終わりの始まり(5):EU難民問題の行方
メルケル首相は事態を読み違えたのでは
1ヶ月という時間が、これほどの違いを生み出すものか。このことをメルケル首相ほど身にしみて感じている人はいないのではないか。9月3日の夜、メルケル首相は、シリアなどからの難民の流入に抵抗し国境封鎖の動きに出たハンガリーを迂回し、オーストリアを経由してドイツに受け入れる決断を下して、その人道的対応はEU諸国ばかりでなく、世界に大きな感銘を与えた。ノーベル平和賞はこの時点では、彼女が最もふさわしいのではないかと思わせた。
難民受け入れには上限はないという使命感に裏付けられたメルケル首相の言葉は、多くの人々の心を打った。他方、ガウク大統領の「どこが上限かはまだ見えていないが、受け入れる人数には限度がある」という言葉は、より政治的なものであった。変化は驚くべきものだった。ドイツに流入した難民は、9月だけで実に20万人を越える数になっていた。8月に行われた今年の受け入れ想定数は45万人から80万人に引き上げられていた。このことはメルケル首相の耳には当然届いていただろう。さらにこの数は150万人近くに達するかもしれないとの推測も報じられた。ミュンヘン市の人口に相当する数である。
奔流のごとき難民に苦慮する地域
ドイツなどにやってくる難民の流れはとどまるところがない。隣国オーストリアを通過する難民の数は、1日1000人から1万人になるといわれる。日本人にはなかなか実感が湧かない光景である。さらに法的に認められた難民は、受け入れ国に落ち着いた後、母国から家族を呼び寄せる権利も保証されている。こうした状況でありながら、ドイツは難民受け入れに多くの努力をしてきた。しかし、予想をはるかに上回る増加は、想定外の問題を生み出した。たとえば、難民の集中が著しい大都市では深刻な住宅問題が起きている。廃校になった校舎の利用などが進められてきた。たとえば、ハンブルグ市は難民の住居のために、空室になっているオフイス・ビルを充当することなどで対応してきた。ベルリンやブレーメンなどでも事態は同様のようだ。
しかし、多数の難民が押し寄せた地域では、住民の間に当惑の動きが高まり、ドレスデンなどでは、外国人排斥を掲げる極右運動Pegidaが支持を増やしている。先日の集会には9000人が参加したといわれる。ベルリン市長選での候補のひとりが傷をおう事件が最近あったが、被害者はメルケル首相の難民政策を支持しており、加害者はそれに反対していたと報道されている。
EUにやってくる難民の20%あまりを受け入れているドイツでは、次第に食料、医療、住宅、医療などの費用を誰が負担するのかという問題が、浮上してきた冬が近づき、慣れない異国の環境で健康を損なう難民も増えてきた。医師の治療が必要な人も増えている。地域の医師はこれまでは人道的観点から誠意をもって難民の治療に当たってきたが、増え続ける費用を誰がまかなうのかという問題が深刻化してきた。窮迫してきた状況で支出予算の切り詰めが焦眉の急務となっている。難民に与えられる給付額もこれまでは約月143ユーロ($160)だが、現金給付でなく食料、医療などの切符に切り替えられているようだ。難民による犯罪の増加なども問題となってきた。警察官も増員された。
東部戦線異常あり
予想を大きく上回った難民の増加に、EU側は難民の発生源に近いトルコなどへの対応の重点を移さざるをえなくなっている。EUが加盟国を東へ一途に拡大してきたために、かつては存在した中東地域との間の緩衝地帯が急速に消滅してしまった。その結果、このたびのシリア難民のように、あっという間に難民がEUの中心へ大量流入するという状況が生まれるようになった。
EUは加盟国の数が増大した結果、かなり発展段階の異なる国がEUの中に存在するようになった。すでにハンガリーはセルビアとの国境封鎖を行い、10月に入ると、クロアチアとの国境を閉鎖すると発表した。国境管理をの自由通過を禁止し、事実上の国境封鎖を発表した。ドイツなどを目指す難民はオーストリアを経由するなど、迂回を余儀なくされている。そしてEUは難民発生源のシリアの内戦の早期沈静化、トルコ国内の難民の支援へと対応を変えてきた。とりわけ、EUと中東のいわば緩衝地域差ともいうべきトルコのへの依存度が高まってきた。トルコにEUへの難民流入の抑制の役割を期待する方向へ急速にシフトが見られるようになった。トルコにはすでに200万人を越える難民が滞留している。10月15日のEU首脳会議では、トルコにシリア難民などの流入抑制に協力を依頼するとともに、トルコがEUに求める支援強化に応じる行動計画での合意をアピールした。しかし、トルコもしたたかであり、どうなるかまだわからない。トルコ自体、これ以上難民を収容できるか疑問であり、EUへの難民流出はさらに増えるという観測も有力だ。
EUとトルコの関係もこれまで決して良好ではなかった。トルコのエルドアン大統領の強権政治には賛同しない国も多い。加えて、ウクライナ情勢の変化の過程でトルコがロシアに接近したことで、EUとの関係は冷えている。トルコがEUに望むことは、トルコ国民へのヴィザ発給の迅速化、そしてトルコのEU加盟の早期化だ。ながらく棚ざらし状態だった。
難民問題で大きく変わるEUとトルコの交渉力
EU難民問題の発生を機に事態は急展開した。トルコでシリア難民・移民の流れなんとかを食い止めないとEUは奔流のごときその衝撃をまともに受けることになる。難民問題は対応いかんではEUを分裂させ、崩壊させる力を持っている。加盟国内でも増加する一方の難民に、国民の不安が強まっている。ドイツ国内でも、同様だ。
こうした事態にメルケル首相など、EU首脳部の考えも大転換を迫られつつある。これまでトルコに対して厳しかったEUだが、いまやトルコはEUの命運を定めるほどに地政学的立場を強めた。トルコに対するEUの交渉姿勢は急速に軟化している。
EUの行動計画では、トルコに対し)追加の資金援助、2)EU域内への旅行ビザ免除の早期導入、3)EU加盟交渉の早期再開などを約束する。トルコは1)EUの援助で国内に難民受け入れ施設を新設、2)難民の就労容認、3)国境管理をや不法移民の本国などへの送還の強化などを盛り込だ。
しかし、EU加盟交渉などについては、直裁な表現ではなく、不透明さが残っている。ドイツとトルコの間の移民問題は長い歴史を持つ。メルケル首相は急遽アンカラに飛び、イスタンブールでエルドワン大統領、ダウトオール首相と会見し、トルコから移民のEUへの流出を抑止するため、国内にある収容施設の拡充などに多額の資金援助を約束するなどの提案をしたようだ。他方、トルコ側はEUのヴィザ発給の迅速化、トルコのEU加盟の見通しの明確化などの懸案を強く求めたようだ。トルコ側は、この機会を国の立場を有利にするために最大限使うだろう。しかし、ドイツ国内には難民対策としての追加の資金供与などは、選挙前のエルドワン大統領を利することになるなどの反対あり、メルケル首相の立場も難しい。
メルケル首相自身10日前は、トルコのEU加盟に反対していた。しかし、いまやトルコはEUの近未来を左右しかねない切り札を手にしている。EU加盟国ばかりでなく、スイスなどでも移民受け入れへの反対が強まっている。メルケル首相の手腕をもってしても、この難民問題は早期解決の目途はつかないだろう。EUは域外に対する城壁を高くする(国境管理の強化)など、EU設立の理想から大きく後退をよぎなくされることは必至だ。高見の見物のような日本だが、北朝鮮、中国など近隣諸国へのリスク対応を誤れば、手痛い傷を負うことになりかねない。日本の近未来、多数の難民が押し寄せる、あるいは日本人自身が難民化する可能性もなしとはいえない。移民・難民問題への対応は、その国の命運を左右しかねないことに気づく時である。
References
Merkel at her limit, The Economist October 10th 2015
Merkel backs multibillion-euro refugee package for Tuurkeey, October 16th 2015
Merkkell at heer limit,,,The Ecconoomist,,Octoberr 10th 20155
Beesst ssereed coold,, The Econnomist,, Octooberr 10th 22015
BDF heute October 10, 2015