アメリカ移民法改革:今度は動くか
長らく目立った動きのなかったアメリカの移民法改革の次元で、ある胎動が感じられる。前回記したオバマ大統領の突然の不法滞在者への新たな対応の裏で、なにが起きているのか。メディアが急に動き出し、あわただしくなっている。
そのひとつ、2012年6月25日付 TIME は、”WE ARE AMERICANS* *Just not legally” 「われわれはアメリカ人だ。ただ、法律上で認められていないだけだ」と題する特集を組んだ。その内容は、これまでこのブログで一貫して観測してきた事実(たとえば、「断裂深まるアメリカ」シリーズ)とさして変わりはないが、11月の大統領選を控えての政治的時期だけに特別の注意が必要だ。
アメリカには推定1200万人といわれる、「入国時に必要とされる書類(旅券、査証など)を保持していない人々」(undocumented immigrants)がいる。その中のひとり、31歳のフィリピン人ジャーナリスト(Mr. Valgas)が、自ら自分はそうした書類を持っていないと名乗り出た。12歳の時、すでにアメリカに合法的な市民として住んでいた祖父母の許へ送られた。16歳の時、身分証明書の役割を果たす運転免許を取得しようとしたが、その時祖父母を通して入手したグリーンカード(労働許可証)は偽造されたものであることが判明した(アメリカで生まれたのでなければ、グリーンカードは市民権取得への必須要件となっている)。その後は、自分が不法滞在者であることを隠して、今日まで過ごしてきた。
アメリカで不法滞在者であると、生活上の不便や困難は多々ある。たとえば、航空機には乗れない。自動車運転免許証も取得できない州が多い。まともな仕事に就くこともきわめて難しい。
これまで、なんらかの形で不法滞在であることが発覚すると、確認審査の上、出身国などへ強制送還された。今回、このジャーナリストが、あえて自らの法的地位を社会に明らかにする決心をした裏には、アメリカ社会、そして政府がいかなる反応を示すか、ジャーナリストとして確かめてみたいとの思いがあったようだ。
移民の管理に当たるICE (US Immigration and Customs Enforcement)は、2011年には396,906人に対して国外撤去の措置をとった。今日、アメリカ国内に不法滞在するおよそ1150万人のうち、約59%はメキシコから、100万人はアジア/太平洋諸島から入国している。残りは南米、ヨーロッパなどである。そして86%はすでに7人以上、アメリカに住んでいる。
こうした事実が背景にありながら、アメリカ上下両院は、10年近い議論を背景にしてのDream Actといわれる包括的移民法案を未だに成立させることができないでいる。さらに、アリゾナ州などは、警察官などが不法滞在者ではないかとみなした者に、在留に必要な書類を保持しているかを直接確認できる権限を付与する州法(SBI070)を、2年前に制定・導入した。俗に、”Show me your papers” bill といわれている。類似の内容の法案が周辺諸州でも制定された。連邦最高裁は、現在は差し止め中のこれら関連州法について、今月中にも、合衆国憲法に違反しないかという点を含めて判断を下すことになっている。
こうした「入国書類不保持者」はアメリカ市民として認められていない。もちろん、選挙権もない。しかし、IRS、国税局にとっては重要な財源だ。ある研究所の試算では、2010年、こうした「入国書類不保持者」は、連邦と州に約112億ドルの税金(所得税$1.2bill、資産税$1.6bill.、消費税$8.4bill.など)を納税した。
経済活動がさしたる改善を見せず、雇用の改善もはかばかしくない現実を前に、秋の大統領選で苦戦が予想されるオバマ大統領にとって、さらにロムニー候補にとっても、移民法改革は重みを増してきた。しかし、ひとつ間違えると、受ける打撃も大きい。
典型的には、ヒスパニック系がいかなる評価をするかで、投票は大きく左右される。不法滞在者は選挙権がない。しかし、彼らに対する処遇、そしてその背後につながる選挙権のあるヒスパニック系国民の選択が鍵を握っている。
ロムニー候補は従来、自分はこうした不法滞在者を合法化する道は考えていないと述べてはいる。しかし、迫った大統領選挙のことを考えると、不法移民のすべてを国外撤去させるとまでは言い切れない。そこで、いかなる妥協の道が提示されるか。しばらくの間、目が離せない。