第28回 粉飾決算その6: 第4類型の粉飾決算
一般に粉飾決算と言われるものには3つの基本的な類型があり、第1類型が、事実そのものを偽るもの(例えば、架空の売上げを計上する。)、第2類型が、子会社を使うもの(例えば、不良品を親会社の在庫としないで子会社の在庫とする。)、第3類型が、複数ある会計処理方法の中で都合の良い方法をワザと選択するもの、ということは、これまで繰り返し述べたところです。ところが最近になって第4類型の粉飾決算とも言うべきものが誕生しました。日本経済新聞2008年11月13日朝刊7面の記事によりますと「欧州の大手金融機関の間で、時価会計の緩和を利用して評価損の一部を計上しない銀行が相次いでいる。2008年7-9月期の業績開示で、これまで少なくとも7行が利用し、合計の利益押し上げ額は約5千億円になった。今後も利用が増えるとみられ、市場関係者からは『損失の先送り』に対する懸念も広がっている。」とのことです。ここにいう「時価会計の緩和」には、現在のところ、2つのものがあります。1つは、資産の保有目的の変更を認めることです。2つは、時価の算定に市場価格以外の数字を認めることです。たとえば、当初は「売買目的」で100で購入した債券が現在の市場価格60に値下がりしている場合(つまり、40の含み損が発生している場合)、保有目的が「売買目的」であれば、期末には時価評価の対象となりますから、保有債券の価値を市場価格の60で評価し、40の含み損が計上されます。保有目的が「満期保有目的」であれば、期末には時価評価の対象にならないので、40の含み損は計上されません。つまり、ある資産の保有目的を「売買目的」から「満期保有目的」への変更を認めることは、その資産を時価評価の対象から外すということです。これに対して、時価の算定に市場価格以外の数字を認めるということは、60という市場価格以外の数字を「時価」として認めることです。2008年10月28日に公表された日本公認会計士協会の会長通牒「証券化商品等の時価の算定等に関する監査上の対応について」によりますと、「時価をもって評価される金融資産について、その市場価格がない場合や市場価格を時価とみなせない場合」に市場価格以外の数字を「時価」として認めることがある、とされています(注1)。このようないわゆる時価会計の緩和によって、いわば第4類型の粉飾決算というべきもの、つまり、「公認された粉飾決算」という類型が誕生した訳です。現に上記の日本経済新聞の記事によりますと、「独銀最大手のドイツ銀行は、市場での取引が事実上止まっている一部の貸付債権などについて『売買目的』などから『貸付金』に変更した。これにより税引き前ベースで8億4,500萬ユーロ(約1,040億円)の損失計上を回避。7-9月期の税引き後の純利益が5億ユーロ強押し上げられた。決算で発表した純利益は4億ユーロで、時価評価の緩和を利用しなければ赤字だった。」ということです。現在、日本においても「保有目的の変更」を認めるか否かが論議されています。日本公認会計士協会の会計制度委員会報告第14号の273項は、「・・・安易に満期保有目的の債券に分類することによって時価評価から逃れることを抑止するため、満期保有の要件は債券の取得時点に備えていることが必要であり、他の保有目的で取得した債券について、例えば、時価が下落して評価損が発生したことを理由に、満期保有目的の債券へ振り替えることは認められない。」と明言していますから、このままでは「保有目的の変更」は「粉飾決算」となります。もし、日本においても「保有目的の変更」を認めるとすれば、「公認された粉飾決算」という類型が誕生することになります(注2) 。
脚注
注1 もっとも、この会長通牒は、「市場価格以外の数字を時価として認めること」は、あくまでも「時価会計の枠内における対応」であって、「時価会計の緩和ではない」との趣旨である、と理解されています。
注2 そもそも「時価会計」が「会計基準」として問題がある、とする見解があります。たとえば、浜田 康、会計不正、日本経済新聞社(2008年3月)77頁以下には、次のような記述があります。「4 会計基準の難しさ 経営者の能力を直接現せない会計基準 ・・・現在の会計基準は、時価会計に特徴的なように、企業価値を測定するには合理的なのですが、必ずしも経営者の能力とか、事業の収益性を直接表すとは限らないのです。」