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第56回 国際法務その22: 国際ADR制度その1:国際訴訟制度と国際仲裁制度との比較

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第51回から前回(第55回)までは、国際的な紛争解決制度としてこれまで伝統的に用いられて来た、国際訴訟制度を取り上げました。今回からは、最近盛んに利用されるようになってきた、国際ADR制度の1つである国際仲裁制度を取り上げることにしましょう。

ADRとは
ADRは、Alternative Dispute Resolution(代替的紛争解決手続)の略語です。「代替的」という意味は「裁判手続に代替する」ということです。日本には「ADR法」と俗称されている法律があります。正式には「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(注1)」という法律です。この法律第1条には、「裁判外紛争解決手続」とは「訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする紛争の当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続をいう。」と規定しています。

ADR (裁判外紛争解決手続)の主なもの
ADRの主なものとして、「調停」と「仲裁」があります。「調停」は「公正な第三者が関与して、当事者間に合意が成立するように導くことによって、紛争を解決する方法」です。つまり、「当事者間の合意の成立」がポイントとなります。これに対し「仲裁」は「裁判所に代替する公正な第三者が判断を下し、その仲裁人の判断に当事者が従うことによって、紛争を解決する方法」です。つまり、「裁判所以外の第三者による判断」がポイントになります。

国際ADRの主なもの
国際ADRの主なものとして、「国際調停」と「国際仲裁」があります。たとえば、前回(第55回)で言及しました日本商事仲裁協会 (The Japan Commercial Arbitration Association) は、名称は「仲裁協会」ですが、「国際調停(注2)」と「国際仲裁(注3)」の双方を行っています。

国際仲裁とは
「仲裁」は「裁判所に代替する公正な第三者が判断を下し、その仲裁人の判断に当事者が従うことによって、紛争を解決する方法」です。このような仲裁の特色は、以下の理由で、国際商事紛争の解決に適しています。つまり、「国際仲裁」の利点は、つぎのようなものです(注4)。

  1. 中立性が保たれる。たとえば、日本の企業と中国の企業との間の国際商事紛争が「日本の裁判所での訴訟」となると、中国側は「日本の企業が有利となるのではないか」と不安になりますし、逆に「中国の裁判所での訴訟」となると、日本側は「中国の企業が有利となるのではないか」と不安になります。そこで予め「第三国であるオーストラリアの仲裁機関での仲裁による」と合意していれば、そのような不安は解消されます。
  2. 専門性が利用できる。訴訟となれば、裁判官が判断しますが、仲裁であれば、専門家としての仲裁人を選任することができます。
  3. 手続が柔軟である。たとえば、日本での訴訟となれば、公用語である日本語だけしか使えませんが、日本での仲裁であっても、日本語以外の言語を使うことが出来ます。あるいは、訴訟の場合には、裁判書類の送達が面倒ですが、仲裁の場合には、関係書類の送達は比較的簡単です。
  4. 手続が非公開である。仲裁手続は、原則として、非公開です。逆に、裁判手続は、原則として、公開です。
  5. 外国での執行が広く認められる。日本の企業と中国の企業との間の国際商事紛争についてオーストラリアの仲裁機関が下した判断をオーストラリア以外の国(たとえば中国)で執行する場合、いわゆるニューヨーク条約(注5)があるので便利です。

ただし「仲裁」には、つぎのような難点もあります(注6)。

  1. 「仲裁合意(arbitration agreement)(注7)」が絶対必要である。契約関係から生ずる紛争を仲裁で解決する場合には、予め「仲裁合意」をしておくことは可能ですが、契約関係から生ずる紛争でない紛争、たとえば不法行為に基づく損害賠償請求などの場合、あるいは、契約関係から生ずる紛争であっても、予め「仲裁合意」が無い場合に、紛争が相当にこじれてしまった段階では、「仲裁合意」を得ることはほとんど不可能でしょう。
  2. 費用はすべて自前となる。
  3. 原則として、1回限りの最終判断となる。原則として、上訴することが出来ない。

脚注

注1 平成16年12月1日法律第151号。

注2 国際商事調停規則(International Commercial Mediation Rules)。

注3 商事仲裁規則(Commercial Arbitration Rules)。

注4 中村達也、国際商事仲裁入門、中央経済社、平成13年、10頁以下、「5 仲裁は国際商事紛争の解決になぜ適しているか」。

注5 正式の名称は「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(昭和36年7月14日条約第10号)」。

注6 中村達也、国際商事仲裁入門、中央経済社、平成13年、16頁以下、「6 仲裁は国際商事紛争に万能か」。

注7 たとえば、上記注3の商事仲裁規則第3条第1項は、「この規則は、当事者が紛争を協会の規則による仲裁または単に協会における仲裁に付する旨の合意(以下「仲裁合意」という)をした場合に適用される。」と規定しています。

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