマニア、ブルガリア両国を合計した人口は、ポーランドの3900万人のおよそ4分の3である。しかも、ルーマニアの経済は改善途上にあって、失業率は5%以下、首都ブカレストでは2%という完全雇用に近い状況にある。しかし、それでもEU諸国の間には大きな経済格差があり、多数のルーマニア人が域内の先進国を目指す。

ルーマニアの700万人近い労働力のうち、およそ1100万人は国内の公務員など安定的な仕事についている。これに対して、約300万人がEU加盟時以降、域内諸国への出稼ぎに出ている。2007年時
点ではイタリア、スペインへそれぞれ100万、フランスへ50万、ドイツへ40万以上、イギリスでは12万人が働いていると推定される。彼らはほとんど行商など自分だけでする仕事あるいは季節労働者として働いている。企業などに雇用され安定した仕事をしている人は少ない。彼らは本国でのより安定した雇用が望めない限り、外国で働いている方が本国家族へも送金ができると答えている。

社会保障給付を求めての移民?
規制の失効を前に、昨年末、イギリスはEU加盟国からの出稼ぎ労働者に対する失業手当の申請を3ヶ月間禁止、国内での物乞いは強制送還した上で、1年間再入国も禁止するとの措置を設定した。この措置については、入国したが仕事に就けない、あるいは仕方なく物乞いをして過ごしているなどの外国人についての地域住民の不安や苦情に対したものと考えられる。

さらに最近、これらの移民労働者が出稼ぎ先の国で、自国では期待できない失業給付、医療給付などの社会保障給付を受け続けるために不必要に滞在し、受け入れ国民の負担になっているという「社会給付移民」 Social Benefit Migration というタイプの移民が増えているとの批判も高まっている。

問題が最も過熱しているのはイギリスだ。かつては、「ゆりかごから墓場まで」のスローガンで知られた社会保障優等国だった。キャメロン首相は移動の自由は、自活できない者が社会保障の福祉給付をもらうためにあるのではないと述べ、受け入れ制限の撤廃に反対の意を表明してきた。もっとも、イギリスはEUの中で唯一すべての国民に普遍的な福祉システムを導入しており、他国の場合は多かれ少なかれ当該国への貢献次第となっている。さらに、キャメロン首相はルーマニア、ブルガリアからの移民労働者は英語を話し、外国人カードを携行し、税金を納めることが条件だとも述べている。

ドイツの調査機関IABによると、今年は10-18万人のルーマニア、ブルガリアからの移民労働者の流入が予想されるが、それらのすべてが「貧困に基づく出稼ぎ」poverty immigration であるとは言い切れないとしている。それによると、ドイツ国内のルーマニア、ブルガリア移民の失業率は7.4%であり、全国平均の。7.7%より低い水準であり、さらに全移民労働者の平均の14.7%よりもかなり下回っているとしている。彼ら家族の65%が働き、税金を納付しているとの推定である。しかし、ドイツで働くルーマニアあるいはブルガリア人の3分の2は、国内労働者が就労しない不熟練労働に従事しているという事実がある。

オランダのように小さな国(人口1700万)では、外国人労働者の数は小さい。しかし、同国の建築業などでは、外国人を雇う労賃の安い企業に対抗できないとして廃業するものが増加している。同国の社会問題省が委託研究した調査の結果では、東欧からの労働者は温室栽培の果物採取など、自国労働者が働きたがらない賃金の低い領域で仕事をしている。他方、労働組合は産業レヴェルの団体交渉で定められた賃率より低い賃金で外国人労働者を雇っていると批判している。最近の低賃金問題の根源には、同国で急増している難民の問題もある。

オランダの賃金はポルダー協定といわれる政労使の3者協定で定められた賃金率に基づき寛大な社会保障給付が与えられてきた。しかし、EU加盟国数が拡大した今日では、賃金率も外国の影響を受けざるをえない。

はるか以前から経済理論的思考だけでは到底解決できなくなっている移民労働者問題だが、行き着く先は国民の不満を抑えがたくなった国のEU脱退、EU自体の分裂ではないかと思われる。それともEUの理想である国境のない連合体の達成は、どれほど実現性があるのだろうか。域内諸国の間には、いまやあまりに大きな格差が生じている。

たとえてみると、現在はかろうじて風船の破裂を抑え込んでいる状況にあるといえる。EU域内の移民受け入れ国では、移民受け入れ反対の感情が高まっている。政治への不信感の高まり、社会保障制度への批判などを含めて、こうした反移民の動きはしばらく高まるだろう。

地球人口の歯止めがきかない増加、アフリカなどから危険を冒してまでヨーロッパを目指す人の流れ、シリア難民など戦火に追われて入国を求める人たちの流れなどが、背後で移民受け入れ制限への圧力になっている。きつい仕事はしたがらない、あるいはできない人たちが増えている先進国は、それをいとわない開発途上国からの労働者で支えられている。国家の盛衰は避けがたい。そして、何時の日か、その地位は逆転する。今日の先進国が明日も先進国の地位を保てるか、保証はない。歴史が教えるところである。

★ シェンゲン協定 Schengen Treatiesは、最初1985年に署名され、その後ヨーロッパの26カ国にまで拡大している。。シェンゲン圏内では渡航者が圏内に入域、または圏外へ出域する場合には国境検査を受けるが、圏内で国境を越えるさいには検査を受けないで移動することができる。アイルランドとイギリス以外のすべてのEU加盟国は協定を施行することが求められている。ブルガリア、ルーマニア、キプロス以外ではシェンゲン協定やその関連規定が施行されている。シェンゲン圏は4億を超える人口を擁している。

References
“Overflow: Dutch Immigration” The Economist August 24th 2013

”The gates are open” The Economist Jan 4 2014

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