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第1回 内部告発者法(その1):  内部告発奨励法、内部告発者保護法、内部告発義務法

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穂積陳重(注1)の「法窓夜話(注2)」に「竹内柳右衛門の新法、賭博を撲滅す」という題で次のような話が紹介されています。「伊予の西条領に賭博が大いに流行して、厳重なる禁令も何の効力を見なかったことがあった。時に竹内柳右衛門という郡奉行があって、大いにその撲滅に苦心し、種々工夫の末、新令を発して、全く賭博の禁を解き、ただ負けた者から訴え出た時には、相手方を呼出して対審の上、賭博をなした証跡明白な場合には、被告(訴えられた者)より原告(訴えた者)に対して勝ち得た金銭を残らず返戻させるという掟にした。こういう事になって見ると、賭博をして勝ったところで一向得が行かず、かえって汚名を世上に晒す結果となるので、さしも盛んであった袁彦道(えんげんどう:ばくちのこと)の流行も、次第に衰えて、民皆その業を励むに至った。」
このように「毒をもって毒を制する」たぐいの法律は、たとえば2006年1月4日から施行された改正独禁法にも「課徴金減免制度」として導入されています。「事業者が自ら関与したカルテル・談合について、公正取引委員会が立入検査を行う前に、その違反内容を公正取引委員会に報告した場合、課徴金が減免される(注3)」という制度です。
このように「内部告発者」に対してなんらかのインセンティブ(報奨金など)を与えて内部告発を奨励する法律(内部告発奨励法)は、アメリカでは珍しくありませんが、日本では珍しいといえましょう。何故でしょうか?そこで上記の「法窓夜話」の続きをみると、穂積は次のように述べています。「この竹内柳右衛門の新法は、中々奇抜な工夫で、その人の才幹の程も推測られることではあるが、深く考えてみれば、この新法の如きは根本的に誤れる悪立法といわねばならぬ。法律はもとより道徳法その物とは異なるけれども、立法者は片時も道徳を度外視してはならない。竹内の新法は、同意の上にて悪事を共にしながら、己が不利な時には、直ちに相手方を訴えて損失を免れようとする如き不徳を人民に教うるものであって、善良の風俗に反すること賭博その物より甚だしいのである。これけだし結果のみに重きを措き過ぎて、手段の如何を顧みなかった過失であって、古えの立法家のしばしば陥ったところである。立法は須らく堂々たるべし。竹内の新法の如き小刀細工は、将来の立法者の心して避くべきところである。」日本の立法者には、この穂積のような考え方が支配的だったからでしょうか?
ところで2006年4月1日から施行される「公益通報者保護法」は、従業員が勤務先の違法行為をしかるべき機関に通報した場合に、そのような従業員(公益通報者)を解雇などの報復措置から保護することを主たる目的としています(注4)。このように「内部告発者」を報復措置から保護する法律(内部告発者保護法)も、アメリカなどでは珍しくありませんが、日本では珍しいといえましょう。
内部告発者法という場合、「内部告発奨励法」および「内部告発者保護法」の外に、「内部告発義務法」があります。たとえば、公認会計士などに対して監査中の会社の違法行為を発見したときは内部告発すべき義務を定める法律です。アメリカの場合、歴史的に見ると、最初に立法されたのは「内部告発奨励法」で、次いで「内部告発者保護法」、そして最近になって「内部告発義務法」という順で立法されています。
次回からは、このような内部告発者法の立法の歴史を振り返って見ることにしましょう。

 

 

脚注

注1 「ほづみ のぶしげ」1882年(明治15年)から1911年(明治45年)まで東京帝国大学法学部教授。富井政章、梅謙次郎とともに明治民法の起草委員。枢密院議長。1926年(昭和元年)逝去。

注2 1916年(大正5年)に出版され、現在は「岩波文庫」に収録されています。なお、「続法窓夜話」が同じく「岩波文庫」に収録されています。

注3 公正取引委員会、改正独占禁止法について、
http://www.jftc.go.jp/kaisei/kaisei09.html

注4 公益通報者保護制度ウェブサイト
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/gaiyo/setsumei.html

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