第2回 内部告発者法(その2): 内部告発奨励法
前回(その1)では、内部告発者法という場合、「内部告発奨励法」、「内部告発者保護法」および「内部告発義務法」の3種があり、アメリカの場合、歴史的に見ると、最初に立法されたのは「内部告発奨励法」で、次いで「内部告発者保護法」、そして最近になって「内部告発義務法」という順で立法されている、ということを述べました。
それではまず「内部告発奨励法」の歴史を見ることにしましょう。1992年12月5日付けのニューヨーク・タイムズ(注1)によると、ジェネラル・エレクトリック(GE)の不正を内部告発した元従業員ウォルシュ(Walsh)に対して、連邦政府は「連邦不正請求法(Federal False Claims Act)」に基づき約1,340万ドル(日本円にして約15億円)の報奨金を支払うべし、との決定がオハイオ州シンシナティの連邦地方裁判所によって下された(注2)、とのことでした。WalshはGEのイスラエル駐在のマネジャーでしたが、つぎのような情報を米国司法省に通報したのです。「GEはイスラエル空軍の将軍Rami Dotanと共謀して、架空の部品および機器をあたかもイスラエル空軍がGEから調達したかのように装って水増し計上した代金を米国国防省から受領した」というものです。GEは、このような不正請求の事実を認め、950万ドルの刑事上の罰金(注3)を支払うと共に、民事上の和解金として米国政府に対し5,950万ドルを支払いました。Federal False Claims Actによると、このような内部告発者に対しては、政府が受領することになった損害賠償金の15%から25%の範囲内で裁判所が決定する報奨金を政府が支払うこととされているので、Walshに対しても、5,950万ドルの22.5%(13,387,500ドル)の報奨金の支払いが決定されたのです(注4)。
Federal False Claims Actは、連邦政府に対して水増し請求を禁止する法律です。この法律が立法されたのは1863年3月2日です。南北戦争当時、北軍に対する物資調達業者が暴利をむさぼることを防止する目的で、リンカーン大統領の要請に基づいて立法されたのです。この法律は、暴利をむさぼった物資調達業者を刑事的に処罰するだけではなく、米国司法省はそのような業者に対して民事上の損害賠償を請求すべきことを定めていました。そしてこの法律は、いわゆるクイタム訴訟(qui tam action)(注5)、つまり一般の私人が米国政府の代表者として民事上の損害賠償を請求する型の訴訟制度も認めたのです。その場合、現実に取り立てた損害賠償金の一定割合が報奨金として与えられるものとされました(注6)。
次回は、このような内部告発奨励法としてのFederal False Claims Actの歴史的な歩みを見ることにしましょう。
脚注
注1 ニューヨーク・タイムズ1992年12月5日版の35頁および42頁。なお、ウォール・ストリート・ジャーナル1992年12月7日版のA5頁にも同じ趣旨の報道があります。
注2 U.S. v. General Electric, 808 F. Supp. 580 (1992)。
注3 Dotan将軍はイスラエルでの裁判の結果、収賄罪および詐欺罪で懲役13年の判決がありました。ニューヨーク・タイムズ1992年12月5日版の35頁。
注4 この連邦地方裁判所の決定に対して、連邦政府は、Walshに対する報奨金は450万ドル(日本円で約5億円)で足りるとして控訴したのですが、結局、1,150万ドル(日本円で約13億円)に減額する代わりに控訴を取り下げるということで決着しています。ウォール・ストリート・ジャーナル1993年4月26日版のA3頁。
注5 田中英夫編「英米法辞典」(1991年) 692頁によりますと、qui tam action は「刑事的民事訴訟」と訳され、「国王および自分自身のために訴える者(qui tam pro domino rege, quaur pro se ipso, sequitur)」の冒頭の2語(who as wellの意)をとったもの、とのことです。
注6 The Statutes at Large, Treaties, and Proclamations, of the United States of America, from December 5, 1859 to March 3, 1863, Vol. XII (Boston: Little, Brown and Company, 1863)によりますと、An Act to prevent and punish Frauds upon the Government of the United Statesが1863年3月2日に成立し、その主な内容は次のようになっています。Section 4では、クイタム訴訟を認め(Such suit may be brought and carried on by any person, as well as for himself as for the United States), Section 6では、現実に取り立てた損害賠償金の50%を報奨金として与える(the person bringing said suit and prosecuting it to final judgment shall be entitled to receive one half the amount of such forfeiture, as well as one half the mount of the damages he shall recover and collect)と規定しています。