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地域金融機関の経営革新に向けて、発想の転換とITの本格的利用を望む

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 我国の地域金融機関は、地域経済の停滞を映じて借入金需要が伸び悩むなか、消耗戦的競争を続けており、難しい経営を余儀なくされている。
これら金融機関の経営の厳しさが、少子高齢化という我国のトレンドおよびデフレの長期化により大きな影響を受けているのは当然であり、個別に見ると相応の努力は見られるが、全体的には業務サービス内容の革新性の乏しさ、経営効率性の低さ および経営統合の立ち遅れに基因する点も否定できないところである。
こうした課題を克服するには、真に顧客本位の業務運営に切り替えるとともに、地域の顧客のみに限定することなく、広く日本全体、さらにはアジア諸国の個人および中堅・中小企業を幅広く顧客に取り込んでいくとの発想の大転換が必要であろう。
この大転換を実行するに当っては、スマートフォン等高性能モバイル端末を徹底的に利用し、顧客に魅力的な業務サービスを提供するとともに、金融機関のIT(Information Technology 情報技術)システム自体を、柔軟でかつ効率性の高いものに切り替えていくことが求められる。

以下は、昨年秋の米国出張(Bank Administration Institute主催、Retail Delivery 2012 Conferenceに参加注1)での情報収集および弊社内部でのブレーンストーミング等を基に私が個人的に整理したものである。

<厳しさが続く地域金融機関の経営>

地域銀行106行のコア業務純益(=資金利益+役務取引等利益+特定取引利益+その他業務利益-債権関係損益-経費で定義され、銀行の基礎的収益力を示す)は、2012年3月決算では1.5兆円と2007年3月以降、5年間減益傾向が続いている。信用金庫の決算においても、同様にコア業務純益が5年連続で前年を下回っている。
これは、役務取引利益が投資信託・保険販売関連で若干増益となっているものの、貸出および有価証券利鞘の縮小を主因に貸出関連利益・有価証券利益とも縮小していることによるものである。
こうした状況を打開するためには、①経営統合を進め規模の利益を追求するとともに、②借手の事業経営に最も適合した融資を信用リスクを踏まえたうえで低利で供与することを通じて、潜在していた資金需要を喚起したり、③顧客ニーズにマッチした投資信託等の金融商品を提供するなど、経済社会における金融の機能度を大きく引き上げることが求められている。
各金融機関の側では、こうした大きな方向性は理解しているものの、既存の概念に囚われ革新的な対応策を迅速に実施し得ていないため、収益低迷の袋小路に陥っている。

<我国におけるITの利用状況>
総務省「通信利用動向調査」によると、我国におけるインターネット利用者数は、2011年で9,610万人と、最近10年間で71.5%の増加となっており、人口普及率も79.1%と国際的に見て高水準の普及状況となっている。(トップクラスは、90%前後の北欧諸国で、次いで80%前半の韓国・英・独、米国は78%)
この人口普及率を都道府県別に見てみると、東京都を含む南関東、大阪府、京都府および愛知県等の経済集積の進んだ地域が、87.5%~79.7%と高い水準を示しているが、最も低い青森県でも65.7%に達しており、そのバラツキはさほど大きくはない。
また、インターネットの年齢別利用率は、20歳代~40歳代の若い世代が95%程度と高水準に達しているのは当然としても、60歳代も、60%~70%と高く、しかも年々増加傾向にある。
この間、スマートフォンにタブレット端末を加えた高性能モバイル端末(以下“スマートフォン等”)の利用状況(IDC Japan調査)をみると、2012年には国内出荷台数が3,087万台(従来型携帯電話の倍)となり、所有率は29%に達している。2016年には、4,210万台の出荷と、PCの2.8倍に達し、完全にインターネット端末の主役となる見通し。

インターネット利用の側面でも、人と人との繋がりをサポートする機能を持つFacebook等のSNS(Social Networking Service)の普及は目覚ましく、総務省「平成24年版 情報通信白書」では、日本でも2012年で、1,500万人程度に達していると推計している。
こうしたインターネット利用の浸透、スマートフォン等の普及および、SNSの利用者増加は、個人顧客を中心に銀行取引を大きく変革しつつある。

<地域金融機関におけるインターネットバンキングの現状とスマートフォン等の活用>
上記のインターネットの普及を映じて、ほぼ全ての地域金融機関において、インターネットバンキング(以下、“e-banking”)を導入済みで、契約口座数も2010年で約50百万口座に上っている。もっとも、e-bankingの利用状況をみると、大銀行では約2割の顧客が利用しているが、その他の業態では、1%~5%と低水準に止まっている。
e-bankingの利用内容も、残高入出金照会および振込・振替など、預金口座関連に止まっている(いずれも金融情報システムセンター調べ)。
こうした状況を踏まえ、地域金融機関で財務体力がある先は、将来の銀行経営を展望し、e-bankingとりわけスマートフォン等を活用したモバイルバンキングに早期に積極的に取組む必要があるのではないか。

まず、iPad等のタブレット端末の利用範囲の大幅拡大に着手してはどうか。
我国の金融機関においては、タブレット端末を、投信・保険等の金融商品を分り易く説明するため、および顧客渉外業務を効率的に支援するための手段として専ら使われているが、預金口座・投資商品口座の開設および資金の振替等の業務用端末としてさらに活用することを早急に検討すべきである。
上述の“Retail Delivery 2012”では、タブレット端末で、預金口座の開設やローン申込みを処理する事例が紹介されていた。そこでは、タブレット端末の写真撮影機能を利用して、サイン(日本の場合は署名捺印)および身分証明書(自動車運転免許証等)の登録を行ったり、必要な書類をオンラインで作成していた。
さらに、スマートフォン等上に、バーチャルのバンクカードやクレジットカードを出現させ、NFC(Near Field Communication、至近距離無線通信)を利用した決済サービスを提供する先も出現している。
この結果、顧客が銀行に来るのではなく、銀行が顧客の許に行き必要な手続きを行うことになり、銀行をより身近な存在として感じる結果、取引の拡大も期待できよう。

また、顧客をSNSに取り込めれば、SNS上で顧客間の資金送金が可能となるほか、顧客の銀行に対する苦情、意見をリアルタイムで取り込むことが出来るようになり、顧客利便性の向上とともに、顧客の囲い込み効果も見込まれる。
英国バークレイズ銀行や韓国ハナ銀行では、インターネットを活用する形で、零細中小企業向けに、税財務、法務、会計等サポートおよび決済サービスを提供している。これにより、中小企業向け取引の取り込みを目論んでいる
このように、e-bankingにおいてスマートフォン等およびSNSを活用すれば、顧客は銀行に「いつでも、どこでも、だれでも」コンタクトが出来るようになり、物理的店舗、ATM、コールセンター等の既存チャネルの効率化と合わせて、顧客と銀行との間にシームレスで快適な取引空間が構築されることになる。

Retail Delivery 2012において、提示されたe-bankingの普及およびその効用についてのデータは次の通り。

① モバイルの利用度は、近年顕著に増加している
銀行取引チャネル別の利用度合の変化見通し(アメリカ銀行協会調査)

  2007年実績 2012年実績 2015年予測
モバイル 1% 17% 60%
インターネット 21% 38% 51%
ATM 18% 14% 9%
コールセンター 5% 6% 9%
支店 40% 12% 7%
(複数回答を許しているため、合計は100とならない)

② モバイルは最も低コストの銀行取引チャネル
銀行取引チャネル別コスト比較(米ドル、Fiserv社調査)
支店 4、コールセンター 3.75、音声ガイダンス付電話 1.25、ATM 0.85、
インターネット 0.17、モバイル 0.08

③ オンラインにモバイルを併用すると収益は改善し、顧客の囲い込みが可能となる(Zions Bank調査)

  顧客1人当り年間利益 顧客離反率
オンラインバンクのみ 350米ドル 4.0%
オンラインバンクにモバイルを併用 450米ドル 1.5%

④ 韓国におけるスマートフォン利用者の推移(韓国通信委員会調査)

2009年 2011年 2012年
1百万人  10百万人 30百万人

⑤ 韓国におけるスマートバンキング利用者の推移(韓国銀行調査)

2010年 2012年
2.6百万人    13.6百万人

 我国においては、e-bankingの利用およびスマートフォン等の所有とも、未だ限定的なレベルに止まっているが、他のIT先進国の動向を見ると、今後急速に増加する可能性があり、地域金融機関としても、対応を早急に開始する必要がある。

<最新のITを最大限活用し、銀行業務全体を抜本的革新>
我国の金融機関においては、現状、勘定系等基幹業務はメインフレームコンピュータと言われる大型汎用計算機で処理されており、基本運用ソフトウェア(オペレーティングシステム、OS)も、固有のシステムを使用している。このため、日本は、「世界有数のメインフレーム大国」と呼ばれており、世界の潮流からは大きく外れている。
隣国の韓国では、銀行業務の処理は全て、多数のサーバーを併用した分散系で行われており、OSもUNIX等のオープンシステムが使用されている。オープン系分散処理の方が、一般的に変化に弾力的に対応でき、構築・運用経費が軽減されるとのメリットがある。
因みに、弊社は、大手宅配会社等において、メインフレームとオープンシステムの混在により複雑化したシステムを、約100台のサーバーをクラスター管理システムを採用し並列処理するシステムに切り替えることによって、大量データ(1億件/日)の高速処理(2,600件/秒)と24時間365日の無停止運用を実現している。同社はこのシステム革新で、IT費用を45%削減することが可能となり、その結果生じた年間110億円の余裕資金により、新規業務に積極的に取組んでいる。
さらに、地域金融機関のITシステムの再構築に当っては、単に、分散系オープンシステムを採用するのみではなく、将来の銀行業および金融業務の展開を見通してインターネット・モバイルバンキングを主力チャネルとして位置付けるかほか、これまで勘定系システムと言われた膨大な中核システムから商品サービス機能を切り離し、コンパクトな記帳処理システムに組み替えることが重要な課題となる。
これにより、ITシステムをベンダーロックインの状態から解放するとともに、業務アプリケーションを新しいビジネス環境に合わせ、独自に構築することが可能になる。同時に、コンパクトな記帳システムは、各銀行の垣根を超えて提供できるようになるため、システムの共同運営、さらには経営統合の推進剤となり得る。
21世紀の銀行業を展望した場合には、従来の垣根意識に囚われることなく、流通業・各種サービス業とのアライアンスの推進および従来の営業テリトリーあるいは国境を超えてアジア諸国への業務の展開も、考えておく必要がある。海外展開の場合、国によっては取引データを当該国内に止めることを要求されることもある点は留意の要。
このようにITの進歩を積極的に取り込み、銀行都合ではなく、真に顧客本位の金融サービスを低コストで提供することによってのみ、銀行の生き残りは可能となろう。

以上

脚注

注1

http://www.bai.org/
http://www.bai.org/RETAILDELIVERY/index.aspx
(最終検索2012年9月12日)

   
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