EU離脱の日は近いか:移民に決断迫られるイギリス
世界を見る目を養う
今年も残りわずかとなった。年を追う毎に、暦(カレンダー)の区切りが、単に年月を数えるための物差し程度に希薄化している。それにもかかわらず、世界では気象異変、イラク内戦、イスラエル・パレスチナ紛争、難民増加、東アジアでの国境をめぐる紛争など、緊迫感が薄れることはない。さらに少し先には、人口爆発、エネルギー不足、深刻な大気汚染、大規模な地震、台風など、新たな危機につながりかねない変化が予想され、不安感が募る。問題がクリティカルになる時を確認する新たな歴史軸が必要だ。多くの問題をグローバル・イッシューとして、人類の歴史の延長軸の上で考えることを迫られている。これからの時代を生きる、とりわけ若い世代の人たちは、自分の位置を確認した上で、より広い視野で世界を見ることがどうしても必要だろう。
歪んだイメージを正す
こんな弱小ブログでは、限度があるので開設当初から取り上げる課題は絞ってきた。それでも、現代の問題は広がりが大きく変化も激しいため、フォローが不十分だといたずらに振り回されてしまい、脈絡も分からなくなる。一貫して長い目で問題を注視する定点観測の視点が必要になる。
現代のマスコミ、メディアはしばしば問題を他の次元から切り離し単純化して報道するので、視聴者や読者の側がしっかりフォローしていないと歪んだイメージが生まれてしまう。そのひとつにグローバル化と呼ばれる現象がある。今日、グローバル化は、ヒト、モノ、カネなどを国境を越えて流動化させる、抗しがたい一方的な流れというイメージを、多くの人の頭脳に植え付けているかにみえる。
しかし、良く観察すると、現実はそれほど単純ではない。たとえば、ヒトの移動については、逆にそれを遮ろうとして、国境の壁が再構築され、「城砦化」のごとき状況が形成されていることを最近も記した。グローバル化はよく言われるような一辺倒な流れではない。現実にはそれを妨げたり、抗うようなさまざまな動きが起きている。ひところ議論されていたような国民国家の崩壊は、それほどたやすく進むわけではない。たとえば、スイスでは富裕なフランス人の移住と資産に課税することが企図され、議論を呼んでいる。放置していれば、スイスにとっては働かない人口の増加、フランスにとっては資本逃避そして人的資源の喪失になる。国家はさまざまな手段をもって、自国の壁を保守し、実体の維持に努めている。今回はひとつの例として、イギリスの最近の動きを見てみたい。
このところ、BBCなどの番組に頻繁に登場しているのは、移民問題である。連日のように保守党のキャメロン首相、主要閣僚が登場、野党とのやりとり、党内異論の実態、国民の反応などが生々しく伝わってくる。
預託金導入は取りやめ
イギリス政府は最近、アフリカ、アジアの特定の国からイギリスに入国してくる移民労働者に預託金 deposit を求め、出国時にヴィザと引き替えに返却する方式の導入を提案していた。しかし、11月末になり、急遽導入を中止すると発表した。野党労働党や移民団体などからの反対が強まり、強行するのは得策ではないと判断したようだ。
対象とされたのは、インド、パキスタン、バングラデッシュ、スリランカ、ナイジェリア、ガーナなどの諸国からの6ヶ月滞在ヴィザの申請者で、彼らに入国時、3000ポンド(4,800ドル)というかなりの額の預託金を要求するものであった。イギリス政府としては、これらの入国者は仕事が無くなった後も不法滞在者として国内に居座ってしまう事例が多いなどの判断があったようだ。
これについては対象国となった国々からの移民のイギリス経済への貢献、歴史的関係などを考慮して、強い反対があり、取り下げられた。イギリス連邦 Commonwealth of Nations というつながりは、イギリスにとっては大きな財産なのだ。
保守党内部の見解相違
他方、新年2007年1月1日を期して、ルーマニア、ブルガリアがEU加盟に際して、移行期の暫定措置として、イギリスが設定してきた移民労働者受け入れの条件が期限切れで失効する。これまで受け入れが認められていたのは、果実採取などの季節労働者、自営業者に限られていた。受け入れの上限は、年間最大限5万人とされてきた。
この問題についてはすでに、各方面からキャメロン首相に対して、期限切れの後も無制限な移民労働者受け入れは認めないよう立法化を図るようにと、強い圧力がかけられている。受け入れ制限をそのまま失効させ、無制限受け入れとしてしまうことについては与党内部にも反対者が多い。現閣僚内部からも造反者が出て、キャメロン首相の立場は苦しい。
そのひとり住宅・地方自治体担当大臣のクリス・ホプキンズ氏は、新年1月の移行措置失効後も、ルーマニア、ブルガリア両国からイギリスへの労働者移動の制限期間を延長すべきだとする一部与党議員の考えを閣僚の立場で支持している。そして、制限措置撤廃で、これらの国からの移民労働者のイギリスにおける行動についてのイギリス人の懸念や怖れを増長するようなことがあれば、極右政党の誕生、過激派の増加などにつながるという。党内にはこれら両国からの労働者受け入れを2019年まで禁止すべきだとの見解を示す議員もいる。確かに、イギリスへ入国した移民労働者の中には、仕事に就けず、放浪、不法在住、社会保障制度への依存で生活する者が目立つようになった。
こうした状況の下で、キャメロン首相の立場も厳しくなり、このままでは東欧諸国からの移民をめぐり、ブリュッセルのEU本部との間で法的な対決を迫られることになる。
移民への社会給付制限?
イギリスでは国民の間にも移民、とりわけ不法移民をめぐる不満も高まっている。これに対してキャメロン首相は、具体的には11月末、EU諸国からの移民がイギリスで求める社会保障などの給付条件を削減したい、さらには同じ考えの国々と連携し、これまでEU域内で認められてきた労働者の移動の自由に関する法律を見直し、域内の貧しい国々からの労働者の大量流入を制限したいとの意向を示した。
これについては、当然ながらEU本部や東欧諸国から激しい反発、非難の声が上がっている。もし、イギリスがキャメロン首相の述べているような方向を選択するならば、EUの諸協定違反になるとして、法廷での対決になるとしている。
それでも、法廷で係争中は受け入れ制限が継続できるとする議員や、先の二カ国からイギリスで働きたいと考える労働者は、出国前にイギリス国内で個人の市民としてどんな立場に立つことになるかよく考えよ、イギリスに貢献できるような仕事の目途はあるのか、などの点を考え抜いた上で出国を決断すべきだなどの厳しい見解が示されている。イギリスは近時点では、ポーランドからの移民問題で苦労した経験を持っている。しかし、今回は困難度がはるかに大きいと多くのイギリス人が考えているようだ。
東欧諸国などからイギリスへ移民労働者が無制限に流入すれば、すでに苦難の路上にあるイギリス人労働者の仕事が彼らに奪われてしまうとの危惧感が、かなり強く高まっていることがこうした動きに現れている。移民労働者への社会保障、失業手当などの給付を削減せよとの要求も同じ流れから生まれたものだ。特に、今回は本国を出国する時からイギリスで仕事に就く機会を目指すばかりでなく、国民健康保険(NHS)、失業給付などの社会保障の恩恵を得ることを目当てにやってくる労働者が多いとの不満がイギリスの一般大衆の間に強まっていることが、政府の背中を強く押している。これらの外国人労働者の行動は、一部では benefits tourisim とも言われ、非難の的になっている。確かにたとえば、NHS(National Health Services)という医療サービスは、外国人という区分はなく、正当な居住ヴィザを所有していれば無料で誰でも受けることができる。
書くほどに脇道へ入り込むばかりだが、イギリスにかつて住んでみて分かったことは、外国人というイメージが一般の日本人が抱いているものとはかなり違うということだった。行きずりの旅行者の目では分からない。日常生活でイメージする外国人と政府などの行政上の対象となる外国人は、大きく異なっている。
EUとの水掛け論争
すでにイギリス政府とEU本部の議論は始まっているが、EU側は協定違反としてイギリスの対応を強く批判している。イギリスは、ルールを守らない度し難い ”nasty”な国になっているとの批評も聞かれる*。しかし、メディアの側などには、それならどうしてそんな国へやってくるのかとのやりとりもある。もっとも、キャメロン首相は、イギリスの労働者の側にも問題がないわけではない。新技術への適切な対応、教育への意欲などで、見直すべき点があると発言、ごうごうたる非難と、よく言ってくれたという支持、双方の拍手で迎えられている。
こうした動きの中、イギリスではEUから離脱も辞さない、あるいは離脱することでEUの束縛から自由になって発展する可能性が生まれるとの議論も高まっている。EUに加盟していることが、かえって足かせになっていると考える国民さらには経営者などの間でも同調する動きが増えてきた。
すでにイギリスは1992年のポンド危機の際、ERM(欧州為替相場メカニズム、ユーロの準備段階)から離脱することを余儀なくされた経験がある。キャメロン首相は、その当時財務相の顧問として、その全過程を経験している。金融に続き、労働市場においても、EUからイギリスが離脱する可能性は高い。
そうはいってもイギリスのEU離脱の道には、さまざまな難問もあり、それほど容易なことではない。これまでしばしば危機に瀕したEUをなんとか支えてきたイギリス、フランス、ドイツの主要三カ国の微妙な関係が壊れることで、EU自体大きな危機を迎えるだろう。これからのEUの政治世界は紆余曲折は避けがたい。ヨーロッパの混乱と不安定化は一段と強まるだろう。
地球上の人口が激増する中で、逆に人口が減少し、高齢化が極度に進み、放置すれば国の活力の衰えが必至という日本、移民労働者が増えすぎて国内労働者の職が奪われるというイギリス。地球上、東西に位置し、大陸に近い島国としての両国は、表面的には似ている部分もあるが、互いに反面教師のようなところもある。新年はイギリスからしばらく目を離せない。
* ”If we’re a nasty country, why are people queuing to come here?” by Charles Moore, 29 Nov 2013.
“Promise to cut net migration to ‘tens of thousands could be broken, David Cameron admits'” MailOnline, 3 December 2013.
# イギリスにおける出生国別移民労働者数
EU14カ国 797,000
EU加盟東欧諸国 683、000
アフリカ 625,000
南アフリカ 160,000
オーストラリア、ニュージーランド 115,000
インド 422,000
パキスタン、バングラデッシュ 292,000
USA 116,000
その他 1,021,000