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鯖の生き腐れ?:アメリカ移民法改革の行方

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このブログ、トピックスが17世紀になったり、現代に戻ったり、大方の読者の方には、思考が錯綜してなんのことかお分かりにならないだろう。ブログをトピックスで分ければと思われるかもしれないが、管理人としては、このブログなるものに手をつけたころから、異次元の時空を自由に往来して、混沌としている思考を整理することが大きな眼目であったから、それを理解してくださる方を対象に続けるしかない。幸い、当初毎日のように対面して話し相手であった若い世代も、時の経過とともに相応に成長して、こうした思考法に賛同してくれる方も増えてきた。しかし、ブログを訪れてくださる大多数の方と共有できる次元はきわめて少ない。

こうした中で、世界の人の動き、とりわけ移民の動きをウオッチすることをひとつの目的にしているブログだが、このところきわめて多くの変化があり、しばらく書かずにいる間に、手元のメモはうずたかく山のようになってしまった。ブログに要点をお知らせする余裕もなくなっている。それでも、少しだけ記しておきたいこともある。

疲れた政権
そのひとつ、最近のオバマ政権はかなりくたびれている。大統領自身は東奔西走はしているのだが、世界の事態の変化に追いつけなくなっている。国内に問題山積、友好国の機密情報まで収集・探索していたということまでリークされ、足下に火がついている。結果として、当然成立しているはずの法案までも野ざらし状態だ。その典型例が包括的移民法案である。このブログでも幾度となく定点観測の現状をお知らせしてきたが、このままではまた立ち消えになりかねない。

最近のThe Economist誌が上院での法案審議の状況をジェフ・セッション議員の言葉を引用して、「鯖の生き腐れ」”The mackerel in the sunshine”*1と評していた。ブッシュ政権末期以降、折角ある程度形が整い、まとまりかけた包括的移民法案だったが、時間が経つほどに個別の問題が指摘され、その対応に手間取っている間に、本末転倒し、オバマ政権下では時間切れで成立しないのではとの観測まで生まれるようになった。このままでは、問題ばかり指摘されて動きがとれなくなり、廃案になってしまう。

ブログでもかなり前から指摘しているように、難題は細部にある。1100万人といわれる不法移民の中で、どれだけが合法化への路線に乗せうるか、細部に入り、現実に対するほどに問題は難しくなる。複雑多岐な現実に対しての判定ルール作りが難航している。法案はいちおう上院は乗り切ったようだが、下院の審議は暗礁にに乗り上げかねない。

圧力に抗して
保守的な調査機関 Heritage Foundation は現在国内に居住する不法移民を合法化するには今後50年間に6兆3百万ドルを要するとのレポートを公表した。ミシッシッピ州前知事など、このレポートがコストばかり強調し、移民のもたらす利点を軽視していることに猛反対しているグループも多い。今のところ、法案成立に向けて超党派のグループはなんとか働いているようだが、連携するということがいかに困難であるかが漏れ伝わってくる。

超党派グループは共和党、民主党それぞれ4人合計8人から成るが、彼らには全米商工会議所、AFL-CIOなどの重圧がかかっている。上院案への修正案はきわめて多数にのぼるが、多くは共和党側から提出されている。上院案へ賛成している共和党議員でも、国境の警備はさらに強化し、不法移民の市民権獲得の道はもっと厳しく、狭めるよう要求している。

法案の柱の中で、最も見解の対立が激しく、政策の具体化が困難な問題は上述の不法移民の合法化(アメリカ市民権の付与)にある。この問題の具体例のいくつかはすでにブログに記したことがある。曲がりなりにも法案が成立した場合、どのくらいの数の不法移民がアメリカ市民となることを認められるか。これについてはすでにいくつかの調査があるが、6月27日に公表されたPew Research Centerの調査では、2012年時点でヒスパニック系不法滞在者の93%以上が、できるならばアメリカ市民になりたいと回答している*2。しかし、実際に市民権が与えられる条件を備えている不法在住者は、きわめて少ない上に厳しい条件をクリアしなければならない。同じ調査によると、条件はヒスパニック系が最も厳しく、非ヒスパニック系の71%に対して、46%という推定が提示されている。ヒスパニック系、特にメキシコ系の場合、国境をなにも後日の証明となる書類を保持せず、越境入国後もアメリカの片隅で家族や同胞のつながりなどをたよりに、かろうじて生活してきた人たちが多い。そのためアメリカの生活で重要な移動手段である自動車の免許証も、不法移民の場合、ニューメキシコ、ユタ、ワシントン州など、限られた州でしか取得できなかった。そのため、多数の不法移民は運転教習、テストなども受けられず、免許証なしに運転してきた*3。

同性婚が合憲とされても、ゲイのアメリカ人がパートナーの外国人をアメリカ国民として受け入れる申請をして認められるだろうか。当面は難しいのではないかといわれている。多数の修正法案が、主として共和党側から提出されている。これらの多くをなんとか切り抜けて、上院を通過させても、共和党が多数の下院では再び難航することが明らかだ。

上院、そして民主党は下院の共和党議員の見解がかなり割れていること、世論の移民への風当たりが2007年と比較すると、かなり弱まっている今が、法案成立の最後の時とみているようだ。そして、皮肉なことには、上院の超党派グループの一人であるマルコ・ルビオ議員(労働者階級出身で、キューバからの移民)が、この包括法案が両院を通過して成立しても、彼が上院議員になったような社会的上昇は、きわめて制限されるような内容になることが確実なことだ。

すでに長年にわたり議論され、鮮度が落ちている包括的移民法案だが、なんとか消費期限切れ前に成立にこぎつけられるか。オバマ政権の評価を左右する重要法案である。この猛暑に耐えうるだろうか。注目したい。
*1
”Immigration reform: Not so fast ” The Economist May11th 2013.

*2
”If they could, how many” unauthorized immigrants would become U.S. citizens? Pew Research Center, June 27, 2013.

*3
”Let them drive” The Economist June 15th 2013.
コネティカット州では2015年から不法移民も免許証を取得できることになっている。コロラド、ネヴァダ、オレゴン、メリーランド、イリノイなどの諸州も今年内には認可される予定。しかし、どの州も付与の条件について決してリベラルではない。不法移民の親たちに連れられて子供として入国した者に限定するなどの条件がついていることが多い。

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