Home»経験談、インタビュー»右脳インタビュー»右脳インタビュー  阿達雅志

右脳インタビュー  阿達雅志

0
Shares
Pinterest Google+

片岡: 今月の右脳インタビューは、阿達雅志さんです。本日はご多忙の中、有難うございます。それではご足跡などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。

阿達: 大学卒業後、住友商事入社して鉄道車両の北米向け輸出を主に担当しました。米国には本音と建前があって、“Buy American”、米国の政府資金を使う場合には米国製品の購入に関する厳しいレギュレーションがあります。このため50%を現地で調達、最終組み立ても現地で行いましたが、プラザ合意以降は円高で通常の輸出も難しく、現地工場での車両改修工事に切り替えました。結局、1990年に本社の判断で750人の現地社員をレイオフ、工場を閉鎖しました。その後、ニューヨーク大のロースクールに入り、当時はボウスキーやミルケンのインサイダー取引、ソロモンの国債不正入札等、ビジネス・クライムが問題になっていて、積極的に学びました。日本に帰国し、1996年に北京駐在となった直後に銅先物取引事件が起き、すぐ本社法務部に呼び戻されました。2000年に住友商事を辞めるまで、米、英、日の当局対応、訴訟や調査等の事件の後処理に主に従事しました。この事件では、当初、1800億円の簿外損失が公表されましたが、最終的には損失は3300億円まで膨らみました。しかし不正を行ったトレーダーに協力した銀行に対して訴訟を起こし、相当の金額を取り戻すことが出来ました(注1)。

片岡: どういった訴訟内容だったのでしょうか。

阿達: 金融機関としての善管注意義務違反です。首謀者はトレーダーですが、金融機関であれば、当然、疑問を持ち、調べる義務もあるはずです。

片岡: 欧米の錚々たる金融機関が相手でしたね。

阿達: 間違ったことは間違っているということが海外で仕事をする上で大切です。泣き寝入りをすること自体が問題ですので、会社としても相当な覚悟を固めていました。訴訟絡みに強い弁護士事務所のポール・ワイス(注2)に依頼し、和解という形ですべて決着しました。米国の訴訟では最終的に裁判所が判断する前に、如何に有利な形で和解へ持ち込むかが腕の見せ所です。

片岡: 日米の司法の違いについてご教授下さい。

阿達: 日本でビジネスが訴訟の世界に入ってきたのはここ数年の話です。まだ過渡期で、裁判所でも模索している段階でと思います。また日本の司法制度はビジネスには緻密過ぎる面もあり、本当に厳密な事をいった場合に法律違反を立証しきれるのかという壁があります。それがライブドアとか村上ファンドとかの問題につながっています。また日本では従業員を信じることを前提に組織が組まれていて、事件が起きた場合には個人の犯罪か、組織の犯罪かが問題となってきました。しかし、米国では従業員が会社のルールに反して行った行為でも、従業員が会社のためと思って行った場合(within the scope of employment)、会社が責任を持つべきだというような考え方が、80年代には法律的にもはっきりと出ていました。このため、従業員を如何にして違法行為に手を染めさせないようにするかということが重要で、コンプライアンスが強調されるようになりました。また違法という概念自体も違っています。ビジネスの世界ではグレーゾーンがあり、黒に近づくとリスクが高まる反面、利益もでます。そのリスク判断の中で、マネジメントは法律に反しているかだけではなく、もっと広いところでモラルやエシックスを考えなくてはいけません。デリバティブ商品など金融経済の恐ろしさについても、日本は認識が甘く、そのリスク管理となると欧米とかなりの開きがあったように思います。
片岡: 今回は、その金融が世界的規模で危機的状況にあるわけですが、米国の新政権(弁護士出身の)の経済政策は、市場経済の実利を取るのでしょうか、それともルーズベルトのニューディール政策を踏襲するのでしょうか。

阿達: 法律的な面からいうと、今、米国政府が行っている措置が憲法上、行政権の範囲を逸脱していないか、これから訴訟の形で出てくると思います。またルーズベルトのニューディール政策は公共投資の部分で経済が立ち直ったのか、或いはそれ以後の戦争、軍需産業の伸びによるものかは評価が分かれていて、金融が痛んだ状態での公共政策の効果は必ずしも立証されていないのではないかと思います。ただ今は火が燃えている緊急事態で、また市場経済そのものも見直しを迫られています。規制の強化が正面に出て、金融機関や一部産業は実質的に国の関与が行われていて…、こうした状態は市場経済とは言えません。テンポラリーな現象ですが、将来どういった形にもっていくか、それを何時まで続けなくていけないかということも固まっていません。今回、ニューディール政策自体をどういう形で行うにしても、金融システムがこれだけ機能不全を起こしていますので、一般的な景気刺激策では乗数効果が少ないはずです。また金融システムそのものをどうやって活性化させるかも筋道ができておらず、本格的な景気回復にはここを動かすことが必要です。

片岡:  大恐慌では、巨大財閥は力を強めたと言われていますが、M&Aについては如何でしょうか。

阿達: 9月頃まで、日本企業は楽観的で、世界の株価が下がっているからチャンスだという見方がありましたが、今はそういう余裕もなくなり、自分の会社を守るのに精一杯です。しかし、こういう状況下で行ったM&Aはその後の利益率が非常に高く、やはりチャンスであることは確かですし、また世界のパイが小さくなり、生き残りをかけた世界的な事業再編も不可避です。前者は成長余力と潤沢な資金があるところ、特に今は資金の出し手が減りレバレッジが落ちていますので、従来以上に資金を持っている人に限られます。また企業価値が評価出来ないという面もあります。こういうマーケット状況で、しかもこれだけ金利の動きが変則的な中で、例えば割引率をどう定めていいのか…。今は、ある会社を買おうとしても、その会社の今年後半の収益を予測するも大変難しい状況です。企業価値を理論的に計算するよりも、マーケット・プライスを基準に大幅に値切って買うことができる状況です。戦略的に、あの会社のビジネスをこれくらいで買いたいという判断が必要です。欧米には破綻企業がごろごろしています。日本企業もこれまでのやり方を変えていくことが大切です。金融危機の中で、日本は本来多くのチャンスがあったのに、それを活かすことなく沈みつつあります。

片岡: トヨタやニッサンが空前の実績から僅か一年で人員整理に踏み切った背景に、米国ビッグ・スリーへの配慮もあるのでしょうか。

阿達: 今回の問題がなくてもビッグ・スリーの競争力そのものが落ちてきていました。そこにガソリン価格が上がって大型車が嫌われた上、ローンが止まり、車も買えなくなったので、大変です。しかし、GMだけを救済、或いはChapter 11(注3)を認めると、残り二社が潰れてしまいますので、結局三社とも救済せざるを得ないでしょう。そして米国自動車メーカーだけが政府の補助を受けて環境技術を開発することになります。そうなると外国メーカーは競争で不利になります。だから欧州も騒いでいます。欧州メーカーまで政府に頼りだすと、日本のメーカーもそうするしかありません。結局、世界の自動車メーカーは自国からある程度の補助金を貰うという事態になります。これは資本主義の本筋から外れています。先日、ロシアが自動車の関税を上げましたが、今回の金融危機をきっかけに別な意味での保護主義的な動き、或いは自国産業の保護の動きが出ており、これが本来の自由主義的な資本主義を妨げる可能性があります。これは金融についても同じです。Tax payerのお金を使った銀行が外国でリスクを取ったビジネスを大々的に展開するということはTax payerに対してありえません。日本に来ている欧米銀行のトップに聞くと、「そうはいっても海外案件というのはハイリスク・ハイリターンの部分で収益源になる」といいますが、ハイリスク・ハイリターンで行う部分は知れているでしょうから、金融、産業両面において自国優先が世界の流れとなることは避けられません。そして世界における自由競争が後退し、その場合、日本が最も影響を受けるのではないでしょうか。

片岡: 貴重なお話を有難うございました。

~完~(敬称略)

インタビュー後記

米法律事務所は高度に発展し、強大なパワーを持ちます。銅先物取引による巨額損失事件の後処理の過程で、住友商事はそうした米法律事務所を駆使し、Merrill Lynchから$275million、J. P. Morganから$125 million、UBS AGから $85 million…と巨額の和解金を得ました(注1)。金融機関としてこの種の善管注意義務違反という発想は、1996年当時には、まだあまりないものだったそうです。法律業務の開国は、じっくりと、金融を超えるインパクトをもたらすのかもしれません。

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を開設。
脚注

注1 下記をご参照下さい。
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=980DE6DB123AF931A35757C0A9649C8B63
http://www.sumitomocorp.co.jp/news/pdf/td060407.pdf
注2  下記をご参照下さい。
hhttp://www.paulweiss.com/

注3  下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/連邦倒産法第11章

(敬称略)

Previous post

第30回 犯罪の被害者と加害者その1: 「サムの息子法」

Next post

第31回 犯罪の被害者と加害者その2: 「サムの息子法」