第3回 内部告発者法(その3): Federal False Claims Act
前回(その2)では、内部告発奨励法としてのFederal False Claims Actがリンカーン大統領の時代に立法された古い法律であることを見ました。この法律の歴史的な歩みには興味深いものがあります。
1863年3月2日に成立した当初のFederal False Claims Actの下では、私人が米国政府の代表者としてqui tam actionを提起し、現実に取り立てた損害賠償金の50%を報奨金として受取る制度が設けられたのです。ところが私人がqui tam actionを提起する場合、その私人自身はそのような暴利事件の摘発に何らかの貢献をしたことは特に必要とはされていませんでした。つまり、qui tam actionを提起する者は必ずしも内部告発者である必要がなかったのです。そのため1930年代になって、いわゆる寄生者訴訟(parasitical suits)、つまり、およそ事件には無関係な私人がたまたま手に入れた情報に基づいてqui tam actionを提起する型の訴訟が増大したのです。しかも連邦最高裁判所は1943年のHess事件判決で(注1) 、そのような寄生者訴訟であってもFederal False Claims Actによって禁じられてはいない、と判示したのです。このHess事件判決は、次のようなものでした。Hessを含む電気工事業者達が連邦政府の補助金を受けた公共工事に関して談合を行ったということで刑事訴追を受け、その刑事裁判の最中にMarcusという私人がHess達を相手としてqui tam actionを提起したのです。ところがMarcusの訴状は刑事事件の起訴状の引き写しで、Marcus自身が有している情報は皆無でした。それでも連邦最高裁判所は、たとえMarcusが刑事事件について貢献したことがなかったとしても、自ら費用を負担してqui tam actionを提起したことにより損害賠償金を取り立てようとしているのであるから、このqui tam actionは認められるべきである、と判示したのです。そこで連邦議会は1943年に法律を改正し、「その訴訟提起時において、すでに政府が保持している証拠または情報に基づくと認められる場合には、qui tam actionは認められない」という制限規定を置いたのです(注2) 。ところが1986年に再度の改正があり、この制限規定は削除されました。代わりに「すでに一般的に公開された情報に基づくqui tam actionは認められない。ただし、その一般的に公開された情報の当初の提供者はこの限りでない」という制限規定になりました (注3)。このような制限規定の変更によって「その訴訟提起時において、すでに政府が保持している証拠または情報に基づくと認められる場合には、qui tam actionは認められない」という制限は消滅したのかが問題となったのがNEC事件です(注4) 。Williamsはアメリカ空軍の契約関係担当の法務官として横須賀基地に勤務していたのですが、その職務を遂行する過程で、基地の電気通信施設関係契約の入札にあたって日本電気(NEC)とそのアメリカ子会社が落札したのは関係業者間の談合の結果である、との調査報告書をまとめて上司に提出しました。その後アメリカに帰国し、日本電気とそのアメリカ子会社を相手としてqui tam actionを提起したのです。第一審裁判所は「Williamsがアメリカ政府の被用者としての職務の遂行中に収集した情報に基づくqui tam actionは認められない」としたのですが、第二審裁判所は「そのようなqui tam actionも認められる」と判示しました。
脚注
注1 United States ex rel. Marcus v. Hess, 317 U.S. 537 (1942)。
注2 報奨金の50%も25%に減額されました、奥山俊宏、内部告発の力、168頁、現代人文社(2004年)。
注3 31 U.S.C.§3730(e)。
注4 United States ex rel. Williams v. NEC Corp., 931 F.2d 1493 (11th Cir. 1991)