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門戸を閉ざす国々:イギリスの政治風景

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17世紀ロレーヌ、リュネヴィルの城砦(町は城門のある高い城壁で守られていた)。

世界的な経済停滞の下で、ヨーロッパ、アメリカなどの主要国で移民(受け入れ)問題が深刻化している。日本のマスコミが提供する移民に関する情報量は、自国、他国ともにきわめて少なく、掘り下げも浅い。結果として、「木を見て森を見ず」の議論も多い。

移民(外国人)問題の研究は、多くのことを明らかにしてきた。ブログではとても記せないが、ひとつの歴史的な経験則として、経済が拡大、活況を呈している時は移民(外国人)労働者はあまり問題にされない。人手不足で移民労働者を受け入れることに抵抗が少ないからだ。しかし、ひとたび停滞局面に入ると、事態は深刻化し、各国とも門戸を閉ざし始める。1980年代のバブル期に日本では「開国」対「鎖国」という妙な議論が行われていたが、経験を積んでいたヨーロッパなど移民労働者の受け入れ側国の政策は、決して単に国の門を開くか、閉ざすかという一方的なものではなかった。さまざまな理由で、門の開き具合(移民の受け入れ)を加減してきたというのが実態に近い。しかし、現実には門の開閉だけではコントロールはできない。壁(国境)の抜け道も多々残されている。

イスラムの力
近年、難しさを加えたのが移民の宗教、とりわけイスラム教の問題だ。ドイツ連邦共和国のメルケル首相が「多文化主義は失敗した」と明言したように、イスラム信者の移民が多くなると、「数は力なり」の圧力が増して、対応ができなくなってくる。宗教的価値観に根ざした人間の心まで、受け入れ国の価値観に「同化」させることを求めたり、異なった価値観の生活面での共存を期待することは、理念上はともかく、現実の社会的次元では多大な軋轢を生む。数の力は、アメリカにおけるヒスパニック系移民が、その増加とともに政治的発言力を急速に拡大したことに典型的に示されている。

アメリカ/メキシコ国境はブッシュ政権末期以降、物理的な障壁強化を含めて、閉鎖性が急速に強まった。保守的な共和党は移民受け入れに総じて反対色を強めている。今年初め、オバマ大統領が、共和党は不法移民の流入を阻止するには、国境にアリゲーター(北米南部に生息する鰐、ワニ)が多数泳いでいる堀割を作るまで満足しないだろうとジョークをとばしたほどだ。大統領自身、公約としてきた包括的移民法改革にいまだ手をつけられずにいる。

高齢化の重圧が年々厳しくなる日本だが、政府もマスコミも移民受け入れ問題には深入りしない。いつも表面的な議論だけで、本質的な次元へは踏み込むことを回避しているとしか思えない。1980年代以降、ほとんど同じレヴェルでの議論の繰り返しである**。

内務大臣も窮地に
しかし、国によっては移民政策への対応いかんが、大統領の地位を揺るがしたり、担当大臣の更迭問題など、重大な政治責任のレベルにまで達する。最近イギリスの内務大臣が直面している問題はその一例だ。長い話だが、少しだけ要点を記そう。*

イギリスでは11月3日、ヒースロー空港その他で、危険な状況になりかねないほどに長くなった行列に対応しようと、入国管理官が入国審査基準を緩めて運用していたことが判明した。彼らはテロリストなど「(入国が)望ましくない人物」についても、常に指紋照合を行ったり、その他の「危険人物情報」などの詳細部分を確かめていたわけではなかった。

移民担当国務大臣(Minister of State for Immigration)として独自の権限を持ちながら、組織上は内務大臣の管掌下にあるブロディ・クラーク と他の二人の管理者は職を解かれ、クラーク氏は間もなく辞任に追い込まれた(その後、クラーク氏はアンフェアな解職だとして、政府を相手取り告訴している)。イギリスにとって「望ましくない人物」が実際に入国管理の規制をくぐり抜けて入国したか否かは分からない。しかし、この問題をめぐる政争は激しくなり、移民政策を管掌する内務大臣(Home Secretary)のテレサ・メイ女史の進退問題までに発展した。メイ女史は、クラーク氏が内務大臣の指示したガイドラインを超えて、入国審査を緩めて運用してきたのが問題という見解だ。クラーク氏は指針の範囲内だと反論している。しかし、議会、世論は騒がしい。デイヴィッド・キャメロン首相は、数少ない(現在5人)女性閣僚を辞任させて新たな論争の火種は作りたくない。

移民減少を目指す
ちなみに昨年イギリスが受け入れた(出入国を調整後の)ネットの移民はおよそ24万人だった。現政権はこの数を減らすことを明言してきた。マリー大臣はイギリスが導入した「ポイント・システム」だけでは、この目的に十分有効ではないとして、労働、学生ヴィザなどを含めて、総体として入国管理を厳しく運用すると述べている。そして、使用者が自国民の失業者および外国人ですでにイギリス国内に居住している人々の雇用を優先するよう指示してきた。

内務大臣の発言の裏には、保守党として年間のネットの移民数を20万人台から10万人台へ減らすと公約していた事実がある。イギリスの移民受入数は10年ほど前から急速に上昇してきた。その後、抑制されてはいるが、さほど減少していない。イギリスの人口を2027年時点で、7千万人まで増加させるべきではないとの署名も増加してきた。その結果、EU域外からの入国希望者、家族の再結合を求める人々などへの風当たりは厳しくなった。

内務大臣は入国管理にあたる係官が、より疑わしい人物に集中して審査するために、両親に伴われて入国する子供を含めて、ヨーロッパ域内の人々には軽い審査を実施することを認めていた。女史によると、EU域外などの国からの入国希望者にはそうした権限を認めていなかった。こうした目標を定めた審査はいうまでもなく、ほとんど内密に行われ、全体に同じ努力をする方法よりは効率が高い。

現在の暫定推定値では、2010年末でイギリス国内の移民は575千人としている。国外への人口流出は336千人で2008年の427千人より減少している。結果として、ネットの移民は前年の20%減の239千人である。

政府構想が進めば移民数は少し減少するだろう。しかし、目標値の達成はかなり難しいと見られている。なかでも、イギリスで就学したい若者の数は多く、その中のかなりの部分は目的を達した後でもイギリスから離れない。不法あるいは隠れた移民を排除することはきわめて難しい。

状況は混迷しているかに見えるが、明瞭なことは開かれた国を標榜してきたイギリスもいまや門戸を閉ざしつつあることだ***。しかし、その道は険しい。自由貿易主義への批判が強まる中で、人の移動には明らかな変化が生まれている。働き手が少なくなり、活力を失ってゆく日本は、どうしてもこの問題に正面から対してゆかねばならないはずだ。

*  「シリーズ イスラム激動の10年 第3回 ドイツ 移民社会“多文化主義”の敗北 」 NHK BS 2011年11月20日

** ’He says, she says’ The economist November 19th 2011

“Waving them in” The Economist November 12th 2011

***1990年代中頃、管理人がイギリスに滞在した折、(あらかじめ書類を整えていたこともあるが)ヒースローの入国審査は1分くらいで、係官から笑顔で「ウエルカム、エンジョイ UK ステイイング」と言われ、ちょっと驚いた。長い行列に並んでいる間に、10分以上にわたり係官と深刻な顔で質疑を交わしても許可が下りないようで、別室に連れて行かれる人たちをかなり見ていたからだ。その時渡された滞在要件に6ヶ月以上滞在する家族は、1ヶ月以内に居住地の警察に本人自らが届け出るように(登録費用30ポンド?)との記載があった。そこで、警察へ行ってみると、「あなたは来なくてもよかった」といわれあぜんとしたが、しばらく別室で係官とにこやかに世間話?をして出てきたことを思い出した。後になって、この国らしい巧妙な管理だなあと思わされた。このたびのイギリスの論争の経緯を追いながら、思い当たることが多い。

#  このトピックスについて、その後の事態、詳しい説明をお知りになりたい方は、とりあえず下記BBCのサイトをご覧ください。

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